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「にーがきさん!にーがきさーん!」
久しぶりに楽屋に遊びに来てくれた新垣さんは、当たり前のようにメンバーに囲まれていた。

「つまらんったい」
入って来てまず衣梨奈にニヤリと笑顔をくれた新垣さんは、その後ずっと他のメンバーと遊んでいるだけだった。
「えりぽんは毎日連絡取ってるでしょ?」
新垣さんへの視線を遮るように顔を出して聖が言う。
「そーゆーことじゃないっちゃもん!返事、返って来ない時もある…し」
「それは新垣さんが忙しい時に送るから」
「分かって、る」
そんなことは分かってるから衣梨奈だって3回に2回は我慢している。
電話もなるべく早めに切るようにしている。
「えりぽんも少しは気をつかってるもんね?」
「えりちゃんが気を遣う?いや、全く無いとは言わないけど、もう少しは我慢しようよ?」
ニッコリ笑顔の里保に、困り顔の香音ちゃんまでやって来た。
新垣さんを10期のみんなに取られたからって、矛先をえりに向けないで欲しい。

「我慢してる!メールしても電話しても会えないっちゃもん!新垣さんに会いたくて会いたくて!大好きで!会いたくてっ!」
思わず声を荒げてしまって楽屋が静まり返った。
「生田ぁー」
微妙なピリピリ感を新垣さんが壊してくれる。
「キモーい」
ドッと沸いてみんなの顔に笑顔が戻る。新垣さんの大好きな笑顔の花が咲く。
鉄板ネタで空気を元に戻してくれたけれど、衣梨奈はあんまし、上手く笑えないです。

「ほら、えりちゃんがそんな顔してたら新垣さんに心配かけるだけなんだから。笑顔、笑顔!」
「笑えんちゃ。もぉ香音ちゃんが言いよぉちゃろ~」
「何がだよっ」
「まーまーまーまー。えりぽんホントに、好きなんだったら心配かけちゃダメだよ」
「聖まで」
残るは里保だけ!と顔を向けると、静かに笑っている里保と目が合った。
何を言うわけでもなくただ目を細めて見てくる里保。
えりのが年上なのに子供扱いをされている気分になって、何か悔しかった。

「んーーっ!たーのしかった~。長居しちゃってゴメンね」
ガタッ。
新垣さんのその台詞に慌て立ち上がったけど、新垣さんはまたチラッとこっちを見ただけだった。
えー?とか、まだいいじゃないですか?の声を静めて話を続ける。
「また、今度はライブしてるトコ見に来るから。みんな頑張ってよぉ~」
撮影の待ち時間はまだまだあるのに、やっと会えたのに、ろくに話も出来ずに新垣さんが帰ってしまう。
そんなのイヤだ!と駆け出した、その瞬間。

「あ、生田」
振り返った新垣さんの口があり得ないくらいにアングリ開いた。
「離すっちゃ!」
「無理無理無理無理ー」
「えりぽん分かりやす過ぎだから」
「ちょっと落ち着こうか」
同期三人に羽交い締めされる衣梨奈を見て、新垣さんは苦笑いで「まったく」と呟いた。

「鈴木、譜久村、鞘師、ありがと。でも、ちょっとだけ生田を貸してくれない?」


「にーがきさんは……衣梨奈のなのに」
「アンタまだそんなこと言ってんの?もうすぐ11期も入るのに」
心底呆れた言い方でトトンと階段を昇っていく新垣さん。
追いかけたいのに足が付いていかない。
「自覚持ちなさいよ」
段差分開いた距離が、衣梨奈と新垣さんの気持ちの距離に思えて不安に苛まれる。
手を伸ばしても届かない。新垣さんに届かない。
衣梨奈の気持ち、新垣さんに届いてないですか?
「自、覚?」
何とか絞り出した声が裏返らなくてよかった。
「先輩の自覚」
そう言われてしまうとぐうの音も出ない。

返す言葉も言い訳も思い付かなくて、ゆっくりと視線が落ちて行った。
10期が入ってもう数ヶ月。新垣さんが卒業して2ヶ月。
しっかりしなきゃの気持ちは常にある。でも先輩の立ち位置が思い描けない。
衣梨奈達が入った時の先輩は、綺麗で可愛くて面白くて、何でも出来る完璧超人さん達ばかりだったから。
必死の努力なんて当たり前にしている。
でもそんなの先輩後輩問わずしているから差は中々埋まらない。
いつまで経っても追い付けない。

トン、トン、トンと階段を降りて来た新垣さんの靴が視界に入った。
降りて来てくれてやっと、近付いてくれてやっと手が届く。
「生田」
凛とした声に背筋が伸びる。
怒られているわけじゃないけど、ちょっと真面目なことを言う時の新垣さんのトーン。
衣梨奈が憧れて止まない、何もかもが可愛くて格好いい新垣さん。
「やっぱり、新垣さんに……届かない、です」
「はぁ?届くよ?ホラ」
伸ばされた手が頬をかすめて耳元で止まる。
新垣さんに触れられた場所がドンドン熱を帯びてくる。
この熱に浮かされて何も見えなくなってしまいたい。
新垣さん以外に何も。

「新垣さんが遠くて遠くて、いつまで経っても届かないです」
「このぉー。二年もいかないピヨっ子に直ぐに追い付かれたら堪らないって」
耳の後ろを指で優しくなぞられて、優しく見つめられて、何だか泣きそうになる。
こんなに好きなのに、何度も伝えているのに、新垣さんは変わらずにずっとずっと優しい。
衣梨奈がどれだけ好きになっても、きっと新垣さんはこのまま変わらないんだ。

「だから、そーいうさー」
「はい?」
「ホント自覚してよね」
「センパイ、ですか?」
自覚と言われてさっき言われた言葉を繰り返した。
「それもだけど……あー」
珍しく新垣さんが言い淀んでいる。
二段上にいる新垣さんの表情がクルクルと変わる。
細い首筋に汗が伝ってTシャツの襟首に吸い込まれて行った。
それを見て喉の渇きを感じた自分に後ろめたい気分になる。
新垣さんを好きになってから、たまに感じるこの欲求。

近付きたい。
触れてみたい。
口にしてみたい。
身体全部で新垣さんを感じてみたい。

無理だと分かっているからこそ抑えられなくなりそうで怖い。
欲求を満たすように、上手く逃がすように。
頬に添えられた新垣さんの右手に、衣梨奈の左手を重ねて寄っ掛かってみた。
まぶたを閉じると新垣さんに包まれて、さらにその新垣さんを包み込んでいるような気分になる。
いつか本当に新垣さんを守れる衣梨奈になりたい。
この手に誓いのキスをしてみたいけど、それもまだ我慢がまん。

コクンと喉が鳴る音が聞こえて目を開けたら、何か言いたげな顔をした新垣さんがそこにいた。
「生田…」
「はい」
怒られるかな?
いつまでも甘えてるんじゃないと。
呆れられるかな?
さっきの部屋を出る時のように。
それでも何でも、新垣さんが衣梨奈のことを考えてくれるのが嬉しい。
構ってちゃんの困ったちゃんだと分かっているけど、嬉しいものは嬉しい。

「眩しい…よ。生田を見てると、その真っ直ぐさに胸が苦しくなる。生田がホントに……」
新垣さんの目が困ったように歪んで、続きを求める衣梨奈の視線から逃げるように逸らされた。

「好きで、堪らなくなる」

頭の中を衝撃音がこだまする。
え?今、何て言ったと?
都合のいい聞き間違いならしょっちゅうしているから自信がない。
「え……も、一回……」
「言わない!」
きつく睨み付けられた瞳が熱く揺れていた。
ドクンと心臓が鳴る。
頬から頭を抱えるように回された手が衣梨奈を引き寄せる。
背伸びをしかけた時にはもう熱い瞳に吸い込まれていた。

思っていたより冷静だった。
というより、一瞬すぎて急過ぎて、まだ何一つ気持ちが追い付かない。
だってだって、こんな余裕のない新垣さんを見たことがないから。
衣梨奈の肩に頭を乗せて深い深いため息を吐くと、そのままズルズルと屈んで階段に座り込んでしまった。
「……っさとさぁー」
「にーが……」
「さっさとあたしなんて越えちゃってよ!」

オブラートに包まれていない感情が聞こえる。新垣さんの生の気持ち。
「あたしだけなワケ?こんなにドキドキするの?そんなことあるわけない!」
キツイ言い方だから余計に届く。ココに心に突き刺さるように届いてくる。
「生田はもっともっと愛される。モーニングになくてはならない人になる!」
「……はい」
圧倒されて思わず声が漏れた。
「本気でなりなさい。世界中の人が生田を好きになっても、生田を一番好きなのはあたしだから」

言わないって言ったのに。
結局言っちゃって、キレ気味でお説教風に誤魔化してしまう新垣さんが可愛い。
新垣さんが可愛い。新垣さんが可愛い。
可愛い可愛い可愛い。大好き大好き大好きっ!

あ、えり、ダメっちゃん。
追い付いて来たと。
「……ぃーがきさぁーーんっっ!」
「ぅひぁあ!ちょっと被さるな!暑いんだからっ離れなさいよ!」
「新垣さんが大好き過ぎて離れられませんっ!」
「もぉーっやだぁ!あ゛ーつ゛ーい゛」

階段の中央。
15歳と23歳。
新垣さんが大好きな衣梨奈と、なぜか悔しそうに衣梨奈を大好きと言う新垣さん。

額に汗しながらくっつき合う。
幸せ空間。

「絶対に追い付き……追い抜きます!」
「お…おぅ!よろしく頼むよ~」
「だから待ってないで下さいね」
「あったりまえじゃ~ん」
ダッシュで逃げるから、とかドヤ顔で言う新垣さんにやっぱり憧れる。
せめてこの人に触れられるくらい近付けたら。
今度は衣梨奈から、新垣さんがとろけるほどの口付けをしちゃいますから。
覚悟しといて下さいね。


終わり

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最終更新:2012年08月04日 15:16