2020年初頭から
新型コロナウイルスSARS-CoV-2による感染症
COVID-19の流行が拡大していく中で、
ノストラダムスの予言を持ち出すオカルト系のメディアも散見されるようになった。
しかし、少なくとも日本では、以前の新型コロナウイルスによる
- SARS(サーズ、重症急性呼吸器症候群)(2002年~2003年)、
- MERS(マーズ、中東呼吸器症候群)(2012年)
のいずれの場合にも、「ノストラダムスがSARSを予言していた」とか「ノストラダムスがMERSを予言していた」とする定説化した解釈は登場しなかった。
だから当然、それらの流行を踏まえても、近未来にまた新たなコロナウイルスが流行するという解釈は見られなかった。
2020年になって新型コロナウイルスが…と言い出しているのは、あくまでもとってつけたような後付け解釈にすぎず、今後の動向を推測するうえで何の役にも立たない。
【画像】ASIOS・桑満おさむ・名取宏・峰宗太郎・宮原篤・森戸やすみ・安川康介 『新型コロナとワクチンの「本当のこと」がわかる本【検証】新型コロナ デマ・陰謀論』
【画像】宮坂昌之 『新型コロナワクチン 本当の「真実」』
目次
過去の症候群について
まず、2019年以降の新型コロナウイルスを扱う前に、SARSやMERSについてどうだったのかを見ておく。
海外の解釈書については、調査がかなり限定的であることをお断りしておく。
英語圏
2002年から2003年にかけてSARSが流行した後も、特にそれを予言していたとして大々的に話題になったことはなかったようである。
で、
ノストラダムス伝説に批判的なFAQを作成している。
そこではいくつかの予言解釈例の検証も行われているが、21世紀を対象とするのは、
- 2001年9月11日の同時多発テロ事件
- 2007年から2008年の金融危機
- 2012年世界終末説
の3件であり、SARSにはまったく触れられていない。
これだけで、SARSに関する有力な解釈例が英語圏に存在しなかったと言い切るのは乱暴だろう。
ただ、ひとつの参考にはなると思われる。
フランス語圏
彼の晩年の著書
- 『ノストラダムスが予言した470年間』(2006年)
- 『ノストラダムスはそれらを予言していた:金融危機、チベット、中国、コーカサス、イラン、アフガニスタン…』(2009年)
の2冊では、21世紀の情勢について、
- トゥールーズのAZF工場爆発事故(2001年)
- スマトラ島沖地震の津波(2004年)
- フランスのバンリュー(郊外)での暴動(2005年)
といった直近の事件、事故、天災などに触れている。
だが、中国についてはチベット情勢などに触れているだけで、SARSへの言及はない。
フォンブリュヌは2025年までのシナリオも描いていたが、その中心は大戦であり、疫病への言及は極めて少ない。
例外的に2006年の著書では、「2006年から2017年の間」にパンデミックが起こる可能性にも触れていた。
ただ、これは
第2巻46番と
第8巻17番に
peste と出てくるからというだけの簡単な言及で、「いつ」「どこで」が欠けていた。
彼の2009年の著書では、期間は「2008年から2017年」と微妙に直された上、「鳥インフルエンザ?」と病名が「?」つきで加えられたものの、具体性を欠く簡略な言及という点では大差がなかった(鳥インフルエンザは2006年冬にフランスで騒ぎになっていた)。
中華圏
ノストラダムスの解釈書は中国でも刊行されているが、それらの解釈書にも出てこない。
当「大事典」管理者は中国語には不案内なので、限られた蔵書を拾い読みする範囲ではあるが、
- 利汶樺『諸世紀─諾查丹瑪斯大預言』(諸世紀―ノストラダムス大予言)(2008年)
- 田中角栄などにまで言及はあるが、SARSは言及すらされていないようである。
中国の場合、言論の自由の認められている範囲の問題もあるので、市販の解釈書にないからといって、ただちにそういう解釈が流布していなかったとは言い切れない。
しかし、「中国首脳部の対応のおかげでSARSを鎮静化できた」といったタイプの提灯持ち的な方向からの解釈もないことは、意識されてよいのではないだろうか。
日本
それらに登場する
ノストラダムス解釈で、疫病に触れている文献はごくわずかだった。以下に例を挙げよう。
- 『衝撃!21世紀の大予言』 宙出版、2008年
- 「謎の新種ウィルスが世界的に流行し、世界人口の3分の1近くが減る」というノストラダムスの予言が紹介されている。
- しかし、これには時期がないうえ、そもそもノストラダムスの予言にこんなものはない。
- 「3分の1」と訳せるのは tiers という語だが、これは「第三者」などの意味にもなるので、常に「3分の1」を意味するわけではない。詩百篇集における tiers の登場箇所は詩百篇第1巻92番*、第2巻88番*、第3巻59番、第3巻77番、第4巻60番、第7巻5番、第8巻83番、第9巻5番、第9巻17番、第9巻62番、第9巻69番*、第10巻28番、第11巻91番のみである( * は当「大事典」で「3分の1」と訳した詩)。
- そのうち、疫病との結びつきで出ている(と解釈できる)のは、11巻91番のみだが、文脈に全然合っていないうえ、そもそも本物かどうかわからない詩である。
- 南山宏 監修 『恐怖の大予言ミステリー99』 双葉社、2010年1月10日
- 「怒り、戦争と疫病の瓦礫」というフレーズを引き合いに出している。その解釈は「20世紀末から今日までの世界情勢を見事に予言しているともいえる」という漠然としたものだった。疫病と結び付けた解釈はここだけであり、漠然としすぎていて具体的な疫病の解釈とは見なせない。
- そもそも、引用されているフレーズはクロケットの四行詩に含まれており、ほぼ議論の余地なく、程度の低いニセモノである。
- 並木伸一郎 『人類への警告!!― 最期の審判は2012年からはじまる』 竹書房、2010年12月24日
- 「戦争と疫病の瓦礫」というフレーズについて、「現在の我々の状況を暗示する」とある。上のものと問題点が全く同じなので、くわしくは述べない。
- 歴史予言検証会 『2012年地球崩壊の驚愕大予言』 日本文芸社、2008年
- ノストラダムス予言の解釈の中で、SARSに直接的に言及したコンビニ本であり、おそらく唯一ではないかと思われる。
- 第6巻98番の「ヴォルスキ災厄」という訳を引き、「ヴォルスキという言葉を組み替えるとウイルスとなるのは偶然だろうか?」として、鳥インフルエンザやエボラウイルスなどとともに、SARSにも触れている。
- このコンビニ本で登場する「ヴォルスキ災厄」という訳語は、平川陽一のノストラダムス本に出ていたものである。だが、「ヴォルスキ」と訳されている単語はVolsquesであって、アナグラムしたところで VIRUSになどなるはずがない。「偶然だろうか?」と問いかけているが、偶然にすらなっていない。
- 第6巻98番には確かに悪疫と訳せる語も登場している。しかし、それは金銀の略奪や神殿の破壊といった蛮行が、悪疫のようなひどい行動だ、と述べた例えであって、悪疫が世界中に広まるといった文脈ではない。
以上、日本の場合、(SARS流行後でさえも)コロナウイルスは注目されることがなかったといってよいだろう。
COVID-19
流行する前に予測した者はいたか
少なくとも日本語文献では、COVID-19の流行前に、近未来の予測にコロナウイルスをもちこんだ解釈は見られなかった。たとえば、以下のような形である。
- 竹本忠雄『秘伝ノストラダムス・コード』海竜社、2011年
- リーマンショックや福島の原発事故の解釈まで盛り込まれているが、近未来のシナリオの中心をなすのは東西間の大戦であって、世界的な疫病には全く触れられていない。
- 浅利幸彦『悪魔的未来人「サタン」の超逆襲!』ヒカルランド、2012年
- 「悪魔的未来人」が世界同時多発的にウイルスをばらまいて、世界の人口を3分の1に減らしたうえで支配する、というシナリオが語られている。しかし、20世紀から「すぐ来る」と繰り返しては外れ続けてきたシナリオに過ぎず、2020年と指定した解釈でもなかった。また、彼のシナリオの構造的な問題点はリンク先の記事(浅利幸彦)に書いたとおりである。
- ただ、ネット上で「浅利幸彦」本人だと主張するブログによれば、過去の解釈は新しい解釈でどんどん上書きでき、過去の解釈にどれだけデタラメや誤りがあったところで、それらは全て無かったことになるらしい。つまり、過去の外れた解釈や誤りを丁寧に指摘したところで、「その解釈は捨てた。新しい解釈で上書きした」と言い逃れることができてしまうので、まじめに付き合うのは単なる時間の無駄にしかならない。このような幼稚な主張に、まともに論評する価値などないだろう(当「大事典」の彼に関する記事は、そのようなご都合主義理論が登場する前に書いたものばかりだが、今後は基本的に加筆の予定はない)。
- 『911テロ/15年目の真実 【アメリカ1%寡頭権力】の狂ったシナリオ』ヒカルランド、2016年
- 飛鳥昭雄が担当する章では詩百篇第9巻55番から、「恐るべき軍備が西側で起こり、その翌年にすさまじい疫病が発生する。あまりにも猛烈で、若者、老人、獣さえ生きられない」という詩句が引用されている。これは、21世紀日本のノストラダムス解釈文献で「疫病」に言及した数少ない例だが、飛鳥はこれを近未来の核戦争と解釈した。「疫病」部分が何を意味するかは、(20世紀に刊行したいくつかの著書で劇症溶連菌(劇症型溶血性レンサ球菌)に関連させる解釈を示したことはあったが)この本で直接的に述べることはしなかった。
- 上北貴久『バブルは80%はじける―ノストラダムスは日本の財政破綻を予言している』共同文化社、2018年4月30日
- 題名だけ見れば、新型コロナウイルス流行後の世界的な株価の下落を的中させたかのようだが、本書では米中・米朝の軍事的・経済的情勢の悪化に原因が求められており、疫病の流行は一切登場していない。
- そもそもこの本の予測によれば、アメリカのトランプ政権は「1年以内」に終わっているはずだったし、それに合わせて日本の安倍晋三首相も「電撃辞任」しているはずだった(実際にはトランプは2021年1月までの任期を全うし、安倍内閣はそれより前の2020年9月に総辞職した)。株価の下落だけを以て的中とみるのは難しいだろう。
流行後
海外のネットメディアなどを踏まえて、
詩百篇第2巻53番に注目が集まることとなった。その解釈の問題点は、そちらの記事に詳しく書いたので、そちらを参照のこと。
その結論のみ示しておくならば、解釈がこじつけの域を出ておらず、文脈に沿っているとは言いがたい。
なお、Expressの記事では、イタリアでの流行を踏まえて
第2巻65番、
第5巻63番なども引き合いに出されているが、これまた文脈に沿っているとはいいがたい。
また、TOCANAの記事では、海外のツイッター利用者のコメントを引き合いに出して
ノストラダムスが予言していたなどとする記事もある。
そこで引用されているつぶやきは、以下のようなものである。
- 「ホワイトハウスを率いる反キリスト、イナゴ、洪水、ハエ、コロナウイルスという今の状況は、ノストラダムスが約465年前に語ったことだと思う」(ツイッターより)
- 「21世紀のペストが登場しました。ノストラダムスの予言通りです。我々はすぐに滅亡するでしょう」(ツイッターより)
だが、「コロナウイルス」だの「21世紀のペスト」だのが出てくるノストラダムス予言などもちろん存在しない。
こんな無根拠なつぶやきまで引き合いに出すのは、いくらオカルト系メディアの記事と言っても、粗製乱造がすぎるのではないだろうか。
なお、ツイッターといえば、「
すべてのジュネーブから逃げ出せ」というフレーズを思い起こしてつぶやく人がしばしば見られる。
当「大事典」でもそのフレーズが出てくる詩(=
詩百篇第9巻44番)のアクセス数が以前と比べて増加したが、
「すべてのジュネーブ」は五島勉がつくりだした誤訳であり、そういう訳は導けない。
外部リンク
日本政府の対応にしても、世界保健機関の対応にしても、批判が多いのは事実であり、そうした公的な情報を無条件に信じられる人は多くないかもしれない。
しかし、その不安に乗じて無責任な言説を垂れ流す輩に飛びついたところで、正しい対応ができることにはならない。
※記事へのお問い合わせ等がある場合、最上部のタブの「ツール」>「管理者に連絡」をご活用ください。
最終更新:2021年12月13日 21:55