集合的無意識

登録日:2011/02/02(水) 06:37:53
更新日:2021/06/09 Wed 17:09:59
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海上に露出した氷山のような有意識。海中に沈んでいる氷塊のような無意識。そしてそれらを底から支える、大いなる海のような集合的無意識。

そもそも無意識とは

読んで字の如く、「意識」が「無」の状態である。
例えば、真夏の日差しに当てられた時、熱いと思うだろう。これは、
①肌が気温を感じた。
②その気温は人間が過ごしやすい気温と比べると高い温度だ。
②つまり、暑い。
というプロセスによって導き出されるものだが、大抵の人間であればわざわざこんなまだるっこしいことを頭で考えずとも、暑いという考えが自然と浮かぶだろう。
例えば、靴を履く時。人によって右足から履くか左足から履くか、或いはどちらでもいいけれど靴が近い方から、といった風に履く順番は異なるだろうけれど、わざわざどちらから履こうなどと考えずに履くだろう。

こういったように、意識せずに感じる気持ちや行う行動、そういったものが無意識である。

集合的無意識

では、集合的無意識とは何か。
集合的無意識とは、心理学で有名なユングが唱えた概念の事。
かい摘まんで表現するのは難しいけどあえて要約すると
人類や民族が先天的に持っている、共通の無意識やイメージ
となる。

ただの無意識とどう異なるのかというと、それが集団に共通のものが見られるという点である。
上記した例の場合、靴を履く方は人によって行う行動は違うため集合的無意識には当てはまらないが、暑いと感じる方は脳機能にエラーが無い限りは万人が等しく暑いと感じるため、集合的無意識となる。

集合的無意識の例

死への恐怖

脳機能にエラーが無い限りは、人は死というものに対して恐れを感じるようにできている。
高所に立てば足がすくむし、痛みを感じれば反射的にその部位を引っ込めてしまう。
自分は高い所が平気だ、という人も多いだろうが、そういった認識は、手摺や窓ガラス等のおかげで自分は安全であるという認識を後天的に得たためのものである。

幼児への愛情

生物は基本的に同族の遺伝子を後世まで残すために活動している。
そのため、その象徴である赤ちゃんに対しては何も無いフラットな状態だと愛しく感じるようにできている。
こちらも上と同様に、自分は赤ん坊が苦手だという人も多いだろうが、それは泣き声の煩さや対応の面倒さ、親を取られる危機感といったストレスが、先天的に抱いている愛情を上回った結果である。

また、それに付随して、幼児と似通った特徴を持つものに対しても好感を持つようにできている。
例として、非言語的なコミュニケーションが主となり肉体も小さい愛玩動物や、頭部の大きさに対して顔のパーツが占める比率の大きいデフォルメキャラクター等が挙げられる。

類似する神話

日本神話に、イザナギという神がいる。
彼のエピソードをざっくりと説明すると、 「死んだ妻を取り戻すために死後の世界に向かい、一時は彼女と再開することができたものの、現世に戻るまで振り返ってはいけないという言いつけを破った結果妻は完全に還らぬ者となってしまった」 というものである。

ギリシア神話に、オルフェウスという人物がいる。
彼のエピソードをざっくりと説明すると、 「死んだ妻を取り戻すために死後の世界に向かい、一時は彼女と再開することができたものの、現世に戻るまで振り返ってはいけないという言いつけを破った結果妻は完全に還らぬ者となってしまった」 というものである。

……おや?

こういった風に、全く違う土地の神話に、極めて似通ったエピソードが存在することがある。他にもエジプトと日本、どちらも川の向こうは死者の国というふうに死後の世界観が似通っている。
偶然似てしまったというにはあまりにも類似点が多い。かと言って、どちらかがもう片方に伝来した結果そうなったというのも、当時の人間の活動範囲を考えると無理がある。

では何故こんなにも似ているのか。集合的無意識が理由である(とされている)。

死者は蘇ることは無いという理解、愛する人を取り戻したいという気持ち、約束を破れば報いが来るという認識、安堵と心配で振り返ってしまうという反射等、各々が集合的無意識によって生み出される要素が絡まり合った結果、人間はこういったエピソードを考え出すようにできている、という考えだ。



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最終更新:2021年06月09日 17:09