1995年第10回賞金王決定戦

登録日:2020/06/07 (Sun) 03:15:19
更新日:2020/06/07 Sun 09:01:33
所要時間:約 4 分で読めます




1995年、この年の初めに明石海峡で起きた大地震の傷跡も多少は和らいできた近畿。

そんな中12月24日、大阪府の住之江競艇場で行われた、1995年の競艇の総決算・賞金王決定戦。
このレースはボートレース史上稀に見る大激戦、そしてボートレース屈指の名勝負となった。

この記事を読む際、1つ頭に入れておいて欲しいのが「ボートレース(競艇)は1周目の2回目のターン(2M)までに大抵の勝負が決まってしまう競技である」こと。特に、この時代には三連単やワイド/拡連複なる投票券はなく、複勝も全て競馬で言う2着払いなので3着争いもそこまで重要視される時代ではないことにも留意して欲しい。

この賞金王決定戦に出場した面々は当時のスターレーサー揃いであった。
1号艇 中道善博(徳島)
前年覇者。「水上の人間国宝」として親しまれ、70年代後半から活躍を続けてきた大ベテラン。この年もSG・モーターボート記念を制覇。ベテランながらも新興のターン技術・モンキーターンを採り入れ依然として強さを保っていた。連覇をかけた一番。
2号艇 野中和夫(大阪)
1992年から賞金王決定戦2連覇も果たし、「モンスター」の異名を取った往年の名レーサー。既にこの時は全盛期を過ぎていたが、それでもこの年グランドチャンピオンを制覇するなど決して衰えきった訳ではなかった。大漫才師・横山やすしの中学時代からの盟友としても有名。
3号艇 烏野賢太(徳島)
この年の新鋭王座決定戦覇者。この人もモンキーターン使いで、鳴門の新鋭として名を馳せていた。
4号艇 松井繁(大阪)
近畿、地元の若手として初出場。出場6選手の中では最年少であり、この年から賞金王決定戦には7年連続で出場する記録を打ち立てた。令和になった現在ではレジェンド扱いされているお方。
5号艇 植木通彦(福岡)
プロペラで顔面を刻まれるという、死亡例もある不運な事故から復活、それどころか復活後にモンキーターンと呼ばれる、後に競艇の駆け引きを大きく変えることになる技術を身につけて一躍トップレーサーに駆け上がった「不死鳥」。賞金王決定戦はこれが2年連続2度目。
6号艇 熊谷直樹(北海道)
植木と同年デビューの中堅。この年はG1(開設記念)初優勝を果たし、初めて賞金王決定戦の舞台に駆け上がった。

晴天、多少の追い風が吹く中でレースは行われた。

ピットアウト後の待機行動。インは中道が死守するも、素早く回り込んだ5号艇植木、6号艇熊谷がそれぞれ2コースと3コースのインを取る事に成功。押し出された残り3艇の内、地元大阪勢の2号艇野中・4号艇松井はアウトコースからのダッシュスタートを選び、ピット付近の水域へと艇を引っ張って行った。

進入はインコースから①⑤⑥③-②④。
スタートは正常。アウト勢が出遅れる中、1号艇中道と5号艇植木が特にいいスタートを切る。中道はインからの逃げの態勢を試み、植木は1周1Mで捲りを敢行。内が空く形となったことから複数の艇が差しに入るも届かず、中道が先頭で1周バックストレッチへ。

1周2M、今度は植木が空いたインコースに切り込んでの差しを決めて先頭に立ち、ここからは完全に2艇の争いとなる。2周1M、今度は内から中道が植木にぶつかりに行くような形で飛び込んで再び先頭に立つ。2周2Mでも植木は内から中道を掬いにいくもこれは届かず、先頭中道・2番手植木で最終周回。まさに抜きつ抜かれつの頂上決戦となった。

3周1M。一旦艇を引いた植木は中道の懐に飛び込む。この差しが見事に決まり植木は再びの逆転に成功…したことになっているが、バックストレッチでも艇の伸ばし合いでかなりの接戦になる。

最終・3周2M。外に少し流れた植木に対し中道は内に飛び込み、再び捉えかけたが植木優勢のまま最後の直線へ。殆ど差のない接戦になるも、植木が最後に伸び切ったところがスリットポール。黄金のヘルメット初戴冠となった。

1着 5号艇 植木通彦(福岡) 1:44.8
2着 1号艇 中道善博(徳島)
3着 3号艇 烏野賢太(徳島)
4着 6号艇 熊谷直樹(北海道)
5着 4号艇 松井繁(大阪)
6着 2号艇 野中和夫(大阪)
決まり手 3周1M差し 2連単5-1 1,280円(2人気)

このレースが競艇屈指の名勝負と呼ばれているのは、やはり競艇では珍しい抜きつ抜かれつの激しい先頭争いであろう。
冒頭にも書いた通り、競艇はそのほとんどの勝負が1周2Mまでで決まってしまう競技である。そんな競技の常識を覆す抜きつ抜かれつの激しいレースが、年間のチャンピオンを決める頂上決戦で行われた。かくしてこのレースは、ファンの心に名勝負として焼き付けられることとなった。

その後も出場者は活躍を続け、特に優勝した植木はSG5年連続制覇の偉業を成し遂げる。賞金王決定戦については翌年も連覇を達成し、2002年にも優勝。その強さから「不死鳥」「艇王植木」と呼ばれファンからも高い人気を得た。2008年に引退しているが、その後も後進の育成やメディアへの出演を通して艇界の発展に尽力している。

追記修正は、最後の最後まで激しい争いを繰り広げてからお願いします。

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