ほら穴のかみさんと悪魔

登録日:2019/06/18 (火) 21:55:51
更新日:2019/09/29 Sun 13:41:26
所要時間:約 5 分で読めます




『ほら穴のかみさんと悪魔』は、クロアチアに伝わる民話である。


むかしむかし、あるところに夫婦がいました。
だんなは毎朝、楽しそうに歌を口ずさみながら畑に働きに行くのですが、夕方になると、どういうわけか泣きながら帰ってくるのです。
この様子を見かねたとなりの人は、相談に乗ってやることにしました。
だんな曰く、


「ああ、うちにはひどい山の神がいるんだ。畑に行きゃ自由でうれしいよ。うれしくて歌の一つも出てくるさ。
だけど、帰ったらかみさんに散々蹴られたり、殴られたり……ああ、本当に地獄だよ……帰りたくない(´;ω;`)」


要するに今で言うDVですね。
となりの人はなぜ別れないのかとたずねましたが、だんなは怖くてそんなマネはできないと言い張ります。
となりの人はだんなに、知恵を貸してやることにしました。


「カゴと縄を持って、かみさんと一緒にほら穴に行くんだ。かみさんをほら穴の中に降ろしてしまえばいいのさ。
うちに帰ったら『中に大金のあるほら穴を見つけたぞ!明日いっしょにそこに行こう』って言えばついてきてくれるだろう」


おかげでだんなは上機嫌でうちに帰り、かみさんもこの話を聞いて大いに乗り気だったので、その日の夫婦の家は珍しく、いたって平和だったのでした。


あくる日、二人は森の中のほら穴に向かいました。だんなはしっかりとカゴに縄を結わえ、言いました。
「おれが下に降りて、金を集める。合図したら引き上げてくれ」
するとかみさんは、
「ちょっとお待ちよ!甲斐性のないアンタなんかに任せられないよ。アタシにやらせとくれ!」と言い張りだしました。


かみさんの性格を知っているだんなからすれば、狙い通りの展開です。
結局、かみさんがほら穴に降りることになり、かみさんの乗ったカゴが下に降りると……だんなは縄を手放しました!


「ヒャッハー!自由だー!!ヽ(*´∀`)ノ」


こうしてようやく自由を手にしただんなは、楽しそうに家に帰りました。
おかみさんがいなくなって、静かになった家。ようやくのんびりとくつろぐことができます。


……しかし人間とは不思議なもので、かみさんがいない日々が続くと、だんだんと寂しくなってきました。
そもそも掃除に料理にベッドの整理……そういった家事全般は全部、かみさんの担当でした。
いなくなってから、初めてそのありがたみを実感するということはよくあるものです。
となりの人は元気のないだんなを見かねて、再び相談に乗ってやることにしました。


「おい、どうしたんだ?そんなにしょぼくれて。ようやく疫病神とおさらばできたのに」
「いやぁ、かみさんがいなくなったら、何だか張り合いがなくなっちまってね……(´・ω・`)」
「ま、助けに行ってやったらどうだ?今ならまだ間に合うだろうし」


だんなは再び、カゴと縄を持って、森の中のほら穴に向かいました。
降ろしたカゴを引き上げると、かなりの手ごたえが感じられました。かみさんでしょうか?
で、カゴがほら穴のふちまで上がった時、それに乗った者の姿を見て、だんなはびっくり仰天。





カゴに乗っていたのは、恐ろしげな姿をした悪魔だったのです。





だんなは思わずカゴを降ろそうとしましたが、悪魔は悲しげに手を合わせて頼んできました。
「お願いだ、またほら穴に降ろすのはやめてくれ!助けてくれたら、一生幸せにしてやるから」
だんなは悪魔を外まで引き上げてやると、悪魔は身の上話を始めました。


「まあ、聞いてくれ、ひどい話なんだ。俺たちは十二人で平和に暮らしていたんだ。
すると、この前あの山の神……女がやってきた。俺は一番奥にいたから助かったけど、他の仲間は散々いたぶられて、皆殺しにされちまったんだ……(´;ω;`)


……悪魔相手に無双。もはやDVどころの話ではありません。
だんなはあきれて言葉も出ませんでした。
悪魔は続けます。


「助けてくれたお礼だ。俺の言うことをよーく聞け。
まず、俺がお姫様に取り憑いて、病気にする。修道士や司教、枢機卿でさえ俺を追い出せないさ。
すると王様は、姫を助けることができたら姫と、この国の半分を与えるというお触れを出すだろう。
そこにお前が来るんだ。そしたら俺は逃げ出して、お姫様は助かる……って寸法さ」


要するに今で言うマッチポンプですね。
しばらくすると、悪魔の言ったとおり、お姫様は病に倒れ、王様はお触れを出しました。
だんなは王様の元へ向かいました。
王様は半信半疑でしたが、だんなをお姫様の部屋に通します。
するとその瞬間、お姫様の体から悪魔が飛び出してきました。
「俺はこれから他のお姫様のところに行く。だけど……来るなよ、絶対来るなよ!そしたらお前の命もおしまいだ」
悪魔は警告を残して、いずこへと飛び去って行きました。


それからだんなは、お姫様と幸せに暮らし続けていましたが、ほどなくして不吉な知らせが届きました。
他の国のお姫様が病に倒れたのです。しかも修道士や司教、枢機卿でさえ歯が立たなかったといいます。
だんなはすぐにあの悪魔の仕業と気づきましたが、脅しを受けているせいで、その国からの頼みを渋っていました。
しかし、下手に断ろうものなら関係が悪化するのは目に見えています。
おまけに、その国は強い軍を持っているので、戦争になったらひとたまりもありません。
だんなはもはや、腹をくくるしかありませんでした。
道中、だんなはひたすら考え続けていました。悪魔をどうにかする方法を。
そして……
「……ピコーン!」


だんながその国のお姫様の部屋に入ると、悪魔はカンカンな様子です。
「お前……約束を破ったな(#゚Д゚)」
するとだんなは大声を張り上げて、こう返しました。





「聞いてくれ、大変だ!うちのかみさんがほら穴から出てきたんだ!あいつに見つかったら、おれとお前はおしまいだ」
「おい……マジかよ……!こ、殺される……(ll゚д゚)」




悪魔は一目散に逃げだし、二度と姿を見せることはありませんでした。
こうしてだんなは最大の危機を乗り越え、ずっと幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。




……っておい、結局かみさんは放置かよ。


  • 余談
この話の類型は数多くあり、イランの『アリ・ムハメッドのお母さん』、ロシアの『悪い妻のはなし』、トルコの『いどの中の鬼』などが該当する。
いずれも、


1.妻の傍若無人ぶりに耐えかねた夫が妻を騙し、深い穴に落とす
2.考えを改めた夫が妻を助け出そうとすると、怪物を引き上げてしまう
3.怪物もまた、妻の傍若無人ぶりに苦しめられている
4.怪物はお姫様に取りついて病気にし、夫にそれを治すよう持ちかける
5.夫はお姫様を手に入れ幸せに暮らすが、怪物にまた悪事を働いても見逃すよう脅される
6.しかし怪物との約束を破らざるを得ない状況に陥り、何とか命の危機を回避するべく知恵を巡らせる
7.怪物と対峙し、妻が穴から這い上がってきたと脅して追い払う


という展開であり、この話とプロットが全く同じである。*1
バルカン半島はかつてオスマン帝国の支配下にあったことを考えると、おそらくトルコ経由でこの手の話がクロアチアに流入したのだろう。
ちなみ上記の話のかみさんポジションは、いずれも怪物ポジションの相手に殺すところまでには到っていない。
……つまりかみさんは、様々な国を渡り歩き、クロアチアにたどり着くころには悪魔相手に無双できるレベルにパワーアップしたということになる……






追記・修正は、悪魔相手に無双してからお願いします。


参考文献
ぎょうせい 1977年 小澤俊夫/編、飯富道夫/訳『世界の民話 第4巻 東欧(1)』P384-P390
福音館書店 2007年 八百板 洋子/編・訳、ルディ・スコチル/画『いちばんたいせつなもの バルカンの昔話』P131-P142
現代教養文庫ライブラリー 2012年 山室静/編著『新編世界むかし話集 7(インド・中近東編)』
近江昔ばなし大学再話研究会/小沢昔ばなし研究所 2008年 小澤俊夫/監修『つぶむかし』P178-P185
ほるぷ出版 1979年 こだまともこ/訳、ウィリー・ポガニー、 ヴラディミール・タマリ/絵『ものいう馬』P103-P114

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