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318 :名無し募集中。。。:2012/08/21(火) 02:03:03.35 0

タンブリング東京公演を見に来た生田の話

―――


「なんか、今日は大人しいじゃん」

隣から聞こえた不思議そうな声に慌てて顔を上げると、写真を撮ってくれたマネージャーさんから新垣さんがiPhoneを受け取っていた。
新垣さんは受け取ったiPhoneの画面を一瞥すると、えりなに見えるように胸の前に掲げてみせた。

画面に写るのは、笑顔で寄り添う新垣さんとえりなの姿。

「いつもならもっと……抱きついたり手握ったりしてくるのに」

少しだけ言い渋るような響きの言葉に画面から視線を上げて新垣さんを見ると、新垣さんは眉尻をちょいっと下げて、困ったようなくすぐったそうな笑顔を作った。
その表情にきゅんと胸の奥が鳴るのを自覚して、唇を結ぶ。

確かに。

確かに、新垣さんが持つiPhoneに写ったえりなは少しだけ遠慮気味だ。
笑顔もいつも以上に固い気がする。自分でも分かってる。
これは全部は緊張してるせいだ。

新垣さんとは毎日のようにメールや電話で(稽古中はあんまりかけないようにしたけど)連絡を取り合ってはいた。
いたけれど、実際に会うのは新垣さんの前の舞台を見に行って以来。
久しぶりに会う大好きな人を目の前に、えりなの心は会ってからずっと緊張状態だった。

きゅんと鳴いた後から、どんどんとどきどきが大きくなって心臓が苦しくなる。
えりなは、新垣さんから視線を外して、乾いた唇をちろりと舐めた。


319 :名無し募集中。。。:2012/08/21(火) 02:03:56.47 0


「……緊張、してるんです」
「はあ?何を今更」
「だ、だって!ひ、久しぶりに会うっちゃもん」

1ヶ月近く会えていなかったのだ。
新垣さんの顔を見る度に、その表情が変わる度に、短くなった髪が揺れるその度に、心臓が痛いくらいに高鳴ってしまうのを止める術なんてえりなにはなかった。

「新垣さんに、久しぶりに、会うっちゃもん……」

視界に新垣さんの手が見える。
小さくて細い女性らしい手には、舞台のためにいつものネイルは施されていない。
あの手を1ヶ月前は少しの緊張とどきどきと、それ以上の嬉しさをもって何の迷いもなく取る事ができていたのに。

今は、それができない。
その熱に触れたくて感じたくて仕方がないくせに。
新垣さんにも触れてほしくて、えりなを感じてほしくて仕方がないくせに。
緊張を押しのけてそうする勇気は情けないけれどえりなにはなかった。
溜息を出そうな程のもどかしさと情けなさが心を覆って、視界が滲み出して少しだけ焦る。

久しぶりに会えたのに、やっとやっと会えたのに、ずうっと今日を楽しみにしてきたのに、泣いてしまったら全部台無しだ。
新垣さんにいらない心配をかけて、きっと呆れられてしまう。
唇を噛む。なんとか涙を堪えようと眉間にぐっと力を込めた。

不意に、視界に映った新垣さんの小さな手が動いた。
それは迷うことなくえりなの方へ伸ばされて、何も言わずにえりなの左の手首を捕らえた。

慌てて顔を上げると、視線が合った新垣さんは何か言いたげに目を細めて、後ろで手帳を開いていたマネージャーさんの方を振り返った。
ちょっと生田と話してくるから、と新垣さんはいつもと変わらない声音でそうマネージャーさんに告げると、言うが早いかすぐ隣にある自分の楽屋の扉を開いた。
えりなが疑問の声を上げる前に、開いた扉へ押し込まれて、次いでえりなの身体を押すようにして新垣さんも扉をくぐった。
押し込まれた楽屋の中でたたらを踏んで振り返ると、カチャリと扉が閉まる音と扉を背にしてえりなを見つめる新垣さん。

320 :名無し募集中。。。:2012/08/21(火) 02:04:31.78 0


その瞳から、視線を外せなくなる。

色素の薄い茶色がかった新垣さんの瞳は宝石みたいにいつもキラキラしてて綺麗だ。
えりなはそのキラキラした新垣さんの色が大好きで、そこに自分が写っているというだけでこれ以上ないくらい嬉しくてたまらなくなる。

だけど、それ以上に。

二人きりになった時に新垣さんが時々見せる、熱にうかされたような、触れたら火傷してしまいそうな、新垣さんの瞳の色が好きだった。
その色に見つめられただけで、心が捕らえられて、動けなくなってしまう。
舞台の上で歌っている新垣さんとは違う、他の誰かの人生を演じている新垣さんとも違う、新垣さんの本当の心の奥底をちらりと垣間見せられたような剥き出しの熱い色に、えりなの心臓は壊れてしまいそうな程に悲鳴を上げるのだ。

そうして。
今、正に、目の前に立つ新垣さんの瞳の色は、えりなの心臓を壊してしまいそうなそれだった。

こくりと知らず喉が鳴る。
唇が乾くけれど、舌先一つ動かせない程に、新垣さんの瞳に囚われる。

新垣さんに会うのは久しぶりだ。
だけど、この瞳の色を見るのはそれ以上に久しぶりの事だった。
というよりも、新垣さんと出会ってから数える程しか見たことがない。
けれど、その数える程の経験から、この後新垣さんがどういう行動に出るのか、何となく予測がついて、それは更にえりなの鼓動と喉の渇きを加速させた。

新垣さんの手が動いたのが視界に写る。
それはゆっくりと、だけど明確な意思を持ってえりなへ伸ばされて、華奢な手のひらがえりなの頬を包み込んだ。
新垣さんの顔が近づいてくるのか、えりなが引き寄せられているのか、鼓動と渇きでそれすらもえりなには正確な判断が下せない。


321 :名無し募集中。。。:2012/08/21(火) 02:05:06.45 0


喉が鳴る。
鼻先が触れる。
新垣さんの睫毛が小さく震えた。
えりなは、条件反射のように瞼を下ろして。

唇に触れた熱と柔らかさに、脳がしびれたような感覚に、陥った。

子供のように一度強く押し付けて、次いで啄ばむように下唇を淡く吸われる。
それは、新垣さんのキスの癖。
久しぶりすぎて忘れかけていた、愛しい人の癖に、泣きそうになった。

鼓動が早まる。
甘くしびれた脳みそが、何も考えるなとえりなに叫んだ。
喉の渇きが加速して、潤いを求めるようにえりなは新垣さんを扉に押し付けていた。

新垣さんのぽてりと厚い唇を舌先でぺろりと舐めて、応えるように薄く開いたそこに少しだけ強引に舌を捻じ込んだ。
鼻にかかった甘い声がえりなの鼓膜を刺激する。
それは、ただでさえしびれた脳を蕩けさせるには十分で、―――もう、止められなかった。
怯んだように奥へ引っ込んだ新垣さんの舌を絡め取って、出来得る限り優しく舐めて、夢中で新垣さんを味わった。

気付いたらえりなの頬を包んでいた新垣さんの手のひらはえりなの首の後ろへ回ってて、離さないとでも言うかのようにぎゅっとえりなのシャツを掴んでた。
その仕草も漏れ聞こえる甘い声も手のひらと舌先で感じる熱も、全部全部、泣きそうなくらいに愛しくて仕方がなくて、お腹の奥底から湧き上がる衝動のままに、えりなは新垣さんの服の裾からそろりと手を入れた。
本番終わりでラフな上着の下はそのまま素肌。
少しだけ汗ばんだ肌がえりなの手のひらにぺたりとくっ付いて、喉の渇きが一段と強くなった。

そのまま手のひらを上へ滑らせようとしたら、いきなりぐっと肩を押された。
同時に新垣さんの服へ入れた方の手首が捕らえられる。
唇が離れて、唾液の糸がぷつりと切れた。

「……ちょーし乗りすぎ」


322 :名無し募集中。。。:2012/08/21(火) 02:05:37.27 0


拳一つ分くらい先に、眉間に皺を寄せた新垣さん。
ほんのりと色付いた目元に、胸の奥がきゅんとする。

するけれど、酷く高まった感情を中途半端に放り出された事に、新垣さん以上に眉間に皺が寄るのを抑えられなかった。

「……なんでですかぁ」
「や、なんでって、どこだと思ってんのよ、ここ」
「楽屋です!」
「仕事場です。てゆーか、これから二回目あるし」
「で、でもっ…!」

誘ってきたのは新垣さんの方じゃないか!
こんな生殺し状態で突き放すのは酷すぎる!

下腹の奥の熱がふつふつと燻って、どうしようもない衝動がえりなを煽る。
だけど、その熱を言葉にする事も、新垣さんの腕を振り払って続きをする事も、えりなには出来なかった。
言葉の代わりに唇から出てきたのは駄々をこねた子供のような唸り声だけ。
こんなにも近くにいるのに、こんなにも感情が昂ぶっているのに、何にもできないだなんて!
ううー、と唸りながら新垣さんの肩口に額を押し付けた。

どうにか昂ぶった熱を逃がそうと、押し付けた新垣さんの肩にぐりぐりと額を擦り付ける。
気持ちを落ち着けるように深呼吸をして、腰に回した腕をよりきつくして、新垣さんにぴたりとくっ付く。
もちろん、言い付け通り腰から上にはいたずらしないようにしながら。

新垣さんはわざとやっているんだろうか。
こんな風にされればどうしたって煽られてしまうのは分かっているはずなのに。
えりなが止まれなくなってしまう事は今までの経験から、きっと新垣さんが一番よく知っているはずなのに。


323 :名無し募集中。。。:2012/08/21(火) 02:06:10.27 0


どうしようもなくなったえりなを見て、からかっているだけじゃないのかとさえ思えてきて、だけど、そう思っても強引に事を進めるだなんてえりなには絶対に出来ない。
それでもし新垣さんに嫌われてしまったらと思うと、そんな事出来るはずがなかった。
邪険に扱われるのも、鬱陶しいと振り払われるのも、新垣さんは本気ではないと分かっているから受け止められるのだけれど、嫌われるのだけは絶対に嫌だから。

顔をずらして鼻先を新垣さんの首筋へ押し付ける。
新垣さんがよく使ってる香水の匂いと汗のそれがえりなの鼻を刺激して、落ち着こうと深呼吸する度に逆に鼓動が早まってしまう。

こんなにもどきどきして、触りたくて触って欲しくて仕方がないのは、えりなだけなのだろうか。
我慢できないくらいに昂ぶってしまっているのは、えりなだけ?
新垣さんはえりなに会えなくても平気だったのだろうか。
えりなの熱を感じても冷静に制止できるくらいに、えりなの存在は新垣さんの中で軽いモノなのだろうか。
どんどんどんどんマイナスな方向へ考えが及んでしまって、鼻の奥がツンとする。
さっきまで、あんなに幸せだったのに。
悲しくて寂しくて仕方がなくなって、本格的に涙が零れる前に帰ろうと新垣さんの腰に回した腕を緩めた時だった。

ぽん、と後頭部に手のひらが乗せられる感触。
次いで髪の間に指が滑る感触がして、耳元に小さく息がかかった。
「生田」と新垣さんの静かな声が鼓膜を打つ。

「この後、仕事は?」

内緒話でもするかのような小さな声音。
どこか艶っぽさを感じさせて、鼓動が跳ねる。

「リハがありますけどぉ」
「そ。じゃあ、終わったら迎えに行く」
「はぁ、……っえ?」

思いもよらなかった言葉に間抜けな声が漏れた。
迎えにくるって、それって、つまり―――。


324 :名無し募集中。。。:2012/08/21(火) 02:07:12.63 0

慌てて顔を上げようとしたら、後頭部に置かれた手のひらに押し返された。

どきどきどきどき、鼓動が逸る。
言葉の裏で新垣さんが言わんとする事が、さすがにえりなにも分かって、知らず喉が鳴った。
腰に回した手で新垣さんの上着をぎゅうっと握る。

「……来ます、か?」
「ん」
「う、うち、今すっごく汚いですけど」
「なぁによ。ヤなの?」
「や、嫌じゃないです!」

思わず声を荒げたら、ふふふ、と耳元で震えるような笑い声。
耳をくすぐる吐息がくすぐったくて身を捩ったら、逃がさないとでも言うかのように身体に回った新垣さんの腕の力が強くなって。


「続きは、……その時に、ね」


少しだけ恥ずかしそうに落とされたその言葉に、大きく息を呑んだ。
鼓動が一つ大きく跳び抜けたような感覚に陥って、じわじわと頬から耳の辺りまでが熱く熱くなっていくのを自覚した。

「だから仕事がんばんなさいよ」と照れ隠しのようにぶっきら棒に付け加えられた言葉に胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
たった一言で、さっきまでとは正反対の気持ちへ頭の天辺から足の先まで塗り替えられてしまった事を自覚する。
自分でも単純すぎると思ったけれど、本当に久しぶりに新垣さんと二人きりで過ごせるという事実にどうでもよくなって、こくりと一つ喉を鳴らして、えりなは、新垣さんの首元で大きく頷いた。


――― 

一緒に帰って、結局明け方まで離さなかったえりなに、次の日の仕事に遅れそうになった新垣さんが怒ったのは、また別のお話。

おわり

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最終更新:2012年09月01日 15:23