582 :名無し募集中。。。:2012/06/13(水) 01:28:20.87 0
「新垣さん」
耳元で聞こえる声。
きっとちょっと顔を横へ向ければ、黒目がちな瞳とぶつかるんだろうけれど、私は手にしたiPhoneから目を離さずに適当に相槌を打つ。
「にーがきさんってばぁ」
ふにゃふにゃと呼ぶ声はどこか甘さを含んで私の鼓膜を打つ。
それは私が彼女に対して持っている感情のせいなのか、それとも彼女が私へ向けるそれのせいなのか。
そのどちらもだろうなと思いながら、八の字眉毛で私を見つめてるだろう生田を想像して心の中でほくそ笑んだ。
きっと耳と尻尾があったら飼い主に怒られて落ち込んだ時みたいにしゅんと垂れ下げているに違いない。
私は、そんな生田の仕草と表情が密かに好きだった。
だってそれは、どれだけ私が好きかを体現しているようだし、それに何より、しゅんとした生田はすごくすごく可愛いのだ。
……調子に乗るから絶対に言わないけれど。
密かにお気に入りの彼女の表情は、私に怒られたりこうやって構ってやらなかったりする時にしか現れないから、直接はあまり見られないのが残念だけれど、でも。
583 :名無し募集中。。。:2012/06/13(水) 01:28:57.14 0
「……えりなも見てください」
iPhoneを持つ左の二の腕あたりにそっと手を置かれて、シャツをきゅっと握られた。
甘さが消えてふるふると揺れ出した声音に、頭の片隅でやばいと思う。
これ以上放っておくと本格的に泣かれそうだ。何度も見てきた生田の泣き顔が脳裏を過ぎった。
泣くまで放っておいても別にいいんだけど。私の事で泣く生田は、また格別に可愛いから。
そこまで考えたけれど、結局、私にはそんな事はできないという事は、私が一番よく知っていた。
ふっと視線を伏せて、iPhoneをオフにする。
頭の中を一つ年下の黒髪の後輩がよく言っていた言葉が過ぎる。
―――“ガキさんってほんっと生田に甘いですよね。”
呆れたように笑う後輩を思い出して、心の中で苦く笑う。
画面が暗くなったiPhoneを傍らに置いて、私のシャツをきゅっと握る手にそっと自分のそれを添えてやる。
ぴくりと震えた感触に、緩みそうになる頬を必死で整えて、私は出来るだけゆっくりと生田へと顔を向けていった。
怒られたわんこのようにしゅんとする生田が好きだ。
とても可愛いと思う。その姿を直接見られないのは残念だけれど、でも―――。
視界に入った八の字眉の下の黒目がちな瞳が、零れそうなくらいに大きく見開かれて、その一瞬後。
蕾が綻ぶように、寂しそうだった顔に、笑顔が咲いた。
今にも蕩けてしまいそうなくらいに下がった目尻に、胸の奥がきゅんと甘く鳴く。
584 :名無し募集中。。。:2012/06/13(水) 01:29:13.11 0
「にいがきさぁん」
―――でも。
この笑顔へ変わるその瞬間の方が、しゅんとしたそれよりも何倍も好きだから、結局、何の問題もないのだ。
表情以上に蕩けそうな声に高鳴る鼓動を悟られないように口元を引き締めて、たっぷりと間を置いてから、私は彼女の名前を呼んだ。
「なーによ、生田」
おわり
最終更新:2012年07月24日 00:33