『鎌倉遺文』4512号

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「八幡石清水宮寺申文」(『宮寺縁事抄』)


 八幡宮寺未断訴訟可蒙  聖断条々

 (中略)
一 河内国甲斐庄新補地頭事
 右、前下司国範法師称相交同合戦、被補地頭、而彼時為能
 登守秀康朝臣奉行、付御力者、雖被召国範、自元依非武備
 之器、遂不参、逃隠高野山之間、被焼払住宅畢、然者可謂
 奉公之処、被補地頭之条、存外之次第也、尤可被止之乎、
 (中略)

以前条事、甄録如此、訴訟雖繁多、抜詮取要所言上也、神領
者併往古仏神事料庄之地、而或被補非拠地頭、或歎権門濫妨、
云神輿神宝、云供役神民、皆是為神之器、而或汚穢破損、或
刃傷殺害、御託宣文云、跡於垂神道都礼波、領所乃妨於歎久、
又云、神領神人有愁之時、吾昇虚空弖可雨種々災云々、神語
不誤、積而示奇特歟、就中去年九月 宣下之状云、応被載且
令本宮注進神事違例、且遣使検察四至内穢気不浄者、仍即此
条々令注進言上畢、雖然一事未蒙 聖断、其後謬神威陵夷、
愁訴弥重畳、爰今月七日・同十二日、数度依高良社御正体鳴
動事、所注申無私、只任冥慮、言上如件、
  天福元年五月 日    所司等上