エスヴィア冒険者街――――――共和国同盟内陸部国境付近の街――――――は日暮れ時にも関わらず未だに賑わいを見せている。
夕食支度のための買い物に出かける一般人や日銭を稼ぎ終え酒場まで向かう冒険者、宿へ向かう行商人や旅人、そして夜の稼ぎのため客引きを行う売り子等の大勢の人々の往来が盛んであるためだ。そんな中をレクト=ギルノーツは魔晶柱の平原で助けた少女を抱きかかえて歩いていた。
女を同伴する男もそれなりに見受けられるのだがわざわざ抱きかかえて往来を行く者はそうはいないため注目を集めてしまっている。少女を抱きかかえているのは彼女が足を怪我しているためなのだがそんな事情を周囲にいる者たちは知る由もなく。そして当事者である少女も知らない男に抱きかかえられている事と周りから注目を集めていることに周知を覚えているのか顔から火が出る思いをしていた。
夕食支度のための買い物に出かける一般人や日銭を稼ぎ終え酒場まで向かう冒険者、宿へ向かう行商人や旅人、そして夜の稼ぎのため客引きを行う売り子等の大勢の人々の往来が盛んであるためだ。そんな中をレクト=ギルノーツは魔晶柱の平原で助けた少女を抱きかかえて歩いていた。
女を同伴する男もそれなりに見受けられるのだがわざわざ抱きかかえて往来を行く者はそうはいないため注目を集めてしまっている。少女を抱きかかえているのは彼女が足を怪我しているためなのだがそんな事情を周囲にいる者たちは知る由もなく。そして当事者である少女も知らない男に抱きかかえられている事と周りから注目を集めていることに周知を覚えているのか顔から火が出る思いをしていた。
「恥ずかしいから降ろして」
と抗議はしたものの
「足を怪我しているんだ。そんな状態で歩いたら余計に酷くなる」
と返されてしまう。
それならと背負うか肩を貸すなりすればいいのではないかとも反論したのだが
それならと背負うか肩を貸すなりすればいいのではないかとも反論したのだが
「魔晶柱の平原はいつ魔物が出てくるか分からないからゆっくりしている時間はないし、背中は大剣(商売道具)を背負ってるから無理だ」
との理由から却下されてしまったため大人しく抱きかかえられる以外に選択肢はなかったのだった。それでも恥ずかしいものは恥ずかしいため早く降ろしてほしいと少女は願った。それ以外は何もできなかった。
角を曲がったと思うと次第に人けの少ない通りを進んでいきとある鍛冶屋の前で立ち止まる。どうやら目的地に着いたようだ。
レクトは少女を抱えたまま鍛冶屋の中に入っていく。
角を曲がったと思うと次第に人けの少ない通りを進んでいきとある鍛冶屋の前で立ち止まる。どうやら目的地に着いたようだ。
レクトは少女を抱えたまま鍛冶屋の中に入っていく。
「いらっしゃいませー! ……あれ? レクトじゃん! 久しぶりー……ってその子どうしたの? 誘拐?」
鍛冶屋に入ると店番をしているらしき少女がレクトに声をかけてくる。どうやら知り合いのようであった。見知らぬ人物を抱きかかえている姿に誘拐疑惑をかけ訝し気な視線をレクトに向ける。
「誘拐じゃない。けが人だ。メルカは今いるか?」
「いないよ? 酒場でお酒でも飲んでるんじゃない?」
「そっか」
「いないよ? 酒場でお酒でも飲んでるんじゃない?」
「そっか」
店番の少女との会話を終えレクトは奥に向かって歩き出しいくつかある部屋の内、一室に入っていく。そして抱きかかえていた少女をベッドに優しく降ろす。
「少し待っててくれ。なんか冷やせるもの持ってくるから」
そう言って部屋を出ようとしてふと何かを思い至ったように立ち止まり少女の方へ振り替える。
「そういえばアンタ、名前は?」
少女に対しレクトはそう尋ねる。少女も自分の名前を伝えていなかったことに気づいたようだ。レクトに対して自分の名前を告げる
「コトネ、わたしの名前はコトネって言うの」
「こんな感じでいいだろう」
濡れたタオルを患部に当てながらレクトは言う。簡易的な治療であるがレクトにできる精いっぱいだった。メルカが戻ってきたらコトネの足を診てもらおうと考えていたところ「ありがとう」とコトネにお礼の言葉を投げかけられる。それに対してレクトは「礼を言われるほどのことはしていない」とそっけなく返す。
「とりあえず今日はここで安静にしてろ。明日にでもメルカに診てもらうか」
「うん、その……メルカって人はお医者様なの?」
「いや、自称『魔女』だそうだ」
「うん、その……メルカって人はお医者様なの?」
「いや、自称『魔女』だそうだ」
レクトの返答に首を傾げるコトネ。おそらく魔女という単語に疑問を覚えたのだろう。しかしレクト自身も魔女という単語が何を意味しているかは知らないため沈黙する。そんな時だった
「帰ってきたわよレクトよ。ミリカから聞いたけど女の子誘拐してきたって?」
事実とは程遠い妄言を宣いながらレクトの部屋に妙齢の女性が入ってくる。その女性はとんがり帽子をかぶり胸元を露出させたロングワンピースの上に黒いローブを羽織り、何やら怪しい雰囲気を漂わせている。突然の来訪者に驚いたのか、はたまた女性の雰囲気に気おされたのかコトネは怯えるように身を縮こませた。彼女の幼げな表情に怯えの色が伺える。その様子に気づいた女性は首を傾げている。怯えさせるようなことはしていないし怯えられるような心当たりもないからだ。
「いきなり入ってくるなよメルカ。コトネも驚いてるだろう」
唐突に部屋に入ってきたメルカに窘めるレクト。メルカはそれを無視してコトネに接近する。そして彼女の顔をじっと見つめ、かと思えば体中をあちこち触り始める等奇妙な行動をとっている。その間、コトネは身を強張らせ怯え続けている。
「――――――アナタ、憑りつかれているわね」
どこか納得がいったと言わんばかりに一言呟く。興味深いと言いたげな視線をコトネに向けながら。
「と、憑りつかれてるって?」
当のコトネ本人はメルカの言動が理解できていたいため首を傾げている。
「ええ。もしかしたら怖い怖ーいデーモンにでも憑りつかれているのかもね」
デーモン。邪妖に属する、ヤギのような角とコウモリのような羽が象徴の魔族を指す。そしてメルカはコトネがデーモンに憑りつかれていると指摘している。そのことにレクトは憑りつかれているとはどういうことか疑問を持つ。しかしメルカに問いただしたところで答えてくれないだろうと考えている。この自称魔女は魔女について尋ねたときもはぐらかしてなあなあにしたことがあるのだ。きっと今回も同じだろうと考えたのだ。
「ご愁傷さまだわ。デーモンに憑りつかれたらおしまいだわ。アナタ見たところいい感じに体が、特に胸が育ってるわね……。そうね。まずはその恵体の隅々まで好き放題された挙句意識という意識までデーモンの好みに洗脳されてしまいには破滅してしまうの。ああ! 何てこと……! 可哀そうなこと……」
目を輝かせ高らかに、歌うような調子で一人芝居を繰り返す。おそらく酒の酔いもあるのだろう。そんなメルカにコトネはさらに怯えた様子を見せる。
「それで……アナタは何に憑りつかれてるのかしらね? きっと少女を食い物にするタイプのロリコンデーモンね。本当に可哀そうに……。どんな見た目をしているのかしら? どこで出会ったのかしら? 教えて頂戴!!」
しかしメルカはコトネの事などお構いなしにグイグイと詰問する。怯えが恐怖へと変わりそれが許容範囲を超えたのかコトネは涙目で叫ぶ。
「な、何も分かりません! だって……だって何も覚えてないんだから!」
その叫びを聞いてレクトもメルカも息を呑んで驚く。そして二人の脳裏に『記憶喪失』という単語が浮上した。
「本当に? 何も覚えてないの?」
「覚えてないです! どこからきてどうしてここまで来たのか何も! 本当に!」
「覚えてないです! どこからきてどうしてここまで来たのか何も! 本当に!」
そう答えながらコトネは身を引いてメルカから離れようとする。恐怖でいっぱいだといった様子だ。怖がらせすぎたか、そう言いたげな様子で頭に手をやるメルカをレクトは非難するような視線を送る。
「あー、うん。ごめんね。怖がらせちゃったわね……。……よし決めたわ」
そう言いながらコトネの手をさらにつかみ取る。結果として更にコトネを怯えさせることになっているがメルカはそれに気づいていない。そればかりか目を輝かせて次のように宣言した。
「今日からワタシがこの家でアナタの面倒を見るわ!これ決定事項ね!」
「寝言は寝て言えメルカ。そんな余裕あるわけないだろう」
メルカがコトネの面倒を見ると宣言した後、アルム――――――エスヴィア冒険者街に根を下ろす武器鍛冶師にしてこの家の家主――――――に直談判したところ、ばっさりと切り捨てられてしまった。まともな判断能力を持っているのなら当然の判断と言えるだろう。コトネという記憶喪失で得体の知れない人物を置きたがるものなど酔狂な人物以外いないだろう。しかし、間の悪いことにアルムの前には酔狂な人物が存在していたのだ。
「私の方で面倒見るからお願い」
「おまえさんが碌にに仕事している姿なんざ見たことねえ。信用ならん」
「あら、これでも近所では評判の占い師なのよ?」
「評判だと言うならどうして奥で閑古鳥が鳴いているんだ。出来もしないことを宣うな」
「おまえさんが碌にに仕事している姿なんざ見たことねえ。信用ならん」
「あら、これでも近所では評判の占い師なのよ?」
「評判だと言うならどうして奥で閑古鳥が鳴いているんだ。出来もしないことを宣うな」
何度も食い下がるメルカをアルムは冷たくあしらい続ける。面倒くさいのか対応が雑になっている。
「悪いことは言わねえ嬢ちゃん、この魔女に関わると面倒くさいだけだ。他のところをお勧めするぜ」
コトネに向かってやや冷たい口調で遠回しに出て行けと告げる。どこの誰とも知れない人物を客以外で関わるつもりはアルムには無いようだった。それ故にメルカを出しにコトネを追い出そうとする。しかし
「……できればここに泊めてほしいな~って……。お金なくて他に行くところないしあったかいお布団でお休みしたいし……」
アルムにとって想定外の反応が返ってくることとなった。メルカという人物に怯えているが無一文であるコトネにとって彼女の申し出はとてもありがたいもののようだった。ここを出て行けば街のどこかで野宿するという選択肢しか残っていないのだ。それ故にアルムに泊めてもらえないか頼み込もうとしている。そんなコトネに対しアルムはあっけにとられ一言。
アルムにとって想定外の反応が返ってくることとなった。メルカという人物に怯えているが無一文であるコトネにとって彼女の申し出はとてもありがたいもののようだった。ここを出て行けば街のどこかで野宿するという選択肢しか残っていないのだ。それ故にアルムに泊めてもらえないか頼み込もうとしている。そんなコトネに対しアルムはあっけにとられ一言。
「……図々しいな嬢ちゃん」
先ほどから妙にびくびくしている様子を見続けていたため少し冷たくあしらえば簡単に出て行くだろうとアルムは想定を立てていた。しかし、コトネの図太さまでは想定できなかった。とはいえアルムにコトネの面倒を見るという選択肢はなく、身元不明の無一文の不審者にはさっさと出て行って欲しいというのが本音であった。そのため追い出すために言葉を尽くそうと口を開きかけたところで思わぬ人物からの横槍を受ける。
「ししょー、泊めてあげてもいいんじゃないかなー。さすがに夜のエスヴィアに女の子一人ほっぽり出すのはかわいそうだよ」
店番を行っていた少女ミリカ――――――鍛冶師アルムの弟子である小柄な人族の少女――――――が口をはさんできた。彼女は同情気味にコトネを見ている。
「可哀そうって言ったってなぁ。おまえさんからしても身元不明の不審者を抱えることになるんだぞ?」
「そうなんだけどさぁ……この……コトネって言うんだっけ? なんかのほほんとしてそうだしほっといたらそこらの浮浪者に食い物にされるだろ……。それにこんなかわいい子をほっぽりだすのししょーだって心が痛むだろ?」
「……多少はな。だが面倒ごとは御免だ」
「そうなんだけどさぁ……この……コトネって言うんだっけ? なんかのほほんとしてそうだしほっといたらそこらの浮浪者に食い物にされるだろ……。それにこんなかわいい子をほっぽりだすのししょーだって心が痛むだろ?」
「……多少はな。だが面倒ごとは御免だ」
そう言いつつ頭をがりがりと掻きアルムは悩むような表情を見せる。それを見てコトネは希望が湧いたのか期待するかのような表情を浮かべる。
ニヤニヤしながら見つめてくるメルカ、コトネに同情気味に視線を向けるミリカ、期待と不安が入り混じる表情でアルムを見ているコトネ、その三者を見回してからレクトに視線を向ける。
ニヤニヤしながら見つめてくるメルカ、コトネに同情気味に視線を向けるミリカ、期待と不安が入り混じる表情でアルムを見ているコトネ、その三者を見回してからレクトに視線を向ける。
「おまえさんはどうなんだ? レクト。拾ってきた本人としてはどうしたい?」
コトネを放り出すのか、それとも面倒を見るのか、どちらかを選べと言いたげにレクトに尋ねる。
「……拾ってきた身としてはその辺に放り出したくない。メルカに面倒を見れるはずがないって言うのは分かるけど」
「それどういうことかしら? こっちを見なさいレクト」
「…………つまりだ。おまえさんもそこの不審者の嬢ちゃんを居座らせるべきだってか?」
「オレが面倒を見る。それに…………ケイルなら見捨てないはずだ」
「それどういうことかしら? こっちを見なさいレクト」
「…………つまりだ。おまえさんもそこの不審者の嬢ちゃんを居座らせるべきだってか?」
「オレが面倒を見る。それに…………ケイルなら見捨てないはずだ」
レクトがケイルという名を口にした途端、コトネを除いた三者の間に沈黙が重たく訪れる。誰もが難しい表情を浮かべレクトを見ている。一方コトネは何のことか分からずきょとんとした表情を浮かべる。そして、しばらくたった頃にアルムが最初に沈黙を破る。
「そこでそいつの名前を出すのは卑怯だろ……。分かった。お前が面倒を見ろレクト。ただし嬢ちゃん自身に食い扶持を稼がせるのが条件だ」
コトネはアルムの発した言葉の意味を考え、理解したのか表情を明るくする。
「ありがとうございます!」
アルムに対してお礼を言うコトネ。それに対しアルムはわずわらしいといった様子で手を振る。
「おまえさんが感謝するのはワシじゃねぇ。それはレクトに言っとけ」
そうコトネに吐き捨てそっぽを向ける。そしてコトネはレクトの方に体を向け、
「ありがとうレクト」
彼に感謝の念を伝えた。それに対しレクトは気恥ずかしそうに視線をそらし頬を指でかく。
「決まりだな! コトネって言うんだっけ? とりあえず部屋まで案内するよ!」
そう言ってミリカは楽し気にコトネの手を引いてつれていく。それにメルカもアルムにニヤニヤと視線を向けながらついて行った。それを見届けてレクトも自室へ戻ろうとする。その時だった。
「…………ケイルはもういない。おまえさんもあいつじゃねぇ。何かあってもおまえさんの責任になるのは忘れるな」
レクトに忠告するかのように声をかけるアルム。それに対しレクトは「分かってる」と一言呟き自室に戻る。それを心配そうに見届けながらアルムは深いため息をついた。
「……本当に分かってるのか? あいつは……」
アルムの零した言葉は誰の耳に届くことなく霧散する。
その日からエスヴィア冒険者街の一角、アルムが経営する鍛冶屋に一人住人が加わることとなる。それが彼らにどのような影響をもたらすか誰も知らないまま、夜が過ぎていくのだった。
その日からエスヴィア冒険者街の一角、アルムが経営する鍛冶屋に一人住人が加わることとなる。それが彼らにどのような影響をもたらすか誰も知らないまま、夜が過ぎていくのだった。