登録日:2011/07/09 Sat 04:20:03
更新日:2026/07/06 Mon 17:22:10
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プロフィール
生年月日:1931年5月23日
没年月日:2001年3月25日
出生地:東京府荏原郡馬込町(現:
東京都大田区)
出身地:
茨城県稲敷郡牛久村(現:牛久市)
身長:173cm
来歴
1950年、國學院大學に所属していた塩瀬は、学籍を置いたまま東急に入団。背番号14を与えられる。
初登板は同年5月11日、後楽園球場で開催された対大映スターズ(現
千葉ロッテマリーンズ)9回戦、5回裏2死、0―18と大幅に負け越している場面であった。
プロ初対戦の相手は先発投手の姫野好治。
塩瀬は三振を奪った。
6回表、東急の攻撃。
2死1塁の場面で、塩瀬に打順が回ってきた。
敗戦処理ということで塩瀬はそのまま打席に立った。
プロ初打席の相手は姫野。
塩瀬は初球の外角ストレートをライトスタンドへと運んだ。
初奪三振と初ホームランを記録した塩瀬であったが、6回裏、先頭打者に四球、さらにボークを与え、タイムリーなどで2点を失う。
7回裏も四球2つと安打1本で無死満塁のピンチを招き、降板となった。
悲喜こもごものデビュー戦は、塩瀬のプロ野球人生最後の試合でもあった。
塩瀬が公式戦に出場することは二度と無かったのである。
よって、塩瀬の生涯成績は、デビュー戦の成績と完全に一致する。
- 投手成績 1試合登板、1回3分の1、48球、被安打2、奪三振1、与四球5、自責点2、ボーク1、防御率9.00
- 打撃成績 1打数、1安打、1本塁打、打点2、打率10割、出塁率10割、長打率40割
通算打率10割、通算長打率40割という記録は、日本プロ野球の歴史の中で、塩瀬とドン・シュルジー投手(元オリックス)の2例のみであり、通算出場試合1試合での記録は塩瀬のみである。
塩瀬はプロ野球選手としては大成しなかったが、たった一振りで球史に名を残した。
また、引退後、社会人野球の選手として都市対抗に出場、母校國學院大學の野球部監督に就任するなど、野球人として足跡を残した。
2001年3月25日に死去した。69歳没。
追記・修正よろしくお願いします。
最終更新:2026年07月06日 17:22