震える舌(映画)

登録日:2016/10/03 (月) 01:31:23
更新日:2024/10/27 Sun 01:59:33
所要時間:約 8 分で読めます




おいで、おいで、幼い娘…
彼女はその朝、悪魔と旅に出た…


『震える舌』は1980年に公開された日本の映画。

概要

同名の小説を映画化したもの。
監督は『砂の器』『八ツ墓村』で有名な野村芳太郎。
邦画史上最恐のトラウマ映画との呼び声も高い作品である。

あらすじ

泥遊びをしていた少女、昌子は手に小さな傷を負ってしまう。
大したことはないと消毒を済ませた両親の昭と邦江だが、昌子は異常な行動を見せ始める。
顎が上手く動かせず、食事や発声に支障をきたす他、歩き方もどこかギクシャクしたものになっていた。
最初は「おふざけでやっているのだ」と両親は判断するが、やがて様子がおかしいことに気付き、病院に連れていくも、はっきりとした原因は分からずにいた。
ある日突然、昌子は絶叫して苦しみだす。
舌を噛み切り出血する程に激しい発作だった。
紹介されて向かった大学病院で宣告された病名は破傷風。
彼女に潜む悪魔はテタヌス。20gで億の人間の致死量に達する毒素を持つ太古の細菌であった…

主な登場人物

◆三好昌子

演:若命真裕子
泥遊びの最中に手をケガしてしまい、破傷風を発症したことで、一人で真っ暗な病室に収容される*1
入院して以降はほとんど危篤状態の為、話す機会はかなり少ない*2
幾度にも渡って破傷風による痙攣発作を起こし、生死を彷徨うことになる。

◆三好昭

演:渡瀬恒彦
昌子の父親。
破傷風に関する知識は無く、初期症状を「子供のおふざけだ」と判断してしまったが故に治療が遅れ、病状が深刻なものになってしまった*3

先輩に紹介されて大学病院へ昌子を連れて行き、破傷風の病名を告げられた際には最初は「脳炎でなくてよかった」と安堵していたが、致死率の高い恐ろしい病であることを説明されて青ざめる。

苦しむ昌子の為につきっきりで寝ずの看護をするも、病状が悪化し続ける中で疲弊していき、やがて「自分も破傷風に感染した」と思い込んでしまう*4
再三に渡って「人から人へ感染することはない」と医師から説明を受けるも、全く信じられずにいた*5

表向きには振る舞っているが、主治医に頼り切っているような態度を取る他、「自分も破傷風に感染したのでは」と思い始めてからは邦江にオムツ交換を押し付けるなど脆い面もある。
邦江にそれを指摘された際には本人は否定していたが、本当は図星であり、自分がオムツ交換をした後にすぐに洗面所に駆け込んで必死に手を洗っていた。

昌子の容態が悪化していく中で何度も悪夢にうなされており、「宿主の昌子が死ねばお前ら(破傷風菌)も死ぬのに何で毒素を出すんだ」という現在でも解明されていない疑問を投げ掛けるも病原体が答えるはずもなかった。

邦江が錯乱しつつある中、「自分も破傷風によって死ぬ」という恐怖を拭えずにいながらも、死を決して昌子の傍に居ることを選択する。

◆三好邦江

演:十朱幸代
昌子の母親。
昌子をつきっきりで看病するも、苦しむ昌子への無力感と昌子を失う恐怖から徐々に疲弊していき、昭とも気持ちがすれ違っていく。
昭と比べて取り乱す様子が目立つ*6

主治医に頼り切っている昭に対して、発作について回数や原因をノートにまとめて法則性を見出そうとする他、親に資金援助の要請をするなど現実的な考えをしている。

昭と同様に「自分も破傷風に感染するのでは」という恐怖から、病室に入ることを怖がって看護を拒否するようになり、「こんな子、産むんじゃなかった」と吐露するなど、崩壊は決定的なものとなる。

物語終盤でナイフを持ち出して病室の前に立つ。その場は何とか収まるが今度はハサミを持ち出して……。

◆能勢

演:中野良子
昌子の主治医。
稀に見る難病にもしっかりとした処置を下す。
一方で昭に懇願とも依存とも言える態度で接されて戸惑いを隠せない他、発作の原因となってしまった邦江を強めの口調で注意してしまうなど、彼女も一人の人間であることが描かれている。

◆江田

演:越村公一
能勢の助手となる医師。
能勢が不在の際に昌子が発作を起こした際には咄嗟の機転で歯を折って処置をするなど、彼も有能な医師である。

内容

ジャンル的には医療ドラマと言えるが、その内容はホラーそのものであり、宣伝の文章やパッケージの構成は明らかにホラー映画として作られたものである。

真っ先に取り沙汰されるのは昌子の発作シーンであり、その衝撃は筆舌に絶えない凄まじさである。

「ヒィィィィィィィギャアアアアアアアアアアアアアア!!」

という絶叫をあげて体を弓なりに折り曲げて苦しむ様子が作中何度も訪れる。
発作を起こす流れは完全にホラー映画で怪物が出てくる演出のそれである。

近くの病室の子供が食事のトレーを配膳台に返す際に乱暴に押し込んだせいで食器が落下、ガシャンと大きな音をたててしまい…

「ヒィィィィィィィギャアアアアアアアアアアアアアア!!」

付きっ切りで看病を続ける昭だが、彼自身の心労も限界に近付いており、窓を開けたままうたた寝をしてしまう。風でカーテンが動き出すも昭は気付かない。
カーテンの隙間から漏れた光が昌子にあたってしまい…

「ヒィィィィィィィギャアアアアアアアアアアアアアア!!」

……このような形で物語が進行する為、見ているうちに昭と邦江と同様に「いつ発作が来るのか」という恐怖に怯えることになる。

治療には光と音を遮断する環境が求められる為、舞台となる病室は常に薄暗くて陰鬱な空気であり、静寂からの発作による絶叫というパターンが何度も繰り返される。

治療の内容も傷口を完全に洗浄して菌を取り除くために爪を剥いで傷を切開する他、呼吸器を挿入する為に歯を3本へし折って口を開けさせるなど、
痛々しいものばかりで、医療ドラマで強調される手際の良さや小奇麗さは皆無である。
病状は悪化の一途を辿り、発作の頻度と強さも増すばかり。
やがてビニールドーム型の呼吸器に入れられて呼吸が止まりかけるという、まさに死の直前にまで追い込まれてしまう。

懸命な看護を続ける昭と邦江の二人が徐々に疲弊していき、自分も破傷風に感染したのではないかという恐怖に耐えきれずに崩壊していく様子も大きな見所であり、
愛情と恐怖の板挟みによって身も心も極限まで追い詰められる様子もしっかり描写している。

+ 結末
昭と邦江は恐怖に打ち勝ち、入院から二週間後に昌子の病状は奇跡的に治まった。

「チョコパンが食べたい」と言う昌子に対し「ジュースなら大丈夫」と言う能勢の言葉に、昭はジュースを買いに走りだしていった。

昌子は血清の副作用により、もうしばらく入院することになったが、1ヶ月後にはすっかり元気になり、個室から大部屋へと移動した。


評価

よく挙がる感想を抜粋してまとめると、
  • 難病に苦しむ愛娘を救うために苦心する両親の愛情を描いた物語
  • 悪夢のような病魔に家族が崩壊寸前まで陥る描写を生々しく描いたホラー
と真っ二つに感想が分かれている。

医療ドラマとしてみた場合

破傷風の症状と治療法の描写については、割とかなり正確である。
例えば初期に見られる症状の描写がしっかりとしている。

だが、おかしい点も少しある。
例を挙げると、光や音に反応して発作を起こす為、静寂が求められる破傷風患者を小児科病棟に入院させるなど*7

ホラー映画としてみた場合

発作シーンのインパクトは強烈だが、中盤以降は発作シーンの繰り返しともとれる他、物語のラストはあっけない形で幕を閉じる為、尻切れトンボに感じる人も居たようだ。
また、実在する病気をあたかもホラー映画の舞台装置として使用することに疑問の声も挙がっている。

総評

評価については実際に視聴して判断すべきだが、前述の通り本当にトラウマになりかねない内容の作品なのでその点は留意しておこう。
「視聴すると非常に疲れる作品」という感想はおおむね共通している。

余談

作中にて鬼気迫る演技を見せている昌子役の若命真裕子氏だが、彼女自身は発作の演技をするのが楽しかったらしく、撮影シーンが来るたびに笑って喜んでいたらしい。

撮影にはロボットが使用されている。
昌子の治療シーンなどで生身では難しいシーンでロボットが使用されているが、言われなければ気付かない程に全く違和感が無い。

2011年にDVD化、2014年にBD化されている為、現在では視聴することは難しくない。

2016年11月にサントラが発売予定。異様なほどにぶっ飛んだ説明文で告知されている。
+ その内容
正視に耐えないトラウマ映像連発で史上"最も恐い映画"と呼ばれた怪作『震える舌』がついに初商品化! ! !

破傷風に侵された少女と両親の闘病の日々を描いた超・異色ヒューマンドラマ『震える舌』が、ついに初商品化!
"難病と闘う少女と、それを見守る家族"という平凡な物語が、『八つ墓村』の野村芳太郎による大胆かつ独特な演出により、ヒューマンドラマの域を超越し和製エクソシストと化してしまった、邦画史上に残る怪作。奇病による痙攣で口から血を吐き絶叫する少女と、看病の疲れから徐々に精神を蝕まれていく両親など、正視に耐えないトラウマ映像の連続は公開当時から"最も恐い映画"として語り継がれ、現在に至るまでその地位を不動のものとしている。
今回、封印されるが如くひっそりと倉庫に眠っていたマスターテープに最新リマスタリングを施し、芥川也寸志によるプログレッシヴな劇中使用曲が完全復活。未使用テイクなど現存する楽曲をすべて収録した、サウンドトラック史上最恐の1枚。


【補足】破傷風について

※ご自身の健康問題については、専門の医療機関に相談してください
現在でも破傷風によって国内で年間50~100人近い死者が発生している。
トキノミノルの死によって病名を知った人も多いかもしれない。

症状

身体(特に受傷部)の違和感に始まり、寝汗や歯ぎしりが起こる。
頸部や顎に疲労感を覚えるようになると注意。咬筋・頸部筋などの圧痛から、次第に開口障害が強くなり*8、言語障害や嚥下障害が起こる。

最終的には全身の筋肉が硬直して呼吸困難に陥る
エビぞりになるのは、背中と肩の筋肉が硬直する為であり、重大なケースでは背骨を自ら折ってしまうという例もあるほど。

何より悍ましいのは、作用範囲が筋肉に留まるため、いわゆる意識混濁がない場合が多いこと
要するに、患者は意識がはっきりとしている中で上記の症状による激痛に苦しめられるのである。
作中における発作シーンは、まさに患者にとっての「生き地獄」を表現しているといえよう。

感染原因

傷口に病原体である破傷風菌が入り込むことで発症する。
この破傷風菌はボツリヌス菌と同じクロストリジウム属に分類される細菌である。

作中では泥遊びの中で感染するが、単に土に触れるだけでなく、錆びた釘を踏み抜く等で感染した例もある。
2011年に発生した東日本大震災の際にも、瓦礫の片づけや汚泥の処理を行う中で、破傷風が多数発生した報告もある。
本人が気付かないような小さな傷によって発症した例もあり、発症した人の4分の1は「傷に心当たりがなかった」という記録がある。
いずれにせよ、不衛生なものによる傷には油断しないように

作中で何度も指摘されている通り、人から人へ感染することはない*9

予防接種

日本では1973年から破傷風の予防接種が開始されている。
生後から1年半の期間に数度に渡って接種を行い、その後11~12歳の期間に行う接種で全ての予防接種が完了する。
だが予防接種の効果は10年ほどで薄れていき、20代後半になれば効果は半減してしまう。

筆者が予防接種を受けた際の医師の説明では、
11~12歳の予防接種によって、体には「破傷風への抗体を作る設計図」と「破傷風への抗体」の二つが出来上がる。
「破傷風への抗体」は10年ほどで量が減って薄れていくが、「破傷風への抗体を作る設計図」は40年近く変わらない。
「破傷風への抗体を作る設計図」だけでも効果はあるが、それだけでは対処できない可能性もある為、追加の予防接種で「破傷風への抗体」の量を増やして維持することでより万全な対策となる。
設計図だけでも効果はある為、若年層はあまり気にする必要はないが、設計図自体が失われる上、病気そのものへの抵抗力が落ちる中年層こそが本当に気を付けるべき。
とのこと。

現在では海外渡航の際には狂犬病黄熱、A型肝炎などと同様に予防接種を受けることが推奨されており、その他、自衛隊では隊員全てが定期的に予防接種を打っている。

園芸や登山、サバゲーなど、土に触れる機会や傷を負う機会が多い趣味を嗜む人で自主的に予防接種を受ける人もいる。
予防接種は保険適用外だが、5000円前後で受けることが可能。受けた記録は忘れずに記録しておこう。そうでないと次回受ける際に困ることになる。

心構え

現在でも発症した場合は40%近い致死率を持つ病気には変わりないので、事前の対策は怠らず。
初期の治療が肝心なので、顎の筋肉の硬直を感じる等の初期症状を感じた場合、迅速に病院にて治療を受けよう。
傷口に心当たりがあるのならば、再度洗浄と消毒を念入りにしよう。


追記、修正は音も光も無い部屋でお願いします。


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最終更新:2024年10月27日 01:59

*1 破傷風は光や音などの外部の刺激によって発作が起きる為。

*2 破傷風患者は自分自身の声に反応して発作を起こす為、そもそも喋りたくても喋れない。

*3 大学病院に向かうまではどの医者も「心因性の病だ」と適当な診断を下していたため、素人である彼が知らなくても無理もないが。

*4 最初に発作を起こした際に昌子に指を噛まれてケガを負ったことも関係している。

*5 必死の看護を続ける中で心身ともに極限状態だったこともあるが、大学病院に行く前に町医者から適当な診察をされて何度も誤診されていることを考えれば、医師の説明を信じられないのも無理はないだろう。

*6 前述の通り看護の負担が昭より大きかったという理由もある為、彼女が弱いと言い切ることは出来ないだろう。

*7 作中で確認できるだけでも、他の入院している子供が原因で発作を2回も起こしている。

*8 「破傷風顔貌」と呼ばれる。

*9 例外として、薬物中毒者の注射の回し打ちによって感染した例がある。