(魔王アーテル・アストラムとその崇拝者グレースの話)
(崇拝者視点、一人称、崇拝者は性別不詳)
(崇拝者視点、一人称、崇拝者は性別不詳)
アストラム様が居ない。
居城、と言うのはさしもの私でも憚られる廃墟の中をを探し回るが、それでも見つからない。他人に聞く方が早いと思えど私以外が彼の居場所を知っていると認識するのは癪に障る。よって、自力で見つけ出す他あるまい。
居城、と言うのはさしもの私でも憚られる廃墟の中をを探し回るが、それでも見つからない。他人に聞く方が早いと思えど私以外が彼の居場所を知っていると認識するのは癪に障る。よって、自力で見つけ出す他あるまい。
だがそれはさして苦ではない。あの御方の居場所を知るのは実に簡単だ。
地面の上に白い羽根が落ちている。彼の羽根は抜けやすい。だから、それを辿って行けばすぐに見つかる。まぁ……たまに……そう、ごくたまに、鳥の巣に辿り着くこともあるが。
地面の上に白い羽根が落ちている。彼の羽根は抜けやすい。だから、それを辿って行けばすぐに見つかる。まぁ……たまに……そう、ごくたまに、鳥の巣に辿り着くこともあるが。
彼が落とした羽根をひとつ拾い上げる。触れたものは内心がどうであれ言動では彼に逆らえなくなる……という悪魔的な効果を持つ羽根だが、私には何の効果のないものだ。こんなものが無くても、私は彼だけを死ぬまで崇めるのだから。
陽に羽根を透かしてみる。この色がいちばん好きだ。穢れを知らない白、純潔そのものを形にしたかのような色。このような不浄の身では、本来触れることすら烏滸がましい。
陽に羽根を透かしてみる。この色がいちばん好きだ。穢れを知らない白、純潔そのものを形にしたかのような色。このような不浄の身では、本来触れることすら烏滸がましい。
だがそんな私にも手を差し伸べ、触れることを許し、唯一愛してくれる存在。それが魔王アーテル・アストラム。思えば彼に救われる前の私の生涯はぺんぺん草ひとつも生えぬ不毛な大地のようだった。そこに彼が種を蒔き、水をやり、陽の光を浴びせ、そうしてやっと今の私が在るというわけだ。浅ましき欲望を満たすためだけに作られたこの身、ヒトに忌まれ蔑まれ決して愛されることのなかったこの身、ヒトとして機能不全であるこの身、生きとし生ける全てのいずれよりも穢らわしきこの身、それを未だに生かしている理由はただ一つ。ただ彼にせめてもの献身を捧げんと願う一点のみ。ああなんと素晴らしきことか。福音は鼓膜の中で鳴り止まぬ。祝福だけがこの身を満たし穢れは祓われ世界は唯一無二の黒き星に
そこまで思考して正気に戻る。
羽根に触れるといつにも増して私は妙な思考に『飛ぶ』癖がある。いや、こうなるのは彼の羽根に触れた時だけ。まさか羽根にはこのような効果もあるのか?既に心酔する者の気を触れさせる効果が。
……それは流石に他責にも程があるか。
羽根に触れるといつにも増して私は妙な思考に『飛ぶ』癖がある。いや、こうなるのは彼の羽根に触れた時だけ。まさか羽根にはこのような効果もあるのか?既に心酔する者の気を触れさせる効果が。
……それは流石に他責にも程があるか。
改めて手にしたままの羽根を見つめる。捨てるのも忍びなく思い、懐に仕舞ってまた彼の痕跡を辿るのを再開した。
*
羽根は庭園へと続いていた。
やっぱりここか、と思いながら足を踏み入れる。正直居ないと気付いた時点で目星はついていたが、羽根を辿りたかったから後回しにしていた。彼は植物を育てるのが好きらしく、見当たらない時は大抵庭園にいる。そもそも、この庭だってひどく荒れ果てているのをアストラム様があるべき姿に戻したのだ。
*
羽根は庭園へと続いていた。
やっぱりここか、と思いながら足を踏み入れる。正直居ないと気付いた時点で目星はついていたが、羽根を辿りたかったから後回しにしていた。彼は植物を育てるのが好きらしく、見当たらない時は大抵庭園にいる。そもそも、この庭だってひどく荒れ果てているのをアストラム様があるべき姿に戻したのだ。
羽根を辿った先で、彼はせっせと花壇の手入れをしていた。そんなこと、私達のような配下にやらせればいいものを。
一生懸命な姿を見ていると、仄暗い欲望が網膜を支配する。ふむ、まだ気が触れたままだったか。少し意地悪な真似をしたくなったということだ。烏滸がましくも。
気配を殺し、背後から声をかけてみる。
「アストラム様」
「は、はいっ!?」
彼は大袈裟なほど飛び上がったあと、慌ててこちらを振り返った。
「あ……なんだ、グレースさんでしたか」
彼は私だとわかると安心したように微笑んだ。それはそれで少しムッとする。
「なんだ、とは何ですか。私では不服とでも?」
彼は慌てて首を横に振った。
「あ、いえ!そんなことは……!ただ……その……」
言いにくそうに言葉を濁す彼に詰め寄ると、観念したように口を開いた。
「嬉しかったんです、貴方で」
そう言って照れくさそうに笑う彼を見ていられなくて目を逸らした。
「……そうですか」
「はい!……ところで、何か用があったのでは?」
「いえ。ただ、お姿が見えなかったので」
「ああ……すみません、伝えるのを忘れていて……」
彼の手は土でかなり汚れていた。一体いつからここで作業していたのだろう。
私が望む穢れなき救済者、その姿には到底相応しくない手だ。そう思ったのに、意思に反して私はその手を取っていた。
「ど、どうしたんですか?」
「お怪我は」
「え?あぁ……大丈夫ですよ。少し、土で汚れてしまっただけですから……」
彼はそう言って手を引こうとするが私は離さなかった。私の手にも土がつくのは当然すごく嫌だったが、それ以上に彼が汚れているのを放置する方が嫌だと思ったのだ。もっとも……この身では余計な真似だとは、思うのだが。
「あの……」
「貴方はよく嘘をつきますから。本当に怪我がないか確認しているだけです」
というのは口実で、本当はただ触れたいだけだった。『よく嘘をつく』、か。我ながらどの口が言っているのか。ああ、この身に余る幸福をこのような手口で得ようとする私を、早く誰か殺してはくれないだろうか。
「う……わ、わかりました……!」
彼は困惑した様子だったが、大人しく私に手を触らせていた。土を払い落としながら、その感触を確かめる。これが我々を救う手だ。今は花を救っていたが。あ
「……もう大丈夫です」
「あ、ありがとうございます」
「いえ……怪我をされては困りますから」
勝手に握ってしまったことを謝罪するために彼の手を解放する。名残惜しい、などとは思わなかった……と言えば嘘になるが。
彼は私の行動に少し戸惑っているようだったが、特に何も言わなかった。私はそれに甘えてまた口を開く。
「綺麗な花ですね」
花壇には色とりどりの花が咲き乱れていた。彼が手入れしているだけあって、どの花も凛として美しく咲いている。育てた者 よりも随分誇らしげだ。
「本当ですか……!ありがとうございます!」
彼は嬉しそうに目を輝かせた。私はそれに微笑みを返す。
「あの……花、好きなんですか?」
「いえ、興味のない存在ですね」
「そ、そうですか……」
今のはいじめようと思って言った訳では無かったのだが、私の一言で落ち込んでしまった。表情がコロコロと変わる様は見ていて飽きない。とはいえ今日はいくらなんでもやりすぎたような気がする。ただでさえ声をかける時に脅かしているのに。
「…………すみません、言葉が強すぎました。どうでもいいと思ってましたが、あなたの育てた花は好きですよ」
「えっ……」
「ものには作り手の心が宿ります。花も同じだと思いますよ、私は……ここの花はあなたの心を感じさせてくれるから、好ましい」
我ながらよくもこんなつらつらと述べられるものだ、と思う。いずれも嘘ではない。心からの本心である。だが普段ならこうも正面から伝えることなど有り得ない。やはりアストラム様を探している途中、おかしな思考に『飛んだ』影響か。今日の私はどうかしているのだ。
「僕の心……」
彼は目を伏せてその言葉を噛み締めるように繰り返す。やはり困らせてしまっただろうか、と考えていると、ゆっくりと私の方に目を向けた。
「…………それって、すごくいいですね」
そして照れくさそうに笑ってみせる。
私の身体に痛いほどの衝撃が走る。身に溜まった穢れが、不浄が、惨憺とした記憶が、全て清められ、浄化されるような思いだ。熱い。とにかく熱い。先程のように、また変な思考が始まる、いや既に始まっている?こんなにも熱いのに、ぎりぎり冷静であることが不思議だ。特に今度の『おかしな思考』はとりわけ酷い、嫌な予感が。
このままでは私は私でなくなってしまう、そんな気がした。
「グレースさん?」
私の様子が変だと察したのか、アストラム様が心配そうに私の目を覗き込む。ふふ、主を不安がらせるようでは私もまだまだいちばんの信徒とは名乗れない、な。
安心させるために彼に微笑み返して、近くにあったレンガを手に取り、己の頭を殴りつけた。これで一安心、化け物が解き放たれる可能性は失せた。その代わり、私の意識も失せるのだが。ふふふ、おやすみなさい。我が天使 。
「へっ?あ、え!?グレースさん!?しっかりしてください!!グレースさーん!!!!」
……あとはもう、何も覚えていない。
一生懸命な姿を見ていると、仄暗い欲望が網膜を支配する。ふむ、まだ気が触れたままだったか。少し意地悪な真似をしたくなったということだ。烏滸がましくも。
気配を殺し、背後から声をかけてみる。
「アストラム様」
「は、はいっ!?」
彼は大袈裟なほど飛び上がったあと、慌ててこちらを振り返った。
「あ……なんだ、グレースさんでしたか」
彼は私だとわかると安心したように微笑んだ。それはそれで少しムッとする。
「なんだ、とは何ですか。私では不服とでも?」
彼は慌てて首を横に振った。
「あ、いえ!そんなことは……!ただ……その……」
言いにくそうに言葉を濁す彼に詰め寄ると、観念したように口を開いた。
「嬉しかったんです、貴方で」
そう言って照れくさそうに笑う彼を見ていられなくて目を逸らした。
「……そうですか」
「はい!……ところで、何か用があったのでは?」
「いえ。ただ、お姿が見えなかったので」
「ああ……すみません、伝えるのを忘れていて……」
彼の手は土でかなり汚れていた。一体いつからここで作業していたのだろう。
私が望む穢れなき救済者、その姿には到底相応しくない手だ。そう思ったのに、意思に反して私はその手を取っていた。
「ど、どうしたんですか?」
「お怪我は」
「え?あぁ……大丈夫ですよ。少し、土で汚れてしまっただけですから……」
彼はそう言って手を引こうとするが私は離さなかった。私の手にも土がつくのは当然すごく嫌だったが、それ以上に彼が汚れているのを放置する方が嫌だと思ったのだ。もっとも……この身では余計な真似だとは、思うのだが。
「あの……」
「貴方はよく嘘をつきますから。本当に怪我がないか確認しているだけです」
というのは口実で、本当はただ触れたいだけだった。『よく嘘をつく』、か。我ながらどの口が言っているのか。ああ、この身に余る幸福をこのような手口で得ようとする私を、早く誰か殺してはくれないだろうか。
「う……わ、わかりました……!」
彼は困惑した様子だったが、大人しく私に手を触らせていた。土を払い落としながら、その感触を確かめる。これが我々を救う手だ。今は花を救っていたが。あ
「……もう大丈夫です」
「あ、ありがとうございます」
「いえ……怪我をされては困りますから」
勝手に握ってしまったことを謝罪するために彼の手を解放する。名残惜しい、などとは思わなかった……と言えば嘘になるが。
彼は私の行動に少し戸惑っているようだったが、特に何も言わなかった。私はそれに甘えてまた口を開く。
「綺麗な花ですね」
花壇には色とりどりの花が咲き乱れていた。彼が手入れしているだけあって、どの花も凛として美しく咲いている。
「本当ですか……!ありがとうございます!」
彼は嬉しそうに目を輝かせた。私はそれに微笑みを返す。
「あの……花、好きなんですか?」
「いえ、興味のない存在ですね」
「そ、そうですか……」
今のはいじめようと思って言った訳では無かったのだが、私の一言で落ち込んでしまった。表情がコロコロと変わる様は見ていて飽きない。とはいえ今日はいくらなんでもやりすぎたような気がする。ただでさえ声をかける時に脅かしているのに。
「…………すみません、言葉が強すぎました。どうでもいいと思ってましたが、あなたの育てた花は好きですよ」
「えっ……」
「ものには作り手の心が宿ります。花も同じだと思いますよ、私は……ここの花はあなたの心を感じさせてくれるから、好ましい」
我ながらよくもこんなつらつらと述べられるものだ、と思う。いずれも嘘ではない。心からの本心である。だが普段ならこうも正面から伝えることなど有り得ない。やはりアストラム様を探している途中、おかしな思考に『飛んだ』影響か。今日の私はどうかしているのだ。
「僕の心……」
彼は目を伏せてその言葉を噛み締めるように繰り返す。やはり困らせてしまっただろうか、と考えていると、ゆっくりと私の方に目を向けた。
「…………それって、すごくいいですね」
そして照れくさそうに笑ってみせる。
私の身体に痛いほどの衝撃が走る。身に溜まった穢れが、不浄が、惨憺とした記憶が、全て清められ、浄化されるような思いだ。熱い。とにかく熱い。先程のように、また変な思考が始まる、いや既に始まっている?こんなにも熱いのに、ぎりぎり冷静であることが不思議だ。特に今度の『おかしな思考』はとりわけ酷い、嫌な予感が。
このままでは私は私でなくなってしまう、そんな気がした。
「グレースさん?」
私の様子が変だと察したのか、アストラム様が心配そうに私の目を覗き込む。ふふ、主を不安がらせるようでは私もまだまだいちばんの信徒とは名乗れない、な。
安心させるために彼に微笑み返して、近くにあったレンガを手に取り、己の頭を殴りつけた。これで一安心、化け物が解き放たれる可能性は失せた。その代わり、私の意識も失せるのだが。ふふふ、おやすみなさい。
「へっ?あ、え!?グレースさん!?しっかりしてください!!グレースさーん!!!!」
……あとはもう、何も覚えていない。
おわり