巨大核質DNAウイルス

登録日:2020/06/05 Fri 14:58:22
更新日:2025/06/06 Fri 00:36:56
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デカァァァァァいッ説明不要!!































































「巨大核質DNAウイルス」とは、ウイルス(?)の分類の一つである。


▼ウイルスとは

まずこの項目を読む前に、ウイルスって何ぞや?ということについて説明しておこう。
今さらなんでそんな当たり前の事を?と思った諸兄もまずは読んでいただきたい。
なぜなら巨大核質DNAウイルスの特異性を説明するにはまずそれを知っておく必要があるからだ。

ウイルスとは、細胞に感染して自己の複製を代行させる性質を持った微粒子である。
ウイルスは非常に単純な構造をしており、ベースとなるカプシドと呼ばれるたんぱく質の入れ物の中に自己の遺伝情報となるDNAもしくはRNAが封入されている。

細胞を持たないため通常の生物が細胞内に備える小器関も持たないので、彼らはエネルギーの代謝ができず、従って自己複製ができない。
そのため彼らは細胞核に感染して細胞増殖の機能を乗っ取り、自身のDNA・RNAを複製させるという方法で殖えるのだ。

さらに言えば普通生物は細胞内にDNAとRNAの2つを備えているが、ウイルスには基本的にはどちらか片方しか存在しない。

つまり、
  • 自己複製できない
  • エネルギーの代謝ができない
  • 細胞がない
  • DNAかRNAのどちらかしかない

ので「生物」の定義を満たしていないが、

  • 固有の遺伝子を持つ
  • 自力ではないが自己複製のメカニズムを持つ。

という点から生物的特徴を持つとも言えるため、
恐らく生物ではない完全に非生物かといわれるとそうとも言い切れない

しかし非生物なら保持するDNA・RNAを一体どこから持ってきたのか不明であり、過去に生物であった時期があったのではないかという推論も成り立ち、今のところは生物のようで生物ではない、ちょっと生物っぽい謎の物体として今日の学界では扱われている。

またウイルスは非常に小さい。
非常に身近な細菌である大腸菌がおよそ2~3 μm(マイクロメートル) = 2~3/1000mmほどであるのに対し、我々もよく知るインフルエンザウイルスは0.1μm = 1/10000mm程。つまりウイルスを我々(身長170cmだと仮定)だとすると大腸菌はウルトラマン*1と同じくらいの大きさに見えるということになる。建物で言えば10階建てのオフィスビル相当であり見上げるような巨大さだ。

これはウイルス自体が非常に単純な構造であるためタンパク質をコードする遺伝子の数が少なく、従ってゲノムサイズも小さいからである。
先程の大腸菌だとおよそ420万~470万塩基対のゲノムサイズなのに対してインフルエンザウイルスは短いもので890塩基対、現状最長の物でも2341塩基対程度しかない。

そのため通常ウイルスは光学顕微鏡では観察できず、電子顕微鏡を用いなければ観察できない。

それを踏まえた上で概要を読んでいただきたい。


▼概要

巨大核質DNAウイルスとは、読んで字のごとく馬鹿デカいウイルスである。

どれくらい巨大なのかというと、代表的な巨大核質DNAウイルスである「ミミウイルス」ではなんと約0.75μm
先ほどの例えで言うなら我々の目線から見てVF-1Sストライクバルキリー*2くらいの大きさに見える
現生最大のウイルス「ピソウイルス」に至っては衝撃の約2.0μm。大腸菌とほぼ同じくらいである。

大きさに比してゲノムサイズも巨大で、先程のミミウイルスはなんと120万塩基対ものゲノムサイズを持つ。
最大クラスのパンドラウイルス・サリヌスに至ってはなんと直径1μm、ゲノムサイズ247万塩基対ともはや一部の真正細菌や古細菌よりもデカい。

そしてあまりに大きいため普通に光学顕微鏡で見える。なのでミミウイルスは発見されてから実に10年もの間、グラム陽性菌か何かの一種だろうと勘違いされていた。

実のところこういった巨大ウイルスは希少な物でもなんでもなく、探せばそこらへんの環境中から簡単に見つかる。今までデカすぎてクジラか何かだと思われていた生物が実は巨大化したメダカだった事が判明したようなものである。


▼発見経緯

世界で初めての巨大核質ウイルスであるミミウイルスは1992年にイギリスで発見された。

イギリス北部の町ブラッドフォードにあるとある病院では、発見当時アカントアメーバを利用してレジオネラ菌などの肺炎の原因菌を採取する作業が行われていた。
その作業の最中に病院の空調の冷却水を採取した際、アカントアメーバに謎の菌が感染しているのを発見。
グラム染色*3で染色され、光学顕微鏡で観察できたことから新種のグラム陽性菌「ブラッドフォード球菌」として研究所に送られた。
しかしこの菌の研究は困難を極めた。何故なら本来細菌が持つはずのたんぱく質合成に関与するrRNAを発見できなかったためである。
おまけに何度試みても正常に培養出来なかった。

それから実に10年もの歳月が過ぎた2003年、フランスの細菌研究者ディディエ・ラウルトがそもそもrRNA自体を持たないウイルスであるとの見解を発表。ブラッドフォード球菌は前代未聞の巨大ウイルスだった事が発覚したのだ。

その後グラム陽性菌に「化けていた(ミミック)」という事でこのウイルスは「ミミウイルス」と命名された。

後にチリ沖でさらに巨大な「メガウイルス・キレンシス」が発見されるまでこのウイルスは世界最大のウイルスだった。

▼生態(?)

実のところ生態はよく分かっていない。*4
宿主に関しても基本的に不明。

確実に分かっているのはアカントアメーバ類やそれに共生する細菌等には感染するらしいという事だがそれも人間によって人為的に取り出された結果であり、野生状態で何を宿主にしているのかは分かっていない。
ママウイルスと呼ばれるものは更に別種のウイルス(スプートニクヴィロファージ)に寄生されているケースも確認されている。

いずれにせよ天然痘など一部巨大核質DNAウイルスではないかと疑われているものはあるが、どのウイルスも人間との関わりは薄く、人間に対する病原リスクもほとんど無いと考えられている。


▼生物界に与えた衝撃

「え、でも単にデカいだけのウイルスに何大騒ぎしてんの?」と思うかもしれない。

否、この巨大なウイルスの発見は生物科学界の常識をひっくり返してしまうかもしれない大発見なのである。

その一つはまずこのウイルスが「生物の新たなドメインを作るかもしれない」ということだ。
ミミウイルスのゲノムについて検証したところ、全体のうち実に60%ものゲノムが出所不明の孤立遺伝子であることが判明した。
この遺伝子は恐らく自身の祖先ないしは近縁の別種から受け継いだものと見られておりつまり現代ではまだ未定義の生物の遺伝子の系統を保持したまま太古の昔から存在し続けてきた可能性を示唆している。
もしこの仮説が正しいなら、生物は真核生物・真正細菌・古細菌の3つからなるという生物界の常識が崩壊し、これら3つのいずれでもない4つ目の新たなドメインが増えてしまうかもしれない。

実際にこの発見を受けた研究者がまさかと思って研究資料を漁ったところ、特徴がミミウイルスに酷似したあからさまに怪しい存在が過去に発見されていた事が判明。過去にも同様のウイルスが発見されていながら、ミミウイルス同様細菌の一種と間違われていた可能性が出てきた。

もう一つは「ウイルスは生物か否か」という点だ。
ちょっとした細菌よりも巨大なゲノムサイズを持つ巨大核質DNAウイルスは、太古の昔真核生物との共通祖先から分化したのではないかという仮説がある。

例えば巨大核質DNAウイルスのなかでも天然痘ウイルスなどが属するポックスウイルス科やイリドウイルス科のウイルスのいくつかはなんとDNA複製に必須の酵素を自前で持つため、感染した細胞の酵素を使わず細胞質内で増殖する。
ウイルスの癖に不完全ながら自己複製能力の一部を持っているのである。
この事からウイルスはかつては純然たる生物であり、そこから他の生物に寄生しながら進化していったことで必要のない機能の大半を捨て去り寄生に特化し続けて現生のウイルスへと進化したのではないかという説も唱えられている。

非常に興味深いことに、リケッチアやクラミジアなど自力で自己複製出来ず、他の細胞に寄生して増殖するというウイルスに酷似した性質を持つ真正細菌も実在する。

もし自己複製可能なウイルスが実在するとしたら事実上ウイルスと生物の境界は存在し得なくなり、生物の定義自体が変わってしまう可能性もある。
自己複製能力も細胞も持たない「生物」が存在する事になるからだ。

▼ウイルスの起源とは

ここまで巨大だと得られる情報量も多く、これら巨大ウイルスを含むウイルスの起源が何であるのかも朧げながら推定されつつある。
  • 原始生命態説
ダーウィンの進化論に則れば、生物は皆単純で原始的な存在から淘汰と適応を繰り返してより複雑で多様な形質を獲得してゆくという事になる。
従って現生生物よりも遥かに単純な構造で情報量も少ないウイルスは最も原始的な存在であると見做すことができ、よってウイルスとは現在の細胞の原型となった原始生命態なのではないかとする説。
これまでの説明を読んだ方ならお分かりだろうが、増殖に生きた細胞を要するウイルスが細胞よりも前に出現するなど有り得ないため、この説はすぐに廃れて次なる進化仮説へと移っていった。

  • 進化説
前述の通り太古の真核生物から分化して生まれた寄生生物が寄生して生きるのに不要な機能を削減しながら進化した成れの果てであるという説。単なるタンパク質の塊でしかないはずのウイルスがこれ程巧みな増殖の機構を有しあまつさえ固有の遺伝情報すら持つ事の説明としては非常に筋が通っており、この説に従うならウイルスは真核生物の一派であり現代生物学で説明のつく存在だということになってしまい、つまり生物とウイルスの境が曖昧になり既存の生物の定義が崩壊してしまう。
しかし現生の生物は遺伝物質として主にDNAを用いるのに対し、ウイルスの大半はRNAを遺伝情報とするRNAウイルスであり、生物とは遺伝の機構が異なる理由を完全には説明できなかったため、一時期は下記の細胞脱出説が有力視されていた。
一方で元々生物だったのなら巨大ウイルスの存在を「かつて一つの細胞だったから」という形で説明できるため、こちらから派生する形で「第四ドメイン説」が提唱され始めた。また2019年に北海道で発見された「メデゥーサウイルス」は真核生物に近似した特徴を持つ事が判明しており、俄に真核生物由来説も復権の兆しを見せている。

  • 細胞脱出説
単独の生物ではなく、古代生物の細胞内のゲノムの一部(mRNA)が酵素タンパク質と共に細胞から離脱し、次第に独立してウイルスと化した説。これならDNA式の生殖を行う生物に由来するはずのウイルスにRNA式の増殖を行うものが多い理由も、また宿主細胞がないと増殖出来ない理由も説明出来る。
つまりウイルスの増殖とは生物的な生殖ではなく、かつてmRNAが細胞内で果たしていた役割の再現であるというわけである。この説は長年ウイルス起源に対する最有力説と目されてきたのだが、巨大核質DNAウイルスの発見により一気に根幹を揺るがされてしまった。先にも述べたが巨大ウイルスは細菌に匹敵する大きさであり、細胞から離脱した小器官が由来ならなぜその細胞よりデカいウイルスが存在しているのか?という疑問が生じてしまうのである。

  • 第四ドメイン説
ウイルスは真核生物から分化したのではなく、それよりも前の原始細胞生物から分化した第四の生物群に属しているとする説。つまりそもそも現生の生物とは起源からして全く異なるというものである。

この説に従うなら真核生物と同時期に生まれた既存のいかなる生物とも異なるドメインが存在するということになり、生物三界説に基づいた現代生物学の常識が崩壊してしまう。一方で下記のように後天的に細胞様の形質を獲得しうるのではないかとする反論もある。

  • 水平伝播説
ウイルスは感染した宿主細胞の遺伝子を取り込み変異するので、未解明の孤立遺伝子の殆どは宿主細胞に由来するものであり、ウイルス自体が独自に編み出した物ではないとする説。
この説に従うなら巨大ウイルスは単に宿主から奪った遺伝子を取り込み続けた結果巨大化しただけであり現生の他のウイルスと何ら変わらない存在である事になる。

▼代表的なウイルス


  • ミミウイルス
    • 世界で最初に発見された巨大核質DNAウイルス。
      先述の通り発見から10年もの間細菌と間違われていた。
      また近縁のママウイルスからはウイルスに寄生するウイルスであるスプートニクヴィロファージが発見されている。*5
      信じられないことにいくつかの巨大ウイルスはこのウイルスから身を守るための免疫機構を備えている事が確認されており、さらに一部の生物はスプートニクヴィロファージを逆に巨大ウイルスに対する免疫システムとして利用している事が判明している。

  • パンドラウイルス・サリヌス/パンドラウイルス・ドゥルキス
    • それぞれチリのトゥンケン川河口とオーストラリアのメルボルン近郊の淡水湖から発見された。
      既存の生物ともウイルスとも異なる異様な特徴を多数持ったエイリアンのごとき存在であり、パンドラの箱を開けたように新事実が次々発見された事からこの名前が付いた。
      うちパンドラウイルス・サリヌスは世界最大のゲノムサイズを持ち、マイコプラズマ菌などの一部生物よりデカい。
      また通常ウイルスは先に「カプシド」というタンパク質の容器を作り、その中に複製された遺伝子を充填して蓋をして完成という形で増えるのだが、
      パンドラウイルスはカプシドの作成と遺伝子の充填を同時並行で行うという方式であり、これもウイルスの生物新ドメイン説の根拠の一つとされている。

  • メドゥーサウイルス
    • 2019年という比較的最近に北海道のとある温泉から採取されたもので、サイズは約0.26μm、35万塩基対の比較的小型(もちろんウイルスとしては巨大ではあるが)な巨大核質DNAウイルス。
      感染したアメーバの細胞の一部をシストと呼ばれる硬い構造に変えてしまうため、顔を見た者を石に変えるメドゥーサに因んで命名されると同時にこのウイルスの属する新たな区分として「マモノウイルス科」が提唱された。
      このウイルスは真核生物に特有の構造であるヒストン遺伝子を5種類全て内包するという極めて稀な存在*6であり、ウイルスが真核生物に由来する、ないしは水平伝播を介して真核生物の進化に関与してきた可能性を示唆している。





追記・修正はアカントアメーバに寄生してからお願いします。

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最終更新:2025年06月06日 00:36

*1 初代マンの約40mと仮定。

*2 バトロイド形態時。約12m。

*3 特殊な染色液を使って細菌を染色し、染色の具合によって菌を分類する方法。これで紫に染まる場合はグラム陽性菌、そうでない場合はグラム陰性菌に分類される。

*4 もっとも現在見つかっているウイルスの大半は自然界でどのような状態にあるのか分かっていないのだが。

*5 以前にもサテライトウイルスというウイルスに取り付くウイルスは発見されていたが、寄生というより宿主の増殖に便乗して自分も増えるという片利共生タイプのウイルスだった。対してスプートニクヴィロファージは宿主の増殖機能を乗っ取ってしまう真の寄生関係であり、より生物的な特徴を持っている。

*6 これまでもヒストン遺伝子を内包するウイルス自体は発見されておりウイルスの真核生物由来説の根拠とされてきたのだが、5種類あるヒストン遺伝子を全て持つのが確認されたのはメドゥーサウイルスが史上初。