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一条内経

一条内経


一条内経(朝日日本歴史人物事典へ)

(本郷和人)



 父は一条内実。母は一条実経の娘。系図を見れば一目瞭然ながら、母は父の叔母。
 正応四(1291)年生まれ。五摂家の一条家の嫡男として誕生。嘉元元(1303)年に権中納言となり公卿の一員となる。翌年父・内経が二十九歳の若さで死去するが、徳治元(1306)年には権大納言に任じられてより官位を進め後醍醐天皇が即位した文保二(1318)年には関白となる。
 父が内大臣で死去した事もあり、清華家と同格視されたりもしたが関白になる事によって一条家の没落を防ぎ得た。ただ、父と同じく早世してしまう。酒に溺れたためという(1)。享年三十五才。

  1. 『花園天皇宸記』正中二年十月二日

(野村朋弘)

摂関家略系図
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最終更新:2009年06月16日 01:43