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吉田為経

吉田為経


  • 承元四(1210)~康元元(1256)年6月9日
 父は参議吉田資経、母は従四位上藤原親綱の娘。嘉禄元(1225)年、父が参議を辞すかわりに、蔵人を経ずに右少弁に任ず。嘉禎二(1236)年、二十七歳の若さで参議に列し、二年後に権中納言。このころ九条家に仕え、九条道家の執政を輔佐した。彼の順調な昇進は、道家の後援を得てのことだろう。やがて後嵯峨上皇が院政を開始すると、葉室定嗣とともに伝奏を務め、評定衆にも名を連ねている。道家の腹心のうちで後嵯峨上皇にも重用されたのは為経くらいであり、その処世の巧みさがうかがいしれる。

(本郷和人)
最終更新:2009年05月27日 12:40