セザールへの手紙 全文

 『ミシェル・ノストラダムス師の予言集』の第一序文、いわゆるセザールへの手紙」の翻訳を示す。

 以下の節区切りは、ウジェーヌ・バレストが確立し、ピエール・ブランダムールが踏襲したものを採用している。

 以下の訳は不断の見直しを必要とする仮訳であることにご注意いただきたい。
 いずれは全ての節の番号にリンクを貼り、詳細な各節解説(原文とその異文・校訂、訳文とその語註・解説など)を付けていく予定だが、いつのことになるか未定のため、さしあたって全訳のみ提供しておく。

 緑字は、他の文献からの借用、翻案などを示す。ノストラダムス作品において、先行する作品の重要性をうかがわせるものであろう。

 ( )は分かりやすくするための追記、〔 〕は簡単な注記である。



ミシェル・ノストラダムスがその予言集に寄せた序文
息子カエサル・ノストラダムスへ
生命〔=長寿〕と幸福を

1.
 わが息子セザール・ド・ノートルダムよ、お前の遅い到来〔=ノストラダムスが老いてからの誕生〕は、私を夜通しでの作業に専念させた。それは、神が星辰の転回を通じて私に知らせてくれた人類共通の利益となるものを、書き物によって明らかにすることをもって、お前の父祖の肉体的消滅の後に遺しておくためのものである。

2.
 お前は不死なる神に気に入られてこの広大な世界に光を享けたが、マルスの月が重なった〔=生まれてから3月を2回迎えた〕だけの年齢を自分で語ることも出来ない(ほどに幼い)のだから、その年齢の虚弱な理解力では、わが生涯の後に終わらせざるを得ない物事を受け止めることは出来ない。

3.
(だが)時間が破壊し去ってしまうであろう物事も、書き物によってお前に残してやることは可能であることを、考慮したのである。

4.
(時間が破壊し去ってしまうというのは)(人々から)隠されている未来を語ることについて、父祖伝来の予言(の天賦)が私の肚の中に留め置かれるからだ。

5.
 人生の終わりがいつ来るのかは不確かなことであり、全ては不滅なる神の御力によって支配・統御されていることを考慮しつつも、私は、バッコス的恍惚〔=酩酊状態〕によってでもなく、狂気によってでもなく、ただ星辰の断ずるところによってのみ霊感を享けているのである。「神の精髄と予言の息吹とにかき立てられた存在のみが、特別な物事を予言できるのである」〔偽プトレマイオス『百の言葉』からの引用〕。

6.
いつからのことになるだろうか、私は何度も神の御力や霊感が下ることで、特定の地域に起こることをかなり前もって予言していた。その一方で、世界中で起こることになる幸福なことや不幸なことを、ことが起こるほんの少し前に予言していたこともある。〔サヴォナローラ『天啓大綱』からの借用〕

7.
現在の出来事の大部分だけでなく、未来の出来事の大部分もまた、何者をも傷つけることがないようにと、私は沈黙し放置したかった。なぜなら体制も党派も宗教も、現在の視点で見れば正反対のものに変化するだろうから。そしてまた、王国の人々や、党派、宗教、信者たちが、彼らの聞き及んでいた幻想に到底一致しえないと考えるであろう未来を私が語ったならば、今後数世紀にわたって人々が目撃するであろうものを打ち棄ててしまうのだろう。〔引き続き『天啓大綱』からの借用〕

8.
そして真の救い主の次の句も考慮したのである。「聖なるものを犬に与えるな。また汝らの真珠を豚の前に投げ与えるな。彼らはそれを足で踏みつけ、ふり向いて汝らをひき裂くことになろう」。私が民衆に語り掛けることも、紙にペンを走らせることもやめたのは、このためである。〔引き続き『天啓大綱』からの借用。引用句は新約聖書『マタイによる福音書』第7章6節、上記は田川健三訳〕

9.
そして私は、未来の出来事も、喫緊の出来事も、私が見たものも(すべて)、曖昧模糊とした詩句によって、共通の出来事のために〔=全世界に向けて〕語るべしと、自らに枷をはめることを企図したのである。繊細な耳を憤慨させる、来るべきいくつかの変転をはじめとするあらゆる物事は、全くの予言的なるものよりも、適した形態の下で書かれるのである。

10.
あなた〔=神〕はこれらのことを賢者や慎重な者、つまりは権力者や王たちには隠し、小さき人々や貧しき人々」そして預言者たち「に明らかにした」のだから。〔『マタイによる福音書』第11章25節の翻案〕

11.
(預言者たちは)不死なる神や善き天使たちを通じて予言の精髄を受け取り、それによって遠く離れた物事や未来の出来事を見たのである。というのは、神なくしては何事も達しえないからである。クリニトゥス『栄えある学識について』からの借用〕

12.
臣民に対する神の御力と好意はきわめて大きいものである。それらが彼ら自身の内にとどまっているときには、――善き天使たちに由来する類似したもののために惹き起こされる、別の効能も時にはあるにしても、―― 予言の熱と権能が我々に近づいてくるのである。あたかも元素から成り立つものにも、成り立たないものにも、その影響を届けてくれる太陽の光が、我々のところに近づくように。〔引き続きクリニトゥスからの借用〕

13.
我々人間についていえば、生来の知識や気質では、造物主たる神の難解な秘密は認識することが出来ないのである。「時期も時間も我々の知るところではないのだから」。〔前半はクリニトゥスの翻案、後半は新約聖書『使徒行伝』第1章7節の翻案〕

14.
そうは言っても、過去に関してと同様に未来に関しても、神が判断占星術に一致する幾許かの秘密を幻像によってお示しになりたいとお考えになった人物が現在にも現れるのかもしれないし、存在しているのかもしれない。そして、神からのいくらかの能力や意志力は炎の揺らめきの形をとって現れるのだし、それ〔=炎〕に触発されて、人は神の霊感と人の霊感を判断するに至るのである。〔クリニトゥスの翻案〕

15.
というのは、神が総じて絶対的なものである作品をお作りになったからである。中庸のものは中間にあり、天使たちが作ったのである。そして三番目(のもの)は悪魔たち(が作ったもの)である。〔クリニトゥスの借用〕

16.
ところでわが息子よ、私はここで少々あいまいに語っている。

17.
しかし、(人々から)隠された予言についていえば、それは火の繊細なエスプリによって受け止められたものなのである。その火は、時には星々の最も高いところを熟視することに没頭している理解力を揺さぶるので、私は(自分の口が勝手に)先のことを語りだして驚かされるのである。私は不敬な饒舌〔=悪魔憑き?〕に侵されているわけでは全くないし、何も恐れることなく先語りしながら執筆しているのである。だが何を(先語りすると言うのか)? 全ては永遠の大神の御力からと、全き恩寵が生み出すものとから生じているのである。

18.
さらにわが息子よ、私は(今までの文章に)預言者の名称を挿入してきたが、自分をこの崇高な尊称に列したいとは今のところ考えていない。というのは、「「今日『預言者』と呼ばれる者はかつては『先見者』としか呼ばれていなかった」からである〔旧約聖書『サムエル記・上』第9章9節にほぼ一致〕。つまり我が息子よ、預言者とは正確には被造物そのものに生来備わっている認識で遠くの物事を見る者なのである。〔『天啓大綱』からの借用〕

19.
そして預言者には、預言の完全な光によって、人の物事のように神の物事がはっきりと啓示されるということも起こるのである。それは遠くまで広がっている預言の効力に鑑みても、通常は起こりえないことである。〔引き続き『天啓大綱』からの借用〕

20.
というのは、神の秘密は理解できないものだからであり、そこから生じる力は本来の認識の広がりから生まれ、(人の)自由意思に最も近い根源をとらえるものだからである。(そしてその力は)占いでも、他の知識 ――つまりは空の窪みの下〔=地上世界〕に含まれている隠秘の力―― でも認識されることがない物事を、顕わさせるのである。同様にして、全き永遠が存在するということは、その内で全ての時を見渡せるということなのである。〔引き続き『天啓大綱』からの借用〕

21.
そして、癲癇的な忘我の状態や星辰の運行によって、不可分の永遠性に通じることで、ものごとが認識されるのである。

22.
お前によく分かってもらいたいのだが、私はお前の幼い脳にこの方法の認識を刷り込むことが出来ないとはいわないし、遠く離れた未来の出来事が理性ある被造物に知りえないとも言わない。しかしながら、仮に知的な魂が知りうるのだとしても、現在の物事も未来の物事も、そのものに隠されすぎているということもなければ、明らかになりすぎているということもないのだ。

23.
しかし、予言的霊感そのものは、まず何よりも造物主たる神の発動原理を受け止め、次いで運命と自然(のそれぞれの発動原理)を受け止めることに鑑みれば、ものごとの完全な認識は、神に由来する霊感なしには得られないものである。

24.
それゆえに、任意の物事が無差別に起ころうと起こるまいと、予兆は予言されたとおりに部分的に実現するのである。〔『天啓大綱』からの要約的な借用〕

25.
というのは、知的に創られた理解力は、幽かな炎を通じて裾で生まれる声に拠らなければ、どのような部分からであれ、来るべき未来を神秘的に見ることが出来ないからである。

26.
だから我が息子よ、肉体を干からびさせ、魂を失わせ、弱い感覚をかき乱す夢想や空虚なものに、お前の理解力を使うことは決してしないでほしい。それはかつて聖書や神の規範によって排斥された忌まわしき魔術についても同じことである。

27.
ただし、判断占星術の判断は例外である。我々はそれ〔=判断占星術〕、霊感、神の啓示、継続的な徹夜、諸算定などによって、予言集をまとめ上げたのだから。

28.
隠秘哲学が排斥されている以上、たとえ長い間隠されていた何巻かの文献が私の手許にあったとしても、私はその箍の外れた思い込みを提示したいとは思わなかった。とはいえ、私はそれがもたらすものに憂えて、読んだ後にウォルカヌスに捧げた〔=火にくべた〕のである。それらが燃え尽きるまでに、空気をなめる炎は自然の炎よりも明るく、あたかも稲妻の輝きのような異常な明るさを放ち、突然に家を照らし、まるで大火災が起こったかのごとくであった。

29.
おまえがいずれ月や太陽〔=白銀や黄金〕の全き変化の研究であるとか、地中や伏流の朽ちない金属の研究〔=いずれも錬金術やそれに類する研究〕などに惑わされないようにと、私はそれらの文献を灰にしたのである。

30.
さて、天の判断が完成させる判断についても、お前に説明しておきたい。人が未来の物事を認識できるのは天の判断による。その未来の出来事は、起こるべきことが遠くに幻想的な像として投影されているものである。そして、超自然的な神から来る霊感によって、(それが起こる)場所の特徴を特定でき、さらには神の御威徳、御力、権能と、隠された特性によって、天空の表徴〔=星々〕と一致する範囲で、場所だけでなく一部の時までもが特定できるのである。そして、神にとっては、その永遠性の中に三つの時を包含しているのである。それは過去の物事、現在、未来を含む、時の転回である。「すべての物事は裸であり、発見されているのである」〔新約聖書『ヘブライ人への手紙』第4章13節の翻案〕云々。

31.
以上によってわが息子よ、お前の脳は幼いけれども、起こるべき物事が夜天の自然の光〔=星々〕と予言のエスプリとによって予言されうるということは、理解できるであろう。

32.
私は啓示された霊感によって(予言をして)いるが、自らを預言者の名前や役割に帰属させることは望まない。それは、足が大地に埋もれていて感覚が天から遠く隔たっている、死すべき人間として(の立場)である。「私は誤るかも知れない、間違うかもしれない、騙されるかもしれない」。私は人類のあらゆる苦悩に苛まれる、世界の誰よりも罪深い者の一人である。

33.
さて、一週間を通じて時々予言(を勝手に語りだすこと)に驚かされ、夜中の研究に甘美な香りを与えてくれる長い算定に没頭しつつ、私は、この百篇ごとの天文学〔=占星術〕的な四行詩からなる、予言の書を構成したのである。私はそれを少々曖昧な形でつなぎ合わせることを望んだが、それは現在から3797年までの永続的な予言なのである。

34.
かくも長い(予言範囲の)拡張に眉をひそめる人々もいるだろう。しかし、月の窪みの下〔=月下の世界、地上世界〕の至る所で(予言した通りの)事件が起こって、(予言した範囲の正しさが)認識されるであろうし、それによって全地上であまねく理解されるのだ、わが息子よ。

35.
もしおまえが成人まで生きていられるのなら、お前が生まれた固有の空での緯度のもとで〔=お前が生まれた場所で〕、未来の事件が起こるのを見るだろう。

36.
唯一、永遠の神のみが、ご自身から発する光の永続性を認識しておられるのだ。

37.
そして、私は(お前に)率直に言っておく。測り知れない無窮の偉大さ〔=神〕から、長い憂鬱質の霊感を通じてこの者に啓示してやりたいと思ってもらえた人々には、予言する霊感の理解力を形成する二つの原理のうちの一つが、神の力によって顕在した隠秘の物事を通じて、注がれているのである。超自然的な光は、天体の学説によって予言する人や、下った霊感によって予言する人を、明るくするのである。

38.
その霊感は神の永遠性から分け与えられたものである。これによって預言者は、その神々しいエスプリ〔=脳裏にひらめいたもの〕が神に由来するものなのか、自然の直感に由来するものなのかを判断したのである。

39.
{つまりは予言した物事は真実であり、天上に起源を持つのである。そして、この光や幽かな炎は全くもって有能にして崇高なのである。このことは、自然の光や自然の明かりによって、哲学者たちが(世界を動かす)第一因〔=神〕の諸原理に関して推論を重ねつつ確信し、最も崇高な学説の最奥部に到達したことと同様である。

40.
さてわが息子よ、(以上の話を)終えるに当たって、お前の知覚の将来の許容量のためにあまり深入りした寄り道はしないでおく。(次に)私は、文芸が非常に大きく比類のない損失に見舞われるであろうことを見出す。であるので、世界的な大変動に先立って大洪水や高水位の大浸水が起こり、水で覆われない土地がほとんどなくなるであろうこと、そしてそれが長く続き、エノグラフィとトポグラフィ〔=葡萄栽培地やその他の土地利用図?〕を除けば、全てが失われるであろうことを見出すのである。

41.
同様にして浸水の前後には、多くの国で雨が非常に少ないものとなり、空から多量の火や白熱した石が降ってきて焼き尽くすので、何も残らないだろう。それは最後の大動乱に先立ち、短期的に起こるのである。

42.
というのは、火星がその周期を完成するからであり、その直近の区切りの最後に、火星が再び巡ってくるだろう。しかし、宝瓶宮に何年間もとどまる星々もあれば、巨蟹宮に一層長く継続的にとどまる星々もあるだろう。

43.
そして現在、我々は永遠なる神の全き御力によって、月に支配されている。その全周期が完成する前に太陽が来るであろうし、その次には土星が来るであろう。

44.
というのは、天の徴に従えば、土星の支配は戻り来るからだ。そして、あらゆる算定で、世界は(過去と)断絶する変革に近づいている。

45.
私がこれを書いている現在は、その時点の177年3ヶ月11日前に当たるのだが、その時点〔=177年3ヶ月11日後〕と予め定めた時との間で前後に何度も起こる悪疫、長期の飢餓、戦争、さらには浸水によって、人々は非常に減少するだろう。そして、耕地を耕したいと望む人を見ることもなくなるであろうほどに人がほとんどいなくなり、田野は人々が使役してきたのと同じくらいに長い間、自由になるだろう。

46.
そして、目に見える天の判断〔=天体観測者たちの見解〕では、我々は全てを完成する第七千年紀にいるのであるが、第八(千年紀)に近づいているのである。それは、高さの次元でいうと第八天であり、永遠の大神が変革しに来るであろう時期であり、天空の図像が動きに戻る〔=黄道十二宮が自分の位置に戻る〕時期である。その超越的な動きは我々を安定した堅い大地に戻すだろう。リシャール・ルーサ『諸時代の状態と変転の書』の翻案〕「いつの時代にも傾くことはない」〔旧約聖書『詩篇』第104篇5節の翻案〕のである。神がそれを望まない限りは。

47.
(以上は)あらゆる自然の理性を超えた曖昧な意見やムハンマド的な夢想〔=霊感を受けた夢想〕によるものではあるけれども。

48.
同様に、時として、造物主たる神は使者である火を介し、伝道的な炎の中で、我々の眼と同様に外部の感覚に向けて、未来の予言の諸原因をお示しになったのである。その諸原因は、未来の出来事の徴となるものであり、予言をする人に示されなければならないものである。

49.
というのは、外部の光から生み出される予兆は、内部の光によってまたそれとともに、分かちがたく結びついているのである。

50.
理解力の目によって本当に(未来を)見通せるらしい(魂の)一部分は、想像力豊かな感覚の病変によってそれが可能になる以上、理由は極めて明白である。神から来る霊感や、預言と結びついて予言を行う人に霊感を下す天使によって、全ては予言されるからである。それらのものは、彼〔=予言者〕を輝かせに来て、夜の様々な出現や昼の確信によって、彼の想像力を掻き立てるのである。そして彼は自由な真情〔=神?〕としか結びついていない神聖な未来の予言と結びついて、天文学的管理〔=判断占星術〕によって予言を行うのである。

51.
わが息子よ、今このときに理解しに来たれ。啓示された霊感に一致する我が転回によって見出した物事、つまりは死の剣が我々に今このときに迫ってくることを。それは、悪疫や、(過去)三世代にあったものよりも酷い戦争や、飢餓の形をとるのである。その剣が地上に振り下ろされるだろうし、しばしば戻り来るだろう。〔『天啓大綱』の翻案〕

52.
というのは、星々が変革に一致しているからである。さらに(神は)宣う。「私は彼らの不正に鉄の鞭を持って訪れ、そしてそれら〔=彼らの不正〕を私自らの打擲でもって打ち据えるであろう」。というのは、私の予言の大部分が成就し実現していくであろう時には、主の御慈悲は全く広がらないであろうから。〔『天啓大綱』の翻案。引用句は旧約聖書『詩篇』第89篇32節の翻案〕

53.
そして、不吉な嵐の中で主は宣うだろう。「私は彼らを痛めつけ、砕き、憐れみは持たない」と。〔『天啓大綱』の翻案。引用句は旧約聖書『エレミヤ書』第13章14節の翻案〕

54.
そして、洪水や継続的な雨によって他の千〔=無数〕の事件が起こるだろう。このことは、私が場所、時期、予め定められた期限を区切って、「拘束のない文体で」〔=「散文で」。セネカなどからの借用〕、詳しく私の他の予言〔=占筮〕の中に書いた通りである。(その期限のときに)人類は、私が他の予言の中で、より明解に示したとおりの出来事が誤りなく起こることを認識しつつ、我々の(時代の)後に起こることを見るであろう。その理解は雲に包まれてはいるけれども、「無知が啓蒙されたときに」〔アルチャーティ『エンブレマタ』第188番の借用〕、物事は明白になるのである。

55.
我が息子よ、終わりに当たって、お前の父 M. ノストラダムスのこの贈り物を受け取ってほしい。ここに含まれているそれぞれの予言四行詩(の意味)をお前に明かしてやれる(日が来る)ことを望みつつ。そして不死なる神に、どうかお前が素晴らしく栄えた幸福の内に、その長い人生を送れますように、と祈りつつ。サロン、1555年3月1日。


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