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REBECCA(バンド)

登録日:2026/06/24 Wed 02:40:30
更新日:2026/07/01 Wed 14:32:22
所要時間:約 10 分で読めます




REBECCA(レベッカ)とは1984年にデビューした日本のロックバンド。紅一点ボーカルのNOKKOを中心とし、以降の女性ボーカルバンドに大きく影響を与えた。
所属レコード会社はCBS・ソニー(現;ソニー・ミュージックエンタテインメント)「FITZBEAT」レーベル。再結成後はSME Records(1999年・2002年)・イーストウエスト・ジャパン(2000年)→ディスクガレージ(2015年)→ユニバーサル・ミュージック「ユニバーサルシグマ」レーベル(2017年)→ソニー・ミュージックレーベルズ(2024年)

経歴

元々ガールズバンド「DOLL」のメンバーだったNOKKO。
そんな彼女は兄の山田貢司がベースとして参加していたバンドにそれまでの男性ボーカルに代わって参加する事になる。そのバンド「REBECCA」の名前はケイト・ダグラス・ウィギンの小説『黒い瞳の少女レベッカ』に由来する。

デビューに至るまでも貢司の脱退などのメンバーチェンジがありつつ、1983年にCBSソニーが発足した新レーベル『FITZBEAT』のオーディションに合格。

1984年にシングル『WEARHAM BOAT CLUB』でデビューするものの、最初は売れ行きも良くなかった。しかしライヴを重ねていくにつれて徐々に客足とファンを増やしていく。

だが2ndシングル発売後の1985年1月、それまでバンドをリーダーとして支えてきた絶対的存在・ギターの木暮武彦、そしてドラムスの小沼達也が音楽性の相違を理由に脱退。

バンドは新たに小田原豊をドラマーとして迎え、2代目リーダーにはキーボードの土橋安騎夫が就任。音楽性も土橋の手によってこれまでの硬派なロックからポップ寄りのロックへと変化していく。

4月のライヴはその熱狂的な盛り上がりから「酸欠ライヴ」とも称され、ライヴでの評判を獲得。同月のシングル『ラヴ イズ Cash』がスマッシュヒットになると、6月には日本青年館でワンマンライヴを開催。

そして10月、ドラマ『ハーフポテトな俺たち』の主題歌にもなった『フレンズ』が発売されると大ヒットし一気に大ブレイク、翌月に発売されたアルバム『Maybe Tomorrow』は当時ロックバンドとしては異例のミリオンセラーを記録するなど一気に時代の寵児に上り詰める。

1986年、次のアルバム『TIME』を発売。早稲田大学でのシークレットライヴも今でも伝説と称される盛り上がりを見せた。

1987年になっても日本武道館4daysを成功させるなど勢いは衰えず、同年のアルバム『POISON』は日本ゴールドディスク大賞のTHE BEST ALBUM OF THE YEAR(グループ部門)を受賞。

1988年になるとアメリカ市場を見据えた展開が始まり、1989年のシングル『SUPER GIRL』のシングル用リミックスではスティーヴ・ヴァイをギタリストに迎えるなどした。同年には当時完成して間もない東京ドーム公演で5万人を動員、『Maybe Tomorrow』以降のアルバムはここまで全てオリコン1位を獲得するなど名実ともに日本のトップバンドの一つになっていた。

しかしこの頃になるとメンバー達は疲弊しており、ボーカルや曲作りを担っていたNOKKOは特に疲れ切っていた。NOKKO曰くこの頃には自分達の中でバンドとしてやっていく上での新鮮味が既に失われているのを感じており、限界だったという。

1990年の『BLOND SAURUSの逆襲ツアー』最終日をもってバンドは活動停止、翌年に解散を発表する。

その後、NOKKOのソロ活動を経て1995年に阪神淡路大震災のチャリティーライヴの為に一時的に再結成。1998年、野島伸司脚本のドラマ『リップスティック』の主題歌に『フレンズ』が使われた事でリバイバル・ブームが起こり、2000年にも一時再結成し、アニメ映画『風を見た少年』の主題歌『神様と仲なおり』を発表。

それからはバンドとしては音沙汰も無く、NOKKOがテレビ出演の折にREBECCAのヒット曲を歌う程度に留まっていたが…。

2015年4月、8月に復活ライヴ『Yesterday, Today, Maybe Tomorrow』を開催する事を発表。横浜アリーナ2daysやさいたまスーパーアリーナで開催されたライヴは大盛況のうちに終わり、年末のNHK紅白歌合戦にも初出場。

それからはマイペースながらも活動を続け、2017年には28年ぶりの全国ツアー開催。同年には17年ぶりの新曲『恋に堕ちたら』を発表。

2024年にも全国ツアーを開催し、7年ぶりの新曲『Daisy Chain/アシデケトバセ』を発表。

2026年から2027年にかけても2年ぶりの全国ツアーが予定されているなど再結成後の現在もライヴを中心に活動を続けている。

メンバー

NOKKO

バンドの顔でもある紅一点のボーカル。本名=山田信子。1963年11月4日生まれ。
その圧倒的なボーカルとライヴパフォーマンスは多くの伝説とフォロワーを生んだ。
第一次活動期においては激しくダンスしながらも息を切らす事もなくパワフルな歌声を届ける肺活量と声量の凄さが目を惹く。日本において踊りながら歌う女性歌手のパイオニアの一人ともいえる。
更にバンドの曲作りにおいては多くの曲の作詞を手掛けた。

解散後はソロ活動に移行。
バンドでのロックサウンドの次に挑戦したのはクラブサウンドで、当時日本ではまだそんなに主流では無かったハウスに挑戦。
晴海特設会場(東京国際見本市会場)で海外のミュージシャン達を招いて「CLUB HALLELUJAH」という10日間連続ライヴを開催するという斬新な試みに留まらず、バンド時代に為し得なかった本格的な海外活動を展開。
シングル『I Will Catch U』はアメリカのビルボードのダンスチャートで上位に食い込み、NOKKO自身も主にアメリカやヨーロッパのクラブシーンやゲイカルチャーの間で高い人気を獲得する事になるなど一定の成果を残す。

しかしアメリカでのどんどん熱を帯びていく盛り上がりや生活にギャップを感じ帰国。更に海外現地における高い評価とは裏腹に当時としては新しいハウス路線が日本の大衆に大きく受け入れられる事が無かった事から路線変更。(それでもアルバム『Hallelujah』はオリコン4位、年間27位、52万枚を売り上げるヒットにはなっている。)
自身作詞、筒美京平作曲、そしてテイ・トウワがアレンジを手掛けた『人魚』がヒット。その後も『ライヴがはねたら』、朝ドラ主題歌『Natural』などヒット曲を発表。

2001年、マドンナやジャネット・ジャクソンのミックスエンジニアを手掛けた事もあるGOH HOTODAと再婚。2006年には子供を出産。

結婚と前後し、活動ペースは一気に緩やかになったが、2010年のカバーアルバム発売を機にソロ活動を再開。現在もバンド活動を平行してソロ活動やライヴも定期的に行っている。

土橋安騎夫

キーボード担当及び2代目リーダー、1960年9月19日生まれ。
バンドの曲作りにおいては小暮脱退以後、ほぼ全ての曲で作曲を担当。

バンド活動だけでなく、1990年にはソロアルバム『FOX』を発表。TM NETWORKの宇都宮隆の一部ソロワークスにも参加している。
内田有紀、DA PUMPのISSAなどにも楽曲を提供しており、中でも松田聖子に提供した1987年の『Strawberry Time』はオリコン1位を獲得している。
DJとしても活動しており、NOKKOのソロ曲のリミックスを手掛けた事もある。

高橋教之

ベース担当、1959年12月10日生まれ。
REBECCA解散後は別バンドで活動した事もありつつ、会社員に転向。
REBECCA再結成においては有給を消化しつつ参加していた。

小田原豊

3代目ドラマー、1963年2月6日生まれ。
現在はスタジオミュージシャンとしても活動。

是永巧一、中島オバヲ

是永はギター担当、1961年12月25日生まれ。
中島はパーカッション担当、1960年9月3日。

この二人は長らくサポートメンバーとしてバンド活動に帯同しており、特に是永は入れ替わりの激しかったギター担当において3代目ギターの友森の脱退後ずっとバンドのギターを担当してきた。
にも拘わらずずっと正規メンバー扱いされてこなかったのだが、2024年のツアーになって二人ともようやく正規メンバー扱いを受ける事になった。

元メンバー

木暮武彦

初代ギタリストにして初代リーダー、1960年3月8日生まれ。
初期のREBECCAにおける要。愛称は「シャケ」。
脱退後は小沼達也やダイヤモンド☆ユカイらと「RED WARRIORS」を結成し(小沼はその後そっちも脱退)こちらでも成功を収めた。

NOKKOとは恋仲だった時期があり、小暮脱退後及びREBECCAが活動停止した1990年に結婚している*1。しかし1993年に離婚。

なお二人目の妻チエ・カジウラ(『マクロス7』にて歌の吹き替えボーカルを担当。こちらとも既に離婚)との間に生まれた娘が、俳優の杉咲花である。

その他の元メンバーには山田貢司(NOKKO兄)、大金晴哉、小沼達也、古賀森男、友森昭一がいる。

影響

REBECCAのファンを公言するフォロワーは現在の音楽界においても数多い。
特に有名なのがJUDY AND MARYのYUKIで、色々な面でNOKKOに強く影響を受けたとしている。高校時代はREBECCAのコピバンを組んでおり、NOKKOとラジオ番組で対面した際にも「REBECCAの曲は全部歌えます!」と興奮した様子を見せた。

その他にもLINDBERGの渡瀬マキ、木村カエラ、鬼龍院翔などがファンである事を明かしている。

バンド活動時からいち早く「リミックス」というものに着目して手を出していたミュージシャン・バンドでもあり、活動期には3枚の12インチ・シングルを発売していたり、リミックスアルバムを何枚も発表している。1987年のリミックス・アルバム『REMIX REBECCA』はリミックス系のアルバムとしては異例のオリコン1位にもなった。

余談

1999年の「フレンズ」のリバイバルブームにより2000年に再結成したレベッカだったが実は本来メンバーはこのタイミングにきちんと活動再開するつもりだった。

それが15年も遅れてしまったのは高橋が母と兄の2人もの介護活動で多忙だったのが大きい。当時新曲「神様と仲直り」だけ出して活動が不透明なままになってしまったのはこれが理由である。

楽曲

  • VIRGINITY
2ndシングル。REBECCA90年代再評価のきっかけになったドラマ『リップスティック』で挿入歌として使われていた。
  • フレンズ
4thシングル。最も有名な代表曲。
  • ガールズブラボー!
4thシングルのB面。こちらも『フレンズ』共々『ハーフポテトな俺たち』に使われていたので当時の世代には有名。
  • MAYBE TOMORROW
大ヒットした同名アルバムの表題曲。アンコールといえばコレというほどファンの間で人気の高いバラード。
  • RASPBERRY DREAM
5thシングル。「フレンズ」に次いで有名であろうヒット曲。
  • MONOTONE BOY
7thシングル。作詞家の松本隆が監督した映画『微熱少年』の主題歌。なので作詞は松本が担当。
  • MOON
9thシングル。ある女性の暗い半生を綴っており、幽霊の声が入ってる騒動で意図せずも有名になってしまった曲。せんぱーい
だが実際はNOKKOの声にエフェクトをかけたものがそう聴こえるだけだと明らかになっている。しかしそのインパクトから未だに「幽霊の声が聴こえる曲」としてこの曲が挙げられる事が多い。アルバム『POISON』発売後にシングルとしてリカットされた。
  • 真夏の雨
『POISON』に収録されているレゲエ風のバラード。再結成後は英語の部分が日本語で歌われる事がある。
  • ONE MORE KISS
10thシングル。オリジナルアルバムには未収録。PVでは幼少期バレエを習っていたNOKKOによる踊りがフィーチャーされている。
  • SUPER GIRL
アルバム『BLOND SAURUS』収録でマキシシングルとしてリカットされた。アルバムでは是永によるギターだが、12インチシングルではスティーヴ・ヴァイが参加したリミックスが収録されている。2015年の再結成ライヴではNOKKOがこの曲を歌いながら会場の空を飛んだ。
  • Daisy Chain
2024年の新曲、REBECCAらしさと新しさが共存した曲で同年のツアー『NOSTALGIC NEW WORLD』を体現した曲。
  • アシデケトバセ
同じく2024年の新曲。こちらはREBECCAの新しい面を垣間見せた曲であり、NOKKOのソングライティングにおいてもダークな面が出た曲。


追記修正はミントチョコを辞める事が出来てからお願いします。


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最終更新:2026年07月01日 14:32

*1 この時のスポーツ新聞の記事の見出しが「NOKKO・SHAKE結婚」という、一見すると一体何なのかわからないものだったことから、当時同じCBSソニーの別レーベルに所属していた電気グルーヴのピエール畳(相方が石野「卓球」)は自分の「畳」という名前に疑問を抱き、「ピエール瀧」に改名したというエピソードがある