巨大核質DNAウイルス

登録日:2020/06/05 Fri 14:58:22
更新日:2020/06/18 Thu 17:33:22
所要時間:約 25 分で読めます











デカァァァァァいッ説明不要!!































































「巨大角質DNAウイルス」とは、ウイルス(?)の分類の一つである。


▼ウイルスとは

まずこの項目を読む前に、ウイルスって何ぞや?ということについて説明しておこう。
今さらなんでそんな当たり前の事を?と思った諸兄もまずは読んでいただきたい。
なぜなら巨大核質DNAウイルスの特異性を説明するにはまずそれを知っておく必要があるからだ。

ウイルスとは、細胞に感染して自己の複製を代行させる性質を持った微粒子である。
ウイルスは非常に単純な構造をしており、ベースとなるカプシドと呼ばれるたんぱく質の入れ物の中に自己の遺伝情報となるDNAもしくはRNAが封入されている。

細胞を持たないため通常の生物が細胞内に備える小器関も持たないので、彼らはエネルギーの代謝ができず、従って自己複製ができない。
そのため彼らは細胞核に感染して細胞増殖の機能を乗っ取り、自身のDNA・RNAを複製させるという方法で殖えるのだ。

さらに言えば普通生物は細胞内にDNAとRNAの2つを備えているが、ウイルスには基本的にはどちらか片方しか存在しない。

つまり、
  • 自己複製できない
  • エネルギーの代謝ができない
  • 細胞がない
  • DNAかRNAのどちらかしかない

ので「生物」の定義を満たしていないが、

  • 固有の遺伝子を持つ
  • 自力ではないが自己複製のメカニズムを持つ。

という点から生物的特徴を持つとも言えるため、
恐らく生物ではない完全に非生物かといわれるとそうとも言い切れない

しかし非生物なら保持するDNA・RNAを一体どこから持ってきたのか不明であり、過去に生物であった時期があったのではないかという推論も成り立ち、今のところは生物ではない謎の物体として今日の学界では扱われている。

またウイルスは非常に小さい。
非常に身近な細菌である大腸菌がおよそ2~3 μm(マイクロメートル) = 2~3/1000mmほどであるのに対し、我々もよく知るインフルエンザウイルスは0.1μm = 1/10000mm程。つまりウイルスを我々(身長170cmだと仮定)だとすると大腸菌はウルトラマン*1と同じくらいの大きさに見えるということになる。建物で言えば10階建てのオフィスビル相当であり見上げるような巨大さだ。

これはウイルス自体が非常に単純な構造であるためタンパク質をコードする遺伝子の数が少なく、従ってゲノムサイズも小さいからである。
先程の大腸菌だとおよそ420万~470万塩基対のゲノムサイズなのに対してインフルエンザウイルスは短いもので890塩基対、現状最長の物でも2341塩基対程度しかない。

そのため通常ウイルスは光学顕微鏡では観察できず、電子顕微鏡を用いなければ観察できない。

それを踏まえた上で概要を読んでいただきたい。


▼概要

巨大核質DNAウイルスとは、読んで字のごとく馬鹿デカいウイルスである。

どれくらい巨大なのかというと、代表的な巨大核質DNAウイルスである「ミミウイルス」ではなんと約0.75μm
先ほどの例えで言うなら我々の目線から見てVF-1Sストライクバルキリー*2くらいの大きさに見える
現生最大のウイルス「ピソウイルス」に至っては衝撃の約2.0μm。大腸菌とほぼ同じくらいである。

大きさに比してゲノムサイズも巨大で、先程のミミウイルスはなんと120万塩基対ものゲノムサイズを持つ。
最大クラスのパンドラウイルス・サリヌスに至ってはなんと直径1μm、ゲノムサイズ247万塩基対ともはや一部の真正細菌や古細菌よりもデカい。

そしてあまりに大きいため普通に光学顕微鏡で見える。なのでミミウイルスは発見されてから実に10年もの間、グラム陽性菌か何かの一種だろうと勘違いされていた。


▼発見経緯

世界で初めての巨大核質ウイルスであるミミウイルスは1992年にイギリスで発見された。

イギリス北部の町ブラッドフォードにあるとある病院では、発見当時アカントアメーバを利用してレジオネラ菌などの肺炎の原因菌を採取する作業が行われていた。
その作業の最中に病院の空調の冷却水を採取した際、アカントアメーバに謎の菌が感染しているのを発見。
グラム染色*3で染色され、光学顕微鏡で観察できたことから新種のグラム陽性菌「ブラッドフォード球菌」として研究所に送られた。
しかしこの菌の研究は困難を極めた。何故なら本来細菌が持つはずのたんぱく質合成に関与するrRNAを発見できなかったためである。
おまけに何度試みても正常に培養出来なかった。

それから実に10年もの歳月が過ぎた2003年、フランスの細菌研究者ディディエ・ラウルトがそもそもrRNA自体を持たないウイルスであるとの見解を発表。ブラッドフォード球菌は前代未聞の巨大ウイルスだった事が発覚したのだ。

その後グラム陽性菌に「化けていた(ミミック)」という事でこのウイルスは「ミミウイルス」と命名された。

後にチリ沖でさらに巨大な「メガウイルス・キレンシス」が発見されるまでこのウイルスは世界最大のウイルスだった。

▼生態(?)

実のところ生態はよく分かっていない。*4
宿主に関しても基本的に不明。

確実に分かっているのはアカントアメーバ類やそれに共生する細菌等には感染するらしいという事だがそれも人間によって人為的に取り出された結果であり、野生状態で何を宿主にしているのかは分かっていない。
ママウイルスと呼ばれるものは更に別種のウイルス(スプートニクヴィロファージ)に寄生されているケースも確認されている。

いずれにせよ天然痘など一部巨大核質DNAウイルスではないかと疑われているものはあるが、どのウイルスも人間との関わりは薄く、人間に対する病原リスクもほとんど無いと考えられている。


▼生物界に与えた衝撃

「え、でも単にデカいだけのウイルスに何大騒ぎしてんの?」と思うかもしれない。

否、この巨大なウイルスの発見は生物科学界の常識をひっくり返してしまうかもしれない大発見なのである。

その一つはまずこのウイルスが「生物の新たなドメインを作るかもしれない」ということだ。
ミミウイルスのゲノムについて検証したところ、全体のうち実に60%ものゲノムが出所不明の孤立遺伝子であることが判明した。
この遺伝子は恐らく自身の祖先ないしは近縁の別種から受け継いだものと見られておりつまり現代ではまだ未定義の生物の遺伝子の系統を保持したまま太古の昔から存在し続けてきた可能性を示唆している。
もしこの仮説が正しいなら、生物は真核生物・真正細菌・古細菌の3つからなるという生物界の常識が崩壊し、これら3つのいずれでもない4つ目の新たなドメインが増えてしまうかもしれない。

実際にこの発見を受けた研究者がまさかと思って研究資料を漁ったところ、特徴がミミウイルスに酷似したあからさまに怪しい存在が過去に発見されていた事が判明。過去にも同様のウイルスが発見されていながら、ミミウイルス同様細菌の一種と間違われていた可能性が出てきた。

もう一つは「ウイルスは生物か否か」という点だ。
ちょっとした細菌よりも巨大なゲノムサイズを持つ巨大核質DNAウイルスは、太古の昔真核生物との共通祖先から分化したのではないかという仮説がある。

例えば巨大核質DNAウイルスのなかでも天然痘ウイルスなどが属するポックスウイルス科やイリドウイルス科のウイルスのいくつかはなんとDNA複製に必須の酵素を自前で持つため、感染した細胞の酵素を使わず細胞質内で増殖する。
ウイルスの癖に不完全ながら自己複製能力の一部を持っているのである。
この事からウイルスはかつては純然たる生物であり、そこから他の生物に寄生しながら進化していったことで必要のない機能の大半を捨て去り寄生に特化し続けて現生のウイルスへと進化したのではないかという説も唱えられている。

非常に興味深いことに、リケッチアやクラミジアなど自力で自己複製出来ず、他の細胞に寄生して増殖するというウイルスに酷似した性質を持つ真正細菌も実在する。

もし自己複製可能なウイルスが実在するとしたら事実上ウイルスと生物の境界は存在し得なくなり、生物の定義自体が変わってしまう可能性もある。
自己複製能力も細胞も持たない「生物」が存在する事になるからだ。

▼代表的なウイルス


  • ミミウイルス
    • 世界で最初に発見された巨大核質DNAウイルス。
      先述の通り発見から10年もの間細菌と間違われていた。
      また近縁のママウイルスからはウイルスに寄生するウイルスであるスプートニクヴィロファージが発見されている。*5

  • パンドラウイルス・サリヌス/パンドラウイルス・ドゥルキス
    • それぞれチリのトゥンケン川河口とオーストラリアのメルボルン近郊の淡水湖から発見された。
      既存の生物ともウイルスとも異なる異様な特徴を多数持ったエイリアンのごとき存在であり、パンドラの箱を開けたように新事実が次々発見された事からこの名前が付いた。
      うちパンドラウイルス・サリヌスは世界最大のゲノムサイズを持ち、マイコプラズマ菌などの一部生物よりデカい。
      また通常ウイルスは先に「カプシド」というタンパク質の容器を作り、その中に複製された遺伝子を充填して蓋をして完成という形で増えるのだが、
      パンドラウイルスはカプシドの作成と遺伝子の充填を同時並行で行うという方式であり、これもウイルスの生物新ドメイン説の根拠の一つとされている。






追記・修正はアカントアメーバに寄生してからお願いします。

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