ホレース・ド・ヴェア・コール

登録日:2023/6/12 (月) 15:56:00
更新日:2023/10/26 Thu 12:46:40
所要時間:約 5 分で読めます




ホレース・ド・ヴェア・コール(1881-1936)とは、19世紀末から20世紀前半のイギリス人。
とんでもないイタズラ好きだったという一点で、歴史に名を残した人物である。
今で言えば迷惑系Youtuberみたいな人。


父親は軍人で、母親は貴族の家系という上流階級である。
そのため、ありあまるほどの財産があり、生涯働く必要も無かったため、生涯をイタズラに費やした
この人の生涯については、本当にイタズラをやったということ以外に書くことが無い。

イギリスの首相になるネヴィル・チェンバレンとは親戚(姉の夫)。だが、コール自身は労働党のラムジー・マクドナルド(こちらも首相経験者)とそっくりな風貌だった。
それを生かして、マクドナルドになりすまして労働党批判の演説を行い、聴衆を大混乱に陥れたことがある。

また、よく知られているイタズラには次のようなものがある。
ロープを手にして、道を歩いている紳士を呼び止め、「申し訳ないがロープの端をちょっと持っててくれませんか」と頼む。
紳士が快諾すると、もう片方の端を持って角を曲がり、そこで出会った別の紳士に全く同じことを依頼。
紳士がロープのもう片端を持ってくれたのを見ると、何食わぬ顔でその場を立ち去った。
こういうレベルのことは、日常的にやっていたらしい。

友人のポケットに自分の時計を忍び込ませ、徒競走をしようと持ち掛け、走り出した友人が警官とすれ違った瞬間に「泥棒だ!!」と叫ぶ、というのもやったことがある。
この件では流石に逮捕されて罰金を食らった。
現代に生まれていたら、絶対に動画投稿者になっていたに違いない。


そんなコールのイタズラの中でも最高傑作とされるのが、偽エチオピア皇帝事件である。


偽エチオピア皇帝事件


コールと仲間たちは、学生時代に「ザンジバル皇帝一行」になりすましてケンブリッジ市長をだまして歓待を受け、ケンブリッジ大学構内を案内してもらうというイタズラを実行したことがあった(なお、この時コールたちは他ならぬケンブリッジの学生)
それと同様の手口で、今度は海軍をだますことを計画する。

あらかじめ、外務大臣を装って、艦隊司令官宛に「アビシニアの王子一行が艦船を見学したいと言っているので、よきにはからうように」という電報を出しておいた。
その上で、コスプレしてエチオピアの王族一行になりすまし、汽車で艦船のあるウェイマスに向かう。
この時、エチオピア語を理解できる将校がいない日を狙い、また電報も「こいつなら多少不審な内容の電報でも見逃すだろ」とコールが目を付けた職員のいる郵便局から出すと言う念の入れようであった。

さて、寝耳に水で国賓の歓待を命じられた艦隊はてんやわんや。
何とかそれらしい歓迎式を用意したが、エチオピアの国旗が無かったのでザンジバルの国旗で間に合わせ、また軍の誰もエチオピア国歌を知らなかったので代わりにザンジバル国歌を演奏するというていたらくだった。

こうしてまんまとエチオピア王室一行になりすましたコールたちは艦船を案内されるが、この艦船というのがかの戦艦ドレッドノートである。
なお、この時、コールたちは当然エチオピア語なんか知らなかったため、


「チャガチョイ、チャガチョイ」


「ブンガ、ブンガ」

などと適当なことを言っていたという。
本当によくもまあバレなかったものだと思うが、こういう時に大事なのは、やっぱり堂々としていることなのかもしれない。

一行が何事も無く帰ってホッとしていた軍人たちは、翌日の新聞を見て腰を抜かすことになる。
英国海軍ともあろうものが、こんな初歩的なイタズラにひっかかったと、面白おかしく書き立てられていたのである(もちろんコールたちの売り込み)。
いつも威張り散らしている軍人たちにまんまと一杯食わせたと、市民たちは拍手喝采。
面目を潰された海軍は激怒したが、客観的に見れば海軍が勝手に間違えて接待しただけなので罪に問うこともできない。
微罪を課しただけで釈放するしかなかった。

ちなみに、この時に「エチオピア王女」になりすましたコールの仲間の女性は、後に20世紀初頭のイギリス……というより世界を代表する女流作家になるヴァージニア・ウルフである。
先生、なにやってんすか

なお、「ブンガ、ブンガ」という一行が適当に言っていたフレーズはスラングとして定着し、後々までドレッドノートについて回る。
後に第一次世界大戦でドレッドノートがドイツの潜水艦を沈めた時も、「ブンガ、ブンガ!!」という祝電が届いた。




一生を通じてだいたいこんな感じのことをやっていたコールも、1936年に世を去る。
その死の直前、彼はこう言い残した。

「私の自伝の原稿を書いてある。死後に出版して欲しい」

世紀のイタズラ好きとして知られるコールの自伝なら、ベストセラー間違いない。
みんなは血眼になって原稿を探した。
しかし、とうとう見つからなかった。
そう、最初から、そんな原稿なんか無かったのである


ブンガ、ブンガ!!


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最終更新:2023年10月26日 12:46