登録日:2024/08/18 Sun 21:52:17
更新日:2024/12/21 Sat 02:14:27
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「常識じゃないんだよ、あいつ」
「スジ者でもイヌコロでもねェまして普通の素人さんでもねェ・・・」
『ア・ホーマンス』は、1986年10月10日に公開された日本のクライムサスペンス
・SF映画。
1970年代後半から1980年代にかけてカリスマ的な人気を獲得した後に夭逝した、伝説的名優・
松田優作の
唯一の監督作品として知られる。
映画の内容については非常に前衛的で一般受けするような内容ではなく、物語もプロットそのものはシンプルだが過程を一切描かずに“発端→結果”を繰り返す構成の為に文学作品で言うならば“行間を読む”ことを強いられる為に難解で製作者の独り善がりと言い切ってもいい作品である。
しかし、非常に散文詩的ながら
松田優作が自ら演じる“風”や、人気コメディアンとしてお茶の間の人気者として親しまれていたポール牧が演じた冷酷なヤクザの藤井といった強烈な印象を残すキャラクターが作品を彩り、内容の理解はともかく(良くも悪くも)記憶には残るタイプの映画であり、いわゆる怪作・カルト映画として知られている。
【解説】
原作は、当時『漫画アクション』にて連載されていた『ア・ホーマンス』(原作:狩撫麻礼・漫画:たなか亜希夫)……。
が、映画と漫画の内容は完全に別物であり、それも実写化に合わせて改変した━━なんてレベルではなく、映画の企画にあたり、松田(優作)は共同脚本の丸山昇一に「この一コマの主人公の表情を映画にしたい」と語ったとのことで、「一コマ」から経たインスパイアによって生まれたというとんでもない映画となった
とはいえ、映画製作に当たり“インスパイアを受けた作品”として感謝は捧げられており、映画でも確りと原作として漫画が挙げられ、作者等の名前もクレジットされている。
製作会社は東映・キティ・フィルム・セントラル・アーツ。
配給は東映洋画。
……東映製作なのは最後のアレのためだろうか……ともネタにされる。
元々は『
探偵物語』の他、それ以前にも東映の『遊戯シリーズ』や角川の『蘇る金狼』『野獣死すべし』などでも長らく松田と付き合いのあったん小池要之助に監督が依頼され、松田は出演しつつ原案とプロデュースのみをするつもりだったとのことだが、元々が松田のイメージから膨らまされた企画だったためか撮影中に松田と小池の間で意見が対立。
最終的には小池が降板して松田が監督も兼任することとなり、残る撮影をわずか17日間で撮り終えてクランクアップさせたという。
とはいえ、前述のように映画内容は散文詩的で取り留めのないものであり、内容を把握するには相当に読解力を必要とするタイプの作品である。
松田の初(そして唯一の)監督作品として話題は集めたものの、その前衛的と取られかねない内容から瞬く間に(悪い意味での)幻の作品と化してしまった。
一方、松田に誘われる形でロックバンドARBのボーカルである石橋凌が映画初出演。
クレジットこそ松田の次になっているがストーリー的には実質的な主役であり、監督の松田からは「演技をするな」という指示を受けていたとのことだが、その存在感と演技が認められて、これ以降は俳優としての活動の方が目立つようになっていく。
この他の特徴的なキャストとしては作中最大の悪役となるポール牧の怪演が語り種となっている他、松田原案の『ヨコハマBJブルース』で監督を務めた『必殺シリーズ』で知られる工藤栄一が組長役で出演している。
また、当時(からしばらく)はチョイ役専門であったが、後に北野映画の出演等から名声を獲得する寺島進の映画デビュー作品でもある。
また、松田とも親交が深い俳優で、数々の映画出演にてヤクザ役として有名な片桐竜次も印象的な役柄で出演しているが、本作では両手持ちの松葉杖に甲高い裏声で喋る……という、従来のヤクザ役像から放れさせるとはいえ、わけのわからない演出をされている。
【物語】
※結末までのネタバレあり。
眠らない町━━新宿。
大島組と旭会という二つの勢力がしのぎを削る欲望の街に、ある日のこと異様な存在感を持つ大柄で飄々とした男(
松田優作)が
バイクに乗ってやって来た。
記憶を無くしていると語る男は、目立たないようにホームレス達(梅津栄、他)に混ざるなどしていたものの、その存在感か直ぐに目を付けられていくことに。
そんな中で、大島組の若頭の山崎(石橋凌)は最初は手下に男を探らせるなどしていたのだが、男のことが気になりすぎた結果、遂には自ら男に接触して個人的な親交を持つ。
それが縁で、山崎が経営を管理するデートクラブでボーイとして働き始めた男は、自分からは決して手を出さないものの痛みなど感じていないような雰囲気と対応で迷惑な酔客(石橋蓮司)を圧倒するなど、
用心棒的な役割でも重宝されるようになる。
そんな中、山崎の属する大島組の組長(工藤栄一)が旭会の組員に正面から射殺されるという事件が発生。
組長が助からないことを見越すと、代貸のインテリヤクザ藤井(ポール牧)は早速に組長気取りで山崎達に指示を出し始め、報復として旭会の副会長の暗殺と、それに使う拳銃を手に入れる為に麻薬を捌くことを命じるのだった。
組長が殺されたのならば此方も組長を狙うべきではないか?と進言する山崎だったが、此れを機に旭会との手打ちを進めようとする藤井は却下。
藤井の任侠道からは外れた実利的なやり方に山崎は早速に鬱憤を溜めるのだった。
そんな中、納得できないものを抱えながら汚れ仕事である取引に一人で向かおうとする山崎に男が強引に同行してくる。
最初は、初めて男に凄んでまで車から降ろそうとした山崎だったが、全てを悟っているかのような男の態度に絆され共に出発。
暴走族に絡まれたのも男によって大事にならずに切り抜けて更に信頼を強めていく。
無事に取引を終えた後に、予てより山崎と男に注目していた新宿署の福岡(小林稔侍)に身柄を確保された二人だったが、山崎は勿論、男も少しのボロも出さずに尋問を乗りきり二人は釈放される。
男の態度に極道のあるべき姿を決めた山崎は、自分達に会いたがっているという藤井を無視して男を途中で降ろして新宿から去るように言うと、自らも組には戻らずに独自に旭会会長を狙う準備を進める為に姿を消す。
怒り心頭の藤井は追手を差し向けつつ、山崎の恋人である千加(手塚理美)を襲い彼女を
レイプ。
そんな中、男が新宿に戻ってきたとの報告を受ける。
男を懐柔しようとした藤井だったが、山崎を消そうとする藤井を男は「山崎さんに手を出すならバラバラに引き裂いてやる」と反対に藤井を脅迫する。
明くる日、事の前に千加の姿を見にきた山崎。
あんな目に遭いながらも、何事もなかったように花屋を開けて自分を待ち続ける千加の姿に安心しつつ、そのまま千加の下へ帰ろうとする山崎は、そこで自分と千加を見守るように待っていた男の姿を見つける。
思わず、男の下へ近づこうとした山崎、気づく千加。
しかし、山崎は男と千加の前で藤井の差し向けた3人のヒットマン(寺島進、他)の銃弾に倒れるのだった。
友が傷つけられたことに静かに怒りを爆発させた男はヒットマン達を追って人間とは思えぬスピードで駆け出す。
追い詰められたヒットマンにより男は何発も銃弾を受けるが男は止まらない。
━━そう、謎めいた男は一度死んだ後に蘇ったサイボーグ戦士だったのだった。
【主な登場人物】
本作の主人公。
記憶を無くした状態で
バイクに跨って新宿へとやって来た謎の男。
その尋常ではない風体からヤクザか、そうでないにしても公安のスパイかと疑われて様々な人間から詮索されるが、その正体は最後まで
オチが明かされても不明である。
風のように飄々として捉えどころがないからか、山崎はじめ男に親しみを持った人間からは
“風さん”と呼ばれている。
本作のもう一人の主人公。
大島組の若頭。
昔気質で情に篤い性格の好漢だが、それ故にヤクザとしては冷酷になりきれない部分があり、恋人に安らぎを求めていたり、通常の価値観からは外れた所で生きているような男(“風”さん)にどうしようもなく惹かれていく。
山崎の恋人で花屋を営む。
山崎がヤクザなことは知っているが、山崎が自分を“極道の妻”として扱わないのと同様に、山崎をヤクザとしては扱わず、彼が本当に求めている温もりを得られる場所を守れる芯の強い女性。
しかし、山崎同様に例外的に男(“風さん”)には安らぎを覚え不思議と信頼を寄せており、物語も千加が男により救われる(山崎が実は無事なことを知らされる)場面で終わる。
大島組の代貸で組のNo.2の地位にあるインテリヤクザ。
頭脳は回るが冷酷で、組長が殺されるや否や自分が全てを得るための行動を始めた。
自分に反抗するであろう山崎に敢えて手の内を明かした上で片腕として取り込もうとしたり、裏切られたと解るや千加を襲ったりと実行力もある作中最大の悪役。
余談だが、演じたポール師匠は役を演じるのに相当に苦労した上に松田にダメ出しされまくり、本当にどうしたらいいかわからない……という所まで追い込まれた、との話も伝わる。
そして、訳が分からなくなった末にヤケになり、明らかに巫山戯ているとしか思えない演技をした所で「それだよポールさん」と松田に言われ、更に訳がわからないままで撮影を終えたという。
……しかし、その甲斐あってか本作のポールはガチで怖いぞ。
追記修正はオチでも醒めなかった優作好きの方々こそお願いします。
- ポール牧がしくじった部下の口をナイフで切って制裁するシーンは、同じ作者のたなか亜希夫が書く軍鶏にオマージュされてる。 -- 名無しさん (2024-08-19 10:02:09)
最終更新:2024年12月21日 02:14