透明少女と少女(ちゃおホラー)

登録日:2023/03/09 Thu 21:28:40
更新日:2025/03/19 Wed 19:40:31
所要時間:約 10分で読めます





あなたと手をつないで どこまでも堕ちたい…


『透明少女と少女』はちゃおデラックスホラー2011年7月号に掲載されたホラー短編。
作者は百合とホラーとミステリーに定評のある阿南まゆき

この時期阿南まゆきがよく描いていたガールズホラー}もの。
少女同士の友情を起点とした人間の狂気を描いた作品。
主人公の燈子は孤独な女の子。だがある日美沙という友だちが出来ることになる。
仲良くなっていく二人だが、美沙はとある窮地に陥っていた。
そして美沙を守るため、燈子は徐々に狂気に堕ちていく……

ということで少女間の絆のダークさを描いたホラーであり、オカルト要素はなし。
せいぜい燈子の身体能力が人間離れしていることくらいしかオカルト要素はない。
その分人間の狂気を描いている。

2013年に阿南まゆきのホラー短編集『ブラッディ・リリィ』に収録された。
レーベルがちゃおであることが最大のホラーな例の短編集である。
後述するが本作は雑誌版と単行本版で微妙に違いがある。



【登場人物】


◆樋口燈子
透明少女
小さいころから存在感が薄くいつもひとりであり、母に話しかければ驚かれ、クラスメイトに声をかければ不気味がられ、誰にも気が付かれない孤独な生活に心を痛め続けていた。
趣味の発明を楽しむことで日々を紛らわせていた。
原田美沙に話しかけて貰ったことでよく遊ぶようになり、自身の存在理由を見つけたと思うほどに心酔する。
美沙が引っ越すかもしれないという発言にショックを受けている。

◆原田美沙
少女。……タイトル通りだとこう表記するしかない。
透明人間と思われるほど存在感の薄かった燈子に話かけ、仲良くなる。
家は地元の商店街を経営している。
近所にオープンした大きなスーパー「お得マート」に美沙の商店街のお客が取られそうになっており、{もしかすると引っ越さなくちゃいけなくなるかもしれない!と危機感を抱いている。


◆お得マートの店員
見えないように美沙を突き飛ばしたり商店街で営業妨害したり、「こんなボロ商店街オレたちが何もしなくても勝手につぶれんだろ」と美沙にささやくなど、悪質な行為を行っている。

※以下ネタバレ

店員に怒りを燃やした燈子は店を潰すことにした

深夜に燈子は閉店後のお得マートに忍び込み、どうやって店内に侵入したんだ……?ガスの元栓を開けて自作の時限爆弾を設置。
店員が残っていたが、燈子の透明人間としての力により気が付かれることはなかった。
そうして店を爆破し、闇と炎の中、燈子は狂ったように笑うのだった

こうして徐々に客が戻り、美沙も元気が戻りつつあった。
お得マートの一件は事故として処理されたが、美沙は気に掛けていた。


ねえ…美沙 ずっと私の友達でいてれる?

…ええ もちろん

だって燈子は私のためになんだってしてくれるから

しかし、美沙の本性は邪悪そのものであった。
美沙が燈子の友だちになったのは、単に彼女を利用するためだったのである。
孤独な彼女の心に付け入り、自分の操り人形にし、燈子が勝手にお得マートに敵意を向けて潰してくれる様に仕向けていた。
美沙にとって燈子とは都合のいい駒でしかない。

しかし燈子もまた、美沙が自分を利用していることに気が付いていたというか、鏡と窓ガラスの間で抱き合っていたため、反射で美沙の邪悪な笑みが見えた
けれどそれでもよかった。燈子は分かっていながら美沙のために動いていたのである。
どんな理由であれ、美沙は初めて自分に気が付いてくれた人間なのだから……。
たとえ操り人形だとしても、美沙が自分を見つめてくれるならもう求めるものは無かった



【以下、ネタバレを踏まえた上での登場人物解説】


◆樋口燈子
阿南まゆき作品特有のチートスペック少女。自分から動かない限り誰にも気が付かれないステルス能力、目覚まし時計と少量の火薬で爆弾をつくる破壊工作スキル、鍵がかかっているであろう閉店後のお得マートに当然のように侵入する謎の能力を兼ね備えた超人。
同作者のミステリー作品「ナゾトキ姫は名探偵」に出演していればかなり凶悪な犯人になれただろう。
「孤独な少女」よりかは「工作員として稀有な才能を持った少女が平和な日本で生まれてしまった」が近いかもしれない。
何より恐ろしいのは美沙に対する狂愛。たとえ利用されているだけだとしても、初めて自分を見つめて手を差し伸べてくれた美沙は、大切な人なのである。これからも美沙の愛のため彼女のお望み通り行動していくのだろう。
ちなみに『ブラッディ・リリィ』の主人公は大体殺人歴があるが、みなナイフによる刺殺をしている。ガス爆発を引き起こしたのは燈子だけ。


◆原田美沙
明るく朗らかな少女だがそれは表の顔。実際は他人を利用することも厭わない邪悪な悪魔
お得マートについて伝えた時に「引っ越すかもしれない」と強調したのが何気に策士。美沙が大好きな燈子はそれ言われたら動かざるを得ない。
これほどの策士が何故反射で邪悪な笑顔がバレるというポカをしたのかは不明。もしかしたら燈子は本性を知ったうえで自分に従ってくれると考えたのかもしれない。
よくよく考えると彼女も何気にすごいことをしている。燈子が工作員なら美沙は諜報員。
彼女の行動は「お得マートを潰すために燈子と友だちになった」というもの。シレっと言っているが裏を返すと燈子が店を潰すだけのスキルを持っていると知っていたということになる。つまりステルス能力持ちの燈子を見つけ出し、本人に気が付かれないよう調査し、「コイツならやれる」と判断したということ。だからどうやったんだよ……
リリィ×ダリア*1といい、桐子×芳花*2といい、『ブラッディ・リリィ』の女子組はやたらハイスペックである。

◆お得マートの店員
それなりに悪役として頑張っていた。
しかし、目的のためなら手段を選ばない美沙と、美沙のためなら殺しも厭わない燈子という最凶タッグを敵に回したことが敗因となった。
モロに爆発に巻き込まれているが生死は不明。まあ『ブラッディ・リリィ』に登場する男性キャラは軒並み死んでいるため、この人も怪しい気がするが……。


【余談】


  • 雑誌掲載版との違い
加筆修正されたため雑誌版と単行本版では多少違いがある(ここまで紹介したのは単行本版)。
全体的に加筆されている部分は多い。何も書かれていない白背景が書き込まれたりスクリーントーンが追加されたり。
また燈子の後半の黒いコスチュームは雑誌版ではベタ一色だったが、単行本版だと陰影が追加されている。コスチュームに着替えた直後のコマは燈子の表情や翻るスカートなども描き直された。

一番違うのがラストページ
まずはイラスト。雑誌版では抱き合う二人の姿が引きで描かれていたのに対し、単行本版ではアップになっている。加筆された美沙はもはや人間とは思えない邪悪な顔芸をしている
また「美沙の心には~」から始まる燈子のモノローグは雑誌版ではかなり短い。


邪悪でかわいい美沙


あなたが望むならお望みどおりに


あなたが私の手をはなさないかぎりね


単行本版と比べると「みんな死ねばいいと思っているもの」のくだりがなく、「手をはなさないかぎりね」とあるので結構印象が違う。
雑誌版の燈子はあくまで相互利用関係だが、単行本版では完全に心酔しきっている。
雑誌版は「あなたの手をつないでどこまでも堕ちたい」→「彼女の手はやわらかであたたかくて」→「この手をはなしたくないよ」と来て最後に「あなたが私の手をはなさないかぎりね」でオチる構成になっている。

ちなみに雑誌掲載時のアオリ文は「新感覚ロマンチック・リリィ・ホラー」だった。
この手の話でいつも言われることだが。せいぜい背景に百合の花が咲くくらいしかリリィ要素のない本作を「リリィ・ホラー」と名付ける理由は不明。


  • ほんとうにあったこわい恋愛
本作はちゃおホラーコミックス『ほんとうにあった恋愛』に収録……されていない
されたのは同じく『ブラッディ・リリィ』作品の『ふたごみたいなふたり』
『透明少女と少女』は収録されていないのだが、『ほんとうにあったこわい恋愛』の表紙には何故か燈子と美沙が写っている(『透明少女と少女』の扉絵の流用)。
理由は不明。

そしてこの手の話でいつも言われることだが。少女同士の狂愛を題材とした『ふたごみたいなふたり』が『ほんとうにあったこわい恋愛』に収録された理由は不明
ちなみに『ふたごみたいなふたり』の雑誌掲載時のアオリ文は「大反響! 戦慄のリリィ・ホラー」だった。
『ふたごみたいなふたり』以前に公式で「リリィ・ホラー」とされたのは『ブラッディ・リリィ』『透明少女と少女』*3
あんなぶっ飛んだのがちゃおっ娘から大反響だったのか……。


それにしても、結局リリィ・ホラーってなんなんだよ……




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最終更新:2025年03月19日 19:40

*1 『ブラッディ・リリィ』に登場するカップル。強い。

*2 『悪魔の本は誘惑する』に登場する二人の少女。めちゃくちゃ強い。

*3 『ふたごみたいなふたり』と『透明少女と少女』の間の阿南まゆきホラーに『保健室で見る悪夢』がある。しかしこれは短編集『ブラッディ・リリィ』に収録されているものの「リリィ・ホラー」とは扱われていない