ちょっと個人的なメモスペース作らせてもらいまーす。


鎮座ましておりまして(仮題)



とある大陸の内陸部に位置する国家、デミタス。
いわゆる剣と魔法の国。
隣の国と十数年ほど小競り合いを続けている、王と貴族たちに支配された国である。
しかし、隣国と小競り合いをしていると言っても庶民の生活に影響を与えるほどの規模の戦闘はなく。
「死兵」というデミタス独自の制度のおかげで徴兵がかかるわけでもなく。
互いの国境を侵しあう戦闘が起こるでもしない限り、国全体としては平和なものであった。
ただ、盗賊や魔物に生活を脅かされることはあるが、それは平時でも戦時でも同じことである。
そんなデミタスの、首都から少し離れた街道を小さな寄り合い馬車が走っていた。
明るい日の下で、とろとろと走る馬車の中には行商人や冒険者、旅行者などが眠そうな顔で座っている。
そんな客たちの中に一人、少々怪しげな風体の人物がいた。
頭からすっぽりと赤黒いローブをまとっており、顔も性別もよくわからない。
歩けば確実に引きずるほどの長さのローブから察するに、他の客たちは魔法使いか何かだろうと判断していた。
関わらない方がいいと決め込んだ客たちはそんなローブの人物から少し距離をとって座っている。
ローブの人物は警戒されていることに気づいているのかいないのか。
馬車に乗り始めてからずっと窓の外を眺めているのだった。




「お客さん方ー。着きましたぜー」
やがて馬車は目的の小さな町につき、荷物と客を車から降ろす。
ここは街道沿いの小さな町、ユルマ。
もうしばらく行けばまた大きな街に行けるが、馬車で一気に進むには少々辛い距離。
この町はその中間で、旅人たちの休憩所としてよく活用されていた。
怪しげなローブの客も、その小柄な体躯では背負うのには無理がある大きさのリュックを持ち直して馬車から降りる。
降りようとして、転げ落ちた。
長いローブの裾でも踏みつけてしまったのか、馬車から荷物と絡み合うように落ちて地べたに倒れている。
「おいおい大丈夫かお前さん!」
「そんな馬鹿みたいに長いローブなんか着てるからだぜー?」
怪しげな人物に笑いながら集まっていく他の客たち。
どうも危険な人物でもなさそうだ、と判断したらしい。
「んー」
その人物は、もぞもぞとローブのフード部分を上げると衆目に顔を晒す。
「……歩くのは苦手なんにゃわ」
露わになった顔を見て、目を見開く他の客たち。
ローブの人物は女性で、しかもなかなか整った顔立ちだったからである。
柔らそうな栗色の長い三つ編みと、髪と同じ色のたれ目気味の大きな瞳。
さらにローブが身体にまとわりつくような格好になったことによって、彼女の体格も明らかになる。
小柄な身体に不釣合いな大きな胸に、抱けば折れそうな細い腰。
総合的に見て、男なら思わず声をかけたくなるような少女であった。
「大丈夫かい、キミ」
そしてそんな彼女にさっそく声をかける人物がいた。
下心を持って少女に近づこうとした男たちは先を越されて小さく舌打ちしている。
「んー」
眠たげな瞳を動かし、声をかけてきた人物を見上げる少女。
そこに立っていたのは若い青年が一人。
少々貧弱だが、見るからに真面目そうな男だ。
「ほら、手を貸すよ」
「どうもー」
青年の手を借りてよろよろと少女は立ち上がる。
「凄い荷物だな。良かったら宿まで運ぼうかい?」
「ホントに? これ運ぶのなかなか大変で困ってたんにゃわ」
酔っ払ったように微妙に呂律が回っていない喋り方の少女は、青年の提案に嬉しげに笑みを浮かべる。
「おいおいロット。お前浮気はいかんぞ浮気は」
「親方! そんなんじゃないですって!」
ロットと呼ばれた青年は、後ろに立っていた中年の男にからかわれて頬を少しだけ赤らめた。
「まったく。じゃあ荷物持つよ……っと!?」
リュックを背負おうとして、ロットは大きくよろけた。
「何だこれ……! 物凄く重いんだけど……!」
「にゃろ? 馬車に乗せるのは大変やったんにゃわ」
「これは……俺には無理……!」
がんばって運ぼうとはしているが、とても宿まで移動できそうにもない。
やれやれとため息をついて、体格の良い親方と呼ばれた中年の男がロットから荷物を奪う。
「おっと。確かに重い。重いが……」
言いつつもそれほど辛そうな様子ではない親方。
「ロット。お前はもう少し身体を鍛えんといかんな。嬢ちゃん、荷物ならオレが運んでやるよ」
「ありがたいんにゃわー」
少女としてはどちらでも構わないので、深々と親方に頭を下げる。
「いいってことよ」
「ごめんよ。俺が非力なばっかりに……」
「キミには代わりに別のモノ運んで貰いたいんにゃけど……」
にこにこと人懐っこい笑顔を浮かべる少女に、ロットは大きく頷いた。
「アレより軽いモノなら」
「じゃあ……」
大きく両手を広げる少女。いつの間にかまた地面にへたり込んでいた。
「ゼルを運んで欲しいんにゃわ」
「へ?」
「ゼルは歩くのが苦手で苦手で仕方がないんにゃわ。良かったら宿まで引きずって欲しいんにゃわ」
「いや、引きずるのはちょっと……」
「そう?」
自らをゼルと呼ぶ少女は、残念そうな表情を浮かべると、再びよろよろと立ち上がる。
長いローブを引きずりながら歩くその姿は何だか危なっかしい上に、非常に遅い。
もしかしたら足が悪いのかもしれない。
「引きずるのは気が進まないけど、良かったら背負っていってあげようか」
「おんぶ? それは助かるんにゃわー」
そのやり取りを見ていた親方は、あからさまに舌打ちを一つ。
「チッ。結局ロットに美味しい役目は持ってかれちまったか」
『美味しい役目』を頂いたロットは、宿に着くまでの間ずっと落ち着かない様子であった。
背中の感触に顔を赤くしている彼は、どうも純朴な男のようである。







「いらっしゃいませ! ってロットと親方かぁ。なーんだ」
「何だとは何だよユーラちゃん。もちっと歓迎してくれよ」
「そうだぞユーラ。今日はお客を連れてきたんだから」
ここはこの町にいくつかある宿の一つ、若草亭。
あまり立派ではないが小奇麗で値段も手ごろな宿だ。
そこの看板娘であるユーラは、ロットたちの言葉に小首を傾げる。
「お客? どこに?」
「ここに」
ロットの言葉に合わせて、背負われていたゼルが片手をあげた。
「今夜はここに泊まりたいんにゃわー」
「うわっ。それ人だったんだ!」
どうもユーラには赤黒い布の塊に見えていたらしい。
「その反応は失礼だろ……」
「あはは、ごめんなさい。えっと、部屋なら空いてるわよ。案内するわ」
歩き出す彼女の後ろに、ロットと親方が付いていく。
「何で二人とも付いてくるのよ」
「オレは荷物持ちだ」
「俺はこの娘を運んであげないと」
ゼルを背負うロットの姿を見て、ユーラは眉をひそめる。
「親方はともかく、ロットも美人に弱いのね」
「そ、そんなんじゃないって!」
「どうだか」
そんな二人のやり取りを見て、ゼルは親方に声をかけた。
「このお二人さんはいつもこんなん?」
「そうなんだよ。さっさと結婚すりゃあいいのにな?」
「「親方!」」
顔を真っ赤にして声を揃える二人。確かに仲は良いようであった。






若草亭の一階部分は酒場兼食堂となっており、夕方には宿泊客以外の客も集まってくる。
一日の仕事を終えたロットたちと共にゼルは夕食をとっていた。
ゼルが一人で黙々と料理を突付いていたところに、ロットと親方が寄ってきたのである。
「へぇ。ゼルさんはあの重い荷物を届けるために死兵街に向かってるのか」
「死兵街は首都から離れてるから大変なんにゃわー」
「でも若い女一人で死兵街まで行くのは危ないぞ。護衛でも雇ったほうがいいぜ」
ロットと親方に心配されても、ゼルは涼しい顔をしている。
「まぁ何とでもなるもんにゃで。それより馬車の次の便はいつか教えて欲しいんにゃわ」
ゼルの言葉に、ロットと親方は渋い表情を浮かべた。
「ゼルさん。俺たちは馬車の御者してるんだけどさ……」
「んー?」
「今は馬車を出せないんだよ。すまない」
「悪いな、嬢ちゃん」
「えー」
申し訳なさそうな二人を前にゼルは大きく肩を落とす。
「実は今この辺りを野盗がうろついててなー。そいつらが討伐されるまでは危なくて馬車は出せん」
酒瓶片手に親方がため息を吐く。
「大した数はいないみたいだから無理矢理出してもいいんだが、嫁に止められてんだよ。あと……」
「馬車を出すのはダメって言ってるでしょ」
追加の料理を手に会話に割り込んできたのは、看板娘のユーラであった。
「親方は腕っ節が立つからまだ大丈夫だとしても、ロットはそういうの全然ダメだからねぇ」
「そうは言うけどなユーラ。馬車をいつまでも出さないわけにもいかないし」
「討伐隊が来るまで待ちなさいよ」
「でも困る人がいるわけで……」
「野盗に襲われるマシでしょうが」
何やら言い合いを始めたユーラとロットを、親方は苦笑いしながら眺めている。
「こんなわけでな。まぁ運が悪かったと思ってくれや」
「んー……」
親方と同じくユーラとロットを眺めながらゼルは腕を組んで、何か考え込んでいた。




馬車が出せないと聞いて、仕方なくしばらく町に滞在することにしたゼル。
しかし滞在するにしても特にやることもない彼女は、毎日ぼんやりとして過ごしていた。
ある時は朝から晩まで若草亭の食堂の席に着いており。
ある時は日がな一日、馬車の待合所に腰掛けており。
ある時は太陽が沈みきるまで若草亭の屋根の上で座っていた。
そうやって一週間が過ぎる頃には、すっかりゼルは町の有名人になっていた。
ただ町のどこかでぼんやりしているだけと言えばそれだけなのだが、奇妙な点がいくつかあった。
まず、彼女は本当に何もしないのである。
朝食を食べ、町のどこかに一日中腰を下ろしてぼんやりして、暗くなれば夕食をとって部屋に戻る。
それだけで一日を終わらせてしまい、見ている町人が不安になるほど何もしていなかった。
昼食を取らないだけでなく、用を足すために移動している様子さえない。
次に、ゼルが自力で移動している姿を見た者が誰もいない。
階段を降りるのも宿から出るのも、その辺に歩いている人に頼んで運んでもらっているのである。
宿から出て適当なところまで運んでもらった後は、いつの間にかどこかに消えている。
そして最終的に町中のあまり人の邪魔にならないところに座っているのだが、そこまでどうやって移動しているのかは誰も知らない。
最後に、宿に戻る姿を見た者もいない。
日が落ちて暗くなると、いつの間にか部屋の中まで戻っている。
看板娘のユーラなどは気になって一度入り口で帰りを待っていたが、気がつけば食堂の席に着いていて腰を抜かしかけたことがあった。
そのようなわけで、ゼルは町の人間に一週間の間、謎を振りまき続けていた。


変わり者としてすっかり有名になったある日のこと。
「ゼルさーん」
今日も今日とてぼーっとした顔で町長の家の風見鶏と向かい合っていたところに、足元から声がかかる。
「もし暇なら少し話でもしないかー?」
視線を向けると、そこにいたのは若い御者、ロット。
彼も馬車が出せないだけで他に仕事がないわけではなかったが、毎日ゼルがぼんやりしていることに責任を感じ、
話し相手にでもなろうと時間を作ってやってきたのだった。
「んー」
ゼルはロットの誘いにこくりと頷く。
「じゃあお茶菓子とか用意してるから、降りて来てくれるかー?」
そう促され、ゼルは視線を巡らせ周囲を確認した後。
「今降りるからちょっと後ろ向いてて欲しいんにゃわー」
ロットにそう言った。
「なんでー?」
「いいからお願いにゃわー」
訝しげな顔をするロットだが、素直にゼルに背を向ける。
そして彼が完全に後ろを向いた瞬間。

べちゃっ。

「もういいよ」
「うわぁっ」
突然声をかけられ、ロットは飛び上がる。
慌てて振り向くと、そこには長い長いローブを着た少女の姿が。
「お茶菓子はどこなん?」
「……今のべちゃって音なに!? ていうかどうやって降りたんだ?」
「あんま細かいこと気にするのは良くないんにゃで?」
色々と納得できない様子のロットを笑顔でもって封殺するゼル。
見ていると何だか気の抜けてくるゼルの微笑みを見て、ロットは多少の疑問を抱きつつも頷いた。
「まぁ……いいけどさ。お茶菓子なら家にあるから。着いてきて」
そう言って歩き出そうとするロットの袖を無言で摘まむゼル。
「何?」
ゼルは大きく両手を広げ、満面の笑みを浮かべた。
「おんぶー」
「……ああ、そうだったな」
少々照れた様子でぽりぽりと頬を掻くロット。やはり彼は純情な男のようである。
最終更新:2007年03月18日 05:01