私はどこにでもいるようなしがない平民だった。ギルノーツ家の使用人として働けているのも運が良かったからに過ぎない。何をしても凡庸、人より優れているところなんて何もない。ただ初対面の男性からよく容姿を褒められていたから少しだけ顔立ちが整っていたのかもしれないと今は思う。その辺りは親に感謝している。この整った顔立ちというのが良くなかったのかもしれないが。
何故ならロブロニア=H=ギルノーツに手籠めにされたから。突然の事だった。抵抗しようにも所詮私はしがない女でしかない。それなりに鍛えた男には敵わなかった。気が付けば一人泣いていた。自分の無力さに泣く以外の事等私にはできなかった。
何故ならロブロニア=H=ギルノーツに手籠めにされたから。突然の事だった。抵抗しようにも所詮私はしがない女でしかない。それなりに鍛えた男には敵わなかった。気が付けば一人泣いていた。自分の無力さに泣く以外の事等私にはできなかった。
それからはずっとあの男の言いなりになる以外に道はなかった。職を失うのが怖かったからというのもあった。だがそれだけだったらまだよかった。
「お前がいなくなればお前の家族を処刑してやる」
あの男はそう言った。そして私はあの男の言いなりになり続けた。もっとも、あの男はすでに私の家族を殺していた。それをあの男が失脚してから知った。最初からあの男は私の家族を消す気だったのだ。自分の欲望のために。それを知ったのはあの男との間に子供が出来た後だった。降ろすことは許されなかった。そうして私はあの男によって身ごもらされた子供を、私の息子をこの世に誕生させた。それが息子を苦しめることになるとも知らずに。
レクトと名付けた息子を産んでから一年後、あの男は失脚した。ギルノーツ家を簒奪し当主となった彼の息子の手によって。
だけどそれで私の待遇が良くなったわけではない。むしろ冷遇されることとなった。特に当主の本妻からは目の敵にされた。どうやらあの男の手籠めになっていたことを快く思わなかったばかりか私が当主に色目を使わないか警戒していたようだ。あの男が失脚する前は心配してくれた同僚達は手の平を返すように私から距離を取り始めた。中には嫌がらせを行う者さえいた。それだけならまだ良かった。あの男の言いなりになっているときみたいに心を凍らせれば、何も感じなかったから。
だけど、レクトが周りから手酷い扱いを受けることだけは耐えられないほどに苦痛だった。何度もレクトだけは助けてもらえないか当主に直訴したが無駄足に終わった。彼は何もしてくれなかった。どうやら彼もレクトをひどく嫌っているようだった。彼はレクトを汚物でも見るような視線を向けていた。誰にも頼ることなんてできないと確信した。レクトはいつも泣いていた。私が頼りないせいだろう。ごめんね、弱いお母さんで、貴女の事を守れなくてごめんね。
だけどそれで私の待遇が良くなったわけではない。むしろ冷遇されることとなった。特に当主の本妻からは目の敵にされた。どうやらあの男の手籠めになっていたことを快く思わなかったばかりか私が当主に色目を使わないか警戒していたようだ。あの男が失脚する前は心配してくれた同僚達は手の平を返すように私から距離を取り始めた。中には嫌がらせを行う者さえいた。それだけならまだ良かった。あの男の言いなりになっているときみたいに心を凍らせれば、何も感じなかったから。
だけど、レクトが周りから手酷い扱いを受けることだけは耐えられないほどに苦痛だった。何度もレクトだけは助けてもらえないか当主に直訴したが無駄足に終わった。彼は何もしてくれなかった。どうやら彼もレクトをひどく嫌っているようだった。彼はレクトを汚物でも見るような視線を向けていた。誰にも頼ることなんてできないと確信した。レクトはいつも泣いていた。私が頼りないせいだろう。ごめんね、弱いお母さんで、貴女の事を守れなくてごめんね。
味方なんていない。私はいつしかレクトを心の支えにしていた。レクトがいなければきっと私は壊れていた。そしてレクトの味方は私しかいなかった。私がいなければレクトは死んでしまう。それだけは確信していた。いつかお金をためてレクトと一緒にギルノーツ家を出ること、レクトに外の世界を見せること、そしてレクトと幸せになること。それが私の望みになっていた。望みを叶えるためなら頑張れた。どれだけ冷遇されたとしてもレクトがいれば私は頑張れた。レクトと一緒に望みをかなえることが目標だった。
だけど、それは叶わなかった。叶える前に私は当主の息子のリベリオ=ギルノーツの手にかけられたから。唐突に斬られたから抵抗する暇なんてなかった。成す術もなく私は床に倒れた。床に血が広がっていく。私はもう死ぬのだろう。レクトを置き去りにして。そしてリベリオ=ギルノーツはレクトも殺すのだろう。私の愛しい息子を。
それだけは認められなかったから、私は引き留めるためにリベリオの足を掴んだ。
「…………何のつもりだ」
そう言ってリベリオは私の身体に剣を突き立てた。痛みは感じなかった。ああ、もう私は助からない。だけど少しでもこの男をこの場に留めなければ、レクトが死んでしまう。
「…………行かせない」
血を吐きながら私はリベリオ=ギルノーツを睨みつける。それだけは出来たから。
「レクトを殺させない……。私の大事な息子を……奪わせたりはしない……!」
リベリオ=ギルノーツの足を掴んで引き留め続けた。レクトの元へ行かせないために。でも、私の身体はとうに限界だった。血を流しすぎたのだろう。力が抜けていく。目の前が真っ暗になる。もう、リベリオ=ギルノーツを引き留めていられない。私は死ぬ。レクトをこの世に一人置き去りにして。
ごめんねレクト……。弱くて頼りないお母さんで。貴方の事を守れない駄目なお母さんでごめんね。でもお願い。貴方だけは生きて。そして逃げて。そしていつか幸せになって。それだけがお母さんの望みだから……。
その女の手を振り払うこと等いつでもできた。所詮か弱い平民の女だ。特別な力など何もない。足蹴にすること等、いともたやすい事だった。だが、リベリオ=ギルノーツはそうしなかった。女が息絶えるまでずっとその場に留まり続けた。何故そうしたのか自分にも分らなかった。ただ、このか弱い女を足蹴にすれば自分は強者でいられなくなる。確信めいた何かがリベリオ=ギルノーツの胸中に浮上した。女が息絶えた後、屈み込み自身の足から女の手をゆっくりと丁寧に解いた。そして再び立ち上がりその場を後にした。
そうして彼女の人生は終幕を迎え、その場にはか弱い女の死体が一つ残されることとなった。