スティーブンイワサザイ

登録日:2025/07/16 Wed 17:37:00
更新日:2025/07/16 Wed 23:10:40NEW!
所要時間:約 6 分で読めます





一匹の飼い猫がくわえてきた事で発見された新種のスズメが


その猫によって絶滅させられた事がある



スティーブンイワサザイは、ニュージーランドのステファンズ島にのみ生息していた固有種の小型鳥であり、現在は絶滅種に分類される。
鳴禽類の中で飛翔能力を失った希少な種であり、孤島における進化の過程を象徴する存在として知られている。
一匹のが持ち込まれたことによって発見され、そして絶滅した種として知られる。


  • 和名:スティーブンイワサザイ
  • 分類:鳥類(鳥綱スズメ目イワサザイ科)
  • 学名:Xenicus lyalli(クセニクス・リヤリ) ※かつては Traversia lyalli とされていた
  • 体長:約10cm(非常に小型)
  • 絶滅年代:1890年頃
  • 生息地:ニュージーランド南島北部沿岸に近い、クック海峡内のステファンズ島(Stephens Island)
  • 島の面積:150ヘクタール
  • 最高標高:283メートル
  • 食性:昆虫やクモなどの小型無脊椎動物


〇発見から絶滅まで

19世紀、ステファンズ島近海で海難事故が相次ぎ、ニュージーランド海上保安当局は航行の安全確保のため島に灯台を設置することを決定。1892年に建設が始まり、灯台守には若き助手デイヴィッド・ライアル(David Lyall)が任命された。
この島は長らく無人であり、哺乳類の捕食者も人間の干渉もない平和な環境だった。スティーブンイワサザイはその生態系に適応し、飛翔能力を失って地上生活に特化する進化を遂げていた。
1894年、ライアル一家が島に移住する際、身ごもっていた雌猫「ティブルス(Tibbles)」とその子猫たちも同行。島に到着するとティブルスは狩猟本能を発揮し、小鳥を「プレゼント」として灯台守の元へ運ぶようになった。ライアルは個体をはく製にし、9羽の個体を、博物学者で骨董品商のヘンリー・ハマースリー・トラバースに託した。
トラバースは通常供給していた鳥類学者ウォルター・ロー・ブラーではなく、イギリスの資産家ライオネル・ウォルター・ロスチャイルドに販売。当初トラバースとライアルに因んで Traversia lyalli の名で分類されたが、後にイワサザイやヤブサザイと同属の Xenicus lyalli に再整理された。ブラーは学名の優先権について「私の学名は1894年12月に発表されており、1895年4月発表の彼の命名より優先される」と主張している。
絶滅時期については長らく「1895年説」が語られてきたが、これは確定的ではない。トラバースが同年11月にエルンスト・ハーターに宛てた書簡では、「数日前にライアル氏から、もはや生体を目にすることがなく、この種は絶滅したと考えている」と報告されている。ただしトラバースはその後も1890年代末まで標本を取引しており、実際には数年間生存していた可能性が残されている。
2004年の研究によれば、ライアルとトラバースが入手したスティーブンイワサザイの個体は、1894年2月~10月に10羽、1895年8月までに2~4羽、1895年~1899年までにさらに2~3羽と推定されている。したがって国際自然保護連合(IUCN)が提示する1895年絶滅説は基準上の目安であり、最も楽観的な見積もりでも発見から最大10年後には完全に絶滅していたと考えられている。


〇生態

スティーブンイワサザイは約10cmほどの非常に小型な鳥で、ステファンズ島(ニュージーランド南島北部沿岸近く、クック海峡内)にのみ生息していた。島は面積150ヘクタール、最高標高283メートルの小規模な孤島であり、長らく天敵のいない穏やかな環境が保たれていた。
観察記録はきわめて少なく、野生下で目撃されたのは灯台守ライアルによる2回のみである。行動は主に夕暮れ~夜間に活動する「黄昏性~夜行性」と推定され、多くの時間を岩や倒木の隙間で這うように移動しながら過ごしていた。飛翔能力は機能的に完全に失われており、驚いた際にはすばやい走行によって逃げるが、その動きはネズミに似ていたと記録されている。
この夜行性仮説は、ニュージーランド本土の他のイワサザイ科鳥類の骨が、すでに絶滅したニュージーランド固有の白顔メンフクロウ(Sceloglaux albifacies)の食痕から発見されていることとも関連づけられている。
食性については未解明な点が多いものの、昆虫やクモなどの小型無脊椎動物を主に捕食していたと推定される。特筆すべきは、骨格の特徴――扁平な頭骨と幅広で平たいくちばし、大きく頑丈な四肢骨――であり、これらは特定の生態的ニッチに特化していた可能性を示している。つまり、島のエコシステム内で何らかの独自の役割を担っていたと考えられるが、正確な機能は今も明らかではない。
羽色は暗いオリーブ色を基調に茶色の羽縁を伴い、全体としてまだら模様の印象を与えた。翼と尾はオリーブグリーンがかった茶色で、付け根には黄緑色の羽毛、喉や胸には黄色みを帯びた部分もあった。目の上には黄白色の細い線が走り、雌雄で羽色はほぼ同じながら、雄の方がやや鮮やかだったとされる。くちばしと脚は茶系で、他のイワサザイ科に比べて大型かつ頑丈だった。
分類学的には、スティーブンイワサザイは長く Xenicus 属に含まれていたが、2016年のDNAおよび形態学的研究によって、単独の属 Traversia に分類されるべきであることが示された。分岐は漸新世または中新世初期までさかのぼると推定され、ニュージーランドの古地理・動物地理学に新たな視座をもたらした。


〇絶滅後

完全な剥製は残されておらず、骨格標本とスケッチ資料のみが残る。ニュージーランド国内の博物館では、同属との比較やDNA解析による研究が進められている。だが復元には限界があり、スティーブンイワサザイはもはや実物での観察ができない絶滅種となった。
現存するのは、確実な標本として15個体分と一部の準化石(subfosilní)骨格片のみであり、それらは主にニュージーランド・ウェリントンに保管されている。さらに1点はニュージーランド国立博物館テ・パパ・トンガレワ(旧植民地博物館)にも所蔵されているが、その出自には不明点が多く、1901年に王族(ジョージ5世夫妻)への展示品の一部としてトラバースから納品された可能性もある。加えて1905年には、オタゴ博物館に最後の既知標本が売却された記録が残っている。
この鳥の絶滅は「人間によってもたらされた最も迅速な絶滅」として国際的にも知られ、外来種の持ち込みが引き起こす生態系崩壊への警鐘として、環境保全の分野で重要な例として引用されている。ステファンズ島は現在、保護区域として管理されている。
なお、ステファンズ島に定着した野生化した猫たちが島から一掃されたのは、鳥の絶滅から30年近く経過した1925年のことであった。


〇創作作品におけるスティーブンイワサザイ

その印象的な絶滅史は、絵本、文学、環境教育、SF作品などでも広く扱われている。とくに「飼い猫による絶滅」という物語性は、創作世界において“失われた自然”“進化の代償”“人為的介入の悲劇”といったテーマを強調する象徴となっている。
自然の精霊や復活を目指す存在として描かれるケースも多く、時に「一匹の猫に狩り尽くされて絶滅」と誇張されることもある。


〇その他

スティーブンイワサザイの絶滅に関わった猫ティブルス(Tibbles)も、科学史や環境史の象徴として語られるだけでなく、現代のポップカルチャーにも登場している。
例えば、人気ゲーム『Fate/stay night』のスピンアウト作品『氷室の天地 Fate/school life』で行われた読者参加企画「ぼくの考えた最強偉人募集(氷室の天地)」第2回では、ティブルスが「種の絶滅」という宝具を引っ提げてエントリーされた。選考対象としては十分だったものの、投稿者が住所氏名を記入していなかったため、惜しくも不採用となった。




追記・修正は猫に責任をもってお願いします。


この項目が面白かったなら……\ポチッと/

最終更新:2025年07月16日 23:10