魔晶柱の平原、それは西マジョリアはおろか世界各地に存在する平原。魔晶石が柱のように無数にそびえたつ幻想的とも言える光景からそのような呼び名がつけられた。もっとも知的種族にとってその平原は幻想的な光景が見られる風景的価値よりも魔晶石の採掘場である即物的かつ実利的な価値の方が重要とされる。山を削り地下を掘り進める必要があり落盤の危険性のある鉱山に比べて地上に露出しているため、安全に採掘できるからだ。もっとも危険性が皆無であるかと言われればそうではない。魔晶石から漏れ出る魔力が、魔晶石へ向けられる人間の欲望が魔物を引き寄せるのだ。
エスヴィア冒険者街近くの魔晶柱の平原に向けて出発した冒険者の一団は道中、魔晶柱の平原近くでうろついていた魔物の集団と遭遇、戦闘に入っている。その中にレクト=ギルノーツはいた。襲い掛かってきたプレタウルフを大剣を振るうことで数頭まとめて両断する。大剣を振るった際の勢いを利用し前へ回転しその後方にいたプレタベアの胴体を斬り落とした。そして周囲を警戒し、他に魔物がいないことを確認した。レクト以外の冒険者たちも魔物がいないことを確かめたからか一息ついている。
「調子はどうかな?」
「ぼちぼちだよ。そっちはいつも通りみたいだな」
「まあ、いつも通りだよ。調子も仕事も、財布の中身もね。ちょうどいい仕事が入ってきて助かったよ。おかげで今月も何とか生活に困らなくて済みそうだ」
「まあ、いつも通りだよ。調子も仕事も、財布の中身もね。ちょうどいい仕事が入ってきて助かったよ。おかげで今月も何とか生活に困らなくて済みそうだ」
レクトの言葉に肩を竦めながらカシャギは苦笑いを浮かべる。仕事と言うのは物書きの事を指している。この男は冒険者と物書きの仕事を両立しているのだ。もっとも物書きの方は全くと言っていいほど売れていないが。更に言えば趣味である酒に金を費やしたことで懐事情が寂しくなっているのもいつもの事であった。おおよそ仕事が上手くいかずやけ酒でもしてすっからかんになったのだろうとレクトは何となく予想したが口には出さなかった。
「ところでレクト君よ、あんな可愛い子とどこで知り合ったんだい? 紹介してくれよ」
可愛い子と聞いてレクトはコトネを連想した。と言うのも依頼開始時に一緒にいたためだ。それを目撃していたからこんなことを言いだしたのだろう。
「いろいろあって世話を焼いてる。紹介はしないぞ」
「へぇ、いわゆる独占欲ってやつかい? 君にそんな情緒が芽生えてたなんて」
「人見知りなんだ。無駄に怯えさせるのも忍びないだけだ」
「ああ、昔の君みたいな感じの子なのね。遠目に見ても可愛い子なのに残念なことだ」
「どういう意味で言ってるんだ」
「へぇ、いわゆる独占欲ってやつかい? 君にそんな情緒が芽生えてたなんて」
「人見知りなんだ。無駄に怯えさせるのも忍びないだけだ」
「ああ、昔の君みたいな感じの子なのね。遠目に見ても可愛い子なのに残念なことだ」
「どういう意味で言ってるんだ」
そんな会話を繰り広げつつコトネの方に視線を向けていると冒険者の男から一方的に話しかけられているようだった。恐らくナンパの類かもしれない。「うげっ」とカシャギが苦虫を潰したような顔で呻く。
「君の知り合いに話しかけてるの、いつも女性に囲まれてる嫌な奴だ。十中八九ナンパだろうね」
それを聞いてレクトはコトネの元へ向かおうとして、その前にエレナ=レンホルムが冒険者の男とコトネの間に割って入る。男はエレナにも声を掛けているが彼女は冷たい視線を向けるだけであった。そのままコトネの手を引いて男の元から引き離し、そのままレクトの元まで向かい、そしてコトネを背後から彼の元へ押す。レクトに押し付けるように。
「ちょっと保護者、何を放置しているのよ。あんな軽そうなのにコトネが引っ掛かったらどうするの」
「それは済まない。そして助かった」
「それは済まない。そして助かった」
レクトとエレナのやり取りに不満を覚えたのかコトネが口を挟む。
「まるで私が単純な子供みたいじゃん」
「まるでじゃなくて単純そのものよ」
「まるでじゃなくて単純そのものよ」
意地悪そうに笑うエレナの軽口にコトネは不満げに頬を膨らまして抗議する。そんなやり取りを先ほどまでコトネに声を掛けていた男が遠目でじっと見ていた。どうやらまだあきらめてないようだ、じっとりとした視線に気づいたエレナは横目で男の方を睨みつけ牽制した。
そんなことがありつつ冒険者の一団は歩き続け、ついに魔晶石でできた柱が幾重にもそびえたつ、魔晶柱の平原に到着する。陽の光と魔力の微細な波長の差により魔晶石の柱は幾重にも色を変化させながら淡い輝きを放っている。その光景を見た者を魅了するかのように、淡く、時に妖しく、そして美しさを感じさせる光を放出している。冒険者の一団の一部――――――今回初めて調査依頼に参加した冒険者達のことだ――――――は幻想的ともいえる平原の光景に魅入られているようだった。心を奪われてしまったかのように。
しかし、彼らは観光に来たわけではない。平原の魔物の出現率を調査するために、そして魔物を間引くためにここまで歩いて来たのだ。
そんなことがありつつ冒険者の一団は歩き続け、ついに魔晶石でできた柱が幾重にもそびえたつ、魔晶柱の平原に到着する。陽の光と魔力の微細な波長の差により魔晶石の柱は幾重にも色を変化させながら淡い輝きを放っている。その光景を見た者を魅了するかのように、淡く、時に妖しく、そして美しさを感じさせる光を放出している。冒険者の一団の一部――――――今回初めて調査依頼に参加した冒険者達のことだ――――――は幻想的ともいえる平原の光景に魅入られているようだった。心を奪われてしまったかのように。
しかし、彼らは観光に来たわけではない。平原の魔物の出現率を調査するために、そして魔物を間引くためにここまで歩いて来たのだ。
「では、手はず通りに調査を開始する! 魔物は発見次第各自で討伐する事! 討伐数に応じて報酬を上乗せする! 早速取り掛かってくれ!」
一団を率いる冒険者が――――――エスヴィア家専属の冒険者の男で今回の調査の責任者――――――声を張り上げ号令を上げる。冒険者達が各個に散らばり平原中を散策していく。レクトとエレナは女性に囲まれた冒険者の男が話しかける前にコトネを連れて行く。何故かカシャギも付いてきていた。
「ほら、天空人だからさ僕」
聞く前についてくる理由をカシャギは語った。エレナとコトネは理由を聞いても理解できていない様子であった。天空人は共和国同盟において差別対象であり、それはエスヴィア冒険者街でも変わらない。それでも他の場所に比べたらエスヴィアはまだマシな方であるのだがマシであるからと言って居心地が悪いのだろう。とは言えカシャギはそれ以上語ることはなくレクトも説明する様子を見せなかったことでエレナとコトネは疑問を飲み込むことにした。それ以上は踏み込んでも応えてくれないと気づいたからだ。
それからしばらくは調査を続けていたがエスヴィア専属の冒険者と彼が率いるチームが魔物と遭遇することはなかった。一匹たりとも見つからないのだ。彼は頭を悩ませた。
こんなことは初めてだった。いつもは魔晶石の柱から放出される魔力に惹かれ魔物たちが集まってくるはずなのだが今回はそうでもない。今日がたまたま魔物が平原に居つかなかっただけなのかもしれないがそれはそれで困り物なのだ。今日がいないだけで採掘業務当日に大規模な魔物と遭遇する可能性が責任者の脳裏にちらつく。もしかしたら他の魔物が近寄らない程に強い魔物がこのあたりにいるかもしれない。そんな最悪な予想すら浮かび上がってくる。とは言えこのまま頭を悩ませていてもどうにもならない。そう判断して空に向かって魔法を打ち上げ冒険者達に集合の合図を送る。空中で破裂音が響き渡ると同時に赤い閃光が炸裂する。他の冒険者達の報告を聞くためだった。もしかしたら参加した冒険者から魔物討伐の報告が出てくるかもしれない。それを期待していた。本当に魔物がいない事態よりは遥かにマシなのだから。
こんなことは初めてだった。いつもは魔晶石の柱から放出される魔力に惹かれ魔物たちが集まってくるはずなのだが今回はそうでもない。今日がたまたま魔物が平原に居つかなかっただけなのかもしれないがそれはそれで困り物なのだ。今日がいないだけで採掘業務当日に大規模な魔物と遭遇する可能性が責任者の脳裏にちらつく。もしかしたら他の魔物が近寄らない程に強い魔物がこのあたりにいるかもしれない。そんな最悪な予想すら浮かび上がってくる。とは言えこのまま頭を悩ませていてもどうにもならない。そう判断して空に向かって魔法を打ち上げ冒険者達に集合の合図を送る。空中で破裂音が響き渡ると同時に赤い閃光が炸裂する。他の冒険者達の報告を聞くためだった。もしかしたら参加した冒険者から魔物討伐の報告が出てくるかもしれない。それを期待していた。本当に魔物がいない事態よりは遥かにマシなのだから。
しばらくして合図を確認した冒険者達が責任者の元へ報告に来たが誰一人として魔物と遭遇することはなかったという。責任者の男は天を仰ぎ見た。最悪な事態を想定する必要が出てきたからだ。そして他の冒険者にとっても魔物と遭遇しない事態と言うのは困りものなのだ。魔晶柱の平原での調査依頼は参加報酬だけでなく魔物の討伐数に応じて報酬が上乗せされることとなっている。日銭を稼いで食いつないでいる冒険者にとっては貴重な稼ぎ時なのだ。更に言えば実績を積み階級昇進の芽が出てくる絶好の機会でもある。誰も彼もが頭を抱えている、そんな時であった。
「何か怖いものを感じる……」
コトネが唐突にそんなことを呟く。エレナとカシャギは当然コトネの言葉が理解できず、レクトもまたその真意を図りかねている。
「ここから離れようよ。下から何か大きいのが来るから」
怯えた様子のコトネにエレナは慰めようとしているのか彼女の頭を撫で始め、カシャギとレクトはお互いに顔を見合わせる。コトネが何を言っているのか分からなかった。ひとまずコトネに声を掛けようとしたところで、背後から爆音が響いてきた。
レクト達が振り返ると地面から何か長くて巨大な物が生えて来ていた。その上うねうねとうごめき先端に冒険者が挟まれている、否、咥えられていた。それは魔晶石の鱗に覆われた長い胴体を有する、クリストロアダーと呼ばれる蛇型の魔物であった。それは咥えていた冒険者を空中に放り投げ、そして落下する冒険者を大きく開いた口で丸呑みにする。
クリスタルロアダーの出現に巻き込まれ空中に放り出された冒険者の一部は自由落下に身を任せるままとなり、受け身すら取れないまま地面に激突し地面を赤く塗らし、または魔晶石の柱に突き刺さり痙攣した後に動かなくなる。
クリスタルロアダーの出現に巻き込まれ空中に放り出された冒険者の一部は自由落下に身を任せるままとなり、受け身すら取れないまま地面に激突し地面を赤く塗らし、または魔晶石の柱に突き刺さり痙攣した後に動かなくなる。
「クリスタルロアダーだ! 逃げろ!」
冒険者の中からそんな叫び声が上がる。その叫びに反応し冒険者達は一斉にクリスタルロアダーから背を向け一目散に逃げ始める。
「ま、待て!? 逃げるな! 奴を討伐せねば……!」
責任者の男はそう叫びながら剣を抜くもクリスタルロアダーの尻尾に吹き飛ばされてしまった。しかし、それだけでは終わらない。冒険者達が逃げた先にももう一体、クリスタルロアダーが出現したのだ。地中から突然出現したことにより反応できなかった冒険者達は空中に放り出され、いずれも命を落とす結果となった。
クリスタルロアダーの出現にコトネは動くことが出来なかった。蛇たちから発せられる殺意と悪意に当てられた上に目の前に落ちてきた冒険者の死体を見たことで精神的に動揺してしまったからだ。
(……怖い、怖い、怖い!)
魔物も、人間の死も、魔物の殺意が自分に向けられる可能性もすべてが怖かった。
「コトネ!」
先に逃げていたエレナがコトネが立ち止まったままだということに気づき声を張り上げながら名前を呼ぶ。エレナの声に反応したコトネは逃げようと足を動かしたところで、何者かに突き飛ばされた。コトネは突き飛ばした人物を見て驚いた。彼女を突き飛ばしたのはレクトだったからだ。彼は必死の形相を浮かべてコトネを見ている。
――――――どうして? そんな疑問が言葉として出てきそうになる。しかし実際に言葉にすることはなかった。
コトネを突き飛ばしたレクトが真上から口を開けて突撃してくるクリスタルロアダーに丸呑みにされたからだ。コトネはそれを呆然と見ていた。悲鳴も上げられないまま。
その直後、空中で甲高い音が周囲に響きクリスタルロアダーが苦しそうに暴れまわる。突き飛ばされ尻餅を着くコトネを走って引き返してきたエレナが手を引き無理矢理その場から離れさせた。その間、コトネは只々流されているだけだった。
コトネを突き飛ばしたレクトが真上から口を開けて突撃してくるクリスタルロアダーに丸呑みにされたからだ。コトネはそれを呆然と見ていた。悲鳴も上げられないまま。
その直後、空中で甲高い音が周囲に響きクリスタルロアダーが苦しそうに暴れまわる。突き飛ばされ尻餅を着くコトネを走って引き返してきたエレナが手を引き無理矢理その場から離れさせた。その間、コトネは只々流されているだけだった。