アンリ2世への手紙 全文

 『ミシェル・ノストラダムス師の予言集』の第二序文、いわゆるアンリ2世への手紙」の翻訳を示す。

 以下の節区切りは、ウジェーヌ・バレストが確立し、ピエール・ブランダムールが踏襲したものを採用している。
 なお、バレスト版は113節と114節のみが非常に長くなっているため、エドガー・レオニ版の区切りを踏まえて113a, 113b...という形で細分化している。

 以下の訳は不断の見直しを必要とする仮訳であることにご注意いただきたい。
 いずれは全ての節の番号にリンクを貼り、詳細な各節解説(原文とその異文・校訂、訳文とその語註・解説など)を付けていく予定だが、いつのことになるか未定のため、さしあたって全訳のみ提供しておく。

 訳はできる限り直訳するようにした。言葉を補った場合は、( )で示した。( )を読み飛ばせば、かなり原文直訳に近くなるよう配慮したつもりだが、もちろんそれにも限界があることは予めお断りしておく。
 〔 〕は簡単な注記である。



最も無敵にして極めて強大、そして敬虔なキリスト教徒であらせられるフランス王アンリ2世へ。

そのとても賤しく、とても従順な従僕にして臣下であるミシェル・ノストラダムス(が)、勝利と至福を(お祈り申し上げます)

1.
おお、敬虔なるキリスト教徒にして勝利を重ねた国王よ。
私が抱いたこの上ない意見のために長い間曇っていた私の顔を、陛下の計り知れない神のごとき威厳の御前にお引き立て頂いてからというものは、爾来、人間味溢れる格別の威徳というべき陛下の御前に初めて参内したその日を崇め奉ることをやめてしまおうなどとは思わず、私はいつまでも目のくらむ思いでおりました。

2.
さて、私は善良な心情と自由な勇気とをお示しすることによって、この上なく麗らかなる陛下の方へと、私の知識の力を十分にひろげ(て御覧に入れ)るための何か良い機会はないものかと探しておりました。

3.
とはいえ、それを表明することは、私の(心の)長い暗闇を世界第一の君主である至上の目〔目は君主の象徴〕の面前へと運んでいただき、たちまちのうちに明るくしていただきたいという私の突飛な願いとともに、不可能なことと考えておりました。

4.
それで私は、一千篇をしめくくる我が予言集の残り三巻の詩百篇を陛下に捧げに参るべきかと、長い間悩んでおりました。

5.
そして、私は向こう見ずで大胆な行為について長らく考えた上で、その事で驚いたりなさらない陛下に献上したのです。
それはあたかも最も荘厳な書き手であるプルタルコスが『リュクルゴスの生涯』〔プルタルコス『英雄伝』の「リュクルゴス伝」〕において、当時の不死なる神々の神殿に生贄として捧げられた供物や贈り物を見た人々が、その費用や価値(の高さ)に頻々と驚かないでいたいものだと思って、神殿にわざわざ捧げ(に来)なくなると語っているようなものです。

6.
(そういうつまらない作品)にもかかわらず、なんぴともその許に行くことも近づく事も許されないペルシアの王たちとは異なる、比類なき慈愛を備えた国王陛下の光輝を目の当たりにしつつ、私は献上したのです。

7.
さて、大変に慎重で賢明である君主に私が夜毎にまとめた予言的な算定を捧げたわけですが、それらは詩の規律よりはむしろ詩的熱狂に伴われた生来の天賦によって組み上げられています。

8.
その大部分は天文学〔占星術〕的算定に一致するよう組み立てられ、ヨーロッパ全土の諸地方、諸国、大部分の市や町の年、月、週に対応しています。そこには、それらの全気候帯のほとんどに近づいている諸地方の変化のせいで、アフリカや一部のアジアも含まれており、(それらは)自然な方法で組み立てられています。

9.
さぞ洟をかみたいでしょうにという方〔=引っ込んでいてほしい知ったかぶり連中〕はこう反応することでしょう。その韻律は平易であるが、意味の理解は困難である、と。
おお、最も慈愛に溢れる王よ、予言的四行詩の大部分は難物であるがゆえに、人々はそこに道筋をつけることも出来ないでしょうし、どれひとつとして解釈することも出来ないでしょう。

10.
しかしながら、現在すなわち1557年3月14日から始まって、1585年や1606年のことさえも含むかたちで、大部分(の出来事)が起こるであろう年や、都市、町、地方を書きとめておきたいのです。

11.
そしてそれは深く算定された第七千年紀初頭に起こるであろう出来事にまでも遥々と及ぶのです。

12.
我が天文学的算定と他の知識が及びうる限りでは、その時にはイエス・キリストとその教会に敵対する者たちが、大変な勢いではびこり始めるでしょう。

13.
全ては、選ばれて周到に準備された日々と時間に算定されてまとめられたもので、私に出来る限りでもっとも正確なものであります。

14.
全ては「自由にして縛られざるミネルウァとともに」〔個人の生来の能力の及ぶ限りで〕、現在も含む過ぎ去った時代のことのように未来の出来事もほぼ同じだけ算定してまいりました。「未来に関することで、確定した真実などない」と言われは致しますが、(その算定したことは)時の流れの中においてあらゆる地方で、まさに余計なものを何一つ加えることなく書き記した通りに、全てが成就したと認識されるでしょう。


15.
(さて、)先見をしているとは思わずに先見していた先祖たちからもたらされた私の生来の天賦に関しては、そこに私の長い算定が統一的に付け加えられて調和しているのです。また、(その天賦は)心の平静と安静を通じて、心配、懸念、不満を魂魄や精神から一掃しているのです。陛下、以上はまさしく真実なのです。

16.
青銅の三脚によって全ては調和させられ、一部は先見されているのです。

17.
私に属するものと同じように全くそうでないものまで私に帰する方々が多くおりますけれど、人々の心情の敬虔さ、公正さ、慈悲深さを徹底的にお試しになる唯一永遠の神のみが、人々の真の審判者なのです。私はその神に、悪意ある人々の中傷から私を守って下さいますようにと祈ります。

18.
(そういう悪意ある人々は)同じように中傷的に根拠を尋ねたがるものです。最も由緒正しき歴代のフランス王たちが瘰癧を治した根拠や、別の民族が蛇の噛み傷を治した根拠、さらにその別の人々が予言をするためのある種の天賦を持っている根拠など、他にもここで申し上げれば長くなる諸々(の根拠)を、です。

19.
それにもかかわらず、彼らに備わった邪悪な魂の悪意は、私が地中に消えた後の時の流れの中でも理解されることはないでしょうし、(逆に)私の作品は生前よりも多く(の理解を得るように)なるでしょう。

20.
しかしながら、もしも時代の算定で私が間違っているのなら、私はある種の人々の意に沿うことはできていないでしょう。

21.
(その場合)(王よりも)むしろ皇帝の威厳というべき陛下には、私を赦して下さいますようにと祈りを捧げるでしょう。また、神や聖人の前では、今のこの献呈文は私の知識に基づいた天文学的計算を参照しており、真のカトリック信仰に背くものを何一つ含めることを望んでいない旨を誓います。

22.
というのは、われわれの先達である最初の人々の間隔を、最も公正な判断による修正のもとで並べなおしますと、こうなるからです。最初の人間であるアダムは、ノアに約1242年〔2242年の誤り〕先んじておりました。

23.
(ここでは)ウァロー〔紀元前ローマの年代記作家〕が書き記したような異教徒の算定によって時を計算する事はせず、ただ聖書と、天文学的算定における我が知性のか細さとに従っております。

24.
ノアの後、彼と世界的な洪水からおよそ1080年が経ってアブラハムが現れました。ある種の人々によると彼は至高の占星術師であった人で、最初にカルデア文字を考案しました。

25.
およそ515年か516年あとにモーセが現れました。

26.
そしてダヴィデとモーセの間は、およそ570年でした。

27.
さらにその後、ダヴィデの時代と、唯一の処女から生まれた我らの救い主にして贖い主のイエス・キリストまでが、幾人かの年代学者に従うと1350年でした。

28.
この算定はエウセビオスのものと異なっていますから、真実でないと反論する方もいるかもしれません。

29.
そして人類の贖いの時から、サラセン人たちの憎むべき誘惑までが、およそ621年でありました。

30.
仮に私の算定があらゆる国民にとってよろしくないもので価値がなかったとしても、その時代以降は、どのような時代が過ぎ去ったかを容易に編纂することができます。

31.
なぜならば、その全ては、天体の運行によって、あるいは省みられなくなったいくらかの時における生来の情熱の結びつきによって、さらには私の由緒ある先祖たちの情熱によって、算定されてきたからです。

32.
おお、この上もなく麗らかなる国王陛下。
ところで、この時代の不正義が、何らかの隠しておくべき諸事件は謎めいた章句でしか開示されないようにと、要請しているのです。(その章句は)唯一の意味を持つ一通りの理解しかできないもので、両義性や曖昧な算定はそこには何一つ入り込んでおりません。

33.
しかし、むしろ茫漠とした曖昧さのもとで、生来の注入に拠っているのです。それはヨエルによるカルタゴの年代記と算定にある「私は全ての肉なるものの上に霊を注ぎ、あなたがたの息子や娘は預言をするだろう」〔旧約聖書『ヨエル書』第2章28節の一部〕に従えば、天地創造以来の1002人の預言者たちの一人の章句に近いものであります。

34.
しかしながら、そうした預言は至高にして永遠の力である聖霊の口から発せられたものでしたし、その力が、天と、その大事件や驚嘆すべき事件を予言した幾人かとを結び付けたのです。

35.
私はといえば、この状況では何一つとして称号を自分のものとしたいとは思いません。(そのようなことは)神が到底お喜びにならないのです。私ははっきりと全てが神に由来することを告白しますし、神に感謝、尊敬、不滅の称賛を捧げます。
(ただし、)ここで言っている事には運命に由来する予言は混ぜておらず、あくまでも神と自然に由来する予言の話です。

36.
そして大部分は天体の運行と結びついております。
私は集光鏡を通しているかのようなぼんやりとした像で、主要な崇拝者たちによる大事件や悲しい事件、驚くべき事件、大災禍などが近づいていることを見ているのです。

37.
最初には神の殿堂のせいで、次には地上で支えられているそれらのせいで、他の千の〔=多くの〕惨事とともに、時代の流れの中で未来に起こると認識されているような退潮が近づくのです。

38.
というのは、神が偉大な婦人の長い不妊を見るであろうからです。その女性はその後に2人の主要な子を身ごもるでしょう。

39.
しかし彼女は危機に瀕し、彼女に付け加えられるであろう女性もまた、年齢から来る無謀さで18歳にして死の危機に瀕し、彼女の(子である)三人の男子と一人の女子を遺しただけで、36歳を過ぎることはできないでしょう。
その子らのうち二人は決して同じ父を持たないでしょう。三人の兄弟たちは異なっていますが、統一し合意するので、ヨーロッパの三つと四つの部分は震えるでしょう。

40.
(兄弟の中の)最も年若い男子によってキリスト教の王国は支えられ、勢力を伸ばすでしょう。すなわち、諸宗派が興るもののすぐに没落し、アラブ人たちは後退し、諸王国は統一され、新しい法が公布されるのです。

41.
他の子供たちのうち、長男は、怒れる獅子たちを制圧するでしょう。その獅子は戴冠しており、脚を勇敢な鉄兜たちの上に置いています。

42.
次男は同伴したラティウム人たちのせいで余りにも前進しすぎるので、ユピテルの山への怒りに震えた第二の道が開かれるでしょう。それは(彼が)ピレネーに登るために(まず)降るためのものですが、古代の王国に譲渡されることはないでしょう。
人間の血によって第三の洪水が起こるでしょう。マルスは長い間、四旬節に姿が見えなくなるでしょう。

43.
そして(三男一女の残る一人にあたる)娘はキリスト教会の保持のために与えられますが、その主人は新しい不信心者たちの異教的な宗派に堕ちてしまいます。
彼女は二人の子を産むでしょう。カトリック教会の堅信に照らせば、一人は信心深い者ですが、もう一人は不信心な者でしょう。

44.
そのもう一人の方は、大いに混乱し悔悟が遅れるため、彼女を滅ぼす事を望むでしょう。同盟の中の極度の相違によって、三つの地方が存在するでしょう。それはすなわち、ローマ地方、ゲルマニア、イスパニアのことでして、それらは軍の手で様々な宗派を作り出すでしょう。

45.
(それは)緯度50度と52度を見捨てつつ(行われるの)です。(上記三つの)すべてが緯度48度からの北部ヨーロッパ諸地方に遠くの諸宗教を捧げるでしょう。その諸地方が最初に虚しい臆病さによって震えるでしょうし、ついで最も西、南、東の諸地方も震えるでしょう。

46.
彼らの強さは、協約と連合によって生まれるものでして、軍事的な征服に屈しないものです。

47.
(彼らは)本質に関しては同じでも、信仰に関しては大きく異なっているでしょう。

48.
その後で第二の女性よりも大きな力を持つ不妊の女性が二つの民族に受け入れられるでしょう。
その(民族の)第一は、かつては全てに権勢を振るっていた民族にも意地を貫いた者たちで、第二はその(かつて全てに権勢を振るっていた)者たちです。
そして第三の民族として、ヨーロッパ東部周辺の方でパンノニアへとその力を伸ばすであろう民が、彼女を参らせ、打ち負かしたのです。そして海路を通じてアドリア海のトリナクリアへと勢力を拡大するものの、ミュルミドネス人〔古代テッサリアの民族〕とゲルマン人によって完全に打ち負かされ、バルバロイの一派は、ラテン民族全体によって大いに悲嘆させられ、追い払われるのです。

49.
そして反キリストの大帝国がアティラに現れ、ゼルセスが数え切れない大軍をもって下るでしょう。そのため、48度から生じた聖霊の来臨は、反キリストの嫌悪を追い払いつつ、移動するでしょう。反キリストは、イエス・キリストの偉大なる代理者である王族、およびその教会と王国に対して「一時の間、時の終わりに」戦います。

50.
そして、その前に、天地創造からイエス・キリストの死と受難の時までに起こった中で最も暗い日食が先行するでしょう。

51.
(上記の日蝕は)その(イエスの受難の)時から今まででも(最も暗いもの)です。
そして10月に何らかの大きな移転が行われ、その結果、人々はどっしりとした大地がその自然の動きを喪失し、永遠の闇に沈んだと思う事でしょう。春分の時期にはその前触れが起こり、そして後には極度の変化、治世の交替などが続くでしょう。それらは大地震によるもので、第一のホロコーストの嫌悪によって増大させられた哀れな娘である新しいバビロンの急伸を伴います。

52.
そして73年7か月しかもたないでしょう。

53.
そしてその後に、50度から現れてあれほど長い間実を結ばなかった幹から、キリスト教会全体を刷新することになるものが出るでしょう。

54.
そして、いくつもの国によって分断させられ取り乱した表情の子供たちの一人の中に、大いなる平和、統一、調和が打ちたてられるでしょう。

55.
そして余りに平和なので、諸宗教の多様性によって、軍事的な党派の煽動者や首謀者たちは最も深い奥底に結びついたままになるでしょう。そして、賢者を装うであろう怒り狂った者たちの王国は統一されるのです。

56.
諸地方、諸都市、諸王国、諸州は自由になるための当初の方法を捨ててから、より深く囚われてしまい、彼らの自由と完全な宗教が失われたことに密かに立腹することでしょう。そして、(それらの地方や町は)右へと転じるために、左の部分において打ち始めるでしょう。

57.
そして、永きにわたって朽ちていた聖なるものを、彼らの原初の書物とともに、再置するのです。大きな犬の後に、最も巨大なマスチフ犬が出発するでしょう。それは全てを破壊し、以前に犯されていたことも同じく破壊するのです。(しかし)神殿群は当初の時代の通りに再建され、聖職者は元の地位に復帰するでしょう。

58.
そして(聖職者たちは)売春婦と関係をもつことや淫蕩に過ごすこと、千の大罪を犯すことなどをし始めることでしょう。

59.
そして彼女がその最高位にあって崇高な尊厳を示しているであろう時が別の荒廃の近付く時でして、暴君たちと軍の手勢とが立ちあがるでしょう。

60.
そして二本の剣は彼女から取り去られ、旗しか残らないでしょう。

61.
それらの旗のせいで、いくらかの湾曲が彼らを惹きつけます。人々はそのことを正そうとしつつも、彼らとは互いに譲歩しようとは致しません。彼らは、鋭い手と反対側の先端によって、大地に触れながら刺激したがるでしょう。(それは)長い間実をつけることのなかった小枝から、自発性に任されていた穏やかな隷属から世界の人々を解放する存在が生まれるまで(のことです)。
それは自らを再びマルスの庇護に置き、ユピテルからは、別の狭いメソポタミアに建造・確立された自由な都市のために、すべての名誉と尊厳を奪い去ります。

62.
その指導者と執政官は、陰謀を知らぬままその境遇から投げ出され、空中の高所に置かれる〔=絞首刑に処される〕でしょう。
その陰謀は、長い間全体を指揮してきた第二のトラシュブロス〔寡頭支配を打破して民主制を打ち立てた古代アテナイの将軍〕とともに、陰謀者たちによって企てられるものです。

63.
その時、汚らわしさと忌々しさとが、大いなる恥辱のうちに、薄明かりの闇において示されるのです。(そのことは)かの王国の変化の終わるころには止むでしょう。

64.
そして教会の指導者たちは神の愛の後ろにいるでしょう。

65.
彼らの内の多くが、真の信仰を棄てるでしょう。

66.
三つの宗派のうち、中央の宗派はその崇拝者たちによって、いささか退廃するでしょう。

67.
第一の宗派はヨーロッパ全体に(広がります)。
アフリカの大部分は魂の貧しさと引き換えにした第三の宗派イスラームか〕によって殲滅させられます。その(第三の)者たちは狂気によって立ち上がった者たちで、淫奔、放蕩によって成長するでしょう。

68.
我慢している平民が立ちあがり、立法者たちの支持者たちを追い出すでしょう。そして、諸王国が東方の人々に弱らされると、(その時代の人々からは)造物主である神が、大きなドグとドガムを産み出させるために、地獄の牢からサタンを解放したのではないかと思われることでしょう。
それら(すなわちドグとドガム)が余りにも酷い憎むべき破壊を教会に加えるので、赤い者たちも白い者たちも双眼と両腕を喪失してしまい、もはや判断ができなくなるでしょう。そして、(赤や白の)彼らから力が剥ぎ取られるのです。

69.
そのときには、教会に対する未曾有の迫害が行われることでしょう。

70.
そうこうしているうちに悪疫が生じるでしょう。それが余りにもひどいので、世界の三つの部分の内の二つ以上〔=三分の二以上の人口〕が消えるでしょう。

71.
それは田野や家々の持ち主が分からなくなり、認識されなくなるであろうほどです。そして、(無人となった)街路では草が膝上までも伸びるでしょう。

72.
聖職者には包括的な荒廃が訪れるでしょうし、マルス主義者たちは太陽の都市マルタ島ストエカデス諸島から戻されるであろうものを強奪するでしょう。そして海の牛にちなむ名を持つ港〔マルセイユ〕の大きな鎖が開かれるでしょう。

73.
そして、ムハンマドの信徒による最初の奪回からサルトゥス・カストゥロネンシスを解放しようとして、海辺では新たな侵入が行われるでしょう。

74.
彼らの侵攻は無為なものでは全くなく、かつてアブラハムの住処だった場所で、ユピテル主義者たちを崇拝している者たちによって、襲撃が行われるでしょう。

75.
そしてアケムのこの都市は、軍人たちの極めて屈強な力で攻囲され、全方向から強襲されるのです。

76.
彼らの海軍力は西方の人々によって弱められるでしょう。

77.
そしてこの王国は大いに荒れ果て、最も大きな諸都市からは人がいなくなります。その街に入った人々は、(その荒廃が)神の怒りによって報いを受けたものだと受けとめるでしょう。

78.
そして余りにも大きな崇拝を受けている墓所は、天の、太陽の、そして月の目の普遍的眼差しを受けた麗らかなる空の下に、長い間存在し続けるでしょう。

79.
そして、聖所は大小の(家畜の)群れの繋留所に換えられ、瀆神の目的に適合させられます。

80.
おお、その時に何という災厄に満ちた悲しみが妊婦たちに訪れることでしょう。

81.
その時には東方の重要な指導者の(兵力のうち)大部分は北方の人々と西方の人々に動揺させられ、敗北を喫し、死に至り、転覆させられるでしょう。
残り(の兵力)は逃れますが、多くの女性たちの子供らが投獄されます。ここに至って王たる預言者〔ダヴィデ〕の予言「これは捕らわれ人の嘆きを聞き、死に定められた者たちの子供らを解き放つ」〔旧約聖書『詩篇』102章20節の翻案〕が成就することでしょう。

82.
そのとき諸王国の君主たちと行政官たちに、そして船乗りたちや東方の人々にまで加えられる大弾圧はどれほどのものとなることでしょう。そして彼らの言葉は大いなる社会(の言葉)に混ぜられるのです。

83.
(つまり)ラティウム人たちの言語とアラブ人たちの言語がカルタゴの仲介によって(混ざり合うの)です。そして、この東方の王たちはみな駆逐され、圧倒され、殲滅させられるのです。

84.
(それは)アクィロの王たちの力によるものでも、我々の時代に(起こっていることに)近い出来事によるものでも全くなく、死を求めてお互いに罠を仕掛けつつも密かに団結する三者によるのです。

85.
その刷新された三頭政治は七年間続き、その一派の名声は世界に広がるでしょう。そして、神聖にして純潔なる生贄の供犠が維持されるのです。

86.
その時、アクィロの領主たちの内の二人が、東方の者たちに勝利するでしょう。彼ら(東方の人々)の間で戦いの騒音や喧騒が余りにも大きくなるので、その東方全体があのアクィロにおける兄弟ではない兄弟たちの恐怖で震撼するでしょう。

87.
陛下、このような次第でして、私はこの言説を通じてこれらの予言をあらかた混乱させています。

88.
それらの到来がいつ起こりうるのかも(混乱させているの)です。
以下に続ける(天地創造以来の)年代の列挙についても、上で述べたこととは全く、或いはほぼ全く一致していません。

89.
それは天文学的手法と同じく他の手法にも拠っており、微塵も誤っていようはずがない聖書さえも用いています。(また聖書年代を列挙するのと同じように)もし私がそれぞれの四行詩に時を列挙しようとしたならば、そうすることもできたでしょう。

90.
しかし、そういう(年代を列挙する)ことも、それらを解釈することも、誰にとっても愉快なものとはならないでしょう。(ですから)陛下が私に、中傷者たちが私を攻撃する口実を失い、それを行うための十分な権力を授けてくださるまでは(一切解釈できないのです)。

91.
それはそうと、天地創造からノアの誕生までの時を数えますと、1506年〔1056年の誤り〕が過ぎておりました。

92.
そのノアの誕生から、世界的な洪水が近づいて箱舟が完成するまでには、もし年代が太陽に基づくものか、月に基づくものか、或いはその二つを混ぜ合わせたものであるならば、600年が過ぎたのです。聖書は太陽(に基づく年代)の方を支持していると私は考えています。

93.
そしてこの600年目にノアは大洪水から救われるべくして箱舟に乗り込んだのです。

94.
この世界的な大洪水は地表を覆い、1年と2ヶ月続きました。

95.
そして大洪水の終わりからアブラハムの誕生までに、295の年数が過ぎたのです。

96.
そのアブラハムの誕生からイサクの誕生までに100年が過ぎました。

97.
イサクからヤコブまでが60年で、彼がエジプトに入ったときから出たときまで〔「彼が生まれてからエジプトに入る時まで」の誤り〕が130年でした。

98.
ヤコブのエジプト入りから出エジプトまでに430年が過ぎました。

99.
そして出エジプトから、ソロモンがその治世四年目に神殿を建てるまでに、480年が過ぎました。

100.
そしてその神殿建立から(ダリウスの治世2年目に神殿が建てられるまでに531年が過ぎました。そしてダリウスの治世2年目から)イエス・キリストまでに〔ダリウス云々はピエール・ブランダムールによる復元〕、聖書の算定に従えば、490年が過ぎたのです。

101.
そうして聖書から集めて私が行った算定によって、誤差はあるにしても(天地創造からキリストの誕生までは)およそ4173年8か月となるのです。

102.
さて、イエス・キリストから現在までは、諸宗派でまちまちなため、私は触れないでおきます。

103.
私は現下の予言を計算・算定してまいりましたが、全てはその(時代の)転回を含む鎖の順序に従っています。また、全ては天文学的な学説によるもので、私の生来の天賦に従って(補正して)います。

104.
現在よりもしばらく後に、次のような時が(来るのが)分かります。土星は4月7日に方向を転じ始め、8月25日まで続くでしょう。(同様の期間はそれぞれ)木星は6月14日から10月7日まで、火星は4月17日から6月22日まで、金星は4月9日から5月22日まで、水星は2月3日から同27日〔24日の誤り〕までです。

105.
(水星の逆行は)その後6月1日から同24日までと9月25日から10月16日までにもあります。土星は磨羯宮に、木星は宝瓶宮に、火星は天蠍宮に、金星は双魚宮にあり、水星は1か月の内に磨羯宮、宝瓶宮、双魚宮をめぐり、月は宝瓶宮に、昇交点は天秤宮にあります。

106.
それに対して降交点は反対側の宮にあります。それら(の星位)は、木星と水星の合、火星と水星の矩、そして昇交点が太陽と木星の合とともにある状態に続いておこるものです。その年は一切というわけではありませんが日蝕のない穏やかな年でしょう〔104節から106節の星位は西暦1606年を指している〕。そしてその年が、そこから続いてゆくであろうことの始まりとなるのです。

107.
その年が始まると、かつてアフリカで行われたものよりも大きな迫害がキリスト教会に加えられ、それは1792年まで続くでしょう。その年は人々から時代の刷新と思われることになります。

108.
その後で、ローマの人々は立ち直り始めるでしょう。そして、大きな分裂や継続的な諸変化を伴わないわけではありませんが、彼らの原初の光のいくらかを受け取りつつ、いくつかの暗き闇を追い払い始めるでしょう。

109.
その後、大きな武力と権力を持つヴェネツィアは、古代ローマの力ともさして違わない遥か高みへと、自らの翼を掲げるでしょう。

110.
この時に、アクィロの支援と力によってリグーリア人たちと結びついたビュザンティオンの大いなる帆船団が、いくらかの妨害を加えるでしょう。その結果、二人のクレタ人によって、信仰は彼らから執着されなくなるでしょう。

111.
古代のマルス主義者たちによって建てられたアーチ群〔凱旋門か〕は、ネプトゥヌスの波に伴われるでしょう。

112.
アドリア海では大いなる不和が生み出され、統一されていたものが分かたれるでしょう。パンポタンを包含するかつての大いなる都市であり今もそうであるもの、つまりヨーロッパのメソポタミアは45(度)において家(のような小さな存在)に近くなるでしょう。41(度)、42(度)、37(度)の他のものも(同じように小さくなるの)です。

113a.
そしてその時、それらの地方で、地獄の力がイエス・キリストの教会に向けて、その法の敵対者たちの力を対置するでしょう。それが第二の反キリストとなり、世俗の王たちの権力を利用して、教会とその真の代理者を迫害するでしょう。その王たちは無知ゆえに、狂人の両手に握られたいかなる剣よりもよく切れる弁舌によって、かどわかされるのです。

113b.
上述の反キリストの王国は、その時代の近くに生まれた者が死に、もう一人がプランクスの都市で死ぬときまでしか続きません。フェッラーラの支援と、アドリア海及び大トリナクリア近くのリグーリア人たちの支持を受けてモデナから選ばれた者が(そのもう一人に)同伴しています。そして、彼はユピテルの山を越えるでしょう。

113c.
ガリアのオグミオスは余りにも多くの人数に随行されているので、偉大な法の帝国は非常に遠くまで(領土が)存在するでしょう。
いくらか後に、少しばかり教育を受けた悪漢たちによって、無垢なる者たちの血が滔々と溢れ出させられるでしょう。
そうして、大洪水によってある種の文書に収められた物事の記録は数え切れない損失を蒙るでしょうし、文学もそうなります。以上のことは神の意志によってアクィロの人々の方で起こるでしょう。

113d.
そしてサタンはもう一度縛られ、人々の間には世界的な平和がもたらされるでしょう。(サタンが)アゾアラン〔サラセン人のアナグラムか〕たちを使って蜜に胆汁と悪疫の誘惑を混ぜることを望むにもかかわらず、イエス・キリストの教会はあらゆる苦難から解放されるでしょう。
それは第七千年紀に近い時のことです。その時にはもはやイエス・キリストの聖域はアクィロから来るであろう不信心者たちに踏み荒らされることはないでしょう。
わが予言集における算定によれば、時の流れはその先までさらに進んでゆきますけれども、その(第七千年紀に近い)時点で世界は何らかの大動乱に近づきます。

113e.
数年前にわが息子セザール・ノストラダムスに贈った書簡では、私は予兆なしにある種の点を十分にはっきりと表明致しました。
しかしながら陛下、今般の書簡には、後に生まれ来る人々が見ることになるであろう多くの驚倒すべき大事件が含まれているのです。

114a.
聖書と対照したこの占星術的算定の(指し示す時期の)間、聖職者たちへの迫害は、東方の人々と手を結んだアクィロの王たちの力に由来することでしょう。その迫害は11年かそれよりやや短い期間続くでしょうが、その時を通じて、アクィロの中心的な王が衰えるでしょう。

114b.
それらの年が終わると、彼の南の同盟者が続いて現れるでしょう。彼は、戦う教会に絶対的な全権を持つ者の背教的な誘惑によって、さらに3年にわたって教会の人々を一層厳しく迫害するのです。法の監視者である神の聖徒たちと宗教的秩序の全体が、大いに迫害され苦悩するでしょうし、それは真の聖職者たちの血が至るところで溢れかえるほどなのです。

114c.
そして恐るべき世俗の王たちの内の一人が、ワインでも(そんなに惜しみなく撒き散らすことが)できないくらいに無垢なる聖職者たちの血を一層撒き散らして、支持者たちから称賛を浴びるでしょう。そしてこの王は教会に向けて信じがたい大罪を犯します。豪雨での雨水のように公の道や寺院を人の血が流れ、最も近い河川は血で赤くなるでしょう。別の海戦では海が赤く染まり、ある王は別の王に「海戦は海を赤く染めた」と報告するでしょう。

115.
その同じ年と続く数年のうちに、最も酷い悪疫、先行する飢饉による最も驚異的なこと、そしてキリスト教会の最初の創設以来それほどまでのものはかつてなかった非常に大きな苦難が、ラティウム地方の全域に続けざまに起こるでしょう。

116.
イスパニアの幾つかの地方には、その痕跡が残ります。

117.
その頃、アクィロの第3の王は、彼の主要な肩書きの(許にいる)人々の嘆きを聞いて、非常に大きな軍隊を打ち立てるでしょう。そして彼は直近の父祖たちの(かつて通った)隘路を通り、大部分を元の状態に戻すのです。

118.
そしてケープ(を纏った状態)の偉大な代理者〔ローマ教皇〕は、元の地位に再び戻されるでしょう。しかし荒らされ、そして一切が放棄され、至聖所は異教徒たちに破壊される状態になり、新約聖書も旧約聖書も排斥され、焼かれます。

119.
その後、反キリストが地獄の君主となるでしょう。最後にもう一度キリスト教徒の諸王国も不信心者たちの王国もみな25年間にわたって震撼するのです。
より酷い戦争や戦闘があり、都市も町も城もその他の建物も、焼かれて荒らされて壊されるでしょう。その際に純潔な乙女の多くの血が流され、人妻や未亡人は犯され、乳呑み児たちは町の壁にぶつけられて砕かれるのです。
地獄の君主サタンの力を借りて余りにも多くの悪事が行われるので、ほぼ全世界が衰退し荒廃するでしょう。

120.
これらの出来事に先だって、見かけない鳥たちが空で「ユイ、ユイ」と鳴き、しばらく後に姿を消すでしょう。

121.
そしてそのような時代が長く続いた後に、(時代はそれまでとは)別のサトゥルヌスの治世である黄金時代へと、ほとんど一新されるのです。

122.
造物主である神は、人々の苦しみを聞き届けて、サタンが深い穴の奥底の深淵に置かれ縛られているようにと、お命じになります。

123.
それで神と人々の間に普遍的な平和(の時代)が始まります。(サタンは)およそ千年の間縛られたままで、(その間は)教会の権力がより大きな力になっていくでしょう。それから、(サタンは縛めを)解かれた状態に戻るのです。

124.
これら全ての表徴は、聖書によって、目に見える天の事柄にまさしく適合させられているのです。問題になるのは土星、木星、火星によるもので、他の合もいくつかの矩(と組み合わせること)により、より明確に理解できるようになります。

125.
私はより深く算定し、一方を他方に適合させとうございました。

126.
おお、この上なく麗らかなる陛下、しかし、非難のいくつかが(その実現の)困難を見出すであろうことに鑑みまして、夜の休息にあたってペンを擱くことに致しましょう。
「おお、万能なる王よ、なお申し上げさせてくださいませ。驚倒すべき出来事の多くは確かに間もなく到来することでありましょうが、それらを全てこの書簡に収録することは叶いませんし、またそのつもりもございません。しかしながら、運命の非情なる一撃に属するいくつかの事柄を理解するためには、そのいくらかに軽く触れておかなければならないのです。陛下、御身の万民への慈愛と神々への信仰心は誠に大きなものであるがゆえに、陛下は宗教全体の至上の権威が譲るべき敬虔なるキリスト教徒の王という極めて尊厳のある名を持つに相応しい、唯一人のお方であるように思われました。」

127.
しかしながら、唯一つだけ陛下にお願いしたいことがございます。
おお、非常に寛大なる王よ。
(偉大というレベルに)達しておらず(人々から)求められてもいない我が労作の程度(を御理解頂くこと)よりも、我が双眼が陛下の太陽の(ごとき)輝きの間近に参って以来、この上なく麗らかなる陛下に従順している我が真情の望みと至上の研究とを、陛下の抜きん出て慎重な御慈悲によって、御理解くださいますように。
サロンより、1558年6月27日


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