遠巷説百物語(小説)

登録日:2024/08/07 (水曜日) 11:50:13
更新日:2024/09/02 Mon 23:30:13
所要時間:約 7 分で読めます




ハナシは、やがて物語になる。どんどはれ。




遠巷説百物語(とおのこうせつひゃくものがたり)

京極夏彦の小説。
2018年~2020年まで雑誌『怪と幽』創刊号から連載され、加筆修正を加えてハードカバー本→中央公論新社から新書版「C★NOVELS」→角川文庫と単行本化。2022年に「吉川英治文学賞」を受賞した
シリーズ前作『西巷説百物語』から長いブランクを挟んで再開した新しい「巷説百物語」は、あの『遠野物語』の舞台となる南部藩遠野(現:岩手県遠野市)の話として展開。
作者も関連本を複数手掛けた『遠野物語』や実際の南部藩にまつわる小ネタをさりげなく挟みつつ、新たな「妖怪狂言」が描かれる事になる。


舞台設定

物語の舞台となる「遠野保」は、南部藩の藩境(仙台藩の近く)にある「城下町」。
中心に藩主南部氏の分家で八戸から移住した「遠野南部家」が代々遠野領主として所有する要害屋敷があり、屋敷は敷地がかつて「横田城」なる場所の遺構だった事から(既に盛岡城があるので俗称だが)「鍋倉城」と呼ばれている。
少し足を延ばせば村の田畑や深い野山と「蓮台野(でんでらの)」等の平原があるくらいにはひなびているが、街道や川の中継場所でもある事から中心部は武士街もある交易地点として栄えており、様々な噂も飛び交う場所となっている。

ちなみに本編当時盛岡で南部藩を治めていた藩主は「南部利済」なる人物だが、どうも身近の寵臣も含め評判がよろしくないようで…。


物語

時は江戸時代後期「弘化」。凶作や不景気が続き、民の間にも不安が漂い出したころ…。
南部藩の若き武士宇夫方祥五郎は、あえて浪士となって遠野領主南部義晋に「巷のハナシ」を伝える「御譚調掛」なる役目をひっそりと勤めていた。
そんな中遠野で起こる怪しき事件を切っ掛けに「話」を探る祥五郎が出会ったのは、山奥の「迷家」にいつく「座敷童」と怪しげな男二人。
彼らとの縁によって、祥五郎は徐々に「ハナシ」と「物語」の狭間を漂っていき、その中で南部藩内での不穏な動きをも知っていく…。



六つの怪異

  • 歯黒べったり
  • 磯撫
  • 波山
  • 鬼熊
  • 恙虫
  • 出世螺


概要

本作は章ごとの区切りが明確となっており
  • 事件を巷説の民話として語った「譚」
  • 祥五郎目線で題となる「妖怪の由来」が語られる「咄」
  • 事件に関わる羽目になった人の目線で顛末を描く「噺」
  • 祥五郎が事件の裏事情を「マヨイガ」で聞く「話」
と、「ハナシ」と読む四つの視点から「物語が出来るまで」を綴っていく小説となっている。
また中盤までは主に「既に起こってしまった事件」への対応として「妖怪狂言」が行われており、白黒で割り切れば「救われない」ものが出る、世間と人情のままならなさをも描いている。
なお時系列としては『続巷説百物語』から数年後の話となり、最後の話では『続巷説百物語』の行間に起こった出来事の一端が判明。次作『了巷説百物語』へと繋がる事に…。


主な登場人物

  • 宇夫方祥五郎
本作の主人公。若くして期待され江戸にも長期滞在した事がある南部藩士ながら、主君南部義晋の命で他には隠れて表向き無役の浪士として彼に「巷のハナシ」を届ける「御譚調掛」を務めている。
腕っぷしはさほどではないものの勘働きや知性は優れており、その探索能力で「迷家」へとたどり着き裏の住人と出会い、その縁で野山に住むという流れの「山の者」への見識をも深める機会をも得ていく。
…だが毎回事件の真相を聞いて殿こと義晋への報告をどうしようかと頭を抱える一方、物語が進むにつれ遭遇した事件を収めるため、自ら「迷家」へと依頼する等徐々に深みに入っていき、仲蔵からその「どっちつかず」な面を注意される事に…。
ちなみに遠野には『遠野古事記』なる書物を残した「宇夫方広隆」なる武士(著書も含め実在人物)が過去にいたが、そっちの家とは名字が同じなだけで深い関係はないそうな。
そして終盤では「恙虫」で知り合ったある女性と仲良くなり…。

  • 乙蔵
遠野の土淵村の豪農の家出身ながら、一攫千金を求めてふらふらとしては失敗し続ける老け顔のダメ男
だがあちこちとふらついている事から各地の民話や噂に詳しく、祥五郎が「ハナシ」を収集する際の恒例の話相手となっている。
武士は好かないが、祥五郎とは長い付き合いから少し愛着が湧いていき…。
実は、『遠野物語』のある話のキャラをモデルにしている。

  • 長耳の仲蔵
遠野の山奥に最近居着き、最近流行り出した「浄土絵」と呼ばれる死者の来世の幸福を願う板絵*1等様々な細工物を扱っている、坊主頭に二つ名通りの異様な耳を持つ大柄な老職人。
…しかし裏では「迷家」にたむろし、その長い人生で得た「裏の者や流れ者たちとの縁」や優れた職人技を駆使して、やむに已まれぬ事情を抱えた人からの依頼で「妖怪狂言」を仕込む仕切り役としての面を持つ。
元々は『前巷説百物語』の登場人物で、同作最後で江戸にいられなくなった後、この時代にはかつて南部藩と犬猿の仲な津軽でねぶたを作った縁からかみちのくにいついていた模様。

  • 六道屋柳次
最近遠野で働くようになった「献残屋」にして、かつて浪速の裏の世界で働いていた「六道屋」。
知り合いの知り合いである仲蔵と組んで本作の「妖怪狂言」を仕掛けており、主に表の職業での情報収集や自らの技能を生かした「仕掛」を担当している。

「噺」の中で伝承の「座敷童集」のようにふるまう、無表情な「迷家」の持ち主の少女。
「迷家」自体の由来は昔どこぞの誰かが裏の密輸の根城に使っていた隠れ屋敷のようだが、そんな所になぜ住むのか…。

  • 南部義晋(弥六郞)
祥五郎の主君であり、幼き日からの主従関係でもある遠野南部家の若き当主。
代々盛岡で筆頭家老を務める家系なため滅多に遠野には来ず、ゆえに祥五郎に「ハナシ」集めを依頼したが、「出世螺」では南部藩内部のきな臭い話から危惧を感じ祥五郎と対話している。
ちなみに実在人物で、史実では本作の時代後「南部済賢」と改名。都合4代にも及ぶ慌ただしい藩主の移ろいに寄り添いながら、明治まで何とか生き残っている。
+ ちなみに
「出世螺」内では主な話題の前触れとして、「実は先代藩主『南部利用』は二人いた(本物の早逝後家臣一同が偽物を擁立した)」というとんでもない秘密を暴露したが、これも史実だったりする。








+ そして…
  • 八咫の烏
自称「諸国を流れる乞食祝(はふり)」な、黒布付きの黒笠で顔を隠した黒装束の謎の男。
長耳の仲蔵が江戸にいた頃の知り合いであり、柳次とも縁がある彼の正体はもちろん…




※以下、若干のネタバレ。



…物語が区切りを迎え、しばらくして遠野に強訴騒動が起きた後、新しい道へと向かう祥五郎が聞いたある「譚」。


一瞬その真偽を確かめようとして辞めた彼が思った「譚」への「結論」は…





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最終更新:2024年09月02日 23:30

*1 恐らく、モデルは史実で実際に江戸時代末期遠野に流行った「供養絵額」。