さよなら、DJ(古畑任三郎)

登録日:2023/03/21 Tue 20:45:48
更新日:2023/05/10 Wed 22:38:33
所要時間:約 10分で読めます





走ったすぐ後は息が乱れるものです。三十過ぎると尚更です。

そういう時は大きく深呼吸してゆっくりとお茶を飲むと落ち着きます。

しかし、一番いいのは...三十過ぎたら走らないことです。


『さよなら、DJ』とは、『古畑任三郎』のエピソードの1つ。
第1シーズン11話。初回放送は1994年6月22日。
古畑シリーズを含む三谷作品においてしばしば語られる、『赤い洗面器の男』の小噺が初登場した、ある意味で記念すべきエピソードである。
小説版でのタイトルは、『さよならおたかさん』。


※以下ネタバレが含まれますのでご注意ください。


ストーリー

ラジオ番組の人気DJである中浦たか子は、恋人を奪った付き人・沢村エリ子の殺害を計画。
自分宛の脅迫文を偽造し、エリ子にお気に入りのカーディガンを着せて自分と間違えて殺されたと思われるように仕組む。
番組の生放送中、たか子は『サン・トワ・マミー』が流れている僅かな時間にスタジオを抜け出し、ラジオ局の抜け道ルートを最短で駆け抜け駐車場に待たせていたエリ子を撲殺する。
何食わぬ顔でスタジオに戻り、殺人の動揺と全力疾走の疲労を隠しながら番組を進行する彼女の様子を、脅迫文の一件でラジオ局に来ていた古畑が見つめていた。
間もなく事件が発覚し、たか子の目論見通り彼女と間違えて殺された説が浮上するが、被害者や現場の状況、生放送中にたか子が普段と違う行動をとったことに、古畑は違和感を覚える。


登場人物


【ゲスト】
  • 中浦たか子(なかうら たかこ)
演:桃井かおり
ラジオ番組『中浦たか子のミッドナイト・ジャパン』のMCを務める人気DJ。
スタッフからは「おたかさん」の愛称で親しまれている。普段は気だるげだが、ラジオの中では一転してハイテンションな喋り方をする。愛車はメルセデス・ベンツ・Sクラスで、普段の運転は付き人のエリ子に任せている。
自分の恋人を奪ったエリ子には、表向きは「気にしてない」と鷹揚な態度を見せていたが、本心では怒りに燃えており、復讐のため殺害計画を企てる。

余談だが、本作の有名なエピソードとして、犯行時に一度殴りつけて倒れた被害者に止めを刺す際、たか子が「痛い?」と語りかけるシーンは、演じた桃井氏のアドリブ。静かながらも憎悪と狂気を感じさせる桃井氏の演技は必見。
また、アリバイのためたか子が局内を全力疾走するシーンは、桃井氏が学生時代陸上部だったと聞いた脚本の三谷氏が、気だるげな桃井氏のイメージを逆手にとった演出である。全力疾走する桃井かおりを見たかっただけでは?


  • 沢村エリ子(さわむら えりこ)
演:八木小織
たか子の付き人。
たか子の恋人を奪ったことで付き人を解雇され、餞別としてお気に入りのカーディガンを贈られる。
たか子が建前で「気にしてない」と言ったのをいいことに、謝罪をしつつも今後もたか子の元で働きたいと申し出るなど、なかなかに図太い性格をしている。
また、たか子が居なくなるとすぐにシートを倒して飲み物を用意してくつろぎだしたり、寝ながら足でラジオのスイッチをつけたりと、素顔は結構ガサツなようである。


  • 水野(みずの)
演:神津はづき
たか子のラジオの構成作家であり、聞き役を務める女性。
番組コーナーのLP復活委員会で、犯行直後で手が震えるたか子は当日だけ水野にLPに針を落とす役割を譲っている。


  • 安藤(あんどう)
演:あめくみちこ
たか子のマネージャー。脅迫文の一件で警察に身辺警護の依頼をした。
ちなみに演じたあめく氏は第3シリーズ『灰色の村』(映像ソフト版では『古畑、風邪をひく』)の被害者役で出演している。


  • 清掃員の女性
演:川上夏代
ラジオ局に30年勤務しているベテラン清掃員。
局内の複雑な構造も自分の庭同然に把握しており、彼女のある行動が事件解決の一助となった。


  • ディレクター
演:宇梶剛士
演じた宇梶氏は、テレビスペシャル『古畑任三郎 vs SMAP』では被害者役で出演している。


  • 池田貴族(声のみ)
ラジオ内の収録テープではあるが本人役で出演。
第2シリーズ『VSクイズ王』では、番組のジャッジ役で出演している。




【レギュラー陣】

たか子宛の脅迫文の件でラジオ局に来ていたところ事件に遭遇。
現場の様子から犯人は被害者と顔見知りの可能性があり、生放送中にいつも自分でLPに針を落とすたか子が今日だけは構成作家の水野に任せたため、人がいつもと違うことをするのは気になるという理由でたか子に疑いの目を向ける。


たか子のアリバイトリック検証のため、古畑に何度もラジオ局内を全力疾走させられることになり、最終的に病院に搬送された。ある意味2人目の被害者である。





【劇中の用語とヒント】

  • 事件現場について
被害者の沢村は駐車場の桜の木の下に停車した車の傍で発見された。
たか子のカーディガンを着ており、近くには火をつけて直ぐに消したと思われるタバコの吸い殻が落ちていた。
それらがちゃんと消されていたことから、古畑は顔見知りの犯行と考える。

  • 中浦たか子のミッドナイト・ジャパン
たか子がDJを務めるラジオ番組。
たか子と構成作家・水野の対談形式で進行し、間にお便りコーナーや曲を流すのが基本の流れ。
『LP復活委員会』というコーナーではたか子が持ち寄った貴重なレコードに自身で針を落とすのがお約束になっている。しかし、今日に限って、その役は水野が任されていた。
番組名の元ネタは知らない人はいない有名番組『オールナイトニッポン』。

  • ラジオ局の構造
非常に入り組んでおり、一部関係者用の通路があるが一見には分かりにくい構造になっている*1
初めてラジオ局を訪れた古畑と今泉はスタジオの場所が分からず迷子になっていた。
同じ建物内には収録スタジオとは別に、唯一テレビを設置してある報道局も入っている。

  • 覆面強盗のニュース
たか子の生放送中に報道されたコンビニ強盗のニュース。
ラジオでは覆面としか報道されなかったが、テレビでは犯行に使われたバカボンのパパのお面が写真つきで報道され、翌日の朝刊にも同様に写真入りで記事が載った。
たか子も生放送中にその話題に触れ、「(バカボンのパパのお面を使われては)赤塚先生も辛いよね」「今度覆面強盗をするならセーラームーンのお面を使ってほしい」と話していた。

  • 赤い洗面器の男の話
たか子がラジオの冒頭で語った小咄。
「ある人が道を歩いていると、水の入った赤い洗面器を頭の上に載せた男と出会った。私は疑問に思い、『何故洗面器を頭に載せているのですか?』と尋ねた。すると男は…」とそこまで語ったところで、続きは番組の最後でと切り上げられた。
しかし、ラストで語ろうとするも、スタジオに入ってきた古畑が犯行を確信した表情を見せたことに動揺して、途中で終わってしまった。
以降、同シリーズや別の三谷作品でも何度か語られるが、いずれも何かしらの事情でオチが語られないのがお約束になっている。






以下、事件の展開と真相。さらなるネタバレにご注意ください


















古畑はラジオで『サン・トワ・マミー』が流れていた3分間にスタジオから駐車場までを往復できるかを今泉を何度も走らせて検証したが、何度やっても7分を超えてしまいアリバイを崩せずにいた。
また、たか子に曲が流れていた時に何をしていたか尋ねるが、「控え室で新人売り込み歌手のテープを聴いていた。」と躱されてしまう。
たか子は古畑がレコードの針の件で自分を疑っていることを知りつつも、敢えて沢村が自分の恋人を奪ったことを教える。自分には確かに動機はあるが、3分でスタジオと犯行現場の往復ができない以上、自分に犯行は不可能と主張する(その後、古畑は自分を疑った罰として無理やりラジオに出演させられ、リスナーからのお便りに回答している)。


古畑が別室で思案に暮れていると、ラジオ局に30年勤務している清掃員の女性が通りかかる。ちょっとした雑談を交わした後、3分ほどで戻って来た彼女の手には駐車場からとってきた桜の枝が握られていた。古畑は彼女から局内の抜け道(関係者用通路を通り、報道局の横を抜ける)の存在を知り、再度今泉を走らせることでスタジオから犯行現場を3分で往復できることを立証する。

これでたか子に動機と殺害のチャンスがあったことは分かったが、肝心の証拠を掴めずにいた。そうこうしているうちに朝を迎えた古畑が朝刊を開くと、載っていたある記事に目が留まる。
古畑は生放送中のたか子のある発言を思い出し、嬉しそうに「証拠を見つけた。」と呟いた。









おたかさん。実は犯行を認めていました。しかもラジオの中で。
彼女、自分が犯人であるとほとんど認めていたのです。

ヒントは…(覆面強盗の記事を指しながら)これです。


古畑任三郎でした。
















解決編


古畑は生放送を終えたばかりのたか子を引き留め、携帯テレビをたか子が持っていないことを確認した上で、改めて沢村の殺害を指摘する。
そして3本のテープを元にたか子の犯行を立証していく。


1本目:新人売り込み歌手のテープ

『サン・トワ・マミー』が流れていた時間に聴いていたテープの中身について古畑は再度確認する。たか子は古畑が自分の証言が嘘だと思っていることに憤慨しつつ、「歌ってたのは男の人。曲は『ラストダンスは私に』だと思うけど、あんまり下手すぎてよく分からなかった。」と言う。
テープを再生すると確かに『ラストダンスは私に』を歌う男性の声が流れ、古畑はこれに間違いないか念入りに確認する。うんざりしたようにたか子は認めるが、実はこれを歌っているのは古畑自身だった
本来は女性歌手の演歌が収録されていたが、アリバイを聞かれたたか子が慌てて後から確認すると読んだ古畑は、先んじて自分の歌を上書きしていた。これは当然犯行後に収録されたものなので、それを犯行時刻に聴いていたと言ったたか子のアリバイ証言は嘘だと証明された。
が、たか子は「これで証明されたのはあんたの歌が下手だってことだけ」と反論。


2本目:生放送の記録用テープ

今日のラジオを記録したテープで、そこには生放送中に入った覆面強盗のニュースに言及し、たか子の「あのお面を使われては赤塚先生も辛いよね。」という発言が残っていた。


3本目:覆面強盗事件のニューステープ

強盗事件について生放送中に入った第一報を記録したものだが、そこでは「覆面」とは言っていたものの、「バカボンのパパのお面」については一切触れていなかった。


肝心なのは、たか子が何故バカボンのパパのお面のことを知っていたかである。
事件に使われたお面が何であるかが初めて報道されたのは、ちょうど生放送中に『サン・トワ・マミー』が流れていた時間のテレビのニュースで、証言通りなら控え室で曲を聴いていたたか子にお面のことを知る機会はない。携帯テレビを持っていれば別だが、持っていないと自分で証言してしまっている。
そうなると、たか子があのタイミングでお面のことを知り得る唯一の機会は、犯行のため局内の抜け道を通り報道局の横を通った際に、テレビで報道されていた事件のニュースを見た、という以外にはあり得ないのである
その時間に報道局にいたということになれば、アリバイは完全に崩れる。


確たる証拠を前に言い逃れができないと悟ったたか子はある仮説を提唱する。



コンビニ強盗を計画したのが私だったら?

なるほど。そうだとしたらマスクのことを知っていて当然ですね。そうなんですか?

…そんなわけないでしょ。難しいのね、完全犯罪って。全速力で走って損しちゃった。



罪を認めたたか子に古畑は「赤い洗面器の男」のオチについて尋ねるが、たか子はいじわるな笑みを浮かべ「やだ。この問題は墓場まで持ち込んでやる。」と言い連行されていった。




【余談】
  • 桃井氏は同じ三谷作品の『ラヂオの時間(1997)』において、本作と同じDJ・中浦たか子役で特別出演している。

  • 古畑と今泉が70年代に活躍した実在する女性アイドルグループ「ゴールデン・ハーフ」のファンクラブに入っていたという設定がある。本エピソードには古畑がルナ、今泉がエバ推しであることを語るシーンがあり、次話の「最後のあいさつ」で初登場する科学捜査研究所の桑原万太郎技官(演 - 伊藤俊人)はユミ推しである。

  • 小説版では今泉が不在のため、代わりにADが走らされている。また、この影響で抜け道発見から解決編までの流れは「AD経由で抜け道発見を知らされて不安になったたか子が新人歌手のテープを確認→古畑がたか子に抜け道発見を報告してそのまま解決編突入」という順番になっている。

  • 『消えた古畑任三郎』でたか子が逮捕後の顛末を語っている。
    • 社交辞令で飲みに誘ったたか子に古畑が真面目に「うーん、でも夜遅いし…」と真面目に返しているが、これは桃井氏と田村氏が本当に話したやり取りが元となった中の人ネタである。
    • 因みにたか子は模範囚で通していたようだ。



追記・修正は全力疾走で手が震えていない時にお願いします。

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最終更新:2023年05月10日 22:38

*1 放送局がテロリストに占拠されるのを防ぐための措置。ただし、これは古い社屋の話で、現在では消防法の規定により基幹システムたる「主調整室」の入り口がわかりづらくなっている程度に設計される。