――――――姉のおこぼれに預かる落ちこぼれが――――――
―――――― 一族の恥さらしめ――――――
――――――どうしてあんなにも出来が悪いのかしら――――――
――――――面だけは大帝に似ているのにな――――――
幼き頃から投げ付けられる大人たちの罵倒を聞かないよう耳を塞ぎながらシルフィーヌ二世は泣きながら暗闇の中を歩く。大人たちがいない場所に逃げるために。姉がいる場所へ逃げ込むために。そうして歩いていくと姉の姿が見えてくる。大好きな姉の背中が。それだけで笑みが浮かび足が軽くなる。少しずつ駆け足になりもう少しで触れられるといったところで姉に抱き着こうと飛び掛かる。昔から姉が大好きだった彼女はその背中を見るたびに抱き着こうとする癖があったのだ。そうすればいつも姉が構ってくれたから。頭を撫でてくれたから。だからそうしようとした。だが触れる瞬間にそこにいたはずの姉はいなくなる。抱き着こうと伸ばした手はむなしく空を切りそのまま地面に転び倒れてしまう。
――――――どうして姉の方が死んでしまったのだ―――――
――――――大帝の生き写しともいえるのは容姿だけね――――――
――――――彼女さえ生きていれば――――――
――――――次の子に期待しよう――――――
――――――嘆かわしい限りだ。あれではエルニア帝国の再興は夢のまた夢だな――――――
悪意と落胆に満ちた視線と心無き誹謗の言葉が心に突き刺さる。耳を塞いでも聞こえてくる。大好きな姉はどこにもいない。味方なんてどこにもいない。涙が止まらない。
――――――お前は余と婚姻せよ。そしてダークエルフへと堕ちるが良い。そうすれば助けてやらんでもないぞ?――――――
下卑た笑みを浮かべるダークエルフの姿が浮かぶ。
――――――外面と肉体だけは一級品だな。余が可愛がってやってもいいのだぞ――――――
やめて。やめて欲しい。そんな目で見ないで。誰か、誰か助けて――――――
―――――― 一族の恥さらしめ――――――
――――――どうしてあんなにも出来が悪いのかしら――――――
――――――面だけは大帝に似ているのにな――――――
幼き頃から投げ付けられる大人たちの罵倒を聞かないよう耳を塞ぎながらシルフィーヌ二世は泣きながら暗闇の中を歩く。大人たちがいない場所に逃げるために。姉がいる場所へ逃げ込むために。そうして歩いていくと姉の姿が見えてくる。大好きな姉の背中が。それだけで笑みが浮かび足が軽くなる。少しずつ駆け足になりもう少しで触れられるといったところで姉に抱き着こうと飛び掛かる。昔から姉が大好きだった彼女はその背中を見るたびに抱き着こうとする癖があったのだ。そうすればいつも姉が構ってくれたから。頭を撫でてくれたから。だからそうしようとした。だが触れる瞬間にそこにいたはずの姉はいなくなる。抱き着こうと伸ばした手はむなしく空を切りそのまま地面に転び倒れてしまう。
――――――どうして姉の方が死んでしまったのだ―――――
――――――大帝の生き写しともいえるのは容姿だけね――――――
――――――彼女さえ生きていれば――――――
――――――次の子に期待しよう――――――
――――――嘆かわしい限りだ。あれではエルニア帝国の再興は夢のまた夢だな――――――
悪意と落胆に満ちた視線と心無き誹謗の言葉が心に突き刺さる。耳を塞いでも聞こえてくる。大好きな姉はどこにもいない。味方なんてどこにもいない。涙が止まらない。
――――――お前は余と婚姻せよ。そしてダークエルフへと堕ちるが良い。そうすれば助けてやらんでもないぞ?――――――
下卑た笑みを浮かべるダークエルフの姿が浮かぶ。
――――――外面と肉体だけは一級品だな。余が可愛がってやってもいいのだぞ――――――
やめて。やめて欲しい。そんな目で見ないで。誰か、誰か助けて――――――
じっとりとした不快な汗を全身から吹き出しながらシルフィーヌ二世はベッドから飛び起きて周囲を見回す。皇族、それも皇帝のために用意された簡易的で質素な寝室だ。エルヴン帝国に豪勢な寝室を用意する予算も技術も物資もない。あるのは森の中で生育している樹木などの植物、そして数少ない古代エルニア帝国の生き残りと昔からこの森の中で暮らしているウッドエルフたちだけだ。シルフィーヌ二世は毎晩罵倒の言葉が繰り返される夢を見続けていた。朽ちてしまった誇るべき英華、それを諦められないが故に降りかかる自身への期待、そして落胆と悪意から来る罵倒。そして魔王を名乗るダークエルフからの求婚を受けて以降夢見が悪くなる一方であった。
悪夢を見ない日はない。いつもうなされ冷たい汗を滝のように流しながら飛び起きて憂鬱な気分の中で朝を迎える。だが眠れるだけましだとも思ってしまう。ひどいときには一睡もできなくなるからだ。二度寝しようにも太陽が昇り始める頃合いでもあったためそんな気も失せる。ベッドから降りて寝室の外に向かう。汗ばむ身体を清めるため清流へ向かった。
悪夢を見ない日はない。いつもうなされ冷たい汗を滝のように流しながら飛び起きて憂鬱な気分の中で朝を迎える。だが眠れるだけましだとも思ってしまう。ひどいときには一睡もできなくなるからだ。二度寝しようにも太陽が昇り始める頃合いでもあったためそんな気も失せる。ベッドから降りて寝室の外に向かう。汗ばむ身体を清めるため清流へ向かった。
朝一番に浴びる水の冷たさは心地よい。シルフィーヌ二世は一糸まとわぬ姿で清流に身をさらしながら思考する。エルヴン帝国が位置する森の中で火をくべて水を沸かし湯船につかるという習慣はない。清らかな水が流れる川で身を清めるのがエルフたちの習慣だ。それはシルフィーヌ二世も同様だった。水を手ですくい曲線美のある体に浴びせている途中だった。
風を切るような音が聞こえてくる。エルフの耳は獣人ほど鋭くはないが様々な音を拾いやすい。なんとなく気になったのか川から上がり身体をぬぐうために用意した布を身体に纏いながら風切り音がする方へ向かった。
風を切るような音が聞こえてくる。エルフの耳は獣人ほど鋭くはないが様々な音を拾いやすい。なんとなく気になったのか川から上がり身体をぬぐうために用意した布を身体に纏いながら風切り音がする方へ向かった。
シグル=トルーヴは日が昇るか昇らないかという頃合いに起きて鍛錬を行うという習慣があった。いつ何時どのような形で戦闘が起きるか分からない。その時に備えて少しでも鍛えておかなければならない。それが彼にとっての常識であり冒険者としてのルールであった。炎の意匠が施された二振りの剣を振るい型を確かめることも鍛錬の一つであった。シグルは物覚えがいいとは言えないため覚えたことを忘れないために何度も繰り返す習慣を身に着けていたのだ。そんな時だった。何者かが近づいてくる気配を察知する。敵意は感じない。振り向いてみるとシルフィーヌ二世が木陰から鍛錬の様子を見ているようであった。
「シルフィーヌ様、おはよう。早起きなんだな」
鍛錬を止め挨拶しながら声をかける。声を掛けられたことに驚い様子だったが木陰から出てきて挨拶を返す。
「おはようございます。シグル様も随分と早く起きられるのですね」
「この時間帯になると自然と目が覚めるんだ」
シグルは敬語が苦手だ。未だに覚えられず砕けた口調で返すもシルフィーヌ二世は気を害した様子を見せず近づいていく。シルフィーヌ二世の布一枚纏っただけの姿にシグルはドキリとする。初めて会った時から彼女と距離が近くなると心臓の鼓動が早鐘を撃ったようになる。特に今のような恰好ならなおさらだ。凹凸のある美しい肢体をどうしても意識してしまう。そんなシグルの様子に気が付かないシルフィーヌ二世は口を開く。
「毎日これをやっているのですか?」
「あ、ああ。なんとなくやらないと落ち着かなくてな。日頃の習慣というやつだ」
ぶっきらぼうに返しながら視線をそらしながらシグル口を開く。会話に集中することでシルフィーヌ二世の格好を意識しないようにするためだ。
「シルフィーヌ様もいつもこの時間帯に起きるのか?」
「ええ、いつも夢見が悪くていつも夜明け前に目が覚めてしまうんです」
「夢見が悪い?」
思わぬ回答に思わず聞き返す。
「いつもみんなから罵倒される夢を見るのです。お前は出来損ないだ、一族の恥さらしだ、嘆かわしいって。見かけだけは立派なくせにって」
答えてからシルフィーヌ二世はハッとする。今まで誰にも話したことはなかったのだ。育ての親にも大好きな姉にも最近仲良くなりつつあるエイダにも。なのにシグルには話してしまった。理由が分からない。
「な、何でもありません。そ、それではこれで……」
気まずくなり立ち去ろうとしたところでいつの間にか接近していたシグルに頭を撫でられる。優しい手つきで。驚き、思わずシグルの顔色をうかがう。すると心配そうな目をしていたシグルの顔が目に映る。その事実に二世はただただ驚いていた。
「ずっと苦しんでいたんだな」
シグルが口を開く。シルフィーヌ二世を慮るように。
「貴方は強い人だ。そんな風に苦しんでいるのに今までずっと頑張ってきた。俺だったらきっと耐えられない。だがあなたはずっと耐え続けてきた」
そう言いながら優しく撫で続けるシグル。
「強くなんかありません。私は弱くて臆病なだけです」
その優しさがつらくなり拒絶するように言葉を紡ぐ。しかし、
「いや貴方は強い。そして真面目で素晴らしい方だと俺は思っている。あなたは何事にもまじめで一生懸命だ。きっと周りから何を言われても頑張り続けてきたのだろう。短い付き合いでしかない俺でもそれは分かるのだ。だからそう自分を卑下しなさるな」
二世を讃える彼の言葉とその優しさに彼女は耐えきれなかった。大粒の涙を流し声をあげて泣き続けた。シグルは何も言わず頭を優しく撫で続けた。
「シルフィーヌ様、おはよう。早起きなんだな」
鍛錬を止め挨拶しながら声をかける。声を掛けられたことに驚い様子だったが木陰から出てきて挨拶を返す。
「おはようございます。シグル様も随分と早く起きられるのですね」
「この時間帯になると自然と目が覚めるんだ」
シグルは敬語が苦手だ。未だに覚えられず砕けた口調で返すもシルフィーヌ二世は気を害した様子を見せず近づいていく。シルフィーヌ二世の布一枚纏っただけの姿にシグルはドキリとする。初めて会った時から彼女と距離が近くなると心臓の鼓動が早鐘を撃ったようになる。特に今のような恰好ならなおさらだ。凹凸のある美しい肢体をどうしても意識してしまう。そんなシグルの様子に気が付かないシルフィーヌ二世は口を開く。
「毎日これをやっているのですか?」
「あ、ああ。なんとなくやらないと落ち着かなくてな。日頃の習慣というやつだ」
ぶっきらぼうに返しながら視線をそらしながらシグル口を開く。会話に集中することでシルフィーヌ二世の格好を意識しないようにするためだ。
「シルフィーヌ様もいつもこの時間帯に起きるのか?」
「ええ、いつも夢見が悪くていつも夜明け前に目が覚めてしまうんです」
「夢見が悪い?」
思わぬ回答に思わず聞き返す。
「いつもみんなから罵倒される夢を見るのです。お前は出来損ないだ、一族の恥さらしだ、嘆かわしいって。見かけだけは立派なくせにって」
答えてからシルフィーヌ二世はハッとする。今まで誰にも話したことはなかったのだ。育ての親にも大好きな姉にも最近仲良くなりつつあるエイダにも。なのにシグルには話してしまった。理由が分からない。
「な、何でもありません。そ、それではこれで……」
気まずくなり立ち去ろうとしたところでいつの間にか接近していたシグルに頭を撫でられる。優しい手つきで。驚き、思わずシグルの顔色をうかがう。すると心配そうな目をしていたシグルの顔が目に映る。その事実に二世はただただ驚いていた。
「ずっと苦しんでいたんだな」
シグルが口を開く。シルフィーヌ二世を慮るように。
「貴方は強い人だ。そんな風に苦しんでいるのに今までずっと頑張ってきた。俺だったらきっと耐えられない。だがあなたはずっと耐え続けてきた」
そう言いながら優しく撫で続けるシグル。
「強くなんかありません。私は弱くて臆病なだけです」
その優しさがつらくなり拒絶するように言葉を紡ぐ。しかし、
「いや貴方は強い。そして真面目で素晴らしい方だと俺は思っている。あなたは何事にもまじめで一生懸命だ。きっと周りから何を言われても頑張り続けてきたのだろう。短い付き合いでしかない俺でもそれは分かるのだ。だからそう自分を卑下しなさるな」
二世を讃える彼の言葉とその優しさに彼女は耐えきれなかった。大粒の涙を流し声をあげて泣き続けた。シグルは何も言わず頭を優しく撫で続けた。
しばらくしてようやく泣き止んだシルフィーヌ二世は恥ずかしげに頭を抱える。
「お恥ずかしい姿を見せてしまいました……」
「いえ、そんなことは……」
付き合いの浅い相手、それも男性に悪夢の事を話したばかりか彼の前で子供の用に大声で泣いてしまったのだ。上に立つものとしては恥ずかしいことこの上ないと彼女は考える。
「……だ、誰にも言わないでください……エイダ様にも……きっと情けなく思われてしまいますから……」
口止めを頼むシルフィーヌ二世。
「エイダならそんなこと思わない。むしろ自分のことのように怒ってくれるさ。俺もあなたのことを情けないなどと決して思わない」
と返されてしまい沈黙してしまう。
「シグル様は優しいのですね」
その言葉に思わず照れて顔を赤らめるシグルであった。
「お恥ずかしい姿を見せてしまいました……」
「いえ、そんなことは……」
付き合いの浅い相手、それも男性に悪夢の事を話したばかりか彼の前で子供の用に大声で泣いてしまったのだ。上に立つものとしては恥ずかしいことこの上ないと彼女は考える。
「……だ、誰にも言わないでください……エイダ様にも……きっと情けなく思われてしまいますから……」
口止めを頼むシルフィーヌ二世。
「エイダならそんなこと思わない。むしろ自分のことのように怒ってくれるさ。俺もあなたのことを情けないなどと決して思わない」
と返されてしまい沈黙してしまう。
「シグル様は優しいのですね」
その言葉に思わず照れて顔を赤らめるシグルであった。
その日以降、シグルの鍛錬にシルフィーヌ二世が顔を出すようになったのだった。とはいえ一緒になって鍛錬をするわけではない。ただじっと見ているだけなのだ。
「……見ていて面白いものではないと思うんだが……」
シグルは疑問を口にするも
「なんとなくです。ひょっとして迷惑でしたか?」
「…………いえ、そんなことはない」
上目遣いで尋ねてくる彼女に対して迷惑だ等と言えるはずもなく。シルフィーヌ二世の朝の習慣にシグルの鍛錬の見物が追加されることになったのは二人だけの秘密であった。
「……見ていて面白いものではないと思うんだが……」
シグルは疑問を口にするも
「なんとなくです。ひょっとして迷惑でしたか?」
「…………いえ、そんなことはない」
上目遣いで尋ねてくる彼女に対して迷惑だ等と言えるはずもなく。シルフィーヌ二世の朝の習慣にシグルの鍛錬の見物が追加されることになったのは二人だけの秘密であった。