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三十ふり袖

最終更新:2019年11月01日 05:44

harukaze_lab

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三十ふり袖
山本周五郎

-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)幸《ゆき》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)六|帖《じょう》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#6字下げ]
-------------------------------------------------------

[#6字下げ]一[#「一」は中見出し]

 お幸《ゆき》が「みと松」の裏口で転んだとき、おりよくその店に巴《ともえ》屋の旦那が来て飲んでいた。それでそれが、その二人のつつましい縁の始まりになった。
「みと松」は日本橋上鞘町の、越中堀の河岸《かし》に面した路次の角にある、ごく小さな、客の七八人も入ればいっぱいになるくらいの飲屋で、肴《さかな》も格別これと自慢するほどの物は出来ないし、飯はぶっかけ[#「ぶっかけ」に傍点]と定《きま》っていた。客もうらぶれたような人たちが多く、越中堀へ入る船の船頭とか、裏店《うらだな》に住む職人や日傭取《ひようとり》、また通りかかりの駕籠《かご》屋とか車力などというのがおもであった。――狭い店の一方におでんの鍋《なべ》があり、主人の平吉が控えていて、肴の皿を拵《こしら》えたり酒の燗《かん》をつけたりする。
 その鍋前に飯台が鉤《かぎ》の手に取付けられ、空樽《からだる》へ茣蓙《ござ》をのせた腰掛が並んでいる。客はそこに腰を掛けて飲んだり喰《た》べたりするのであった。こういえばわかるとおり「みと松」はごくけち臭い飲屋である。家族は主人の平吉と女房のお松だけ。平吉は片方(左)の脚がない、太腿《ふともも》の半ばから切断されているのである。躰格《たいかく》は相撲でも取りそうに逞《たくま》しいし、眉が濃く眼がぎょろっと大きく、唇が厚く顎《あご》が張っている。鍋の向うに腰かけていると片脚の無いのが見えないから、よほどたちの悪い客でも、食い逃げや飲み逃げをしようなどという気は起こさないようであった。
 お松は亭主より五つ年下の三十二歳である。背丈は五尺そこそこしかないが、亭主が動けないので店の仕込はもとより、立ち働きはみな彼女がするためか、躯《からだ》はよく肉づいているし、まる顔の頬はいつも張切って赤く、膏性《あぶらしょう》で、冬でも鼻の頭に汗をかいていた。食い逃げ飲み逃げの客はなかったが、夫婦とも人が好いために、つい貸し勘定が溜《た》まりがちで、自分たちは(二人世帯にも拘《かかわ》らず)ひどく逼迫《ひっぱく》しているのが常であった。
 もう数年まえのことになるが、雨の降る夜の十時ごろに、もう店を閉めようとしているところへ客が来た。酒を二本ばかり飲んだあと「ぶっかけ[#「ぶっかけ」に傍点]を一杯」と注文された。ぶっかけ[#「ぶっかけ」に傍点]というのは葱《ねぎ》と浅蜊《あさり》とか、叩き鰯《いわし》と葱などの汁を、飯の上に掛けた丼物《どんぶりもの》のことで、――そのとき汁はあったが飯が無かった。もう客はないだろうと、夫婦ですっかり喰べたあとだったのである。
 しかししょうばいだから断わるのも惜しい、「飯が冷たくってよければ」といって、お松がひそかに路次裏へぬけだしてゆき、かもじ[#「かもじ」に傍点]屋のお文から、丼に一杯の飯を借りて来て、まにあわせた。などということもあった。
 ――あのときはその借りた飯でさえ五六日も返せなかったっけな。
 夫婦はときに思いだして苦笑しあうが、現在でもそれよりよくなっているわけではない、仕込の銭がなくて店を休むこともあるし、酒屋の勘定には絶えず追われているし、特に去年(天明六年)関東一円にひどい水害があり、近国に飢饉《ききん》が起こったりしたので、年が変ったこの五月ごろからひどく不景気になり、寒くなるにつれていよいよそれが深刻の度を加えるばかりなので、「みと松」もこのところずいぶん苦しい状態を続けていた。
 こういう店にしては、巴屋の旦那は場違いの客であった。年は四十五六、固ぶとりのがっちりした躯で、色が黒く、眉毛が薄く、小さな眼つきで、ぜんたいが田舎の小地主といった感じであった。大名縞の着物に黒っぽい紬《つむぎ》の羽折を重ね、木綿の足袋に駒下駄という恰好も、ひどくやぼったくて見栄えがしないし、話しぶりや飲み食いのようすなどは、へんにかたくるしく、むしろ陰気なほうであった。――初めて来たのは九月ごろであるが、ふりの客だと思ったので平吉もお松も注意しなかった。しかし中二日おいてまたあらわれ、それからずっと三日に一度ずつ、欠かさず来るようになった。
 旦那の来るのは夜の九時過ぎと定《きま》っていた。遠慮がちに入って来て、二た品くらいの肴で酒は三本、ゆっくりと啜《すす》るように飲んで、勘定には必ず心付を置いて、そしてまた遠慮がちに帰ってゆくのであった。
 ――この店がお気にいったんだぜ。
 平吉は女房にそう云った。
 ――いいお客さまだよ、大事にしてあげなくちゃあいけないわ。
 お松も亭主にそう云った。
 来はじめてからひと月ばかり経って、初めて旦那は平吉に話しかけた。
「その、――」と旦那は云った、「店の名のみと松というのはどういうところから付けたんだね」
「あっし共は水戸の者でして」と平吉が答えた、「こいつの名がお松というもんですから、それでまあなんとなく、――」
「ああ」と旦那は微笑した、「するとつまり、のろけみたようなものなんだね」
「冗談じゃねえ、とんだことを仰《おっ》しゃる」
 平吉はまごついた。そんな軽口を云う人には全然みえなかったし、自分のほうには思い当ることがなくもなかったからである。しかし、それが親しくなるきっかけになったようで、店がたて混んでいるような場合には、ひと間しかない奥の部屋へあがって飲んでもらうようになった。――こんなぐあいにして、やがて、彼が京橋の水谷町で巴屋という足袋屋を営んでいること、生れは甲州の小淵沢《こぶちざわ》、名は喜兵衛、事情があって家庭が淋しいために、そんなふうによそで飲むのを楽しみにしている。などということが少しずつわかった。
「寄合なんぞで茶屋酒も飲むけれど」と旦那は云うのであった、「私はどうもそういう派手なことが嫌いで、この平さんの店のようなところでないとおちつかないんでね、つまり田舎者の貧乏性ということなんだろうね」
 そんなふうに云うとき、旦那の喜兵衛はいかにも淋しそうで、慰まないようすがうかがわれるのであった。
「こんなけちな店をひいきにして下さるのは有難えが」と或るとき平吉が云った、「それだけのお店の旦那なんだから、御家内がお淋しいんなら、気にいった者を一人お囲いなさるがいいじゃありませんか」
「世話をしてくれるかね」
「お望みならすぐにでも捜しますよ」
 平吉は半ば冗談のつもりであった。けれども旦那のほうはそうではなく、ときどきそれとなく催促をした。
「縹緻《きりょう》は少しぐらい悪くっても、気だてのやさしい娘がいいね」などとさりげなく云う、「――薄情なことは決してしないし、できるだけの面倒はみるから、心当りがあったらぜひ世話を頼むよ」
 相手が本気だとわかったので、夫婦もしんけんに捜す気持になった。こんなようなときに、「みと松」の裏口でお幸が転んだのであった。

[#6字下げ]二[#「二」は中見出し]

「こういうわけだけれど、どうだろう」とお松が云った、「ゆうべあんたが転んだでしょ、あたしが出てみてあんただってわかったとき、あたしああそうだって思って、すぐにうちの人と相談したのよ」
 お幸は俯向《うつむ》いたまま、膝《ひざ》の上で両手の指の爪と爪とを擦り合せていた。
 ――あたしもう二十七なんだわ。
 おかみさんの話を聞きながら、お幸はこう考え続けていた。彼女は小柄な躯なのにゆったりしてみえる、顔だちものびやかで、眉と眼のあいだがひろく、唇の線もゆたかな波をうっている。ひと口にいうとおかめ顔で、髪毛もちょっと赭《あか》いし、決していい縹緻ではないが、ぜんたいにおっとりとした温かさがあって、向きあっている相手になんとなくしっとりとした気分を与えるようなところがあった。
「旦那がどんなに好い方かってことは会ってみればすぐにわかるわ」とお松が続けた、「こんなことあんたにすすめるなんて、あたしずいぶん辛いのよ、あんたにお妾《めかけ》になれなんて、もしかよその人がすすめでもしたんならあたし黙っちゃいやしない、それはわかってくれるでしょ」
「ええわかるわ」とお幸が云った、「よくわかるわ、おばさん」
「あたし心を鬼にして云うわ、あんたも裸な気持になって聞いてちょうだい」お松の鼻の頭には汗の粒が溜まっていた、「――去年の洪水からこっち、不景気がひどくなるばかりで、あんたも内職ではやってゆけなくなっている、おっ母さんの薬も買えない日が続いていることがあるわ、それから夜が更けてからの客で、丼を持って御飯を借りにいったりね」
 お幸は黙ったまま頭の中で呟《つぶや》いていた。
 ――あたしはもう二十七なんだわ。
 お松は自分が世話になったことを話し続けた。お幸の家はもと槇町にあって、かなり大きな「かもじ屋」を営んでいたが、父親の次郎兵衛がなにかの思惑に手を出して失敗し、また知人の借金の裏判をついたりした結果、店をたたんでこの裏長屋へ逼塞《ひっそく》するようなこと、「あたしうすうす知ってるのよ、知ってはいるんだけれど、うちだって火の車でどうしてあげようもないじゃないの」
「いいえ、してもらってるわ、おばさんにはいつだって」
「やめてよ恥ずかしい」お松は頭を振った、「あたしはお幸ちゃんのお母さんにはずいぶんお世話になってるわ」水戸から出て来て、誰ひとり頼る者がなかったし、それこそ夫婦とも着たきり雀だったから、浴衣や肌襦袢《はだじゅばん》や、お腰まで貰ったことになった。それはお幸が十七の年のことで、父親は挽回策《ばんかいさく》のためにかなり無理な奔走をしたらしい。だが、二年めの夏に急性の烈しい痢病を患って死んでしまった。――母親のお文はまえからの病身であった。痛風という頑固な持病で、左右の足が絶えず痛み、冬になると腰まで痛みがひろがって苦しむのである。薬は広東人蔘《カントンにんじん》を主剤とした煎薬《せんやく》が合うので、それを欠かさず服んでいたが、人蔘が市販を禁じられ、「人蔘座」の専売制になって以来、その価格は上るばかりで、ちかごろでは持薬として使うには負担が重すぎるようになった。
 父の次郎兵衛が死んでから、母親は針仕事や内職で生活して来た。お幸は七八つの年から長唄と踊の稽古にかよい、槇町の店をたたむまで続けていたので、いちどはどっちかの師匠をやってみたらどうかという話もあった。しかし彼女はそういう派手なことが嫌いなので、踊の衣裳も三味線もみれんなく手放してしまい、慣れない賃仕事に精をだしていた。――だがお松の云うとおり、去年からの不景気がいつ底をつくとも知れず、秋ぐちから冬になると内職そのものも少なくなったし、手間賃の払いもおくれ勝ちで、これまでのどの年よりも生活はゆき詰って来ていた。
「ねえ、心を鬼にして云うわよ」とお松は云った、「世間がこんなぐあいだし、病身のお母さんを抱えていては、お嫁にゆくこともお婿さんを貰うこともできやしない、それにあんたも年が年だし、もしかして縁があっても、子持ちの処へのちぞえ[#「のちぞえ」に傍点]にゆくぐらいがおちだわ、ねえ、そのくらいならいっそちゃんとした人の世話になって、ゆっくりおっ母さんにも養生をさせ、あんたも暮しの苦労からぬけるほうがいいじゃないの、世の中には十五十六で身を売る娘だって少なくはないのよ」
 お幸は俯向いたまま頷《うなず》き、わかったというように微笑した。ゆたかに波をうつような唇が僅かに片方へ曲っただけで、泣きべそをかいたのと区別のつかないような微笑であった。
「巴屋の旦那があんなに好い人でなければ」とお松は続けた、「口が裂けたってこんな話あんたにしやあしないわ、さんざおっ母さんの世話になっていながら、あんたにお妾になれなんてすすめるのは、あたし煮え湯を飲むような気持なのよ、……でもしようがないじゃないの、お互いにこんなひどい貧乏なんだもの、ほかにどうにもしようがないじゃないの、お幸さん」
「わかったわ、おばさん」お幸はやはり俯向いたままで云った、「――もしその方が気にいって下さるなら、あたしその方のお世話になるわ」
「お幸さん、――堪忍して」
 こう云って、お松は前掛で顔を掩《おお》った。
「どうしたの、おばさん」
「あたし正直に云っちまうわ」お松は泣き声で、前掛の中から云った、「あんたが承知してこれがうまく纒《まと》まればね、旦那からあたしたちも世話料が貰えるのよ」
「それがどうしたのよ」
「おためごかしのようなことばかり云ったけれど、あたしたちもその世話料が貰えれば助かるの、心の中ではそれをあてにしていたのよ」
 お幸は顔を歪《ゆが》め、どう答えていいかわからず、当惑して、そっとお松の膝を手で押えた。お松はやはり前掛の中から云った。
「貧乏もここまでくると情けないわね」
 やがて二人は相談を始めた。旦那に会うのは今夜、着物はお松が都合すること、お幸は湯にはいって髪を結い化粧をすること、紅白粉《べにおしろい》もお松が持ってゆくし、髪もお松が結うことなど、すっかり手順を定めて、そうしてお幸は帰っていった。
 母親のお文には詳しい話はしなかった。寒くなってから殆んど寝たきりのお文は、髪化粧をする娘と、お松のようすを(寝床の中から)眺めていたが、およその事情を察したのだろう、やがて寝返りをうって壁のほうへ向き、掛け夜具を額までかぶってしまった。――いちど帰ったお松が、迎えに来たのは夜の八時ごろであった。おそらくどこかで借りたのだろう、地味ではあるが、小紋の小袖に厚板の帯、やや派手な色の扱帯《しごき》などを包から出し、絶えまなしに饒舌《しゃべ》りながら、自分で手伝ってお幸に着付けをさせた。
 ――悲しがらないでね、おっ母さん。
 お幸は心の中でそう呼びかけた。
 ――誰が悪いんでもない、こういうめぐりあわせなんだもの、世間にはもっと、いやな辛いおもいをする人だって、たくさんるんだもの、……あたし平気なんだから、どうかおっ母さんも悲しがったりしないでちょうだい。
 母親のお文はそのときも、壁のほうへ向いて寝たまま、じっと身動きもしなかった。

[#6字下げ]三[#「三」は中見出し]

 それから十日ほど経って、お幸と母とは京橋の小田原町二丁目へ引越した。
 巴屋の旦那はお幸をひとめ見て気にいり、その家を母娘のために買って呉れたのである。それはちょっとした坪庭のある、一戸建てのおちついた家で、部屋も四つあるし、すぐ前が堀で、対岸は本願寺の土塀《どべい》が続き、土塀の上に高く本堂の屋根がぬきんでて見えた。左の家は銀座の袋物屋の隠居所、右隣りはなにがしとかいう御能師の控え家で、どちらも殆んど人声が聞えないくらい、ひっそりと静かに暮していた。
 引越してから三日めの夕方、巴屋の旦那が来て家のようすを見、お文にも会って、暫く話して帰ったが、その翌日、箪笥《たんす》や茶箪笥や鏡台、長火鉢、そして勝手道具や食器などのほかに、夜具二た組と座蒲団まで届けられた。――さすがにお幸は昂奮《こうふん》し、われ知らず浮いた気持になった。
「昨日は必要な物を見にいらしったんだね」とお文も明るい顔で云った、「あんまりなにもないんできっと吃驚《びっくり》なすったろうよ、まあまあ、こんなこまかい物にまでお気がつくなんて、ずいぶん気のまわるお方なんだね」
「だってもう年が年ですもの、このくらいのことあたりまえだわ」
 お文はちょっと眼をみはって娘を見た。お幸がそんな調子でものを云ったのは、絶えて久しいことだったからである。お幸は母親の眼つきには気がつかず、自分が褒められでもしたようないい気分で、自分では気がつかずに鼻唄をうたいながら、それらの道具を気にいった場所に配置するのであった。
 ――これは幸運だったかもしれない。
 お文は寝床の中から娘のようすを眺めながら、こう思ってそっと溜息をついた。
 ――あの方はよほどお幸が気にいったのだ、さもなければ、まだなんのわけもないのにこれだけのことをして下さる筈がない、これなら嫁にいったのも同じようなものではないか、本当にこれで仕合せになれるかもしれない。
 だがお幸の陽気さは長くは続かなかった。
 家の中がすっかり片づくと、お幸は銭湯へいって来て、それから楽しそうに夕餉《ゆうげ》の支度をし、二つも行燈をつけて、母親といっしょに食事を始めた。そのときはまだ華やいだ調子で、箸《はし》を動かしながらしきりに母へ話しかけたり、また絶えず振返っては、新しい家具の並んでいる部屋の中を眺めまわしたりした。そのうちにふとお幸は眉をひそめ、箸を停めて眼をつぶった。
 ――なにがそんなに嬉しいの。
 胸の中でそういう声がしたのである。
 ――これはおまえが人の囲い者になった証拠なのよ。
 ほんの短い沈黙であったが、お文は娘のようすの変ったことに気がついた。
「どうしたの、気分でも悪いのかえ」
「え、――いいえ」お幸は身ぶるいをしながら眼をあいた、「なんでもないの、あまり動いたから疲れたんでしょ」
 そうして急に食欲を失ったように、茶碗と箸を膳《ぜん》の上へ置いた。
 その明くる日の夕方、旦那の喜兵衛が土産物を持って来た。お幸は夕食の支度をしているところだったが、喜兵衛は二つある土産のうち、折詰のほうをお幸に渡し、
「済まないがこれで一杯飲ませてくれ」と云い、「ちょっとおっ母さんに挨拶して来るから」
 そう断わってお文の部屋へはいっていった。
 お幸は喜兵衛の顔をまともに見ることができなかった。買って貰った道具の礼も云いそびれ、重くるしいようなふさがれた気持で、酒を買いにいったり膳拵えをしたりした。そして、すっかり支度が出来てから気がつくと、母の部屋で喜兵衛と母の話している声が聞えた。
「まあ、――」お幸は思わず呟《つぶや》いた、「おっ母さんが人と話をするなんて」
 裏長屋へ逼塞して以来、お文はひどく人嫌いになっていた。相長屋の人たちがみまいに来ても決して、上へあげるようなことはない。「みと松」の夫婦とはずいぶん親しくして来たが、それでもたいていは上り框《がまち》で話すくらいであった。だがいま、お文は喜兵衛と話していた。襖《ふすま》を隔てて、喜兵衛の話におっとりと受答えするお文の声がよく聞えた。
「そうです、あの蜜蜂《みつばち》です」と喜兵衛が云っていた、「お祖母《ばあ》さんは六十ちょっとまえでしたが、十年以上も腰の痛みで苦しんでいました、どんな薬も効かず、湯治も痛みを抑えるだけで、もうすっかり諦《あきら》めていたところでした」
「そうして蜜蜂に螫《さ》させたんですか」
「いや、知らずに螫されたんですな」と喜兵衛が含み笑いをした、「秋のことでしたが、へんな話ですけれども、お祖母さんは縁側へ出て、うしろ腰を裸にして日光に曝《さら》していたんです、お日さまの光りで温めるとぐあいがいいんだそうで、――そうしているうちに、腰のところになにか触ったので、ひょいと手で叩いた、うしろだから見えやしません、なにげなく叩くと、それが蜜蜂だったからちくりと螫された、いやもう痛いのなんの、お祖母さんはとびあがったそうですが、ところが、それっきり腰の痛みが治ってしまったんです」
「それはそれは、まあ、――」とお文が明るい声で云った、「そうしますと、その蜜蜂に螫されたのが効いたわけなんですね」
「蜜蜂の毒になにか効きめがあったんでしょうな、尤《もっと》も蜂によって蜜を吸う花が違うそうですから、どの花の蜜を吸う蜂でなければ効かない、ということがあるかもしれません、しかし現に私のお祖母さんはそれでぴたりと治ったんですから」
「それではわたしも」とお文が笑いながら云った、「来年にでもなったらためしてみましょうかね」
「蜜蜂の出る季節になったら、ぜひためしてみるんですな、この辺では無理でしょうから、どこか湯治場へでもおいでになって」
 お幸はそこで声をかけ、支度の出来たことを告げた。
 喜兵衛は坐るまえに、部屋の中を見てまわり、夜具はお文とお幸のものだから、今夜からすぐ使うようにとか、とりあえず着物を二三枚作ろうとか、なにかほかに不足なものがあったら、遠慮なくそう云うようになどと、お幸のほうは見ずに云った。――お幸も喜兵衛のほうは見ないようにしながら、言葉少なにはいとかいいえとか答えるだけであった。やがて膳に向って坐り、喜兵衛が酒を飲みだしてからも、両方がなにやらぎごちなく、話もとぎれとぎれで、どうにもうまくはずんでゆかなかった。
「おっ母さんの部屋は日当りが悪そうじゃないか」喜兵衛がふとそう云った、「こっちが東でしょう、そうすると、この六|帖《じょう》のほうがいいね、今夜からおっ母さんにこの部屋へ移ってもらったらいいでしょう」
「はい、でもそれは」とお幸は俯向いたまま云った、「この部屋は旦那さまがいらっしゃるときに使いますから」
「私は一日いるわけじゃなし、向うの部屋で充分ですよ、構わないからそういうことにして下さい」
「はい、では母と相談しまして」

[#6字下げ]四[#「四」は中見出し]

 喜兵衛は半刻ちょっとぐらいで帰った。
 帰るときに紙包を渡し、これで自分の好みの着尺を買うようにと云った。また明後日の夕方に来るが、そのとき月々の定ったものを渡すから、とも云った。
 彼が帰ったあと、お幸は母親とおそい夕食を喰べた。そのあとで、母親は喜兵衛の土産の品をひろげてみせた。それは羽根蒲団という舶来のもので、元来は掛け夜具であるが下に敷けば床擦れがしないだろうからと、特に捜して買い求めたということであった。
「なんだかあんまりよく気がおつきなさるんで、勿体《もったい》ないような気がするよ」
「そうね、でも、――」とお幸は膳の上を片づけながら云った、「気がついて下さるのは有難いけれど、度が過ぎると押しつけがましいようでいやだわ」
 お文は娘の顔を見た。それからふと叱られでもしたように、羽根蒲団をたたんで脇へ置き、夜具の中へ横になった。
 ――おっ母さんにはこれがそんなに嬉しいのだろうか。
 お幸は勝手で洗い物をしながら、口惜しいような情けないような気持でそう思った。
 ――娘のあたしを人の妾にして、このくらいのことをして貰うのが勿体ないなんて……それではあたしがあんまり可哀そうじゃないの。
 お幸の眼から洗い桶《おけ》の中へ、涙がぽろぽろこぼれ落ちた。お幸は自分の哀れさやみじめさを誇張し、喜兵衛や母親の独りよがりと無情さを憎んだ。それがわざと誇張し、自分から歪めた考えかただということはよく承知しながら。――たぶん母親にもお幸の気持が通じたのであろう、二人はその夜ひと言も言葉を交わさずに寝た。
 約束のように一日おいて、喜兵衛は来た。毎月の手当(それは多くもなければ少なくもない額であった)を渡し、そのときどきで必要な物があればべつに出すし、お文の医薬代は巴屋のほうで負担する、ということを定めた。――彼はその日もまずお文の部屋へゆき、土産の菓子折をひらいて、膳の支度の出来るまでそこで話しこんだ。お文は娘の気をかねてか、はじめのうちは黙りがちであったが、喜兵衛のこだわりのない調子につい誘われたとみえ、いつかしら明るいおっとりとした声で、楽しそうに話し興ずるのが聞えた。
「あんな明るい声はずいぶん久しぶりだわ」酒の燗《かん》をつけながら、お幸はそう呟いた、「――気が合うのかしら、あの人もまんざら御機嫌とりだけじゃなさそうだわ」
 お幸はそっと微笑した。
 喜兵衛はその日も半刻あまりで帰った。お幸の作った肴をうまそうに喰べ、酒を三本飲んだだけである。お互いのぎこちなさは少しもとれず、話もちぐはぐで、どちらも気分が重くなるばかりのようであった。
「着物は買ったのかえ」帰りしなに喜兵衛が訊《き》いた、「――一人でゆくのが億劫《おっくう》だったら、みと松のおかみさんにでもいっしょにいってもらったらどうだろう、持っていると金というやつはすぐ無くなるものだよ」
 お幸は俯向いたままはいと答えた。
 明くる日、お幸は「みと松」のお松を誘って買い物に出た。ふだん用の着尺を二反と帯を買い、戻りにまた「みと松」へ寄って、半刻ばかり話したが、そのときの話のようすでは、喜兵衛は小田原町からの帰りに「みと松」へ寄って、暫く飲み直してゆくということであった。お幸はただそうかしらと思っただけであるが、お松はそれがさもじれったいというようすで、しっかりしなければだめよ、と繰り返し云った。
「そのために小田原町の家というものがあるんじゃないの、いまから帰りによそへまわらせるなんてことじゃしようがないわ」
「まだおちつかないからでしょ」とお幸は答えた、「そのうちに馴染めばゆっくりすると思うわ」
「そうかもしれないけれど、どっちにしろ初めが肝心だからね」お松は念を押すように云った、「――あんなに好い旦那だし、うちでもせっかくお世話したんだから、お幸ちゃんには辛いことがあるかもしれないけれど、うまくおさまるように辛抱してちょうだいよ」
 お幸は頷いて、そっと微笑した。
 喜兵衛は一日おきに来た。必ずなにかしら土産物を持って来て、まずお文の部屋をみまい、そこで話してからはじめて、膳の前へ坐るのであった。十一月が過ぎ十二月が過ぎ、年が明けていったが、喜兵衛のその習慣は少しも変らなかった。ときに酒を飲みすごすことがあっても、十時になると必ず帰っていった。――雨のとき雪のとき、ひどく北風の強い晩など、お文がよく泊ってゆくようにとすすめるが、「店の者にしめしがつかないから」と云って、あっさり立ちあがるのであった。
 お幸は依然として気持がほぐれなかった。彼が好い人間だということもわかったし、そんなにも自分たち母娘に尽して呉れることは有難かった。彼のいないところではそれをすなおに認め、心からたのもしく、嬉しく思い、こんどこそ、もっとうちとけようと決心するのである。その気持には決して嘘はないのだが、いざ彼と差向いになってみるとそれができない。
 ――あたしはこの人の囲い者だ。
 そういう囁《ささや》きが自分の耳に聞えてくる。自分は金で買われたのだ、この人にはちゃんとした妻があり家庭がある、なにか事情があってその家庭は淋しいそうだが、彼の本当の坐り場所はそこにあるし、彼の本当の愛情はその妻のものであろう。
 ――自分はいっときの慰み者だ。
 こういうおもいが、拒みようもなく胸にこみあげてきて、躯も感情も冰《こお》ったようになるのであった。
 喜兵衛はそれを知っているかどうか、勘づいていながら、お幸の気持のほぐれるのを待っているのかどうか、ときにふともの思わしげな沈んだ顔つきになることはあっても、怒ったり不機嫌なようすをみせることは決してしなかったし、つぎつぎと着物や帯や櫛《くし》笄《こうがい》など、身のまわりの物を買って来て呉れた。
 ――どうして怒らないのかしら。
 お幸はときどきそう思って苛々《いらいら》した。
 ――気にいらなかったらどなりつけるか、いっそ力いっぱい打ってでもくれればいいのに。
 正月下旬になった或る日。ちょうど母が銭湯にいったあとのことであるが、日本橋のさる店から綿の厚い夜具が一と組届けられて来た。まるで嫁入りに使うような、布の派手な色の夜具であった。そのころ夜具などは自家で作るものだし、注文した覚えもないので、間違いではないかと断わったが、慥《たし》かにこの家に相違ないと云い張るので、受取った。そうして受取ったあとで、お幸はそれと気がついて赤くなった。
「あの人だ」お幸はそう呟くなり、恥ずかしさと屈辱のためにかっとなった、「あの人に違いない、口で云えないものだからこんなことをしたのよ、知らないような顔つきで、なんという人だろう」

[#6字下げ]五[#「五」は中見出し]

 届けられた夜具を前に、お幸が蒼《あお》い顔をして坐っているところへ、母のお文が帰って来た。
 今年の冬は珍しくお文の躯の調子がよく、五日に一度ずつ来る髪結いにも、起きて髪を結わせるし、多少ぐあいの悪いときでもあとが楽になるので、銭湯へは殆んど毎日のようにかよっていた。
「おや、出来て来たのね」
 お文は勝手からこっちへ出て来ながら、その夜具へ眼をやってから云った。お幸は吃驚《びっくり》して母を見あげた。
「出来て来たのって、おっ母さん」お幸は母の眼をじっとみつめた、「――これが届くことを知っていたの」
「知ってたともさ、あたしがおちか[#「ちか」に傍点]さんに頼んで誂《あつら》えたんだもの」
 そう云いながら、お文は自分の部屋へはいっていった。お幸は唇を舐《な》めながら首を傾《かし》げた、おちか[#「ちか」に傍点]さんというのは髪結いの女である、――母がなぜあの女に頼んで、こんな物を誂えたのだろう、これをどうしようというのかしら。お幸がちょっと戸惑っていると、隣りの部屋で母の呼ぶ声がした。お幸がはいってゆくと、母は寝床の上で髪に櫛を入れていた。
「ちょっと坐っておくれ」お文は娘のほうは見ずに云った、「今日はあんたに話したいことがあるのよ」
 お幸は坐った。お文はそのまま櫛を動かしていたが、その手はかすかに震えていた。
「親の口からこんなことを云うのはいやだから、今日まで、がまんして黙っていたんだけれど」とお文は低い声で、しかし、きっぱりした調子で云った、「――どうしても見ていられなくなったから云ってしまうよ、お幸、今夜もし旦那がいらしったら、あんたからそう云って泊っていらっしゃるようにしておくれ」
 お幸はどきっとして眼をあげた。お文はまっすぐに前を向いたままであるが、娘のようすは見なくともわかるのだろう、すっと小鬢《こびん》のあたりが白くなり、櫛を持った手がもっと震えた。
「こういえばわかるでしょう、いくら旦那が気の好い方で、なんにも仰しゃらないからといって、いつまでこんな、――これじゃああんまりですよ」
「わかったわ、おっ母さん」
「いいえ、どうせ口に出したんだからもう少し云わせてもらうよ」お文はそれが二度と触れることのできない問題だということをよく知っているという口ぶりで、みじめに勇気をふるい起こしながら云った、「――親として娘を嫁にやることもできず、人の囲い者なんかにすることがどんなに辛いか、それはあたしは云わないよ、あたしは辛くともさきの短いからだ[#「からだ」に傍点]だからまだいい、あんたにとっては一生のことなんだからね、辛いとか、悲しいなんていうものじゃないんだから、けれども、おっ母さんはあんたにこうなってもらうよりしかたがなかった、あたしたちはこうするよりほかにどうしようもなかった、――そうだろう、お幸」
「おっ母さんが悪いんじゃないわ、おっ母さんのせいじゃないわ、あたし自分でそう決心して、みと[#「みと」に傍点]松さんのおばさんに」
「だからって、巴屋の旦那が悪いんでもない筈よ」お文は娘の言葉を遮《さえぎ》った、「巴屋の旦那のためにあんたがこんな辛いおもいをするんじゃなくって、あたしたちのほうから巴屋さんのお世話になったんじゃないの、――それもとおり一遍の人ならおっ母さんだってこんなことは云やあしない、あんたの好きなようにさせて見ていますよ、でもあたしはもう見てはいられなくなった、家を持たせて下すったり物を買って下さることを云うんじゃないのよ、お金のある人ならこのくらいなことは誰でもしてくれるかもしれない、そうじゃない、巴屋の旦那のはそうじゃない、して下さること一つ一つに心がこもっている、菓子一折にだって本当の気持がこもってるのよ、お幸、……あんたは若いからまだわからないかもしれないけれど、おっ母さんにはそれが痛いほどはっきりわかる、囲い者とか慰みものなんてことじゃない、旦那は本心からあんたのことを好いていらっしゃる、それがわかるから、おっ母さんはあいだに立って、どんなに苦しいかしれないのよ」
「わかったわ、よくわかったわおっ母さん」お幸はいたましげに微笑しながら云った、「あたしだってたいていわかってたのよ、でも、――あたしきっと狡《ずる》いのね、云われるまではいいやって、いうような気持があったんだと思うの」
「それじゃあ」とお文は初めて娘のほうへ振向いた、「それじゃああんた、おっ母さんの云ったこときいておくれかえ」
「ええ、――」お幸はもういちど微笑した、「うまくやってみるわ」
 お幸は本当にそう決心した。
 ――こんなことがいつまで続くものではない。
 こんな一寸延ばしのようなことを続けていれば、そのうちにもっと悪い事が起こる。お幸もそう思っていた。喜兵衛が好い人間であればあるだけ、がまんが切れたときの仮借のない怒りも想像することができた。
 ――おそかれ早かれそうならなければならないんだもの、これがいい潮時かもしれないわ。
 喜兵衛はいつもより少しおくれて来た。
 一日おきに来る習慣はきちんと守られているので、お幸はいつも酒肴の支度をして待っている。その日は鶫《つぐみ》の味噌漬があったし、ほかにも二た品ほど肴を多く作った。喜兵衛は眼ざとくそれを認め、こらえ性もなく嬉しそうな顔つきになった。そうして、その嬉しさを表現するのに困ったようすで、いつになくお幸を褒めたりした。
「いい血色をしているね、今夜は、まるでいま湯からあがったようにみえるよ」
「ええ、いまお湯から帰ったところなんです」
「ああそうか」彼はつぎほがなくなって吃《ども》った、「そうだろうね、――私はまた」
 そのあとは口の中で消えた。お幸もまの悪いおもいで眼をそらした。いつもそんなふうである。お幸がなにか云うと、つい会話を中断するような言葉が出てしまうし、喜兵衛にもそれをうまくつなぐ気転がない。それでいつも話がしらけてしまうし、これまではそのほうが勝手だったのであるが、その晩はあとのことがあるので、お幸は口べたな自分を初めてもどかしく思った。
 だが喜兵衛の好い機嫌に変りはなかった。彼はお幸がいつもと違うのを感じていた。来るとすぐ例のとおりさきにお文の部屋をみまったのであるが、珍しいことにお文はあまり話したがらず、反対にお幸のほうが明るい顔つきで、起ち居のようすにもこれまでにないやさしさがあった。
「今夜はばかに酒がうまいよ」喜兵衛は早くも酔いながら云った、「少し疲れているせいかもしれないが、――ひとつ、ゆっくりさせてもらってもいいかね」
「どうぞ」とお幸が答えた、「よろしかったら泊っていって下さいまし」

[#6字下げ]六[#「六」は中見出し]

 え、――というように喜兵衛は眼をあげた。お幸の口からそんなことを聞くのは初めてなので、吃驚し、信じかねたのであった。お幸は赤くなり、喜兵衛の眼を避けながら、それでも勇気をふるって云った。
「新しい夜具が出来ましたから、泊って下すっても大丈夫なんです」
「ああそれで」と喜兵衛は眩《まぶ》しそうに眼をぱちぱちさせた、「――ではこんど、いつか、……そうですね、こんどそれでは」
「ぜひどうか、大丈夫ですから」
「有難う」喜兵衛は低い声で云った、「――私も作らせている物があるから」
 そして、そこでその話は切れてしまった。
 喜兵衛は例になく飲み過したが、本願寺の十時の鐘が鳴るとまじめな顔つきになり、ことによるとこんどは来るのが一日延びるかもしれないから、こう云って帰っていった。――お幸はほっとした気持と、一種のはぐらかされたような失望と、そうして(そんなことを口にした)恥ずかしさとで、その夜はもちろん、明くる日も一日、母の顔をまともに見ることができないくらいであった。
 一日延びるかもしれないと云った喜兵衛は、そんなこともなく、いつものように中一日おいて来た。朝から曇っていたのが、午後からこまかい雨が降りだし、まるで春にでもなったような暖かい宵になった。喜兵衛は風呂敷包を持っていたが、例によってまずお文の部屋へゆき、すぐにお幸を呼んだ。
「ちょっと見てくれないか」彼は包をあけながら云った、「私の好みで染めさせたから、色が少し地味かもしれないんでね、気にいってくれればいいが――」
 お文は寝床の上に起き直っていた。喜兵衛はその前で畳紙《たとう》をあけ、中から仕立てたばかりの振袖を出して、そこへひろげた。お文がまあと声をあげ、お幸も思わず膝ですり寄った。――濃い鶯色《うぐいすいろ》のぼかしに、袖から裾いっぱい紅梅と白梅の花枝を伸ばした、あでやかにみごとな友禅模様である。お幸は胸がどきどきした、まだ槇町に店のあったころ、お幸もそういう振袖を作って貰ったことがあった。それは同じ町内の紙問屋の娘で、踊の稽古友達だったお秋のといっしょに、京へ染めにやって拵えたものであった。
 ――あたしのは牡丹に桜の模様、秋ちゃんのは八重桜に山水だった。
 お幸はその振袖をまざまざと思いだした。
「やっぱりちょっと地味でしたかな」喜兵衛はお文に向って云った、「もう少し地色が明るく出ると思ったんですが」
「地味どころですか派手なくらいですよ」お文は手を伸ばしてそれを自分の膝の上へ取りあげた、「この色だってこれより明るかったらこのひとには着られやしません、でもまあなんてきれいなんでしょう」
 お幸はそっと立ってその部屋を出た。
 お幸は泣きたくなっていた。自分でも理由はわからない、そのあでやかな友禅模様が槇町時代のことを思いださせたためかもしれない、また、それを見たとたんに「三十振袖、四十島田」という言葉を連想したが、三十になって着る振袖と、四十になって結う島田|髷《まげ》とは、女にとってもっとも哀しいみじめな姿だといわれる。自分はもう二十八だから、それを着れば文字どおり三十振袖なんだ、こう思ったからかもしれない。どちらともいえないが、そのあでやかに美しい模様を見ていると、やるせないほど胸がいっぱいになり、危なく泣きだしそうになるのであった。
「どうして振袖なんぞ」勝手へはいって膳拵えを続けながら、お幸は口の中でそう呟いた、「――この年になって、どうして振袖なんぞ」
 すると、おかしいほど涙が出て来たので、お幸は前掛で顔を掩い、そのままやや暫く涙がおさまるのを待った。
 支度の出来た膳を運び、燗徳利を長火鉢の銅壺に入れてから、お幸は母の部屋へ戻った。二人はまだ振袖をひろげて話していた。お幸は片膝をついたままで、急に気分が悪くなったから済まないが寝かせてもらいたい、と云った。二人は吃驚し、話をやめてお幸のほうへ振返った。
「気持が悪いって」とお文が咎《とが》めるように娘を見た、「いままでなんともなかったのにどうしたの」
「どうにも寒気がして、辛抱ができないんです」
「だっておまえ、そんな急に、せっかく旦那がいらしってるのに」
「いや、そんなことは構わないが」喜兵衛は首を振って云った、「気持が悪いんならむろん早く寝るほうがいい、湯にいって風邪でもひいたのかもしれないからね」
「済みません、お膳はもう出来ています、お酒もつけてありますから」
 お幸は眼を伏せたままこう云って、そっと立って出ていった。お文は呼びとめようとしたが、喜兵衛はそれをとめて、気軽に笑いながら立ちあがった。
「ではひとつ、今夜はおっ母さんの前で頂くとしましょうかな」
 そして喜兵衛はその部屋へ膳を持って来た。
 彼は明らかに失望した。落胆と、悲しいような不満とで、ひどく心が重かった。だが、彼にはそれを表にあらわすことができない、むしろそれを隠すために、いつもより陽気そうにお文と話し、さも楽しそうに飲んだ。そんな酒がながく続くわけはない、自分で燗をつけに立ったり、わざわざ鼠入らずをあけて、必要でもない摘み物を捜したりしながら、半刻あまりも手酌で盃をかさねたが、どうにもまがもたなくなり、やがて取って付けたような挨拶をすると、追いたてられるように座を立った。
「明後日は帯が出来る筈ですが」喜兵衛は帰り支度をしながら云った、「――出来ていたら持って来ます、どうか大事にするようにと仰しゃって下さい」
 貴女もお大事にと云って、喜兵衛は帰っていった。
 その翌日、――午後三時ごろであったが、まだ降り続いている雨の中を、「みと松」のお松が訪ねて来た。正月三日に来たままで、久しぶりのことだったが、なにやらひどく昂奮しているようすで、ろくに挨拶もしなかったし、ほんの僅かお文と話すうちに、なんどもちぐはぐな返事をしたりした。それでお文にはおよその察しがつき、改めてお松の顔を見ながら云った。
「あんたなにか話があって来たんでしょ、そうじゃないの、お松さん」
「ええそうなんです」お松は待っていたように頷いて、お幸のほうを見た、「――お幸ちゃんに話したいことがあって来たんですけれど、あなたにも聞いて頂きますわ」
 お幸はどきっとして眼をそむけた。
「それは」とお文が云った、「巴屋さんのことなのね」
「ええ巴屋の旦那のことです」とお松はちょっと坐り直した、「ゆうべお宅から帰りにうちへお寄りになって、十二時ちかくまで飲みながら話していらっしゃいました」

[#6字下げ]七[#「七」は中見出し]

「こちらでどのくらい召上ったかしらないけれど、うちでもずいぶん乱暴に召上って、ついぞない、身の上話を聞かして下さいましたわ」とお松は続けた、「それで、うちの人もあたしも吃驚したんですけれど、お幸ちゃん、あんたはもう知ってるんでしょ、――旦那にはおかみさんがいないっていうこと」
 お幸はぼんやり眼をあげた。
 ――旦那におかみさんがいない。
 どういうことだろう、お幸にはわけがわからず、黙って首を振るばかりだった。
「旦那に――なんですって」とお文が訊いた、「それはどういうわけなの」
「巴屋の旦那にはおかみさんがいないし、おかみさんを持ったこともないっていうわけよ、――あんたは知ってるんでしょ、お幸ちゃん」
 お幸はまたぼんやりと首を振った。
「話して下さいなお松さん」お文も寝床の上で坐り直した、「いったい、それはどういうことなの」
「縁のない人が聞いたら笑うかもしれない、あなたにも可笑《おか》しいかもしれませんわ」とお松は話しだした、「――旦那はまだ一度も結婚したことがないんですって、甲州の小淵沢から出て来たのが十一の年で、京橋の五郎兵衛町にある茗荷屋という足袋屋へ奉公にはいり、そこでまる二十六年も勤めたんですって、茗荷屋というのはあなたも御存じでしょう、二十六年も勤めたのは、途中で御主人が亡くなったために、御長男が十七になるまで暇をもらうことができなかったんだそうですわ、でも、……そればかりじゃなく、あたしは旦那の性分で、もらってもいい暇をもらわずに辛抱したんだと思うんです、そうして三十八の年にいまの所へお店を持ったまま、今日まで七年、ずっと独り身で悪遊びもせずにとおして来たっていうことですわ」
「だって茗荷屋さんやお店内というものがあるんでしょう」
「もちろん縁談はあったらしいんです」お松は鼻の汗を拭いた、「――でもそれは旦那のお気にいらなかったんでしょう、三度ばかりあった縁談を断わると、こんどはもう口をきく者がなくなったんですって、旦那は自分の年が年だからって仰しゃってましたわ、……男ぶりはこのとおりだし、口は不調法で気はきかないし、それになまじっか店のほうが繁昌して、弟子も五人置くようになったので、いざ嫁という段になると、仲に立つ者もこちらも気が重くなる、結局、よそへ世話をする者を置くほうがいいんじゃないか、そう思って当ってみると、そのほうならいくらでもはなしが纒《まと》まりそうなんですって、……旦那のお人柄のせいがあるかもしれません、それならなおさらだけれど、嫁のはなしはむずかしいが、そうでなければ相手があるというのは、悲しいじゃありませんか」
 お幸は深くうなだれたまま、小刻みに肩をふるわせていた。お文はそっと頷いた。お文にはわかるようである、それはいかにも喜兵衛の人と為《な》りを証明するようだ。気が好くってまじめで、引込み思案な彼の姿が、その話の中にまざまざと見えてくるように思えた。
「お幸ちゃんと会うまでは、ほんの飽きるまでのつもりでしたって」とお松はなお続けた、「――けれど此処へ家を持って、おっ母さんとも話をするようになったら、もうとても別れるような気持はない、生涯いっしょに暮したいし、できることなら水谷町の家へはいってもらって、ちゃんと祝言もしたいって仰しゃっていました、お幸ちゃん」
 お松はそっちへ向き直った。
「あんたとの話知ってるんでしょ」
 お幸は黙っていた。
「もうあしかけ三月にもなるのに、あんたが知らないわけはないわ、知ってるんでしょうあんた、もし知らないとすれば、――あたしおっ母さんの前で云うけれど、あんたそれじゃああんまり薄情というもんよ」お松は指で眼を押えた、「旦那はあのとおりの気性だから、御自分のほうからこれこれだって仰しゃれないかもしれない、でもお幸ちゃんだってねんねえじゃなし、三月もつきあっていてそのくらいのことを勘づかないなんてあんまりじゃないの、いいえ、あたし云うわ、旦那はゆうべ涙をこぼしていらっしゃった、……私の気持はお幸には届かないらしいって、つぶれるほど酔っていたから仰しゃれたんでしょう、けれど私はお幸とは別れられないって――」
 お幸はつっと立ち、そのままそこを出て、うしろ手に襖を閉めた。
 ――ごめんなさい、あなた。
 箪笥の前へ来ると、心の中でそう叫びながら、お幸はそこへぺたんと座り、両手で顔を掩った。
 ――堪忍して下さい、堪忍して。
 両手で顔を捕ったまま、激しく咽《むせ》びあげ、いやいやをするように身もだえをした。いろいろなことがわかった、いろいろなことというより、これまでのすべてのことが、晴れてゆく霧の中から物がはっきりと見えてくるように、切ないほどじかにわかってきた。
 ――みと松さんのおばさんの云うとおりよ、あたし薄情でしたわ、自分のことばかり考えていて、あなたのことをちっとも知ろうと思わなかった、あなたにおかみさんがないことも知らず、お幸をそんなふうに思って下さることも知らず、ただ自分の不仕合せなことばかり考えていたなんて、……でもよくわかりました、これからつぐないをしますわ、これまでの分といっしょに、十倍にも二十倍にもしてつぐないますわ。
 お幸は立ちあがって、箪笥の中から畳紙包を取出した。そうして、みえもなく泣きじゃくりながら、あの振袖を取ってそこにひろげた。――箪笥をあける音で、なにをするかと思ったのだろう、お松が襖をあけてこっちへ出て来た。
「お幸ちゃん、どうしたの」
「これを見てちょうだい」お幸は涙に濡れたままの顔で、お松に笑いかけた、「――きれいでしょこれ、作って頂いたのよ」
「まあ、――」とお松はほっとしたように云った、「それ、お幸ちゃん振袖じゃないの」
「ええ、振袖、お振袖よ」
 お幸はそれを自分の腕へ掛け、首を傾げながら、あまえたような声で云った。
「あたしが着れば三十振袖だけれど、それでもいいでしょ、おばさん」そして、ぐしゃぐしゃな顔でまたお松を見た、「――済みませんけれど、帰りに水谷町のお店へ寄って下さいな、あの人に明日どうぞ来て下さいましって」
「ことづけなのね」
「頂いたこのお振袖を着て、お待ち申していますからって」
「お幸ちゃん」
「おばさん」
「わかってくれたのね、お幸ちゃん」
「おばさん堪忍して」
 お幸はそう叫びながら、とびかかるようにお松へ縋《すが》りついた。すると、彼女の腕から落ちた振袖が、まるでそこに紅白の梅がいちじに咲きだしでもしたように、華やかに明るく、ぱっと尾を曳《ひ》いてひろがった。



底本:「山本周五郎全集第二十五巻 三十ふり袖・みずぐるま」新潮社
   1983(昭和58)年1月25日 発行
底本の親本:「講談倶楽部」
   1954(昭和29)年3月号
初出:「講談倶楽部」
   1954(昭和29)年3月号
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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