ブリタニア列王史

登録日:2011/11/25(金) 23:45:05
更新日:2024/12/31 Tue 10:24:19
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『ブリタニア列王史』とは西暦1136年頃に修道士のジェフリー・オブ・モンマスが記した『歴史書(自称)』である。

†概要†

詳細はウィキペディアで見てくれれば良いが判りやすく説明すると、

厨二病を発症した修道士が地方の伝説・伝承にナニをトチ狂ったのか神話・伝承の出来事までも『歴史的事実』としてそれらに混ぜ合わせ、更に独自の妄想を多分に入れ、一冊の『歴史書』として書き記したモノ

当時の一般市民と比べれば頭のいいおっさんが全力でやらかした結果、生まれたトンデモ創作歴史書である。
下敷きとしてケルト神話辺りの影響が非常に色濃く、色々と設定を持ち出している。
ただし、引っ張ったのが彼なのか、ウェールズ地方の伝承からしてそうだったのか、それとどちらがどこまでの影響を受けたのかなどは不明。
ちなみにジェフリー自身はウェールズ出身あるいはゆかりの有る人物と目されてはいるが、ウェールズ語の知識はほとんどなかったとされている。*1

†我らが王、アーサー†

理由は不明だがジェフリーはアーサー王をとても気に入ったらしく、アーサーに関しては「我らが王、アーサー」と書いている。
その後も何度も説明抜きでアーサーのことを「我らが王」とだけ呼んでおり、このおっさんがどれだけアーサー王が大好きなのかよく判ると言えよう。

一応、明確に「アーサーという人物は正確には一部族の族長に過ぎないし、歴史上、彼が活躍した戦争は実際にはさほど多い訳じゃない」と書いており、それなりにちゃんと歴史書として真面目に語ろうと努力している点はうかがえる。

少しフォローしておくと、後にアーサー王含めてその他諸々も物凄くたくさんの脚色がなされていったので凄いことになっているだけで、彼はまだ大人しい部類。

まあこんなものを作り上げて歴史書と主張しているのだから何とも言い難いが。
そして何よりもジェフリーはアーサー王が大好き過ぎた。アーサーに関しての記述だけ何故か異様に濃くページ数も多いのである。彼の弁では、

「アーサーはキリスト教を信じない蛮族を束ねる長(チーフ、ウォーチーフと表現されている)だけれど、キリスト教の凄さに気付いてキリスト教に改宗したところがスゴイ!しかもその武勇にモノを言わせて周りの蛮族たちを制圧、みんなキリスト教に改宗させたよ!超最高!」

こう書くとジェフリーがいかにも修道士らしい理由でアーサー王を持ち上げていると判るだろう。
もしかすると自身の創作やウェールズ人の物語を広めるためにキリスト教に合わせたのかもしれないが、正解を知るすべはない。


彼の記述によると(まあ、確実に彼の妄想だが)アーサー王は、

「戦場に出ると『聖母マリアの姿を彫った肩当て』をして、馬の背中に愛用の剣『キャリバーン』をくくりつけ、王自ら最前線に立ちものすごい突撃をかまして大活躍していた」
らしい。確実にジェフリーは病気だと思う。


†反響†

この物語は文学的に人気を博した。
更にこの物語に、クレティアン・ド・トロワがランスロットという存在を生み出し、聖杯伝説と月9ドラマじみたどろどろラブロマンスをかけあわせたことでカオス度に拍車がかかった。
キリスト教徒は相変わらず意味不明なことをする。
というかフランスの一地方の領主の息子という設定のキャラを何故にしれっとウェールズ人の長の一人にしたのか…。
そしてこれらが後の「アーサー王物語」の誕生へと繋がっていく。

一方でそれなりに長い期間、本書は史実であるとも捉えられており、これの記述を盛り込んだ歴史書が少なからず存在している。

またジェフリーが持ち上げまくっているアーサー王ひいてはブリテンの守護神である「赤い竜」は、キリスト教においてはご存じの悪魔サタンの化身である。
これについては
新約聖書の赤い竜は、歴史的にはキリスト教を迫害したローマ帝国の暗喩であり、七つの首に十本の角がある奴のことだから。ウェールズの守護竜とは別物
という理屈で折り合いをつけているが、実際のところ宗教信者の間では混同してしょっちゅう揉めまくっていた。
所謂敬虔なクリスチャンとやらなら、アーサー王を邪神の使い魔扱いしてもおかしくないレベルでベースとなる宗教価値観が1mmも掠らないどころか完全に対極。
もっともキリスト教は何かとは全く関係ない他の何かと関連付けすることが多かったので、こういうことになっているのは珍しくない。
あるいはこの作品の時点で複数の神話や伝説などを元に創作したことは明らかなので、自然とこんなことになったのかもしれない。


†現代の評価†

現代のアーサー王研究者からは「アーサー王を題材にした初めての『創作物」として評価されており、大学でアーサー王研究をする際にはこれが取り上げられることも多い。
あくまで歴史書としてではなく創作物としての評価』なのだが。

歴史書としての評価は今のところ『皆無』である。
活動内容諸々についてももちろんのことながら、そもそもアーサーという人物が実在していたのかどうかすら怪しまれているのだから。
歴史書の体裁を取っているだけあって具体的な記述も多いが、いずれにしても大半はジェフリーの妄想だとされている。神話的な要素とごちゃまぜだし。
記述の元となったとされる伝承についても、口伝(詩)だったらしいのでどこまでのことを詩っていたのかすら定かではない。

また2024年現在、写本が215冊も現存している…のだが、それぞれの写本で微妙に内容が違うという面倒くさいことになっている。
この違いはジェフリーによる改稿を反映したためと考えられているが、真相は定かではない。

†アーサー王のモデル†

アーサーのモデルについても諸説あり、そんな感じの軍司令官や族長は居たのでは?という説や、単にケルト神話における名も無きモブが元では?などが挙げられている。
アーサーが活躍した(とされる)時期は古代ローマ帝国が既に崩壊し始めているか崩壊後の時期ということも相まって史料があまりないのが現状である。

一応ジェフリー自身も記述しているが、れっきとした王族の出だとか王になったという線は非常に薄い。
王になったとしても小国の王止まりだろう(史料の乏しい群雄割拠時代なので、根拠のない仮定ならば成り立つというレベル)。

アーサーの祖先とされる人物はローマ貴族っぽく、ジェフリーの物語の少し前に名前も挙がってはいるのだが…
事実だと仮定するとウェールズ人達の伝承を元にした話だったはずなのにアーサーは実はウェールズ人ではないことに…?
晩年のローマはズダボロな状態(そもそも全盛期でもグレートブリテン島の南部を征服出来た程度)、アングロ・サクソン人が度々侵入してくる、彼らよりも以前から居た部族達による国家が乱立しているという状況下。
ちなみにローマ人もアングロ・サクソン人も島々を武力で征服しようとしていたため、(特に北部の)ウェールズ人やアイルランド人などから激しく抵抗されている。
更にアーサーという人物は一切見受けられないのに対して、同年代の他の指導者や敵などは色々と難の有る書物ながらもアングロサクソン年代記などに記述されている…。
現状、史実に大きな影響を与えた人物とは見なされておらず、妄想で補うしかない。


こんな感じなので、歴史家がロクに研究しようがないと言うのも仕方ないことだろう。









他にもツッコミどころが多い書物ですのでこの書物の内容を知る方、追記・修正お願いします

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最終更新:2024年12月31日 10:24

*1 本書に限らずジェフリーの著作はラテン語で書かれている