「百詩篇第2巻5番」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

百詩篇第2巻5番」の最新版変更点

追加された行は青色になります。

削除された行は赤色になります。

 [[百詩篇第2巻]]>5番
 
 *原文
 Qu'en&sup(){1} dans poisson&sup(){2}, fer&sup(){3}, & letre&sup(){4} enfermée
 Hors sortira qui puys&sup(){5} fera la guerre&sup(){6},
 Aura par mer&sup(){7} sa [[classe]]&sup(){8} bien ramée&sup(){9}
 Apparoissant pres de Latine&sup(){10} terre&sup(){11}.
 
 **異文
 (1) Qu'en : Quand 1590SJ 1649Ca 1650Le 1668, Que 1712Guy
 (2) poisson : Poisson 1672, poissons 1981EB
 (3) fer : Fer 1672
 (4) letre : Lettre 1672
 (5) puys : pis 1590SJ 1649Ca 1650Le 1668
 (6) guerre : Guerre 1672
 (7) mer : Mer 1672
 (8) sa classe : la classe 1589Me 1627 1644 1653 1665, sa elasse 1716
 (9) ramée : armee 1611B 1981EB
 (10) Latine : latine 1557U 1557B 1568A 1588-89 1590Ro
 (11) terre : Terre 1672
 
 **校訂
  1行目冒頭の Qu'en は Quand と読むべき。これは[[エドガー・レオニ]]、[[エヴリット・ブライラー]]、[[ピエール・ブランダムール]]、[[ロジェ・プレヴォ]]、[[ピーター・ラメジャラー]]、[[ジャン=ポール・クレベール]]、[[リチャード・シーバース]]らの間で異論がない。
  ブランダムールは同じ行の poisson (魚) を prison (監獄) と校訂した。これについては、[[高田勇]]・[[伊藤進]]、シーバースらが支持している。他方で、ラメジャラーは2003年の時点では支持していたものの、2010年には「魚」を第一義とし、「監獄」をカッコ内に併記した。プレヴォは魚のまま解釈している。クレベールは poison (毒) の可能性を示した。
 
 *日本語訳
 鉄器と手紙のせいで投獄された者が
 外に出てから、戦争をするであろう時に、
 彼の艦隊は多くの櫂で海へと漕ぎ出すだろう、
 [[ラティウム]]の大地近くに現われて。
 
 **訳について
  1行目は[[ピエール・ブランダムール]]の校訂および釈義に従った。鉄と手紙には何も前置詞が付いていないが、これらを原因と理解する読み方は、[[高田勇]]・[[伊藤進]]、[[ピーター・ラメジャラー]]、[[リチャード・シーバース]]らの間でも異論がない。
  3行目 bien を櫂が多い意味に捉えるのは、ブランダムールやシーバースに従ったものである。ラメジャラーは well-rowed と英訳している。クレベールは ramée を armée と読み替えている。
 
  既存の訳についてコメントしておく。
  [[大乗訳>ノストラダムス大予言原典・諸世紀]]について。
  1行目 「鉄の魚の中で便りが閉じられるとき」((大乗 [1975] p.72。以下、この詩の引用は同じページから。))は、元になった[[ヘンリー・C・ロバーツ]]の英訳をほぼそのまま訳したものである。やや強引ではあるし、そう訳すには & の位置が不自然だが、fer を poisson の形容詞的に理解すれば、そう訳せないこともない。
  3行目「そして海で自分の船隊をつくり」は、bien ramée が訳に反映されていないように思える。 
 
  [[山根訳>ノストラダムス全予言 (二見書房)]]について。
  1行目 「武器と文書が魚のなかに包みこまれると」((山根 [1988] p.83 。以下、この詩の引用は同じページから。))は、poisson のまま訳したものとしては問題ない。
  3行目「彼の艦隊は海上はるか彼方まで旅をして」はやや強引。bien ramée を「大いに漕がれる=遥かかなたに旅をする」と判断したのだろうか。
 
 *信奉者側の見解
  [[テオフィル・ド・ガランシエール]]は「単語と意味は平易」とだけコメントした((Garencieres [1672]))。
  [[バルタザール・ギノー]](1712年)は、poisson を特に改変していないが、未来において投獄されることになる人物のことであろうとしていた((Guynaud [1712] pp.250-252))。
 
  [[マックス・ド・フォンブリュヌ]](1938年)は、魚を教会の隠喩と理解し、近未来の教会に関する予言と解釈した((Fontbrune (1938)[1939] p.225))。
 
  [[アンドレ・ラモン]](1943年)は魚を潜水艦の隠喩と捉え、第一次世界大戦でドイツが潜水艦を使用したことと解釈した((Lamont [1943] p.134))。
  [[スチュワート・ロッブ]](1961年)も、時期は限定しなかったが、潜水艦の予言とした((Robb [1961] pp.130-131))。
 
  [[エリカ・チータム]](1973年)は、潜水艦がきっかけとなって第三次世界大戦が起こることの予言ではないかとし、1行目が「双魚宮(魚)の中に[[火星>マルス]](鉄)と[[水星>メルクリウス]](文書)が入るとき」を意味する場合、それは1996年のことかもしれないとしていた((Cheetham [1973], Cheetham (1989)[1990] ))。
 
  [[セルジュ・ユタン]](1978年)は、1943年のアメリカ軍によるイタリア上陸と解釈した((Hutin [1978], Hutin (2002)[2003]))。
 
  [[ネッド・ハリー]](1999年)は、1980年代に実戦配備されたトライデント・ミサイルを備えた原子力潜水艦に関する予言として、過去の部分で扱う一方、2000年から2100年の間の予言としても扱っていた((Halley [1999] pp.189, 215))。
 
 *同時代的な視点
  [[ピエール・ブランダムール]]は、ノストラダムスと親交のあった軍人、[[ラ・ガルド男爵]]の事績がモデルになっていると指摘した。ラ・ガルド男爵はガレー船団将軍の任にあったが、異端であるヴァルド派掃討(1545年)の折の過度の虐殺行為を理由に3年間収監されていた。彼は長い審理を経て出獄を果たすと、ふたたび以前のガレー船団将軍の地位に戻ることができた。
  この解釈は[[高田勇]]・[[伊藤進]]、[[ピーター・ラメジャラー]]らが支持している。
 
  ブランダムールは4行目について特に注記していなかったが、それについては[[ロジェ・プレヴォ]]の解釈がつながるだろう。
- プレヴォはフランスとオスマン帝国の同盟がなった1543年4月に、オスマン帝国の歓待が北上し、イタリア本土、[[コルシカ島]]、[[サルデーニャ島]]などを荒らしつつ、マルセイユにたどり着き、合流したフランス軍とともに、ラ・ガルド男爵の指揮でニースを攻略したこととこの詩を結びつけたのである((Prévost [1999] p.182))。ちなみにプレヴォは1行目の poisson をそのまま直さず、「魚座の時期に」という意味に捉えた。
+ プレヴォはフランスとオスマン帝国の同盟がなった1543年4月に、オスマン帝国の艦隊が北上し、イタリア本土、[[コルシカ島]]、[[サルデーニャ島]]などを荒らしつつ、マルセイユにたどり着き、合流したフランス軍とともに、ラ・ガルド男爵の指揮でニースを攻略したこととこの詩を結びつけたのである((Prévost [1999] p.182))。ちなみにプレヴォは1行目の poisson をそのまま直さず、「魚座の時期に」という意味に捉えた。
  [[リチャード・シーバース]]はブランダムールとプレヴォの解釈を折衷している((Sieburth [2012]))。
 
  ただ、1554年春には、シエーナ地方で苦戦していたフランス軍の救援のために、ラ・ガルド男爵の船団はアルジェリアの増援を受けることに成功し、7月にイタリア沿岸に到達するという出来事もあった((高田・伊藤 [1999] p.193))。ブランダムールの解釈を下敷きにしつつ、4行目はそちらとの関連でも理解できるのではないだろうか。
 
 ----
 &bold(){コメントらん}
 以下のコメント欄は[[コメントの著作権および削除基準>著作権について]]を了解の上でご使用ください。なお、当「大事典」としては、以下に投稿されたコメントの信頼性などをなんら担保するものではありません (当「大事典」管理者である sumaru 自身によって投稿されたコメントを除く)。
 
 #comment