斬って、斬って、斬り続けて、もう何体魔物を斬り倒しただろう。
息を荒げながら目の前の敵に向けて少年——————レクト・ギルノーツは大剣を構える。
魔物。知的種族とみれば見境なく襲い掛かってくる害獣、否、それよりも痛ましい何かを睨みつけながら呼吸を整え目の前の敵の様子をうかがう。
目の前にいる魔物は異様に肥大化した頭部を除けば狼に似た姿をしている。それはよだれを垂らしながら距離を詰めるべくじりじりと前進してくる。
先に動き出したのは魔物の方だった。口を開けて勢いよく飛び出し目の前の獲物を食らい殺そうとする。対するレクトは前に転がることで攻撃をかわし背後に回りこみながら剣を横薙ぎに大きく振るう。
魔物にその一撃を躱す暇はなく首を斬り落とされ頭部が宙を舞いそのまま地面に落下した。
「……これで最後だな」
一言呟き周囲を警戒、魔物の気配がないことを確認し力を抜く。
彼の周囲には血の海に沈む魔物の群れが十数体は転がっていた。
「本当に助かったよ! あの魔物にはほとほと手を焼かされていたからな!!」
夕暮れ時、賑わいを見せる酒場にてテーブルをはさみ対面で向かい合いながらつぎはぎだらけの衣類を着た依頼主が感謝の言葉を告げる。
「いえ、依頼ですから」
対するレクトは一言返してテーブルの上に並ぶ質素な料理に目を向ける。黒く堅そうなパンと野菜くずの入った塩味のスープ、穀物をすりつぶし水で薄めた粥だ。目の前の依頼者曰く自分たちが出せる精いっぱいのごちそうとのことだ。
まずはパンにかぶりつくも見た目通り堅くかみちぎることができない。そのためパンをちぎり野菜くずのスープにひたししみこませる。スープをしみこませ柔らかくなったそれを口に含む。塩味が付いた小麦の味が口の中に広がる。
次に木製のスプーンで粥を掬い口に運ぶ。穀物を水で薄めたような味を感じながらかきこむ。
その様子を眺めながら依頼者は口を開く。
「冒険者殿に……いえ、レクト殿にお願いがありまして……この村に留まっていただけないでしょうか?」
その言葉を聞いたレクトは粥をかきこむ手を止め依頼者に目を向ける。
「この村にまた魔物が現れた時、レクト殿がいれば心強いのです。ここにいるどの男たちよりもよほど頼りになる! ですのでどうか……」
「オレはこの後また旅に出るつもりです」
依頼者の言葉を遮り一言で申し出を断る。
「む、村で一番住み心地の良い土地を明け渡します! 女子も好きなだけ差し出します。飯だっていくらでも……ですからどうか……」
縋りつくように頭を下げて頼み込む依頼者に対しレクトは淡々と言葉を告げる。
「どんな条件を出されてもその申し出を受けることはできません。オレにはやるべきことがあるんです」
その言葉を聞きうなだれてしまった。申し訳なさげにしながらもレクトは一歩も譲歩する様子は見せない。そして無言で残りの料理を平らげ手を合わせる。
糧をいただいたこと、それに感謝するように。そして無言で席を立ち依頼者に背を向ける。
「依頼は確かに果たしました。このまま立ち去ります」
一言残し、少年はそのまま酒場を後にする。うなだれ頭を抱える依頼者がその場に残されるだけであった。
酒場を出て険しい山へ向かう道を歩きながら村の様子を横目で観察する。
旅の途中で偶然たどり着いただけであった。少し休憩するつもりであったが武器を持っていることに気づいた村民に目を付けられ、聞いてもいないのに無理矢理身の上話を聞かされる羽目になった。曰く生活が苦しいながらもなんとかやっていたところに狼に似た魔物が十数体も出没し被害を被るようになったこと、村の中で力が自慢の男たちが何人も食い殺されてしまったことを泣きながら話された。
無視すればいいものをなんとなく見過ごすことができず、半日分の食料を融通してもらうことを条件に魔物討伐の依頼を引き受けてしまったのである。
依頼者に対して申し訳なさを感じながら出口に向かって歩き始める。
険しい山へ向かう道を歩きながら村の様子を横目で観察する。
どの村民もボロボロの衣類を身に纏い男女ともに痩せこけている。先ほどの依頼者も同じだった。彼らが住んでいると思わしき小屋も藁と茅を材料とした非常に簡素な代物だ。夜の寒さをしのげるかさえ怪しい。更に素人目に見ても分かる程度には土地がやせ細っている。この様子では穀物を育てるだけでも相当大変なはずだ。村がこのような有様な上に魔物まで出現するのだ。確かに依頼者の言う通り自分がいれば非常に心強いのかもしれない。しかし、彼らの頼みに応えることはできなかった。自分はとても冷たい人間だ。人でなしと言っても過言ではないのかもしれない。なぜこんな人間が生きていられるのだと自己嫌悪すら覚える。
先ほどの依頼者にも告げた通り自分にはやるべきことがある。命を賭してでも果たさなければならないことが。
『弱い奴から死んでいく。この世の当然の摂理だ』
かつて投げかけられた言葉が脳裏をよぎる。それだけで全身が沸騰しそうなほどの激しい怒りが湧き出してくる。
歯を食いしばり唇を堅く引き締めながら視線を挙げ前を見る。どうやら村の出口にたどり着いたようだ。ここから先は険しい山道へ続いている。
「……お前はどこにいる?」
ふと零れ出た問いに答える者はいない。
「……必ず探し出してみせるぞ」
その目に怒りを宿し険しい表情を浮かべながら村の外へ足を踏み出し、険しい山道を歩き始める。
どの場所に続いているか分からずさまようことになるとも知れずに。
迂闊なことはするものじゃない、レクト・ギルノーツは内心で後悔していた。
村を出て険しい山の中をさまよっていた際に魔物の巣と思わしき洞窟を発見した。なんとなく中の様子を見てみれば村で戦った狼に似た魔物の幼体の群れが集まっていたのだ。
村を襲っていた原因なのだろう。そう判断したレクトは幼体たちを殺すことにしたのだ。
成体になる前の状態は親の庇護を必要とするほどに弱い。それは魔物も変わらないということだろう。数分もかからぬうちに洞窟内の幼体を全て殺し終わる。そこまでは良かった。洞窟を出たところで魔物の成体の群れと遭遇しなければ。
巣を荒らされ幼体たちに何かが起きたと判断されたのだろう。魔物たちが一斉に襲い掛かってくる。その後は一体斬り殺し死体を魔物の群れに投げ時間稼ぎを図っては逃げるというサイクルを繰り返していた。
この山の中は魔物たちにとってのホームであり自分には不利な状態だと言う判断だ。それだけではない。仮に魔物たちを何とか処理できたとしても体力を消耗した状態で腹をすかせた野生動物と遭遇する可能性もある。故に逃げるのが得策だと考えたのだ。
しかし、巣を荒らされ幼体を殺された影響なのだろう。怒りでより狂暴になっていた。こういうところは野生動物と変わりないらしい。必死に逃走を図る中でそんなことを考えていた時だった。魔物たちの中で一際図体が大きい個体が爪を立てて突出してくる。群れのボスだと横に飛んで躱しながら瞬時に判断する。大剣を振るい斬りかかるも刃が立たない。他の個体に比べて表面が固いのだ。他に仲間がいれば——————特に魔法使いがいれば——————別の方法でボスを殺せるのかもしれないがレクトは一人だった。頼れる存在は自分しかいない。ボスがその図体を生かしレクトを突き飛ばす。あっという間に中に投げ出されて無防備な体勢で地面に落下する。それを隙だと判断した魔物のボスが爪を立て牙をむき出しにしながら襲い掛かってくる。周囲に目を向けてみれば崖まで追いつめられたのか周囲に逃げ道はなく身体を起こす余裕も隙もない。
——————脳裏に死という一文字がよぎった瞬間、大剣を強く握りしめる。魔物がレクトのいる位置まで覆いかぶさろうとする。
「唸り上げろ!」
レクトの叫びに呼応し大剣に刻まれた呪文を中心に剣身が発光、唸るが如く空気を震わせる音が周囲に響く。地面に転がったまま大剣を大きく振るう。剣身が魔物の身体に接触した瞬間、先ほどとは異なりいともたやすく刃が通りその図体を両断した。絶命し両断された魔物の半身をよけながら体勢を立て直そうとするも足を滑らせてしまう。
何かを考える間もなくそのまま落下していく。残された魔物の群れは襲い掛かってくることはなかったが今度は魔物とは別の命の危機にさらされてしまったのだった。
下に目を向けてみれば大きな川が流れている。どうやら地面に頭から墜落して死ぬことはなくなったが溺死の可能性が生まれてしまった。
どうするか考える暇もなく、水しぶきを大きく上げながら川へ落ちそのまま激しい水流に飲まれ流されてしまうレクト・ギルノーツであった。