大司教室。
いつものように、出ていこうとする大司教をマルゲリータが引き止める場面ではなかった。
普段から真剣な彼だが、この日はその何倍もの重さを宿した眼差しをしていた。
「今日だけ、不思議とこの時間がぽっかりと空いていたのです。ゆえに論じましょう、海蛇が動く気配を感じます。それは共和国同盟という目線で見れば吉兆でしょう。しかしミクロな視線、アリミヌス市としてみればどうなるのか分かりません。」
「つまり、それによってどういった事象が起きるとお考えでしょうか、ルキウス様」
頭を下げ、小さな声を問う大司教付きシスターマルゲリータ。 「わたくし達が武力派であった頃、その地域自体は組織が壊滅し、その組織にいた咎人は、贖罪をこなすことでよくなりました。しかし、そこに囚われていた人材の受け入れ、そこから溢れ、逃げ出した極小数が野党へと身を転じる。悲しき、痛ましい事件が起きていました」
「つまり、今回海蛇が動くことで何かが起きる可能性があるとルキウス様は仰るのですね」
「ええ、本来であれば神に許しを得て、わたくしも共に参りたいのですが」
いつでも止めに入れるように、裾をつかむ体勢に移行する大司教付きシスターマルゲリータ。
それを見つつ、笑顔で答えるルキウス大司教。
「若かりし頃であれば、正義感に駆られてわたくしが直接出向いたことでしょう。あるいは、海蛇が動く前に先回りして事を収めようと……ですが今は、それが民に混乱をもたらすと知っております。」
その言葉に、マルゲリータはそっと指先を組み直し、わずかに肩の力を抜いた。
そう、この大司教は就任初期に一人では縁が切れない、恐ろしくて声を出せないと相談した信者のために、一人マフィアの元へ代理で行こうとした過去が存在していた。
「故に、わたくし達が行うことは、来たる日、そうですねこのあたりでしょうか」
ルキウスはカレンダーへと視線を移し、曖昧にその時期を示した。
それは後に運命の日《ジョルノ・デル・ジュディツィオ》の日とその後5日〜10日くらい。もし逃亡者が潜むつもりならば、移動を考えて、観光客に紛れて入りやすい、そんな日になり得るとルキウスは見ていた。
「この日の教会に人員を多めに配置することです。
特に治療師、治療神官についてはできる限り出勤してもらいたいものです。可能であれば街の避難訓練も同日にと言いたいところですが、それが原因で運命が変わり、対峙すべき者を取り逃し、結果として海蛇と敵対になってはいけませんから。ガスペリ家と敵対でも、すればアルカナ教団もただではすみません」
「であれば、ジャックス治療神官、エンベルト治療神官辺りはその日に定期の休みを取られていたはずですので、交渉しておきましょう。代わりの休みは◯日辺りを提案するのがよろしいでしょうか」
「頼みますよマルゲリータ殿」
こうして、二人きりの大司教室での秘密の会議は終わり、午後の職務が待っているのだった。
いつものように、出ていこうとする大司教をマルゲリータが引き止める場面ではなかった。
普段から真剣な彼だが、この日はその何倍もの重さを宿した眼差しをしていた。
「今日だけ、不思議とこの時間がぽっかりと空いていたのです。ゆえに論じましょう、海蛇が動く気配を感じます。それは共和国同盟という目線で見れば吉兆でしょう。しかしミクロな視線、アリミヌス市としてみればどうなるのか分かりません。」
「つまり、それによってどういった事象が起きるとお考えでしょうか、ルキウス様」
頭を下げ、小さな声を問う大司教付きシスターマルゲリータ。 「わたくし達が武力派であった頃、その地域自体は組織が壊滅し、その組織にいた咎人は、贖罪をこなすことでよくなりました。しかし、そこに囚われていた人材の受け入れ、そこから溢れ、逃げ出した極小数が野党へと身を転じる。悲しき、痛ましい事件が起きていました」
「つまり、今回海蛇が動くことで何かが起きる可能性があるとルキウス様は仰るのですね」
「ええ、本来であれば神に許しを得て、わたくしも共に参りたいのですが」
いつでも止めに入れるように、裾をつかむ体勢に移行する大司教付きシスターマルゲリータ。
それを見つつ、笑顔で答えるルキウス大司教。
「若かりし頃であれば、正義感に駆られてわたくしが直接出向いたことでしょう。あるいは、海蛇が動く前に先回りして事を収めようと……ですが今は、それが民に混乱をもたらすと知っております。」
その言葉に、マルゲリータはそっと指先を組み直し、わずかに肩の力を抜いた。
そう、この大司教は就任初期に一人では縁が切れない、恐ろしくて声を出せないと相談した信者のために、一人マフィアの元へ代理で行こうとした過去が存在していた。
「故に、わたくし達が行うことは、来たる日、そうですねこのあたりでしょうか」
ルキウスはカレンダーへと視線を移し、曖昧にその時期を示した。
それは後に運命の日《ジョルノ・デル・ジュディツィオ》の日とその後5日〜10日くらい。もし逃亡者が潜むつもりならば、移動を考えて、観光客に紛れて入りやすい、そんな日になり得るとルキウスは見ていた。
「この日の教会に人員を多めに配置することです。
特に治療師、治療神官についてはできる限り出勤してもらいたいものです。可能であれば街の避難訓練も同日にと言いたいところですが、それが原因で運命が変わり、対峙すべき者を取り逃し、結果として海蛇と敵対になってはいけませんから。ガスペリ家と敵対でも、すればアルカナ教団もただではすみません」
「であれば、ジャックス治療神官、エンベルト治療神官辺りはその日に定期の休みを取られていたはずですので、交渉しておきましょう。代わりの休みは◯日辺りを提案するのがよろしいでしょうか」
「頼みますよマルゲリータ殿」
こうして、二人きりの大司教室での秘密の会議は終わり、午後の職務が待っているのだった。