さようなら、ロンリー仮面ライダー(前編) ◆gry038wOvE


 校舎へと繋ぐアスファルトの道まで、百メートル以上、グラウンドが続いている。
 平坦に敷き詰められた砂の岩瀬砂は、既に幾人もの参加者たちによって踏み荒されていた。よく見れば、足のサイズから靴の模様まで、山道よりも鮮明に形作っている。このグラウンドも始まった段階で綺麗に整えられていたはずだ。ここの足跡をつけた人間のうち、おそらく数名はもうこの世にいない。
 そこに新たに重ねられていく足跡は、結城丈二と涼邑零のものだった。

「四人、か……」

 放送によれば、犠牲者は四名という。今までの放送では確実に十名以上の参加者の死が告げられていた事から、迂闊にも「少ない」と感じるほどであった。……いや、実際、統計的に見れば少ない数値ではあるが、彼らのような正義感と、生命に対する人並の倫理観を持ち合わせていれば、決して命の重さを数値の大小で判断しないだろう。
 確かにこれまでの人数が異様だったゆえに、四名と訊くと少なく思える。しかし、この孤島で六時間に四名が死ぬというペースは決して遅くはない。しかもその内の殆どは真っ赤な他人ではなく、人伝に聞いている知り合いという状態だ。平静を保ち始めているようでいて、それこそが狂っているような証であった。
 平素の常識よりも、死亡人数減少への安心が一瞬先行してしまうほどには、彼らの感覚も麻痺している。まるで、彼らが「もう一つの姿」になったばかりの頃のような──そんな、ビギンズナイトの時に感じたような感情の混乱である。
 だんだんと、精神的な疲れも溜まっているようだった。
 いまだ目的さえわからない宴に踊らされている。

「聞いたところでは、四名とも敵ではない……」

 結城は溜息半分に口にした。もはや名簿に印をつける作業さえも行う気力はない。
 放送の名前のうち二名は、その死を左翔太郎一行から伝えられており、一応確認はしていたが、その後、ダークプリキュアと黒岩省吾の二名は死亡した。残念と言っては何だが、結局、ゴ・ガドル・バや血祭ドウコクは現在も生存中という事が現在の放送で明らかになった。
 二十一名中、二人程度しか殺し合いに乗っていないと聞き、それでは割に合わないような気もしていたが、結果的に殺し合いというのは、この二名が狩人のように一方的に生存者を貪り殺していく形で成り立っているらしい。

「放送も随分とタイミングが悪いよな。……まったく、俺たちがここに来た時に……」
「わかっていたさ。しかし、一刻も早く首輪を解除してやりたい」

 推定では、おそらくここに桃園ラブがいる。ここにいないとすれば、現在も単独行動中という事だろうか……。どちらにせよ、彼女が知り合いである明堂院いつきの死に何の反応も示さないわけがなく、二人はそこで暗く淀んだ空気に立ち行かなければならないのである。
 いつきの死自体は勿論、翔太郎から聞いて結城も知っていたが、彼はそこに漂う空気の悪さに臆する事などなく、ただ踏み込んで、一抹の吉報を知らせねばならない。
 首輪が解除できるという事実は、先ほど放送でランボスなる人物が明かした通りで、そのために結城がこうして見回るように校舎へと歩いているのもそれを知らせて参加者の希望となるためだ。
 結果的に、禁止エリアは現状の数か所のみとなり、ガドルやドウコクが首輪爆弾の餌食となる事はないが、それでも相手の行動を制限できるという点ではアドバンテージとして有効活用され、また、身近な恐怖が一つ減るメリットもある。
 首輪を解除する事で、あらゆる恐怖から助け出したかった。






 疲労というのは恐ろしいもので、中学校の中にいた三名は、その放送が過ぎた事自体に安心を感じていた。……というのも、睡眠を取りたい人間にとって、その放送の終わりが一つの指標だったからである。
 桃園ラブにせよ、涼村暁にせよ、石堀光彦にせよ、放送が終われば少しは休養を取りたい気持ちでいた。主に睡眠不足が祟り始めている──とはいうものの、実際、これから睡眠の必要がありそうなのはラブのみで、石堀はしばらく活動でき、暁は殺し合いに巻き込まれて何度か意識を途絶したお陰で目が冴えている──のである。

「いつきちゃん……」

 また、ラブの知り合いの名前が呼ばれた。
 同じくプリキュアであった明堂院いつき。この殺し合いの最中で彼女と会う事は結局なかったが、元々は何度か共に遊びに行ったり遊びに来てもらったり、又は共闘したりといった形で親交があった。
 ここまで、来海えりかや月影ゆりと、その街の出身者が二人亡くなり、残るは花咲つぼみのみとなった。ここでダークプリキュアも脱落している。
 クローバータウンからも山吹祈里と東せつながいなくなり、残りはラブと美希だけになってしまった。ある時までは、それがどうにも、実感が湧かないような気がしていたが、二人の遺体を目にして、一つのけじめみたいな物がラブの中に芽生えてしまった。
 昨日まで笑っていた人間が物言わぬ遺体や骨へと変貌している様は、残された人の頬に自然と涙を這わせ、無意味であってもそこから逃げ出したい気持ちを湧き起こらせる。それを経験するとともに、心の中に「もう会えない」という確かな実感を、世界は教えるのだ。
 今の放送は今日一日に受けたラブの衝撃の中では小さな部類で、まだ何とか心の平静を保たせるには至る出来事だっただろう。……尤も、もしこれがもっと早い段階で呼ばれた名前だったならば、深い悲しみに埋もれていただろうが。

「……禁止エリアは無しか。首輪を外した人間がいるというのが気になるな」

 石堀は広げていたマップを畳んだ。
 先に首輪を解除した者がいるというのは予想外だが、禁止エリアは実質、首輪をいまだ首に残している流行遅れ共にしか効果がないわけだ。その流行遅れゆえに進行方向に困っている自分としては、その人間を手元に置きたいくらいだが、実際まだ街にいる参加者とほぼ会えていない。

「しかし……もう一日か。まるで今日まで二年半くらいかかった気がするぜ」

 行儀悪く机上に座る暁が独り言のように呟いた。
 長髪を掻きながらも、片目を瞑って複雑そうな表情をしている。
 彼は彼で、ここ数日で自分人生が随分と変わっていったような気がしてならなかっただ。シャンゼリオンになってからもそう時間はかかっていないし、こうして殺し合いに招かれてからはダークザイドの戦い以上に面倒くさそうな毎日である。──まあ、ダークザイドとの戦いを殆ど経験していない現状ではどちらの方がマシなのか、わからないものだが。
 とはいえ、ここに来てからの出会いというのは、自分にとっても決して悪いものばかりではなかったとは感じていた。
 暁美ほむらもそう、桃園ラブもそう、黒岩省吾もそう、西条凪もそう、そして──いや。

(石堀光彦は……)

 ここから先を考える気にはならなかった。
 仲間意識に近い感情を向けていい対象ではないのに。目の前の石堀光彦という男は、暁にとってもあまりにも平凡な男性にしか見えなかった。時たま冗談を言ったり、暁やラブをからかったり、戦っている時は普段のような軽い表情が失せて至極真面目な頼りがいある兵士となったり……そんな彼の素行に、僅かな怪しささえ感じられないままこうして何時間と経っている。
 結局、黒岩の言葉だけが石堀を疑う余地であり、その確たる証拠が出てこない。
 石堀という男が本当にただの人間ではないのなら、彼はよほどの役者だろう。

「……確かに、もう一日が終わっ──」

 ラブが暁の言葉を追って何かを言いかけた瞬間、何かが起こった。
 石堀が目の色を変えて、ラブの口を塞いだのである。ラブの言葉が途絶される。

「……!?」

 突然の出来事に、暁は何もできず、声も出なかった。ただ、咄嗟にうろたえるのみ。
 まるでドラマで犯罪者が人質を取って立てこもろうとするシーンに似ていた。不意打ちで女性が口を塞がれ、──ドラマ通りならばその直後にラブのこめかみに銃口がくっついて離れなくなる。

 そうだ、それならば、石堀が銃を構えるより先に武器だ──。
 こういう時は武器を向けなければならない。何か武器を向け、石堀を威嚇したい。しかし、暁の手元には武器はない。
 しかし、石堀の口からは人質を取る籠城犯のような台詞は出てこなかった。

「──静かに。誰か来る」

 石堀が殆ど声を殺したような小さな囁きを放つと、この部屋は、呼吸の音が聞こえるほど静かになっていた。石堀の呼吸は正しいリズムを保っていたが、暁は呼吸を一瞬忘れて、再び慌てて始めたようで、その乱れを自覚する事ができた。
 この冗談に対しても、暁は安心などしていなかった。

(オイオイ……)

 ──もし。

 今、石堀がラブを殺すつもりだったならば、暁はラブを守れなかっただろう。
 こんな風に唐突に石堀がラブを殺そうとするならば、暁にはそこに付け入るタイミングはない。咄嗟というのが怖い。暁も咄嗟の判断というのができないのだ。いくら事前に黒岩から注意を喚起されているとはいえ、暁は石堀を倒す為の準備というのを充分には行っていなかった。
 どこかで、「どうせ大丈夫だろう」という油断が働いていたのだ。
 暁が欠伸一つする間に石堀が突如引き金を引けばラブは死ぬ──それを実感していなかったのかもしれない。

「おい、いるのはわかってるぞー。涼村暁ー」

 外から聞こえる声に、暁は我に返った。
 聞き覚えがあるような、ないような声で、警戒しつつも窓の外を見る。暁は、その時何かが起きても回避する心の準備は立てていた。
 ただ、真夜中の校庭にいるのがどうやら敵ではないという事は、すぐにわかった。
 その長髪の若い男には見覚えがある。暁と読みが同じ姓を持つ、涼邑零という男であった。そこに付き添う生真面目そうな風貌の男は結城丈二だ。

「うおっ! なんだ、あんたたちかァ。……おい、大丈夫だぜ、石堀、ラブちゃん。あんたたちも随分久しぶりじゃな……」

 ふと、暁は目の前の二人の異変に気づいた。
 暁とは決定的に違う特徴を持っている。前に会った時とも違う。
 彼らには、────首輪がなかった。






「終わったぞ、涼村暁」

 結果的に、その後すぐ涼村暁の首輪が解除された。タイムリミットの五分に対し、結城丈二は三分強での首輪解除を終えるようになっていた。
 ただ、これでも少し手間取った方で、やはり結城の心拍は早くなる。零や自分ならばまだしも、他人に対してやらねばならない。人体手術の時のプレッシャーだ。暁の首元が丸裸になるまでは、結城も額に一汗かいている。

「涼村に涼邑、か。こうなるとややこしい。それに、暁というのはとても良い名前だ。お前の事は暁と呼ぼう」
「そんなに良い名前かねぇ……」
「自分では気づかないものさ」

 連続で首輪を解除する場合は、やはり少し休憩を挟みたいらしく、結城はしばらく雑談を交えながら呼吸を整えていた。
 社交辞令というよりは、素直に思っている事を吐露しているらしく、結城の表情に嘘の色はない。暁という名前に思うところでもあるのだろうか。
 まあ、それはいい。

「しっかし……本当に首輪外しちまうんだもんなぁ……」

 この首輪には、一度酷い目に遭わされた覚えがあり、暁にとっても忌むべき物だったが、その恐怖からようやく解放されたわけだ。首輪が外れれば、あとは首がすっきりして、しばらく爆破に対する緊張も失せる。
 こうして暁が首輪解除を真っ先に行ったのは、暁なりの算段があっての事である。
 勿論、暁だって、いくら目の前の二人が首輪を解除していて安全性があるからといって、首輪解除の最初の一人にはなりたくなかった。一歩間違えば爆発し、手際が悪ければ首が飛ぶような作業の被験体になろうという者はあまりいないだろう。
 ただ、それをラブに押し付けるわけにもいかず、同時に石堀の首輪が一番に解除されてしまう事の危険性も承知していた。彼の目的が首輪の解除自体にあるという可能性も否めない。
 仕方がなく、最初の一人を立候補したのだった。

「ま、いつぞやの約束が無事果たされて、ひとまず安心ってとこか。……首輪の解除はお土産だ」

 零が言う。
 暁はこの零という男を嫌いになれなかった。ベタベタとくっついてきそうな顔つきをしているが、それでいて適度な距離を保っていてくれる。名前だけではなく、性格の根っこで何かしらのシンパシーを感じる部分もあった。

「約束? ああ、そういえばそんな事もしてたな。……にしても、あっけない話だよなぁ。首輪が外れたら、あとは禁止エリアにでも留まっていれば、万事解決! 誰も来られないし、俺たちの大勝利じゃないか!?」
「……もしかして、お前、馬鹿?」

 ──ただ、あらゆる面等で少しのズレは無い事もないが。

「……さて、それじゃあそろそろ次の作業に移るか」

 殴り合いの喧嘩に発展しかねない零の一言が暁の脳に行き届く前に、結城が口を開いた。
 特に狙ったわけでもなく、ただ口を開いたタイミングが丁度良かったのだろう。
 普通に考えれば次にあたるのは桃園ラブである。

「あっ……はい。お、お願いします!」

 危うく眠りかけていたラブであった。いや、実際、寝てはならないのも理解しつつ、半分眠りこけていた。こういう時の睡眠は気持ちの良いもので、まるで数時間寝ていたようだったが、実際には、今は五分程度しか寝ていない。
 そんな様子を仕方なく思いつつも、結城は作業に取り掛かる事にした。
 ラブの首輪に手を伸ばし、次の作業に、次の作業に……と移っていった。ミスは許されないが、結城はこの場で軽率なミスをする事がなく、そのままラブと石堀の首輪が連続して解除される事になった。
 石堀の番が来れば、それこそ床屋で見慣れたように、教室は作業しながら会話をする風景へと変わっていった。






 情報交換のついでに、荷物の点検を行う事にした。
 あまり装備の確認というのはしないが、もしかすればお互い心当たりのある支給品があるかもしれない。とにかく、共通している支給品以外を机上にばら撒いて確認する。時として、所持していながら確認不足な支給品が見つかる事もある。

「で、これがただのトランプで……」

 石堀が一つ一つ説明しながら、結城や零にわかりやすく教えていた。ただのトランプなどが平然と支給品の一つになっているのも変な話だが、実際そうなっているのだから仕方がない。
 それからも石堀による説明は続いた。
 明かされていない物は以下のとおりである。

 フェイト・テスタロッサの最後の支給品は、スタンガンで、拡声器・双眼鏡・スタンガンの三つはいずれも他の参加者に支給されている支給品であった。そういう組み合わせのデイパックが支給されたらしい。

 ユーノ・スクライアの支給品は、蛮刀毒泡沫。腑破十臓が一時的に使用していた蛮刀であった。

 照井竜の支給品は、グリーフシード、反転宝珠、プリキュアの衣装であった。
 グリーフシードは、魔女を倒すと手に入る、魔法少女のための道具らしい。もしこれをもっと早い段階で持っていれば、ほむらやマミにも違う結末があっただろう。そう思うと感慨深いものがある。
 反転宝珠は、ブローチに彫り込まれた絵柄を正位置に身につけると愛情が豊かになるが、逆位置でつけると愛情が憎悪に転じるブローチである。非常に厄介な物で、これはなるべく使用したくない道具だった。
 フリフリの衣装は、ピンクと青の二着があり、それはキュアブロッサムとキュアマリンの外見にそっくりらしい。ただ、忠実というわけではなく、あくまで作り物であるのはラブの目から見ても明らかだった。中学校の文化祭で使われた物である。

 ゴ・ガドル・バの支給品は、硬化ムース弾等のライダーマンのカセットアームの予備を集めた物と『風都 仕置人疾る』というタイトルの同人誌だった。同人誌はともかく、硬化ムース弾やカマアーム、スウィングアーム、オクトパスアーム、チェーンアーム、スモークアーム、カッターアーム、コントロールアーム、ファイヤーアーム、フリーザー・ショット・アームは使える。
 殆ど使用する事がなかったアタッチメントも支給されており、結城にとっては相当便利だろう。こうして無事結城の手に渡った事は幸運だった。

 暁美ほむらの支給品は、混ぜると危険な二本の洗剤だ。

 相羽ミユキの支給品は、十発の弾丸が装填できるライフルと変なウサギのぬいぐるみである。
 そう遠くから狙い撃ちする機会がなかったためか、西条凪もライフルを持ち歩く事はなかったようだ。あくまでデイパック内の荷物として、必要とあれば遠方からの射殺を考えたらしい。
 ウサギのぬいぐるみの方は、のろいうさぎと呼ばれる、どことなく不気味なデザインのぬいぐるみだった。

 山吹祈里の支給品は、青い頭髪の男のキメ顔のブロマイドであった。
 この男の名前はコブラージャという。一目見てナルシストとわかる。例によって三十枚も支給された。

 黒岩省吾の支給品は、恐竜ディスクという秘伝ディスクであった。
 これはシンケンマルに装着する事でキョウリュウマルへと姿を変える。






 情報の交換を終えた五名はグラウンドに出ていた。仲間たちがいる警察署に向かう事になる。更に言えば、その手段もすぐに決した。仮面ライダーアクセルの変形と、スカルボイルダーがあれば、全員二人乗りで向かう事ができる。
 これでこの場にいる対主催が全員、一か所に揃うという理想的な形に収まるかに思えた。それならば、かなり都合は良く、残る数名への対処も容易になるはずだった。
 ──だが。

「よりによって、このタイミングでコイツかよ……」

 ──残念ながら、グラウンドには『敵』がいた。
 よりにもよって、現状では左翔太郎らから聞いている、『最悪の敵』であった。
 ゴ・ガドル・バ。
 軍服を着ている参加者というのが、他にいるとは思えない。石堀と暁もその姿には見覚えがある。この殺し合いに来て、現状判断しうる限り、一番の問題がそこには待ち構えていた。

「イシボリッ!」

 彼は見つけるなり、一人の男に向けてその名を呼んだ。
 石堀光彦に注目が集まる。──勿論、すぐに石堀はアクセルドライバーを巻いた。
 石堀の腰部を巻いたアクセルドライバーは、変身動作の証だと、ガドルも理解している。
 ガドルは以前、この男に敗れたのだ。その雪辱を果たしておかなければ、腹の虫がおさまらない。彼の闘気が漲る。

──ACCEL!!──

「……変、身!」

──ACCEL!!──

 アクセルメモリ、装填。石堀光彦の体は、先ほどガドルも結城も聞いていたようなバイクのエンジン音──変身の待機音だ──とともに、仮面ライダーアクセルの姿へと変わってく。
 真っ赤なフォルムの仮面ライダーがガドルの前に駆け出す頃には、ガドルもカブトムシの異形に姿を変えていた。そして、すぐにガドルは目の色を紫に変化させた。

「先手必勝だ……!」

 エンジンブレードがガドルの胸板に向けて振る舞われるが、ガドルはそれをモノともしなかった。前に戦った時よりも、また数段、防御力が違うのをアクセルは刃を通じて感じる。
 アクセルの方は自分が疲労による弱体化をしているのではないかと疑ったが、どうやらそうではないのはすぐにわかる。

「……くっ。また、随分……」

 言いかけたところに、アクセルの顔面を襲う拳。素早く、強い突きがガドルの手から打ち出されたのである。
 ──まさか、今一瞬ちらっと見えただけの黒い何かが、拳……?
 そんなように、全く状況が理解できぬまま、アクセルの体は後方へとアーチを描いて宙を舞った。──その隙に、全員の行動が定まっていた。
 石堀光彦への心配も勿論あるが、このままの恰好でいられないのは確かである。

「ヤァッ!」
「チェインジ! プリキュア、ビートアーップ!」
「燦然!」

 結城がライダーマンに、ラブがキュアピーチに、暁がシャンゼリオンに、それは即座に変身へと変わる。
 声が重なっていた。姿が変わるまでのタイムも殆ど同時だった。三人が変身したところで、ガドルの興味がそちらに向く。
 ガドルの能力に対する警戒と、未知なる味方の戦法の考察を充分にしたうえで、三人は同時に敵に臨む。──とはいえ、それは、即興的であまりにも不穏な始まり方であった。暁たちなど、結城がライダーマンの姿になるのを初めて目にしたくらいである。

「いいか? 奴には電撃は使ってはならんぞっ!!」

 ライダーマンは忠告して出方を伺う。絶対にガドルに対して行ってはならない攻撃は、雷や電撃系の攻撃だ。それを行えば、響良牙と同じくガドルのパワーアップを手伝ってしまう。
 ただでさえ強力なガドルをこれ以上強化させるわけにはいかない。
 少なくともその点だけは、何度でも忠告してわからせる必要があったので、その言葉はストレスでもかかっているかのような強い口調で発された。

「わかってるっての。石堀、仇はとるぜ」
「死んでない!」
「あっそ」

 そう言って、結城や石堀の語調の鋭さを気にも留めず、飛び出したのはシャンゼリオンである。
 シャイニングブレードを構え、「一振り!」と掛け声をつけてガドルの体表にそれを叩き付ける。……が、相変わらず効果なしだ。ガドルの体表にこれは弱い。
 想像以上の手ごたえのなさに驚き、暁自身、辟易する。
 直後、シャンゼリオンの重い図体はガドルの左手によって首を掴まれたまま放り投げられた。地面に背中をぶつけて、シャンゼリオンが嗚咽する。

「マジかよ……!」

 何とか両手を地面について、地面に座ったままガドルの方を見上げるシャンゼリオン。
 その元気そうな様子を見て、ライダーマンは一つ安心する。

「マシンガンアーム!」

 ライダーマンの右手はマシンガンへと変形。カセットアームをマシンガンアームへと変えたのだ。そこから無数の弾丸が射出される。一秒間に千発という恐るべき発射速度でガドルの体表に当たっていく弾丸は、そのまま弾けた。
 硬化ムース弾。──ガドル自身に支給されていたものだが、これがそのままガドルの体の上で破裂し、その体を固めていくとは、支給された当人も思わなかっただろう。
 強すぎる敵の動きを予め封じておくのだ。
 それから、またライダーマンはアタッチメントを変更する。

「ファイヤーアーム!」
「火炎杖(フツオヤンツアン)!」

 ライダーマンのファイヤーアームと零の火炎杖が同時に炸裂し、ガドルは熱い炎の餌食となる。硬化ムース弾によって固められたガドルが何を考えているのかは誰もわかるまい。
 その様子はまるで石膏のようでありながら、意識だけは保っている。
 己の体を焼こうとする炎に、彼はどんな感想を抱いているだろうか。
 屈辱だろうか。

「──フン」

 いや、決してその一撃に何も感じる事はなかった。
 その瞬間に彼の瞳が緑色に変化した事を誰も知る由もないだろう。

「ゴレ ン グゴキ ゾ フグジス?(俺の動きを封じる?)」

 ──刹那、ガドルが持つ物質変換能力が周囲の硬化ムースを一度消し去る。彼らグロンギは手にした物体を原始・分子レベルで分解して再構成する事ができるのである。

「──アラギバ(甘いな!)」

 体の周囲を取り巻いていた硬化ムース弾はガドルの手で、巨大なガドルボウガンへと変換される。装飾品やベルトにまで硬化ムース弾が繋がっていたゆえだろうか──全身の硬化ムースが溶け、丸裸であった。

「何っ!?」

 その特異な能力にライダーマンが驚いたのも束の間、ガドルボウガンはそのままライダーマンの体に向けて射出される。
 その胸に向かって一直線に飛んでくる空気の矢じり。それは強化服を突き破り、すぐに結城丈二の左脇腹を貫通した。ライダーマンの体を貫いた矢はすぐに大気に溶け込み、さっきまであった「姿」を完全に消してしまった。
 一瞬の出来事であったのと、炎が全ての行いを隠していたのが原因で、それを目視できなかった人間もいるほどである。

「がっ……!」

 直撃すると同時に、吐血。ライダーマンはファイヤーアームの使用を停止する。
 噴射を終えた炎の中から現れるライダーマンの様子に驚く者もいた。

「結城さんっ!?」

 零が火炎杖を地に捨て、すぐ傍のライダーマンのもとへ寄った。
 膝をつき、彼は倒れかけていた。零が駆け寄り、彼の姿を心配するも、その隙にガドルはガドルボウガンを零に向けた。
 ──発射。
 空気の矢は風を切って、零のもとへとまた一直線に飛んでくる。

「くっ──!」

 零は向かってくる空気の弾丸めがけて双剣を向け、膝をついたまま円を描いた。
 真横から向かってくる空気弾よりも早く、零の体に銀の鉄塊が辿り着いた。
 魔戒から召喚された銀牙騎士絶狼の鎧が零の体を覆い、そこに遅れて空気弾が辿り着く。
 その空気弾も魔戒騎士の鎧を貫くには至らない。

「心配するな、この程度じゃ死なん。……これ以上の傷で、今まで何度死に損なった事か」

 横からライダーマンの一言。
 それを聞いて、ゼロは安心した。砂時計の砂がなくなるまでに決着はつけるつもりでいる。
 銀牙騎士がライダーマンを庇うように立ち、双剣の柄を連結させた。
 銀牙銀狼剣──巨大な二つの刃をガドルに向けながら、ゼロは駆け出す。ガドルの外殻を破り、また一撃浴びせる為に。

「ハァッ!!」

 ゼロが銀牙銀狼剣をガドルの胸部に突き立てると同時に、ガドルの後方から二人、ガドルに突き立てられる剣があった。
 一つはエンジンブレード、一つはシャイニングブレードであった。
 仮面ライダーアクセル、超光戦士シャンゼリオン、銀牙騎士ゼロは、Y字型にガドルを囲み、その体に剣を立てていたのである。
 おそらく、ゼロのタイミングに合わせて、補助を行ったのである。ゼロにとっても邪魔ではなかったので嬉しい援護であった。

 しかし──

「なっ!」
「うわっ!」

 そんな二人の顔面に叩き付けられる両手の裏拳。
 ガドルは背後の攻撃を予測し、剣をおしこめる二人の顔めがけて後ろ向きに拳骨を見舞ったのである。
 後方によろめいたところで、地に落ちようとしたエンジンブレードをガドルは手に取る。

「ベン パ ボグ ズバエ(剣はこう使え)」

 ガドルソードへと変質したエンジンブレードはそのままゼロの胸に向けて袈裟斬りの型で振り下ろされた。
 ガドルの全身の力が込められたその一撃にゼロもよろめいた。

「なんてパワーだ……」

 三名は全員後方にふらつき、人間が密集していたガドルの周囲一メートルから何もかもが消える。囲んでいた三人がこうして全ていなくなる事態というのが、彼の周囲に立ち寄ってはならないオーラを感じさせる原因でもあった。

「プリキュア・ラブサンシャイン──」

 その次の瞬間、遠方からのキュアピーチの攻撃が、その時の開いた空間を埋めるべく一撃を放つ。

「フレェェェェェェッシュ!!!」

 プリキュア・ラブサンシャイン・フレッシュ。
 桃園ラブの心の力がそのままガドルに向けて放出──それに対して、ガドルは避ける動作を行わなかった。自分に向かってくるハートの攻撃を怪訝に思いつつも、ただ見守る。
 敵の攻撃の威力を自分の防御が打ち破るという絶対の自信がそこに現れていたようである。無論、胸板に直撃させる。

「フンッ」

 キュアピーチとしては、暴力的制圧ではなく、その救済が目的である。防がれるという可能性は考えていない。
 プリキュアの力は救済の力。──その心の邪悪を吹き飛ばし、善を引き出す、それこそ途方もない魔法のような妙技であった。

「ブスギ(温い)」

 しかし、結論から言えばガドルの周囲を覆うプリキュアの力は、実際、ガドルには効かなかった。爆弾ほどの威力もないつまらない攻撃だと思いながら、ガドルはキュアピーチを睨みつけた。
 彼らグロンギのように、人間の命や感情に関する倫理観そのものが崩壊している種族を救う事はできない。元からある優しい感情を増幅させ、悪しき心を弱める事はできるかもしれないが、ラビリンス総統メビウスのように、それそのものを知らない怪物は対処のしようがないのである。
 即ち、プリキュアであってもそうした救済の力ではなく、単純な暴力でしか倒せない相手であった。テッカマンランスと同じなのであった。

「そんな……」

 その事実に、再びキュアピーチの表情が暗くなる。
 マミに誓った正義の味方としての戦いに、また一片の翳りが見えるようだった。
 一文字に誓ったハッピーエンドに、僅かな欠員がありうる事を悟りかけた。
 ガドルは、救えない──テッカマンランスと同じく、人の姿でありながら、人の心を持っていない。そんな恐るべき、最も悲しい事実に直面したのである。

「──はぁぁぁぁぁっ!!」

 青い炎を纏った烈火炎装のゼロが、ピーチの様子に気づきつつも、ガドルにできた隙を狙って突撃する。
 分割した銀狼剣が一度、二度とガドルの体を引き裂かんと振るわれる。風を切り、吸い込まれるようにガドルの体へ──。
 相変わらず、ガドルは敵の攻撃を甘んじて受け入れた。
 ガドルの体に二本の筋が入る。それが攻撃の深さを表す視覚的な印であった。

「ウッ」

 一つ、ガドルは声をあげた。──確実に痛みを感じているはずである。
 そこに更にもう一撃。今度は交差させてガドルの体を斬る。
 青い炎だけが形を残したまま彼の体をすり抜け、ひとりでに進行していくと、遥か後方の看板を十字に焦がす。
 当のガドルの体にも炎が残り、その体に重大なダメージを与えていた。

「ババババ ジャスバ(なかなかやるな)」
「ばばばば?」
「……ザガ ボソギデジャス(だが殺してやる)」

 燃え盛る炎に体を焼きながらそう言う彼の姿は、まるで怨霊のようである。
 本来ならとうに死んでいてもおかしくないような攻撃だったが、ガドルはまだそれに耐えている。それというのも、炎の攻撃への耐性というのがある程度は備わっているからだ。
 熱量でいえば、最低限電撃系の攻撃は問題なく受け入れられるほどであり、この場合の問題は魔導火という特別な火炎である事だった。
 それが即ち、一つの問題であった。

「ギベ(死ね!)」

 直後には、ガドルは金の目を経て、黒い目へと進化した。
 黒目のガドルは、即座に体表を焦がす炎を弾いた。強化変身の際に発するエネルギーはそのまま体外へと放出され、微かな風となって灯を消していく。
 そこにいる誰もが衝撃に固唾を飲んだ。
 彼の体を取り巻き、時折小さく光る電撃の線を見ても恐ろしい。小さな光だが、それを体に纏い、平然としているとは、あまりにも人間離れしている。

 驚天動地!

 これはまさしく、天候が変わったように錯覚させ、地面が揺れ動いているのではないかという迫力を見出す新たな形態であった。
 ガドルは元の形状に再変換されたエンジンブレードを地面に放り投げると、そのままゼロの顔面に向けてパンチを放つ。
 そのパンチが、ここまでのガドルのパンチの威力とは比較にならないほど剛健であった。
 思わずソウルメタルの鎧が破損する可能性を考えるほど──。首が捻じ曲がる可能性も、女の子にモテなくなる傷が顔につく可能性も、少しだけ考えたが、吹っ飛んでいる間に、それほど深刻ではないと結論づけた。

「いくぞっ!」

 たんっ、と音が鳴ると、今度はガドルの後方から銃声。
 仮面ライダーアクセルがコルト・パイソンを握っていた。彼は放り投げられたエンジンブレードに対する興味を持つよりも先に、装備していたコルトを取り出したのである。
 これには神経断裂弾が内蔵されている。
 ガドルたち未確認生命体に有効な弾丸であり、隙あれば撃つべし……といった対処法であった。
 先だって二発の弾丸が発射され、ガドルの背中に命中する。

「グァ……!?」

 ガドルが振り返ると、次にまた一発。それがガドルの脇腹へと吸い込まれるように命中──ガドルの内部で破裂。
 たんっ、とまた一発。

「よしっ!」

 内部神経を狙って爆発──ガドルが命中箇所を抑えてもだえ苦しんだ。
 ゼロが作ってくれた隙が、こうして神経断裂弾による援護の時間を許した。ガドルの呼吸がだんだんと怪しくなっている。
 そこに確かな隙が生まれた。

「俺も忘れんなよっ!」

 シャンゼリオンはシャイニングブレードに、黒岩省吾の支給品であった──いわば彼から受け継いだ恐竜ディスクを装填する。
 すると、シャンゼリオンの体は陣羽織に包まれ、ハイパー化される。
 この恐竜ディスクの恐ろしいところは、場合によってはマンタンガンやサカナマルといった、シンケンマル以外の装備にも対応する点であった。初代シンケンレッドが使用していた最古のディスクゆえだろうか。
 あらゆる戦士をハイパー化させ、その装備に伸縮自在の恐竜の力を付与するのがこのディスクの特殊な能力であった。

「うお、試してみたら本当にできたぞ……。ラッキー♪ ハイパーシャンゼリオンだぜっ」

 そのまま、特に何の盛り上がりもなく、あっさりと夢のハイパーシャンゼリオンへと強化変身した彼は、そのままシャイニングブレードの先端を伸ばしてガドルの首輪を狙う。
 彼の狙いは首輪爆破であった。
 即ち、首輪のカバーが外れ、五分経てば首輪は爆発するそのシステムを狙うのである。それは先ほど、暁が結城から訊いた情報の一つだ。戦闘中にそれを行う事は難しいが──今、それは可能となった。
 神経断裂弾で弱っているガドルに向けてならば、それも容易だ。
 卑怯に見えるが、犠牲が出ないための立派な戦略である。

「おらよっと……!」

 キョウリュウマルのように伸縮自在になったシャイニングブレードの先端は、そのままガドルの首輪の周囲を一周する。
 その数秒の間に、全員が彼の作戦を理解する。──攻撃にしては妙にデリケートだったが、そういう事だったのだ。
 主催陣営の首輪解除への対抗を逆手に取った戦法である。
 意外にもこれを行ったのが涼村暁というバカであった。

 さて、その首輪のカバーが外れるか、否か──それが問題であった。
 それが判明するまで数秒だったが、それは長い時間に思えた。
 しかし──



 ──からんっ。



 神経断裂弾でもだえ苦しむガドルの首から、銀の鉄が落ちる。
 ──いわば、成功であった。

「お手柄すぎるぜ、暁っ! これであいつがパワーアップしようが関係ねえっ!」
「……え? そう? えへへ」

 ガドルの首輪のカバーが外された。これにより、この強敵は、残り五分の命となったわけである。それはあまりにもあっけない話であった。
 残りは五分──逃げ切るのみであると、暁たちは思った。

「……バビ ゾ ギタ(何をした)」

 強化されたガドルは、たった二発の神経断裂弾では怯む程度のダメージしか負わないのであった。前かがみになって全身の筋肉弛緩や神経断裂に苦しんでいたガドルは、その恐るべき回復力で元に近い体の状態を取り戻していた。
 身体の霊石を強化した事で、神経の回復スピードも非常に早まっている。
 ガドルは、神経断裂の余韻を少し味わいつつも、次なる動作に移ろうとしていた。

「ラアギギ、ググ ビ ボソグ(まあいい、すぐに殺す!)」

 とりわけ、仮面ライダーアクセルとハイパーシャンゼリオンへの復讐というところだろうか。そこに燃ゆるガドル。
 自身のピンチの時でさえ、ただ狩る事に関する矜持だけは絶やす事なく、戦いに飢える怪物──「怪人」と呼ぶ事さえ躊躇われるほどの、人外思考のガドルは、ある意味では道化のようにさえ見える。

「……ネットアーム!」

 そんな道化の全身を、次の瞬間に突如として覆うのは、緩い網であった。何かが上空から落ちてきたガドルは、目線だけ上に少し上げた。
 振り向き、その元を辿れば、後方の一人の男に繋がる。
 ガドルは黙っていたが、鎧の召喚を解除した零が先に彼に気づいた。

「結城さん!?」

 ライダーマンであった。実を言えば、彼こそがここで暁に首輪の事を教えた張本人であり、これからガドルを死に導く存在に違いない。彼は乾いた血の痕が残る口元をへの字型にして、ネットアームを射出する右腕に、強く左腕を添えていた。
 硬化ムース弾で動きを封じる事ができないならば、と使ったのがこの沖網漁のようなネットアームである。ガドルの頭上をネットアームが囲む。

「──確かにお手柄だが、五分の間に犠牲が出てしまっては元も子もない。これ以上戦う必要はないだろう。すぐに禁止エリアから警察署に逃げるぞ。……暁、お前たちは先に行け。零、すぐにバイクを頼む」

 即ち、零がスカルボイルダーを取りに行くまでの一分間弱の時間は自分が稼ぐと言う宣言であった。そう言うライダーマンであったが、その傷口と口元から覗く赤色は生々しい。時間稼ぎを任せるには、いささか頼りない傷口であった。
 次の瞬間、ネットアームはガドルによって引き裂かれ、突き破って中からガドルが現れる。

「急げ!」

 焦燥感に声を荒げて、ライダーマンが一喝する。しかし、それでいて効率性を重視した戦略家の言葉でもあり、到底、体の随所から血を流している人間の言葉には聞こえない。零は黙ってバイクを取りに走り出す。
 何度かライダーマンの方を振り返って見るが、それよりも早く、一秒でも早くスカルボイルダーを取りに行く事が先決であった。校門まではそんなに距離もない。

「スウィングアーム!」

 先端が刺々しい鉄球になったロープアーム──スウィングアームへとアタッチメントチェンジ。その鉄球がガドルの体に向けて投げつけられる。
 ガドルがそれをダメージとして受け取っている様子はない。
 時間稼ぎであるにせよ、動きを止める隙もないようだ。

「──いくぞ、暁」

 仮面ライダーアクセルはアクセルドライバーを分離させ、バイクフォームへと変身する。
 シャンゼリオンはライダーマンがあの姿で戦っているのを呆然としたように見つめていた。心配ではあるのだが、やはり自分の命も大事である。
 アクセルの背の上に乗る。人間が変形したバイクに乗るとは、また随分と奇妙な気分だ。石堀の体はどうなっているのだろう。

「わかってるよ。ラブちゃん、俺の後ろにつかまって」

 眠気と、この戦いに対するやるせない気持ちで暁以上に呆然としていたラブに、暁が言う。
 ヘルメットはないが──やむを得なかった。
 せめて禁止エリアまでの話だ。どちらにせよ、ここは公道と呼んでいいのかもわからない場所であるし、警察も数名いたが、残念な事に今はもういない。
 再度ライダーマンの方を見る。失礼ながらライダーマンの体は弱そうに見えるが、ガドルを相手にも負ける気がしない。
 ──何故だろうか。

「あ、あの……!」

 ピーチは何かを口にしようとしたが、それより前にバイクフォームのアクセルが発進する。一刻も早く逃げなければならないのがこの状況の最適な判断だが、そこに対する躊躇がピーチにあったのだろう。迷いを持ってはいたが、発進してしまったバイクの上では、小さな迷いも口に出す事はできない。
 スピードに飲み込まれて、選択肢は収束されていってしまう。過去が遠ざかっていくように。

「カッターアーム!」

 ライダーマンは高く飛び上がり、カッターアームからブーメランを射出する。
 回転している刃がガドルの首元を狙って飛んでいくが、現状で戦闘不能状態ではないガドルは、両腕で首をガードした。左腕の側面を刃が切り裂く。
 ブーメランとして転回して帰ってきたカッターアームは、今度はガドルの右腕側面を回っていった。
 遅れて、ガドルの両腕から血が噴出する。

 そこへバイクのエンジン音が近づいてくる。

「──乗れ、結城さんっ!」

 何とか一分弱のタイムでスカルボイルダーと共に戻って来た零である。
 零がそう促すも、ライダーマンはハードボイルダーの後部座席に向けて着地した。

「よしっ!」

 どうやら時間を稼ぎ切る事ができたらしい。実際、それは大して長い時間でもなかった。零が予想以上に早く帰って来たのだ。
 ガドルにも多少はダメージを与えた。
 殆どの仲間は警察署内に待機しており、そこへ向かえばしばらくはガドルを放置していても危険は大きくない。対主催陣営全員で待機していれば、「放っておくわけにはいかない」という気持ちもなくなるだろう。
 ライダーマンは心を納得させて、安心して零の背に靠れた。

 再びエンジン音が大きくなり、発進する。

「フンッ……!」

 しかし、敵をこれ以上逃さぬガドルである。石堀が逃げたとしても、まだ結城たちがいる。
 やむを得ず、驚天体からもう少し弱い形態へと変身し、こういう場合に備えた武器を手に取る事にした。結局、わざわざ変身したものの、殆ど出番はない。
 総合的なパワーアップよりも、こうした特化型の能力の方が多対一では汎用性があるという事か。──なるほど、よくわかった。
 翠の目、ガドルボウガン。
 装飾品を変化させたその銃を手に取ると、ガドルは敵の騎馬に向けて空気弾を放つ。

「危ねえっ」

 キキィィッ!

 スカルボイルダーを右に切り、零は華麗にそれを避ける。眼前の建物にぶち当たった空気弾は、コンクリートの壁に蜘蛛の糸のような窪みを作る。一瞬前にサイドミラーを確認した零は、そこに映った空気の振動を見逃さなかったのである。
 しかし、だからといって内心に余裕がある状態で避けたわけではない。零も今、ガドルボウガンの想定外の発射速度に息を飲んでいる。視線もどこを見れば良いのか、悩ましいところであった。ミラーか、目の前か──一瞬が判断を鈍らせるスピードの戦いであった。

 ──加速。

 やはりこの街頭で安全運転をする事はできないらしい。
 サイドミラーがぎりぎり映したガドルの姿──それは、両足で立ってガドルボウガンを発射させる彼ではなく、ビートチェイサー2000に跨りエンジンの音を響かせる彼であった。

「──ちっ! あいつ本当に自動二輪免許持ってるのかよっ!」

 零が悪態をつくと同時に、何発かの空気弾が後方から発され、空を切る。ガドルの目が人並ならば、だんだんと零たちの姿は霞んできてもおかしくないほどだが、射撃体の彼の五感は鋭敏になり、零たちの鼓動も聞けるほどだ。

「どっちにしろ、せいぜい禁止エリアまでの辛抱かっ! あいつもついてこれねえだろっ!」
「いや、飛び道具が相手ではそうも行かない! 逃げ切ってもしばらくは油断できん!」

 ガラス窓が割れる音が前方から立て続けに聞こえた。それは果たして、ガラスに当たったうえでの音か、それとも命中した先の振動に耐え切れずにガラスが巻き込まれて鳴った音なのか──。確認する暇など持ち合わせない。
 何発かは彼方へ消えていく。表面から少しずつ元の大気に溶け込んでいき、体積を小さくしていくと、最終的には全てただの空気に馴染んでしまう。永久に弾丸の痕跡をなくしてしまうのである。仮にこの弾丸で死んだとしても、殺した凶器は全くこの世に残らない不可解な事件になるだろう。
 少しずつ零の視界は真向こうに近づいているはずだ。いまごろ石堀たちは禁止エリアに辿り着いたのだろうか。スカルボイルダーはいっそう速さを高める。

「……ッ!」

 ──刹那。
 眼前で、不意の崩落が起こった。
 街灯からの細やかな光は、彼らの頭上に初めて陰を作った。零がブレーキに手をかけ、慌てて停止しようとするがそれは一瞬ばかり遅かった。スピードの速さゆえに停止距離が長くなったせいで、殆どその影の主の根本まで来ていた。
 空気弾が電柱に命中したのである。


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最終更新:2014年06月06日 23:41