六条有忠
- 弘安四(1281)~暦応元/延元三(1338)年12月27日
父は
六条有房。近衛少将・中将を経て、延慶二(1309)年に従三位に叙し、公卿に列す。以後長く散官であったが文保二(1318)年に参議となった。同年、皇統は持明院統から大覚寺統に代わっており、有忠は後宇多上皇の伝奏も務めた。翌年権中納言。父の死にあって喪に服し、復任せずに官を辞した。この後は春宮邦良親王に仕え、後醍醐天皇の一派と対立したが、嘉暦元(1326)年に親王が急逝し、やむを得ず出家した。たお彼の子息の一人が千種忠顕である。
(本郷和人)
最終更新:2009年05月27日 12:52