嵬神剣 天魔波旬

「―――――客人が来る」

バクハーン国の沿岸に存在する巨大な古城。風化した石造りの城の最奥、謁見の間に存在する古びた玉座に腰掛けた老人が、ぼそりと呟いた。
老人の隣に立っていた厳めしい顔つきの側近の男はその言葉を聞き僅かに眉間に皺を寄せる。
世界最大の犯罪ギルド『ブラックシープ商会』、その頂点に君臨するこの得体の知れない老人は、
時折なんの前触れもなく誰かの来訪や、襲撃に出た配下の帰還のタイミングを呟くと、
しばらくするとその通りに部下達が盗品を手に帰還したり、商会を支援している他の犯罪組織の使者が訪れるのだ。
まるで未来が見えているかのように。側近は老人が元々いたガイオウ国マフィアでの占術師としての働きを知ってはいたが、
それでも傍目には占術師が通常やるような道具や儀式を用いての未来予知を行っているようにはとても見えず、
それでいて相変わらず気味が悪いほどの確実な的中率を誇るその言葉に、毎度ながら側近の男は不気味な薄ら寒さを感じていた。

「……では、いま入り口の者に迎えの伝令を」
「必要ない」

そんな悪寒を表情には出さずに、いつも通り古城の門番をしている部下に来訪者の対応を頼もうとした。
極悪人の巣窟たる此処に入るには、同じ裏社会の使者であれ、自分たちの仲間になりたい者であれ厳重なチェックを受けることとなる。
身体チェックから荷物検査、時に国からの密偵が紛れこむこともあり、何重にも厳しい検査を受けて初めて黒羊のアジトたる古城に足を踏み入れることを許される。
不審な動きをするようであればその時点で斬り殺すのが当たり前なほど厳重な警備である。
……たまにそれらを強引に突破して自分を売り込みに来るような荒くれ者も時々いるが。

しかし、老人はやはりぼそりと一言呟いて側近の行動を止めた。

「その者に検閲は必要ない。来たら黙って応接の間に通せ」

―――――――――――同時刻。

古城の入り口の門を守る屈強な男たちが見張る中、突然門の前の空間が僅かに揺らめいたように感じ……
それに気付いた門番たちがそちらに目を向けたその瞬間、

突如、金属の軋むような不快の音と共に空間に縦一文字に亀裂が走る。
驚く門番たちが武器を構える中、その亀裂を無理やり力づくで押し広げるかのように抉じ開けられる。
空間に突如空いた漆黒の闇が広がる『』。その闇の向こうから、ガシャン、ガシャンと金属質な足音が聞こえる。

闇の中から僅かに煌めく光沢と共に現れたのは壮年の男。
血の如く深紅に染められたマントに、黒光りする全身鎧は禍々しくありながらどこか薫桜ノ皇国風な意匠も感じさせる。
口元には短く整えられた口髭に、刀の切っ先の如く鋭いその眼光と、全身から溢れ出る圧倒的な邪気と威圧感を纏わせながら、ゆっくりと闇の中から歩み出る。
凄まじいプレッシャーに気圧され門番たちを初めとする見張り達が身動き一つ出来ないでいると……

『お前達で足を止められる者ではない。私に直接用がある者だ、そのまま通すがいい』

その場にいる全員の頭に念話によって響いた老人の声。鎧の男は僅かに口角を上げ笑うと、
そのまま震えて立ち尽くす門番を素通りし、躊躇なく悪の巣窟たる古城へと足を踏み入れた―――――



(……なんつう息苦しさだい。家畜小屋の方がまだ空気がうまいっての)

部屋中に充満した重苦しく、そして張り詰めた空気に、魔族の女傑ローゼ・ベルは額に汗を浮かべながら内心毒づいた。

古城内部にある応接の間。通常は略奪した盗品を独自の裏ルートで闇商人に売りとばす際の商談や、荒くれ者が商会に用心棒として雇われる様自らを売り込みに来たり、
組織のスポンサーを名乗りだす他の裏社会の組織の使いなどが、商会の幹部などの上級構成員たちを相手に交渉を交わす場所である。
…しかしいま、この部屋の中央で長いテーブルを挟んで向き合い座るのは、ブラックシープ商会の頂点たる老人ヴァディスと、魔界門から突如現れた異様なる男だった。
側近を初めとした数名の幹部達とその護衛として雇われた用心棒が周囲を囲んで見守る中、老人と男は互いにギラつかせた鋭い眼差しで無言で見据えあう。
両者から放たれる凄まじい威圧同士がぶつかり合い、どす黒い重圧が部屋中の空気を澱ませ、渦巻き、その場にいる者に否応なく重く圧し掛かる。
ヴァディス一人でも心の弱い者はその場で相対しただけで気絶しかねない圧倒感を放つというのに、それと同等の威圧と共に鎧の男も座してヴァディスと睨み合っていた。
そう思っている間にローゼの隣にいた用心棒の大男が膝をガクガクと震わせたかと思うと白目を剥いて、その場に倒れこんだ。
が、誰も倒れた男を気にする者はいない。する余裕がない。

『根性無しが』と男を見下ろしながらローゼは小さく舌打ちをしたが、当のローゼ自身もあまり余裕は無かった。
魔王候補の姉を持つ高位魔族の彼女だが、ヴァディスと相対する鎧の男、その男もまた、彼女の姉と同じく魔王候補として魔界で名を知られた大物だった。
渦巻く邪気に穢され重く澱んだ空気の中、平然として立っていられるものは決して多くはなかった。
ローゼが部屋を見回すと、普段あれだけギャアギャアと喧しいアッシュラから来た電撃改造人間の小娘も、
腕組みをして口元に不敵な笑みを浮かべながらも、その額には汗が滲み、目元は鋭くジッと二人の男を見据えていた。
自分を含め、この場にいるのは誰もがかなりの修羅場を潜り抜けてきた、並のゴロツキとはワケが違う猛者ばかり。
それでも、それらほぼ全員が気圧されるだけのプレッシャーがこの部屋には渦巻いていた。こんな中で平然としていられるとしたら……

(相変わらず、気味の悪い奴だね、コイツは……)

ヴァディスの丁度背後近くに立っている、ダークグリーンのローブを纏った一人の男
その顔に、なんの塗装も装飾もされていない、目の覗き穴すらない無機質な白い仮面を貼りつけながら、
吐き気がしそうなほどの重苦しい重圧に満ちた空間で、この男だけは何の意も介さず平然とその場に佇んでいた。
無機質な仮面に隠されその表情は当然伺うことなどできないが、何故か、その目も口も無い、貌の無い顔が、
愉し気とさえ感じるほどの雰囲気を纏わせながら、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべてこの場にいる全員を見廻している様に感じた。

「――――――――――――――それで、魔将自らがわざわざ足を運び、我が黒羊に何用かな」

睨み合いにも近い重苦しく長い沈黙を破ったのは、老人の小さな、かつ威圧感放つ囁きだった。

「なに、大したことではない。我にとっても、貴様らにとっても…ついでで済ませられる野暮用だ」

並の人間なら一瞬で委縮するほどのプレッシャーに、眉一つ動かすことなく男もまた、同じくらいの重圧を伴って開口する。

「我の剣を一振り、此処に預けに来た……貴様に、否…この城にしばらく置いておけばそれだけでいい」
「……私への献上品でも、親睦の品でもなさそうだな」
「ああ、時が来ればまた取りに来る。そう長くは掛からん…その時が来るまでただ此処に置いておけばいい」

言いながら、男は腰元に手を伸ばす。男の腰には二振りの刀が佩刀されていた。
一つは、飾り気の少ないシンプルな造形ながらも、柄も、鍔も、鞘も、無駄をそぎ落とした洗練した意匠は
『刀』としての美しさを十分に備えた見事な太刀だった。恐らくはこれが魔将の愛刀として知られる『圧し斬り覇世統』であろう。

もう一つは……それとはまた逆。
鞘にはまるで幾つもの骸の手が縋りつき掴んでいるかのようなおどろおどろしい人骨じみた不気味な文様を彫り込まれ、
鍔と柄は一般的な刀のモノとは形状がかなり異なり、薫桜ノ皇国で見られる皇刀よりもどちらかというと大慶帝国の剣の特徴がみられる。
そして不気味な黒銀色の光沢を放つ菱形の鍔の中央には、これまた不気味な紅い眼球を思わせる宝珠が嵌め込まれている。
圧し斬り覇世統と比べるには刀としてあまりにも禍々しい造形であったが、その悍ましさもまた、佩刀する魔将の刃としてはこれ以上なく様になる大太刀だった。

その禍々しい異形の刀を、男は腰から鞘ごと抜き……赤黒い柄に手をかけ、ゆっくりと刀身を鞘から抜いていく。
その瞬間ローゼを含めて周囲の護衛たちが、重圧に耐えながら咄嗟に各々の武器に手をかけるが、ヴァディスが片手をあげて無言でそれを制した。
刀身が抜き放たれたその瞬間―――――重苦しく張り詰めた部屋の空気が、更に毒気を帯びたかのようにどす黒く穢れ、
次の瞬間にはまた数名の屈強な男が気を失ってその場に倒れ伏した。

(な、なんつう邪気纏ってんだい…!一体幾ら斬り殺せば…ここまでの穢れと怨念が沁み込むってんだ……!?)

息苦しさと共に身の毛がよだつ感覚に驚愕するローゼ。
自身もこれまで数多くの人間を自らの魔剣の糧として幾多もの血を吸わせてきたが……
男が抜き放った刀の刀身から溢れ出る瘴気と邪気はその比ではなかった。
反り返った抜身の刀身は妖しく紫色の光沢を放ち、波打つ刃には溢れんばかりの膨大な怨念がどす黒い闇のオーラとなって纏わりつく。
掲げただけで空気が穢れ、息をすればまるで肺が腐っていくかのような悪寒を感じさせるだけの禍々しい邪気を放っていた。

「ほう……」

その悍ましいまでの邪気を放つ刀を前にして、ヴァディスはただ興味深げに目を細めた。
老人の後ろに立つ、白磁の仮面の男もまた、覗き穴の無い仮面で刀をまじまじと眺め、愉快そうな声で言った。

「なるほど、剣柄のデザインこそ異なりますが…………似ていますね、“妖刀魔鏖”に」
「当然だ」

刀を再び鞘に戻しながら、男は仮面の男と老人に目を向けながら話す。

「魔鏖と“コレ”は元々薫桜ノ皇国に棲まう死竜将軍『ヨモツマガツチノミコト』に我が依頼し打たせたものだ。
 かつて奴の根城にしていた墓石の群れに、当時の皇国の皇と、死霊祓いに秀でた大慶帝国の仙人どもが手を組み攻め込んでいた。
 怨霊、死人を悉く浄化されながら奴の軍勢は人間と仙人の連合に押されていた。同じ頃、我が軍も魔界で新たな“素材作り”を進めていた。
 金と錫とチタンを独自の薬と魔術で調合することで生まれた、エビルオリハルコンをも上回る新たなる闇の玉鋼…“ルシファーズプラチナ”と名付けた。
 だが、精製には成功したものの、肝心の加工技術の確立までが難航してな……高度で複雑な魔術を用いねばまともに変形すらしない剛性だった。
 我は仙人どもに手こずっていた死竜将軍の下に赴き言った。我らが軍の武力を持って奴らを片付けるのに協力する代わりに……
 貴様の魔術を持ってルシファーズプラチナの加工法を編み出し、そして……我に相応しき、覇世統をも上回る至上の妖刀を拵えろとな。
 我は軍を率いて枯草の如き仙人どもを屠り、条件を了承した奴も、時間は掛かったが契約通りルシファーズプラチナをもって“二振りの刀”を打った。
 それが魔鏖と……この刀だ。もっとも、魔鏖は出来てすぐにその代の皇に忍び込まれ奪われたがな。詫びとして同じ素材で作った紋章を幾つかくれたが、律義な屍よ」

「なるほど。すなわち、其方は妖刀魔鏖の“兄弟刀”ということですか」
「……名は?」
「“仙烕”。――――――しかし、いずれ姿と名を変えよう。魔界での抗争でたらふく血と魂を喰らわせ、存分に肥えさせた。
 ………あともう一押しで、彼奴は妖刀の殻を破り、更なる力を持った『神器』へと昇華するだろう」
「まあ、可能でしょうねぇ。現に魔鏖という前例が出来ているのですから」
「そこで貴様らだ」

鞘に納めた刀を手に、男は椅子から立ち上がり改めて老人を鋭い眼光で見据える。
「既に十分肥えさせた……これ以上有象無象の雑魚どもの血を幾ら吸わせたところで神器へは成らぬだろう……
 もっと大きな……巨大な魔力を持つものの命で無ければ殻を破る切っ掛けにはならん。だからこその貴様らだ」

ミシッ…と音が鳴ったかのような……その場の空気が軋みを上げたかのような強烈な気のぶつかり合いによる緊張が周囲を包む。

「………いまここで、この私の血肉を刃に捧げるか?」
「いいや、その必要はない。故に“預けに来た”と言ったのだ」

その場にいるだけで圧し潰されそうな殺気と共に老人が低く呟くが、男はその殺気を正面から受けながら、
こともなげに、手にした妖刀を老人に向けて手荒く放り投げた。老人は指先をすっと刀に向けるとピタリと刀は空中に静止し、ゆっくりと老人の手に握られた。

「近々此処は戦場となるのだろう?ならば我が貴様らを直接斬るまでもない。貴様も、そして貴様も、『仮初の肉』と『戯れの傀儡』なれどそこで死ぬのだ。
 貴様ら二体分、今際の際に放出される魔力神力なら神器と為すには足りるだろう。貴様らにとっても『趣味』と『遊戯』の“ついで”だ。大した邪魔にもなるまい」

その場にいた殆どの者が、男の言った言葉の意味を完全には理解できなかった。
真っすぐに、老人と仮面の男をその眼光で見据え、口元に不敵な笑みすら浮かべて言い放ったその言葉。
肉や傀儡、趣味や遊戯、ついでなど、ローゼ含めてその場にいた殆どの護衛やヴァディスの側近たちには意味のわからないものだったが、
それでも、男が何を言いたいかまではなんとなくだがわかった。
もうすぐ此処は、バクハーン国が呼び寄せた冒険者や勇者候補たち、グリルの軍人たちが終結した“オールスター”が攻め込み戦場となる。

―――――――――そこで、どうせお前たちは倒されて死ぬのだから、せめて自分の役に立つようにして死ね。と言っているのだ。

側近の男の額から滝のような汗が流れ落ちる。男の言った言葉がどれほどこの得体のしれない恐ろしい老人を見下し、嘲笑するものであるのかがわかった。
老人は激昂し、戦闘になる。老人の力と恐ろしさはよく知っているが、それでも相手はあの魔王候補だ。
勝ち目はあるのか?そもそもそんな化け物同士の戦いなんかが目の前で起こったら自分はどうなる?周りにいる改造人間や魔族と違って少なくとも自分は真っ当な人間だ。
巻き添えを食えば間違いなく骨すら残らない。側近は厳めしいその顔つきを汗でびっしょりと濡らし、小刻みに体を震わせながらただ老人の反応を見守るしかできなった。
ローゼもまたマントの下に隠した4本の腕を自らの愛剣にまわし、戦いが始まるそのタイミングを伺った。剣の柄を握る掌に汗が滲む。
相変わらず凄まじい威圧とプレッシャーによって誰もがその場から逃げ出すことも出来ず、ただ、刀を受け取った老人の次の言葉を、次の反応に注目し―――――

「……………………フフフフ」

聞こえてきたのは、老人の激昂でも、怒号でもなく、長く仕えてきた側近の男も初めて聞くかもしれない、老人の小さな笑い声だった。

「確かに我らであれば十分に足りるな。よかろう、望み通りこの妖刀、我が黒羊で預かろうではないか」
「それでは置き場所は私が使っている地下聖堂にしましょうか。あそこなら周囲の魔力も血も全て上から下に降り注ぎます」
「任せよう。事が終われば迎えも残ってはいまい。時が来れば一人で勝手に持っていくがいい」
「無論そのつもりだ。では確かに我が剣、預けたぞ……」

先ほどの睨み合いとは打って変わって、上機嫌に妖刀を仮面の男に渡しながら老人は魔将の要件を快諾する。
男もまた、用が済んだとばかりに深紅のマントを翻しながら、来た時と同じように眼前の空間を歪ませ、開いた真っ黒な孔へと入り消えていく……

後に残ったのは、各々の武器を構えたまま呆然と立ち尽くすローゼ初めとした護衛たちと、同じく呆然とした顔の幹部構成員たち。
地獄のような息苦しさを生じさせ、かと思えば拍子抜けするほどあっさりと交渉を終え、嵐のように去っていった展開に誰もついていけなかった。

「あ、あのボス…今の話は一体………」
「聞くな。おのずとわかる時が来る。お前たちは各自持ち場に戻れ」
「い、いえあの、しかし……」
「早くしろ」
「はっ、はいぃ!」

老人に睨まれると同時に駆け足でその場から撤収しそれぞれの持ち場へと各自戻っていく幹部と護衛たち。
ローゼも幾分不服な顔をしながらも、大人しく部屋を後にした。

(………まったく、わけわかんねぇしおっかねぇ奴らだよ。嫌な汗かいた。……姉さんも、あんだけ威厳ある雰囲気出す時もあるのかねぇ)


―――――そして他の者すべてが出払った後…残った老人と仮面の男は静かに語り合う。

「我が望みを観越したうえで、更にその後まで見据えるか。“アレ”の魂も元はこの世界の者ではあるまい。呼んだのは貴様か?」
「さて、何のことやら……しかし、闇の側で覇道を行く存在としては、彼は中々面白く掻き回してくれる方だと思いますよ。
 クロノスともまた違う、人間らしい野心と欲望を兼ね備えた男です。そして、個人的に今気になっている勇者候補がいましてねぇ…
 彼の持っている魔鏖が神器と化した“外神剣”……その兄弟刀が成るであろう神器の魔剣……今後の愉しみは、多いに越したことはありませんよ」
「フッ……違いあるまい」

人の皮を被った太古の悪魔と、肉人形と化した司祭の体を弄ぶ外なる神、二つの人ならざる存在の笑い声が、誰もいない部屋に響き渡った―――――



そして、時は流れた。

ブラックシープのアジトたる古城にはもう、誰一人として動く者はいない。

幾つもの壁が崩れ、天井が崩落し、大穴が開き、辺りには瓦礫と血痕と折れた武器や砕けた鎧の破片が散らばる。
罵詈雑言と血生臭い喧騒に包まれた悪人たちはもはやどこにもおらず、それに勇気を持って立ち向かった冒険者たちの姿もない。
残党狩りも終わり、『ブラックシープ商会討伐作戦』は、幾つもの激しい戦いと、幾つもの正義と悪の物語を交え、
そして……獄界の最奥より訪れた太古の巨悪の闇と、今の時代を照らし出す光たる勇者候補たちとの死闘の末に……終結を果たした。

その誰もいなくなった、ボロボロの廃城の地下……
己の血筋、己の悍ましき神の血の呪いと向き合い、恐れと共にそれでもなお“己”として突き進む一人の半神の勇者が、
全てを嘲笑う白紙の世界の貌無き混沌と悪意の化身を退けた地下大聖堂……そこに、空間を歪ませ黒い孔は開き、あの鎧の男が現れる。
金属質な足音を響かせながらゆっくりと歩み、聖堂の奥、大きさ故運び出せずそのまま放置されていた巨大なパイプオルガンの前に立つ。

刹那、男は腰に差した「圧し斬り覇世統」を抜き放ち、一瞬……数本の白い線が走ったかと思った次の瞬間、
巨大な新品のパイプオルガンは無数の木片と金属片へと切り分けられ、その背後の石壁もまた同じく均等にカットされて崩れ落ちる。
石壁の中に半ば埋め込まれるかのように陳座されていたのは、あの禍々しい一振りの刀……

男は覇世統からその刀に持ち替えて鞘から刀身を一気に抜き放ち、妖しく紫に輝く刀身を高々と掲げる。

「………啜り尽くせ。一滴残らずッ!!」

男が叫んだ刹那、刀身がドクンと大きく脈打ったかと思うと、僅かに残っていた穢れを…石の床に染み込んだあの悪臭漂うどす黒い液体を、
空気中に残っていた仮面の男からにじみ出た外なる神のどす黒い神力と、それに立ち向かった半神グザンの外神形態の残した暗金色の神力を…
古城の最上、玉座の間周辺に残っていた、古の大悪魔が滅びの間際に残した太古の闇の魔力を、妖刀は猛烈な勢いで吸い尽くしていく。

そして最後の一滴まで全てを飲み干したその瞬間、再び刀身は大きく鼓動と共に脈打つと……鍔元に嵌め込まれた紅い眼が深紅の光を放ち、
紫色の光沢だった刀身は、全てを燃やし尽くしてしまいそうな黄昏の如く煌々と輝き、かつ深い闇夜を招くような、仄暗い不気味な暗橙色へと色を変える。
刃に染み込まれた万を超える怨霊の怨念が極限まで凝縮され、丁字乱れの刃紋浮かぶ刃を超速で振動させながら地獄から響く金切り声の如く怨嗟の音を響かせる。
咽返るほどの夥しい莫大な邪気を振りまきながら、刃を掲げて男は高々と叫んだ。

「お前は“妖刀仙烕”の殻を破り生まれ変わったッ!お前こそがこの我、“ 魔将ノブナガ ”が掲げし最強最悪の禍津神刀ッ!!
 全ての人も神も魔も統べし、真なる第六天魔王となる為にッ!名付けようッ!!貴様の新たなる名は―――――――!!」




『―――――――“ 嵬神剣 天 魔 波 旬(マーラパーピーヤス) ”――――――』







「………………………………!」

「どうした、はごろも?」

「………わからん。あとはらがすいた」

「まったくお前は……もうすぐ目的のに着く。骨のある魔物や珍しい食材も多くあると聞いた。せいぜいの新しい献立を楽しみにしておけ」

「わかった。ざしきろうもはしゃいでらんぼうにふりまわすなよ。こないだのでっかいひつじのときはほんとにおれるかとおもったぞ」

「言われずとも心得ている。自分自身を制する為にもあの島で修行するのだ。それに、お前が簡単に折れるとは思っていない。…私の自慢の剣なのだからな」

「……じまんのおめかけじゃないのかー?」

「だ、だからそれは、そのうちだ、そのうち」




全ての人と魔の頂点に立ち、太平の世を創らんとする光背負いし勇者候補の丈夫(ますらお)の手に渡りし刀……



全ての魔と人の頂点に立ち、修羅の世界を創らんとする闇背負いし魔王候補の兵(つわもの)の手に渡りし刀……





同じ時、同じ者によって打たれ生まれた二つの兄弟刀が出会うのは―――――――まだ、先の話である。


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最終更新:2022年05月28日 16:57