登録日:2025/05/17 Sat 09:34:59
更新日:2025/05/18 Sun 18:53:12NEW!
所要時間:約 15 分で読めます
『3−4X10月(英:Boiling Point/仏:Jugatsu)』は、1990年9月15日に公開された日本の映画作品。
配給は松竹で製作は奥山和由。
監督・脚本は
北野武。
【概要】
前年に公開された『
その男、凶暴につき』に続く、北野映画の第2弾。
因みに、公開当時の興行収入そのものは
大失敗に終わっているものの、後の北野映画ファンからは評価されている。
本作の脚本はたけし自らが担当。当初は脚本を前作の“元”脚本を書いた野沢尚に頼もうとしたたが、その野沢からは前作の確執(撮影段階に於いて奥山の許諾を得て大幅に書き換えたこと)から固辞され、以降は他人に頼まずに自分で書くようになったという。
前回、思いつきでやってみることにした映画作りの大変さを吹聴していたたけしであったが、それと同時に口にしていた次回作への情熱は本物であったようで、相変わらずの多忙なスケジュールの中での2作目の公開、そして以降のテレビ出演と並行しての映画作りの継続へとつながっていった。
キャッチコピーとされた“軍団、野放し!”通りに、今作に於いてはたけし自身もメインキャストとして出演はしているものの、主演や準主役級のポジションは弟子である“たけし軍団”の面々に任せている。
これは、前作にて一部に畑違いだったたけしの存在を軽んじたスタッフや役者がいた事に苛立っていたので「完全に言うことを聞いてくれる相手」として軍団を使うことにした、との説も出されている。
しかし、それが功を奏してバラエティ番組以外での軍団メンバーのポテンシャルを知らしめた作品でもある。
一方では、当時は“たけし軍団”が隆盛を迎えていた時期でもあり、中核メンバーは普通にたけし抜きでもタレントとしての知名度を獲得したり製作スタッフとしても働いていたりと多忙になっていた時期でもあった。
なので、たけしとしては当初は「軍団の解散記念作品」と位置づけようとしていた、との情報もある。
尚、そうした想いがありながらも軍団の中では“目立たないポジションであった柳ユーレイを主人公に抜擢したのは、その多方面での活躍を増やしていた軍団の中にあって「暇だったのがユーレイだったから」らしい。
……しかし、その単純な思いつきからの起用がハマり、後には役者業に転身したのは有名な話。
北野映画のジンクスとしてたけしに見込まれた役者は売れるというものがあり、本作でも若き日の豊川悦司や石田ゆり子が出演していることでも有名だが、ユーレイもその一人であったのかもしれない。
特徴的な(というかまともに読めない)タイトルは、当時のたけしと軍団員が多忙な中でも入れ込んでいた草野球に因んだもので、作中でも舞台設定として盛り込まれている。
サヨナラ勝ちを示す“3−4x”から、物語の内容を示しているとの意見も。
因みに“10月”の部分は、当初の公開が10月と聞いていたから付けたものだったのに、前倒しされて9月に公開されてしまったので意味がなくなってしまった。
しかし、後に海外向けに「この物語は10月に起きた」と解説されて紹介されるようになったそうで、それに合わせてフランス公開時のタイトルが『Jugatsu』となっている。
全編に渡り淡々とした狂気を描いている作品であり、リアリティの追及のためだったのか劇伴が存在していない。
前作には確りとテーマ曲が存在していたり、次回作以降は久石譲をはじめとした面々による劇伴も注目されるようになっていったことを考えると、本作は未だ作風が定まっていなかった時期故の珍しい立ち位置の作品であるとも言える。
実際、たけしによれば「もっと詰め込みたいアイディアがあったが息切れしちゃって」とも語っており、経験が足りないが故に中途半端になってしまった作品であったことは確かな模様。
そのため当時の興行収入は全く振るわなかったものの、以上のように後の北野映画は勿論、多方面に波及する影響を生んだ作品となった。
また、相変わらず海外での評価は高く、フランスでは当時から熱狂的なファンが存在していたという。
現在では、特に海外人気が高い『
ソナチネ』の原型となった作品としても分析されている。
【物語】
※以下はネタバレ含む。
ガソリンスタンドにてアルバイト生活をしているバイク好きの青年・雅樹。
オープニングでは、雅樹が補欠故に簡易トイレに長々と入っていても咎められず、寧ろ戻ってきてからやっと居たのかと気付かれるという場面から始まる。
飄々とした態度から何を考えているのか分かりにくく、付き合いで参加している草野球チームの“イーグルス”でも人数合わせで顔を出しているだけで箸にも棒にもかからない━━と思われていた雅樹だったが、
元はと言えば身勝手な先輩が自分の仕事をサボっていたのが原因でヤクザの金井とトラブルとなってしまい、金井の属する地元の顔役である大友組の事務所に呼び出されることに。
そのトラブルを聞きつけた草野球チームの先輩である和男の口利きで雅樹は監督の井口を頼ることに。
……実は、現在でこそ場末のスナックのマスターをやりつつ草野球に入れ込む姿を見せている井口だが、当の大友組組長とは過去に兄弟分の盃を交わしたこともある仲だったのだ。
しかし、面子を守りたい大友は兄弟分であった井口の願いを無視。
やり取りの中で雅樹の件こそ有耶無耶になるも、怒った井口は報復として、かつては舎弟として可愛がっていた筈の幹部の武藤に激しい暴行を加えて半死半生の目に遭わせる。
━━が、井口のこの行為は更に大友組を怒らせることになった。
井口は大友組に刺されることになり、殺されこそしなかったものの「カタギになったのならカタギらしくしろ」との警告を与えられる。
井口が意地でも病院に行かずに痛みに耐えているという話を聞いた雅樹達。
井口が沖縄で銃を買い付けてきて復讐してやると譫言のように言っているとの話を聞いた雅樹は責任を感じていたこともあってか自分が沖縄に行くことを宣言するが、流石に一緒についてきてくれる者は居ない……かと思いきや、一番嫌そうにしていた和男が付き添ってくれることに。
……しかし、数奇な運命は和男と雅樹に確実に味方をしていた。
武器の買い付けの情報を求めに足を向けた夜の繁華街で、明らかにヤクザの物と思われる黒塗りの車を無表情に蹴り続ける狂気を纏った男・上原。
勇気を出して自分に声をかけてきた和男と雅樹の存在を、何故か上原も受け入れてくれて二人は歓待される。
実は、所属する組の金に手を出してしまい追い詰められた立場にあった上原は和男と雅樹の話を聞いて、二人の願いを聞きつつ自分でも最後の幕引きをしようと目論んでいたのだ。
宴会の途中で上原の舎弟の玉城がめちゃくちゃな理由で指を詰めさせられる場面を見せられたりと衝撃的な出来事もあったものの、自分達もまた沖縄の熱気と上原の狂気に当てられておかしくなっていくのを実感していく和男と雅樹。
明くる日、和男と雅樹が見守る中で上原と玉城は武器の横流しをしている米兵に接触し、銃を受け取った後で金も払わずに射殺してしまう。
上原は、入手した銃の半分を二人に手渡すと玉城を連れて組の本部に向かう。
組長達の前で「金は?」と聞かれた上原は、強引な理由で詰めさせた玉城の指を差し出すが、包帯を巻いた玉城の様子から何があったのか悟った組長は呆れつつも更に上原をなじるが、その直後に上原が手にしていた花束に隠したマシンガンが暴発。
上原が何をしようとしているかを悟り、顔色を変える組長達だが既に逃げ場は無かった。
上原は狂気的な笑顔を見せた後で組長と幹部達に銃弾を浴びせかけて射殺。
事が済んだ後で玉城は悠々と組長の椅子に腰をかけて葉巻を楽しみ、上原はメイドを犯す。
━━空港で帰りの飛行機を待っていた和男と雅樹の下に玉城が現れ、迷惑料として組から持ち出してきた大金を預ける。
和男は、前の乗客の荷物に拳銃を忍ばせて係員の目を引きつけさせつつ、無事に雅樹と共に銃を持って飛行機に乗り込む。
それと同じ頃、玉城が車に戻った所で刺客達が到着。
上原と玉城は射殺される。
遂に、非合法に銃まで入手した和男と雅樹、巻き込まれた朗は大友組を襲撃しようとするが銃の扱いに慣れていなかった雅樹は土壇場で失敗。
和男と朗が捕まりボコボコにされるのを見た雅樹は這々の体で逃げ出し、恋人のサヤカに助けられる。
……一人で逃げてしまったことを和男に詫びに行く雅樹。
ボコボコにされながらも命だけは取られなかった和男は雅樹にもアイスキャンデーを勧めつつも何も言わなかったものの、いい加減に何もかもが上手くいかないとことに苛立っていたのは雅樹も同じであり、その原因が自分にあることも痛いほどに理解していた。
その夜、やっと使い方を覚えた拳銃を手に運転手を脅した雅樹はタンクローリーを奪い走り出す。
雅樹の行動を読んで待ち構えていた恋人のサヤカを助手席に乗せ、二人で大友組へ。
悪い予感がした和男もまた雅樹を止めようと夜の町に出たものの、和男の目の前でタンクローリーは走り去る。
そして、和男の眼前で雅樹とサヤカの乗ったタンクローリーは大友組のビルに突っ込み炎上する。
━━エピローグ。
いつものイーグルスの試合風景。
オープニングと同じく、長々と簡易トイレで過ごした後に出てきた雅樹が試合へと戻っていく場面で物語は終わる。
【主な登場人物】
演:小野昌彦(柳ユーレイ(現:柳憂怜))
本作の主人公。
バイクが趣味のガソリンスタンド店員。
劇中でサヤカを射止めた以外では全く良いところも褒められる所もないような若者であり、草野球でもお荷物の補欠以下の扱い。
尚、生意気にも背番号は“3番”である。
しかし、毒気のない顔をしていながらも内面には情熱を抱えていて他人の為に怒れる男であり、自分がトロいせいで(元は適当なマコトのせいなのだが)先輩のマコトと店長が金井に詰められたのが許せずに殴りかかってしまい、本作のトラブルの発端を生み出してしまうことに……。
自分では責任を感じているのに何も出来なかったことに鬱憤を溜めていたのか、物語の最後の最後に衝撃的な行動を取る。
どう考えても他人には迷惑しかかけていないのだが、サヤカや和男、井口など何故か放っておかれないことにも内心では申し訳なさを感じていたのかもしれない。
演:石田ゆり子
オシャレな喫茶店の美人ウェイトレス。
軽い気持ちで朗にナンパを勧められたのを実行した雅樹に応えて交際するようになる。
実際、交際についてはサヤカの方が積極的だったような部分も。
余計なことは何も言わずに最後まで雅樹に付き添う。
演:井口薫仁(ガダルカナル・タカ)
雅樹や和男の所属する草野球チーム“イーグルス”の監督で、休日の度に一人で盛り上がっている道楽親父。
現在は場末のスナックのマスターだが、ほんの数年前では本物の筋者であり地元で大友組を構える大友とも兄弟分であった。
たまに粋がった客や阿漕な商売をするパチンコ屋に“わからせ”をすることはあるものの基本的には大人しくしていたのだが、雅樹の件を穏便に収めるつもりが井口自身がプライドを傷つけられたことからやり過ぎてしまい、余計に取り返しのつかない事態に陥ってしまうことに。
尚、脚本上の役名は“隆志”なのだが、実際の劇中では名前で呼ばれる場合には演じるタカの本名である“井口”と呼ばれていることの方が多い。
演:飯塚実(ダンカン)
イーグルスのメンバー。
補欠の雅樹とは違ってチームの主軸で、ポジションはキャッチャー。
試合にはママチャリをこいで実家から一人でへーこらやって来る。
一見すると無愛想で強面で、実際にその辺のヤンキー程度には動じもしなければ喧嘩にも強いのだが、何故かダメ人間の雅樹には妙に優しく、面倒なことになると分かっていながらも遂には沖縄にも付き合うことに。
演:布勢絵里(現:ふせえり)
隆志(井口)の女房だが、正式な婚姻関係にあるのか内縁なのかは不明。
大友組に刺された後も病院にも行かずに耐えている井口が“沖縄で武器を買いつけて復讐してやる”と言っていたことを容体を心配してスナックを訪れた雅樹達に漏らしてしまったことで事態を更に悪化させてしまう切欠を作ってしまうことに。
演:芦川誠
イーグルスのメンバー。
バイク屋の息子で雅樹と仲がいい。
空気を読めないようで読める男であり、サヤカを目で追っていた雅樹の視線に気づいてナンパを勧めて二人が付き合う切欠を与えた。
演:芹沢名人
イーグルスのメンバーで、雅樹のバイト先であるガソリンスタンドの先輩でもある。
基本的に自分本位な性格で、まだシフト時間内だったのにデートを優先して金井の車の洗車やその他を後任せにしたことから本作のトラブルの発端の発端を作ってしまうが自身では全く責任を感じていなかった。
演:小沢仁志
大友組の構成員。
雅樹の働くガソリンスタンドにて洗車やその他を頼んでいたのにマコトが仕事を放り出し、やっと後を引き継いだ雅樹の仕事のボンクラぶりに店長を呼び出して文句を付けていた所で我慢できなくなった雅樹に殴りかかられたことから落とし前を迫ったことが因縁を生んでいく。
演:ベンガル
大友組の幹部。
かつては井口の舎弟だった。
大友の手前、雅樹の件での手打ちを頼みにきた井口を敢えて小馬鹿にした上に突き放すような態度を取る。
その後、無理を言って済まなかったとして個人的に話し合いという井口の申し出に悪い予感がしていただろうに応えて帰り道に付き合うが、その途中で井口から暴行を加えられて重傷を負わされてしまう。
演:井川比佐志
大友組組長。
かつての井口の兄弟分だが、雅樹の件にて手打ちを依頼してきた井口を突き放す。
……とはいえ、井口がバカにされる程度で今後の関わりがなくなれば今回は見逃していたのかもしれないが、その井口がやり過ぎたことから報復を加える。
……が、尚もかつての兄弟分に手心を加えたのか命までは取らせておらず最後の警告に留めていたのだが、それが皮肉にも衝撃的な結末に繋がってしまうことに。
演:豊川悦司
まだ20代前半と思われる若さながら沖縄連合を率いている大物ヤクザ。
組織の金を使い込んだ上原に金の返還と詰めた指の提出を命じていたが、追い詰められた上原に報復として幹部達と共に射殺された。
演:ジョニー大倉
演:ビートたけし
沖縄連合構成員。
組長付きの構成員にも“アニキ”と呼ばれていたので組織の中でも上位の構成員なのかもしれないが、現在は組織の金を使い込んだ件にて進退窮まる立場にある。
傍目にも強烈な個性を放ちまくっている異物であり、どう見てもマトモな人間で無かったことで反対に右も左も解らない中で沖縄まで来てしまった雅樹と和男を引きつけることになり、何故か上原も二人を受け入れて武器の買い付けまで引き受けてくれることになるが……。
本作最大のトリックスターであり、主役ではないものの矢張り自身の知名度もあってか本作のメインビジュアルには上原が花畑で極楽鳥花(バードオブパラダイス/ストレチア・レギネ)を付けて佇んでいる姿が使用されている。
尚、一見すると何ものをも恐れない風でいてエンコ(指)を詰めるのを最後まで嫌がって(別に監視がいる訳でもないのに)玉城に情婦の純代を強引に抱かせて、それを盾に代わりに指を詰めさせておきながら結局は雅樹達の代役の序に自分も手に入れた武器で邪魔な組長達を殺害するなど、何もかもが衝動的な狂気の男。
演:渡嘉敷勝男
沖縄連合構成員。
上原の舎弟であり、演者が演者のためか小男ながら異常に腕っ節が強い。
上原への忠誠は高いものの劇中での扱いは中々に散々で、無理矢理に上原の情婦の純代を抱かせてもらっている途中で、興奮して乱入してきた上原に掘られた(アッー)上に、純代を抱いたのを盾に指を詰めさせられてしまう。
しかし、それでも上原への忠誠は揺るがずに翌日には雅樹達の代わりに武器の買い付け(強奪)を行い、自分も強力な武器(マシンガン)を手に入れた上原と共に詫びを入れにいったと見せかけて組の本部を襲撃して組長と幹部達を殺害。
その後、逃亡するのではなく上原からの土産を空港で雅樹達に渡したのちに上原と共に報復を受けて惨殺された。
【余談】
- クライマックスのヤクザ事務所の炎上シーンは、住宅地での撮影であったにも関わらず迷惑を考えて深夜に決行したものの、それ故に近隣への注意喚起が十分ではなく、その上に爆発が予想以上の規模となってしまったことで結構な騒ぎになってしまったとのこと。
- 実は、本作の結末は元々の想定では物語の全てを覆すかのようなものであった。
以下に、ネタバレとして格納する。
+
|
実は… |
公開時にも明確に盛り込まれているかは不明だが、実は本作の物語自体が雅樹がトイレに入っていた間に見ていた白昼夢(空想)という構想が撮影前のたけしにはあり、演じたユーレイ(小野)にも確りと伝えられていたという。
それは、エピローグ部分を細かく見ると解るのだが、実は現実の雅樹は補欠などではなく、本当はイーグルスの四番打者にしてサードを守る主力選手であったから━━だという。(補欠なのに背番号が“3番”だったのはそれが理由。)
その、本来は“デキる男”である雅樹が“サエない自分”を空想してみたら……というのが本作の真相だったというもの。ΩΩΩ<ナ、ナンダッテー
尤も、実際の公開の段階に於いては現実なのか夢オチなのか空想オチなのかは明言されておらず、視聴者でも解釈が分かれているという訳である。
空想オチが生きているのなら、大友組は存在せずに井口はただのスナックの親父、サヤカとの付き合いも昔からで単なる恋人……とかなのかもしれない。
|
追記修正は毎日の素振りをこなしてからお願い致します。
最終更新:2025年05月18日 18:53