登録日:2025/12/24 Wed 20:50:00
更新日:2026/03/27 Fri 11:03:22
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マライア・キャリー(Mariah Carey)とは、クリスマスの女王様である。
毎年
ハロウィンが終わると、「
It's Time!!!!!!」と7オクターブの美声を響かせながら、クリスマスが始まったことを高らかに宣言するあのお方のこと。
今やクリスマスはマライアの独壇場と化し、クリスマスシーズンになるとあの曲が街中の至る所から流れてくる。
そう、あの曲、それは『恋人たちのクリスマス』(原題:All I Want For Christmas Is You)。
1994年に産声を上げたこの曲は年を重ねるにつれ、どんどんその影響力を増してゆき
今では毎年クリスマスシーズンになると世界中の音楽チャートで最新ヒット曲を押し退けて1位になる、とんでもない曲(モンスター)に育った。
母国
アメリカでも発売当時正式にシングルカットされていなかったにも関わらず、ビルボード(アメリカの音楽チャート大手)の集計方法が変わったこと、そしてあまりにも聴かれる事からどんどんチャート上位に進出し、今では21週間1位を記録(2025年現在)するビルボード史上最長のNo.1ヒットにまでなってしまった。
ここ日本でも発売当時に放送されていた山口智子主演のドラマ『29歳のクリスマス』の主題歌に採用された事もあってか他の国に先駆けて親しまれているマライアの曲であり、当時のシングルはミリオンセラーにもなっている。なので日本でもクリスマスシーズンになれば街中でこの曲を耳にする機会が増える。
そう、クリスマスシーズンが来てしまうともう誰もマライアを止められないのだ…。
と、まぁ今やクリスマスを代表する女王様として認知されている感があるマライアだが、クリスマス関係を抜きにしても大変成功している世界的歌手である。
なのでここからは歌手や人間としてのマライアについて解説していこう。
【経歴】
1969年3月27日、ニューヨーク郊外で生まれたマライア。
元オペラ歌手の白人女性と黒人男性の間に生まれたマライアはバイレイシャルであり、兄と姉が居た。
そんなマライアの家庭環境は決して良いものとは言えず、両親は彼女が小さい頃に離婚、兄は母親に暴力を振るうし、姉はマライアに売春を勧めるような有様だったという。
更にバイレイシャルである事から黒人と白人の両方から差別を受け、なんなら親や教師からも屈辱的な扱いを受けた。
そんなマライアだったが、オペラ歌手だった母の影響もあって小さい頃から歌手を志していた。当初は他の歌手のバックコーラスを務め経験を積んでいたが、マライアがデビューを目指して作っていたデモテープをその歌手が聴いたところその出来栄えに驚き「あなたはバックコーラスをやっていちゃダメ」と当時CBSレコードの社長だったトミー・モトーラを紹介。そして契約が決まり、晴れて1990年にいちアーティストとしてデビューを果たした。
デビュー・シングルの『ヴィジョン・オブ・ラヴ』が発売されるとその圧倒的な歌唱力に人々は驚き、全米1位を獲得。そこから続けて5枚のシングルが連続して1位に。デビュー・アルバムも1位と大成功をおさめ、1991年のグラミー賞では最優秀新人アーティストを含む2部門を受賞した。
1993年にはアルバム『ミュージック・ボックス』が世界規模でバカ売れ。この頃には日本に初来日し、日本での人気も急速に高まる。同じ年にはトミー・モトーラと結婚し、正に現代のシンデレラ・ストーリーとして羨ましがられる事になる。1994年には例のアレを収録したクリスマス・アルバム『メリー・クリスマス』を発表。1996年には『デイドリーム・ツアー』を開催し東京ドームでの初来日公演は2日間の公演チケット15万枚が即完売する等日本でも人気はうなぎ上り。
と、ここまで歌姫としては順調だったマライアだったが、当時の私生活は彼女にとって幸せとはいえないものだった。
モトーラは独占欲が強く嫉妬深い人物で、「露出度が高い服はダメ」などマライアの行動や交友関係にいちいち細かい注文を付けた。マライアは音楽的にももっとR&Bやアーバン寄りの音楽をやりたいと望んだが、モトーラは認めず、更にエスカレートしたモトーラは自宅に監視カメラを付け、マライアが自宅を出ないように銃を持ったセキュリティまで雇った。
こうした結婚生活の末、マライアはとうとう逃げ出し離婚を申請。所属レコード会社の社長と袂を分かつ事は一所属アーティストとして非常にリスキーな事だったが1997年に申請は受理された。
私生活におけるモトーラからの呪縛から解放されたマライアはCBS→コロンビア(どちらもソニー系列)との契約をさっさと消化すべく積極的に作品作りに取り組んだ。1997年のアルバム『バタフライ』はそんなマライアが作る心機一転一作目のアルバムであり、先行シングル『ハニー』はR&Bやヒップホップにぐっと寄ったサウンドの変化に加え、MV等での肌の露出が一気に増えた。
その後ソニーとの契約枚数を消化したマライアはヴァージン・レコードに移籍、2001年には映画『グリッター』に初主演するのだがここからアーティストとしての暗黒期が始まる。もっとも90年代末から全盛期と比べて陰りは見えていたものの、まだまだヒットを量産していたマライア。しかし映画は大コケ(これには映画の公開が911テロの直後であり、とても受け入れられるような状況に無かったという不運もあったのだが)、サウンドトラック扱いで発売されたアルバムも思ったような売り上げには届かず、一作限りでヴァージン・レコードから契約を切られてしまう。同時期にはテレビ番組での言動がブーイングされたり、色々なストレスから精神衰弱で入院したりと本業以外でのニュースが増えて一気にオワコン扱いを受ける。
2002年、マライアはアイランド・レコードに移籍。落ち着いた作風の『チャームブレスレット』を挟みながら2005年『MIMI』(原題:The Emancipation Of Mimi)を発表。するとシングル『ウィー・ビロング・トゥゲザー』が全米14週連続1位のメガ・ヒットを記録。アルバムもマライア印の歌唱力が戻ってきたとして1000万枚の売り上げを記録し、一気に完全復活を遂げる事になる。
2008年にはビデオ撮影で知り合ったコメディアン俳優のニック・キャノンと結婚、2011年にはニックとの間に双子を出産。但しニックとは2014年に別居、2016年に離婚している。
近年でも体型の変化等本業以外でのニュースが目立ったりするものの、現在までに2億枚のレコード・セールスを記録。19曲の全米No.1シングルを持っており、これは女性・ソロ歌手としては歴代1位、男性含めても
ビートルズに次いで2位。ちなみにシングル関連だと全米No.1を記録した週数が100週を超える唯一の歌手という記録も持っている。2020年にはこれまでを赤裸々に綴った自伝『ザ・ミーニング・オブ・マライア・キャリー』も出版。
【作風】
歌姫として歌唱力ばかりが取り沙汰されているが、シンガーソングライターでもあり、自分のオリジナル曲は大体自分で書いている。なのでクリスマスのアレも『ヒーロー』も『エモーションズ』も全部マライア本人作。但し共作だったり、サンプリング(別の曲の一部を流用して新たな曲として再構築する手法)も多い。あとは歌唱力を生かしてカバーをする事も多い。
本人の音楽の好みはヒップホップやR&B寄りであり、離婚後はそういった曲が大幅に増えた。ヒップホップやR&Bを分かりやすくポップと融合して、主流になるきっかけを作ったアーティストの一人とも言われている。
【性格】
わがままで女王気質な性格だとされており、そういったところからもDIVA扱いされたりする。ただ本人はシチュエーションによってそう見えるように演じているだけの場合もあるとの事。またユーモアに富んだ性格でもある。
恵まれない環境にある子供達の為の学びの場、キャンプ・マライアを運営したり、国内外のチャリティー活動に積極的に寄付したりもしている。
I Don't Know Her
事の始まりは2000年頃、マライアと離婚して悔しい思いをしていたモトーラは離婚後事あるごとにマライアに対して嫌がらせを仕掛けており、それでもソニーに在籍している間は一応自社の所属歌手である事から抑え気味にしていたものの、マライアがソニーから離れると遠慮することが無いので一気にエスカレート。当時マライアは『グリッター』のアルバムの1stシングルとして『ラヴァーボーイ』という曲を予定しており、これにはYMOの『ファイアークラッカー』をサンプリングしていた。だがその情報を極秘に入手したモトーラは急いで当時ソニーに所属、人気急上昇中、かつ寵愛していたジェニファー・ロペスの新曲にそのアイデアを使い急いで発売。先にネタを使われた事でマライアは『ラヴァーボーイ』自体は発売したものの、曲のアイデアやサンプリング元を変えざるを得なかった。
こうした事もあり数年後のテレビのインタビューでジェニファー・ロペスについてどう思うか訊かれた際マライアは『I Don't Know Her(彼女の事知らないわ)』とだけすまし顔で答えた。
やたらと攻撃的で無く、それでいて相手に対しての拒絶感をしっかり表す名文句として今でもネットを中心に人気の高いミームの一つとなっている。
ちなみにそれから更に年月が経って、流石にもう彼女の事は知っているだろうと質問された際にも「I Still Don't Know Her(未だに彼女の事知らないの)」と返している。
【アルバムと代表曲】
Mariah Carey
1990年発表、全米No.1『Vision Of Love』『Love Takes Time』『Someday』『I Don't Wanna Cry』収録。
Emotions
1991年発表、鳥のさえずりのようなハイトーン連発で有名な全米No.1『Emotions』はここに収録。
Music Box
1993年発表、全米No.1『Dreamlover』『Hero』、ハリー・ニルソンのカバー『Without You』収録。
Merry Christmas
1994年発表、例のアレを収録した今でもベストセラーを記録するクリスマス・アルバムの決定版。
Daydream
1995年発表、全米No.1『Fantasy』『One Sweet Day』『Always Be My Baby』収録。ボーイズIIメンと共演した『One Sweet Day』は全米16週間連続1位で長い間最高記録を保持していた。ジャーニーのカバー『Open Arms』も収録。
Butterfly
1997年発表、イメチェン作。全米No.1『Honey』『My All』収録。
#1's
1998年発表。13曲の全米No.1シングルと新曲を収録した内容だがマライア曰くベストでは無いらしい。日本での洋楽作品の最高売り上げ作品。
Rainbow
1999年発表、全米No.1『Heartbreaker』『Thank God I Found You』収録。
Glitter
2001年発表、映画のサントラを兼ねている異色作。
Charmbracelet
2002年発表。収録曲の『Boy (I Need You)』には日本人から見るとおかしい日本を舞台にしたMVがある。
The Emancipation Of Mimi
2005年発表、堂々の復活作にして代表作の1枚。全米No.1『We Belong Together』『Don't Forget About Us』収録。
E=MC²
2008年発表、全米No.1『Touch My Body』収録。
Memoirs Of Imperfect Angel
2009年発表、「俺はマライアと付き合った事があるんだぜ」と当時しつこく触れ回っていたエミネムに「なんでそんなに私に執着するの?」とお見舞いした『Obsessed』はここに収録。
Merry Christmas II You
2010年発表、『Merry Christmas』の続編。
Me. I Am Mariah... The Elusive Chanteuse
2014年発表、子供達も参加。
Caution
2018年発表。
Here For It All
2025年発表、今のマライアを楽しめる円熟の1作。
【アニヲタ視点】
意外に声優としてもいくつかの作品に参加している。『
レゴバッドマン・ザ・ムービー』にはゴッサムシティの市長役で出演。『ザ・スター はじめてのクリスマス』には声優としてだけではなく主題歌も提供している
やっぱりクリスマス。
2017年には『恋人たちのクリスマス』を基にしたアニメ映画も作られている。
追記修正は7オクターブの美声を響かせながらお願いします。
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最終更新:2026年03月27日 11:03