京東鉄道がまだ京東農業鉄道だった頃に戦前発生した事故である。
昭和8年(1933年)5月15日午前11時過ぎ。
3分遅れで嶌田駅に入線した普通列車(4両編成)。到着時間が遅れた以外は何事もなく到着した。
普通列車が出発しようとしたそのときだった、高速で走行する貨物列車が接近してきたのである。
不幸なことに、ポイントが故障していたのだった。
高速で走行する貨物列車は普通列車がいるほうの線に入ってしまった。普通列車の運転手はあわてて後退しようと奮闘するが、後続の列車が来てしまったのである。
後退したころには、ときすでに遅し。後続の列車に衝突。その後、貨物列車にも衝突した。
しかし、貨物列車の勢いは衰えず、先頭の機関車が普通列車を飛び越えてホームに飛び出してしまったのだった。
ホームの壁を突き破ったあたりで、機関車は止まった。
貨物列車と衝突した前方側は凄惨な光景だった。高速で衝突したがために先頭車両は大破、2両目も後方を除いて大破していた。
しかし幸いにも、後続列車と衝突した後方側は速度がお互い落ちてたがために損傷は大きくならずにすんだ。
この事故により、乗客80名と運転士および機関車の運転士が死亡、普通列車の乗客8人の重傷を含む。乗客56人と車掌が負傷、後続列車に乗っていた乗客5名と運転士が負傷した。
その後、嶌田駅の駅舎は建て替えられたのこと。
最終更新:2014年11月11日 17:48