陛下の現エルニア、もといエルヴン訪問を護衛するのはいつも私の仕事だ。どうやら陛下のご指名らしい。私の実力が陛下に認められているということなのだろう。私的な感情は一切ないのだが、とても嬉しく思う。鍛錬を続けてきた甲斐があったというものだ。
戦士が職業である私より遥かに強い御方なのだから、そもそも護衛なんて必要ないのでは?と思わないこともないのだが、やはり今の我々ダークエルフにとっていちばん大切な存在である陛下をひとりにして何かあったら大変だろうし、陛下と一緒に過ごせるというのは……まあ悪い気分ではないし。
とはいえ楽しいのは道中と帰り道だけだ。あのエルフの女帝を口説いている陛下を見るのはすこし、いやかなり……はっきり言ってとても苦痛だ。いつもなら余計なことは言わない。陛下には肯定の言葉だけを聞いて欲しい。特に私的な感情は一切ないのだが、いつも漠然とそう思っていた。
戦士が職業である私より遥かに強い御方なのだから、そもそも護衛なんて必要ないのでは?と思わないこともないのだが、やはり今の我々ダークエルフにとっていちばん大切な存在である陛下をひとりにして何かあったら大変だろうし、陛下と一緒に過ごせるというのは……まあ悪い気分ではないし。
とはいえ楽しいのは道中と帰り道だけだ。あのエルフの女帝を口説いている陛下を見るのはすこし、いやかなり……はっきり言ってとても苦痛だ。いつもなら余計なことは言わない。陛下には肯定の言葉だけを聞いて欲しい。特に私的な感情は一切ないのだが、いつも漠然とそう思っていた。
だから、今日はたまたま堪えきれなかっただけなのだ。いつもなら、あんなこと絶対に口走らない。
*
エルヴンに行く度、陛下は帰途に着く前に周囲の森を散策したがる。理由はよくわからない。一応他国の土地であるからやたら歩き回るのは良くないのだが、陛下が望むなら仕方ない。私的な感情は一切ないとはいえ、私には止められない。
天地からも我々は疎まれているのか、来てから帰るまで、エルヴンの土地は晴れていることが多い。それも、私からして見れば木漏れ日すら眩しすぎるというのに、陛下は全く気にならないようだった。
「いつ訪れてもこの森は美しいな」
「はい、陛下。とても」
先を往く陛下を追いかける。意外と可愛らしいところがあるというか、なんというか。
こうして見ると陛下には薄暗い遺跡よりも陽の差す森の方が似合っているような気さえする。私的な感情は一切ないが美しいという表現がこれほど相応しい者は他にいないだろう。
……だからこそ、あのエルフの女帝に対する陛下の態度には、思うところがある。
「いずれこの地もお前たちのものだ。余が統べる限り、旧エルニアの復古などただの夢では終わらぬよ」
「…………陛下がエルフの女帝を欲しがるのも、そのためなのですか」
「唐突だな?」
「以前より思っていました……よくエルフ相手に歯の浮くようなお言葉がつらつらと出てきますね」
あ、しまった、と思った時にはもう遅く、私は自分が思っている以上に普段我慢していることを自覚した。
「しかもあのようなエルフでなくても愚鈍そうな小娘相手に。正当な皇族の血が欲しいだけであれば、わざわざ婚姻を迫らずとも攫ってしまえばすぐ済むことです。もしくは、今すぐ殺して絶やしてしまえば、陛下が本物になることだって!……と、とにかくっ、あのようなお戯れのせいで陛下の品位が下がるのは……ただでさえ我々ダークエルフの王というだけで低く見られがちなのに、私はもう我慢なりません」
陛下は黙って真っ直ぐ私を見つめている。次の言葉を待っているかのように感じられたのは、すぐ目を逸らしたせいで見間違えたのだろうか。
なんという私的な感情の滝。……ああ、これ以上はだめだ。本当に止めないと。
そう思っても一度決壊してしまった言葉は、もう戻すことはできない。
「陛下、何卒お聞かせ願いたいのです。貴方は……もしかしなくてもあの女帝を気に入っているのではないですか!?」
「……ふむ」
陛下が口を開いた。その唇から紡ぎ出される言葉が怖い。どんな内容であれ、私は後で後悔するに違いない。現にもう後悔が私の首をゆるゆると絞め始めた。
「そうだな、どう答えたものか……とりあえず、お前が余のことをどれだけ考えてくれているかはわかったぞ」
恐る恐る先程逸らした目を戻すと、陛下は微笑んでいた。
「それにしても、余にそのことを抗議してくる最初の者がお前だとは思わなかった。肯定するばかりの護衛だと思っていたが……うむ、ものすごい度胸だ」
「も、申し訳ありません……」
「はは、無礼者め」
笑い飛ばした後、陛下は来た道を戻り始めたので、私も後に続く。もう森の散策はいいらしい。
「シルフィーヌのことだが、概ねお前の言う通りだ。余はあれのことを気に入っている」
「ああああやはり!!!………………そうでしたか」
「話は最後まで聞け。誤解されたままでは余も悲しい。特別に教えてやるが、余が気に入っているのはあれそのものというより、あれの反応だ。ちょっと『容姿』を褒めただけで愉快な反応を見せるものだから、つい面白くてな」
「…………愉快?」
私は陛下の言った言葉の意味がよく分からなかった。だって、陛下に口説かれている時の女帝は立場上強く言い返せず、恥ずかしさを必死に耐えているような、それでいて明らかに迷惑そうな顔なのだ。
*
エルヴンに行く度、陛下は帰途に着く前に周囲の森を散策したがる。理由はよくわからない。一応他国の土地であるからやたら歩き回るのは良くないのだが、陛下が望むなら仕方ない。私的な感情は一切ないとはいえ、私には止められない。
天地からも我々は疎まれているのか、来てから帰るまで、エルヴンの土地は晴れていることが多い。それも、私からして見れば木漏れ日すら眩しすぎるというのに、陛下は全く気にならないようだった。
「いつ訪れてもこの森は美しいな」
「はい、陛下。とても」
先を往く陛下を追いかける。意外と可愛らしいところがあるというか、なんというか。
こうして見ると陛下には薄暗い遺跡よりも陽の差す森の方が似合っているような気さえする。私的な感情は一切ないが美しいという表現がこれほど相応しい者は他にいないだろう。
……だからこそ、あのエルフの女帝に対する陛下の態度には、思うところがある。
「いずれこの地もお前たちのものだ。余が統べる限り、旧エルニアの復古などただの夢では終わらぬよ」
「…………陛下がエルフの女帝を欲しがるのも、そのためなのですか」
「唐突だな?」
「以前より思っていました……よくエルフ相手に歯の浮くようなお言葉がつらつらと出てきますね」
あ、しまった、と思った時にはもう遅く、私は自分が思っている以上に普段我慢していることを自覚した。
「しかもあのようなエルフでなくても愚鈍そうな小娘相手に。正当な皇族の血が欲しいだけであれば、わざわざ婚姻を迫らずとも攫ってしまえばすぐ済むことです。もしくは、今すぐ殺して絶やしてしまえば、陛下が本物になることだって!……と、とにかくっ、あのようなお戯れのせいで陛下の品位が下がるのは……ただでさえ我々ダークエルフの王というだけで低く見られがちなのに、私はもう我慢なりません」
陛下は黙って真っ直ぐ私を見つめている。次の言葉を待っているかのように感じられたのは、すぐ目を逸らしたせいで見間違えたのだろうか。
なんという私的な感情の滝。……ああ、これ以上はだめだ。本当に止めないと。
そう思っても一度決壊してしまった言葉は、もう戻すことはできない。
「陛下、何卒お聞かせ願いたいのです。貴方は……もしかしなくてもあの女帝を気に入っているのではないですか!?」
「……ふむ」
陛下が口を開いた。その唇から紡ぎ出される言葉が怖い。どんな内容であれ、私は後で後悔するに違いない。現にもう後悔が私の首をゆるゆると絞め始めた。
「そうだな、どう答えたものか……とりあえず、お前が余のことをどれだけ考えてくれているかはわかったぞ」
恐る恐る先程逸らした目を戻すと、陛下は微笑んでいた。
「それにしても、余にそのことを抗議してくる最初の者がお前だとは思わなかった。肯定するばかりの護衛だと思っていたが……うむ、ものすごい度胸だ」
「も、申し訳ありません……」
「はは、無礼者め」
笑い飛ばした後、陛下は来た道を戻り始めたので、私も後に続く。もう森の散策はいいらしい。
「シルフィーヌのことだが、概ねお前の言う通りだ。余はあれのことを気に入っている」
「ああああやはり!!!………………そうでしたか」
「話は最後まで聞け。誤解されたままでは余も悲しい。特別に教えてやるが、余が気に入っているのはあれそのものというより、あれの反応だ。ちょっと『容姿』を褒めただけで愉快な反応を見せるものだから、つい面白くてな」
「…………愉快?」
私は陛下の言った言葉の意味がよく分からなかった。だって、陛下に口説かれている時の女帝は立場上強く言い返せず、恥ずかしさを必死に耐えているような、それでいて明らかに迷惑そうな顔なのだ。
まぁ、確かによくよく考えてみれば、大嫌いなエルフの長のそのような様は確かにある意味気分が……
いや、やはりそれよりも腹が立つ。
私的な感情は一切ないが、「お前は今陛下に口説かれているのだからもっと嬉しそうにしろ!」と私は思ってしまう。
「……申し訳ありません、陛下。私にはよく理解できないようです」
「ふむ?そうか。分からないか…………ああ、まぁ良い。少なくともお前の誤解は解けたのではないか?」
「え、ええ。そうですね。とりあえず陛下は、その、あの女帝のことが……す、好き……とか、そういう訳では……ないんです……よ、ね!?」
どうして上手く喋れなかったんだろう。これでは私が陛下に私的な感情を持っているみたいじゃないか。
「…………さぁ、どうだろうな?」
「陛下!!」
少し間を置いてよりによってその言葉。からかわれているのだといつもならすぐ分かるのだが、今回はとても落ち着いて反応なんて出来なかった。
それが面白かったようで陛下は声を出して笑っている。そんなにですか?
私的な感情は一切ないが、「お前は今陛下に口説かれているのだからもっと嬉しそうにしろ!」と私は思ってしまう。
「……申し訳ありません、陛下。私にはよく理解できないようです」
「ふむ?そうか。分からないか…………ああ、まぁ良い。少なくともお前の誤解は解けたのではないか?」
「え、ええ。そうですね。とりあえず陛下は、その、あの女帝のことが……す、好き……とか、そういう訳では……ないんです……よ、ね!?」
どうして上手く喋れなかったんだろう。これでは私が陛下に私的な感情を持っているみたいじゃないか。
「…………さぁ、どうだろうな?」
「陛下!!」
少し間を置いてよりによってその言葉。からかわれているのだといつもならすぐ分かるのだが、今回はとても落ち着いて反応なんて出来なかった。
それが面白かったようで陛下は声を出して笑っている。そんなにですか?
……いや、この程度で喜んでくれるのなら安いものだ。安いものなのだが……なんだろう、この形容しがたい悔しさは。
ああ、陛下の楽しそうな笑顔が今はある意味憎らしい。もしかして私も「反応が愉快」側に入れられてしまったのだろうか。
いや待て、この一瞬で?さすがにうぬぼれか……
いや待て、この一瞬で?さすがにうぬぼれか……
しかしこれで、たったこれだけで私的な感情を抱きそうになっている自分がいるのも、また事実だった。
我ながら、どこまで陛下に甘いのか。
我ながら、どこまで陛下に甘いのか。
おわり