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RADWIMPS

登録日:2011/12/16 Fri 17:58:48
更新日:2026/08/06 Thu 23:12:53
所要時間:約 9 分で読めます




日本のロックバンド。
音楽的にはミクスチャーロック扱いされることが多い。

意味は「マジスゲービビり野郎」や「カッコいい弱虫」

知名度の割にはメディアに全くと言っていいほど出ない。

彼らを語る上で欠かせないのが、ある人からは手放しで絶賛され、
またある人からは気持ち悪いとまで言われる特徴的な歌詞であろう。

【愛する人に対する過度な形容】
【徹底的に「生」に対して肯定的】
な歌詞は
【リア充爆発しろ】【厨二乙】
などとよく言われる。

東日本大震災発生後、各関係者に連絡をとり、支援サイト「糸色-itoshiki」を立ち上げた。


【メンバー】

2025年現在、結成時からのメンバーとして残っているのはボーカルの野田のみ。

現メンバー

野田 洋次郎(のだ ようじろう)
ギター・ボーカル。曲によってはピアノなども演奏する。
「洋次郎」と呼ばれることが多く、ファンのみならず、メンバーやスタッフからも名前で呼ばれている。
好きな漫画は「スラムダンク」。

武田 祐介(たけだ ゆうすけ)
ベース。
中学生の時に、ギターの上手な先生が吹奏楽部の顧問だったという理由で吹奏楽部に入部するも、
ギターは吹奏楽には無いから、同じ弦楽器のコントラバスを始めたという経歴の持ち主。
すね毛の濃さなら誰にも負けない故についたあだ名は「多毛田」。笑ってよきかなの人とは関係ない。
好きなジブリ作品は「もののけ姫」。

山口 智史(やまぐち さとし)
ドラム。
ライブ演奏中は常に笑顔。
ただ、リハーサルの時は恐いくらい真面目な顔をしているらしい。
「メンバーを嫌いになった瞬間」ランキングの1位に、
「武田の友達に手を出して現在も交際中」というものがある。
既婚者。
好きな漫画は「アカギ」。

2015年9月に、「ミュージシャン・ジストニア」という神経症が悪化したことを理由に活動を休止。
その後は表だった動きや発信がなかったものの、2022年には慶應義塾大学の研究者と、ジストニアについての研究についての対談を行う記事がドラムマガジンからリリースされた。
この記事により、慶應義塾大学ジストニアの原因究明に向けた研究を行っていることが明らかになった。
2025年現在も、「慶應義塾大学SFC研究所 所員」という肩書きで研究を続けているほか、YAMAHAとの共同開発で、声でバスドラムを叩く「VXD」の開発にも取り組んでいる。

2024年にはこの「VXD」の研究発表会で9年ぶりに観客の前でドラムを叩いた。
2025年には初のソロツアーを開催。
そして、同年に行われた「RADWIMPS 20th ANNIVERSARY LIVE TOUR」のファイナル有明公演で10年ぶりにRADWIMPSのステージに復活。「25コ目の染色体」を叩いた*1

サポートメンバー

ドラムの山口が活動を休止してからは、サポートメンバーを迎えて活動している。
他のアーティストの場合、ライブやレコーディングによりサポートメンバーが変わることが多いが、RADWIMPSの場合は常に同じミュージシャンがサポートを行っている*2

森 瑞希(もり みずき)
ドラムのサポートメンバー。
2015年の海外ツアーからサポートメンバーとして、ライブおよびレコーディングに参加している。
単独ドラムとしてのサポートは、2015年の海外ツアーのみで、同年の10周年ツアー以降は基本的にはもう1人のドラムサポートを加えたツインドラム体制でライブを行なっている。

刄田 綴色(はた としき)
2015年11月から行われた、10周年ツアー以降、2019年までサポートドラマーとしてライブに参加。
東京事変のメンバーで、2020年以降は東京事変が再結成されたため参加していない。

エノ マサフミ
2020年以降のサポートドラマー。
レコーディングでは、基本的には森が1人でドラムを叩くが、2025年にリリースされたアルバム「あにゅー」に収録されている「大団円 feat. ZORN (Anew Version)」のみ、エノがレコーディングに参加している。

名前は、基本的にはカタカナ表記を使用しているが、漢字では「繪野 匡史」とかく。

TAIKING(Suchmos)
マスダ ミズキ(ex.ねごと)
桑原が活動休止中に行われた「FOREVER IN THE DAZE TOUR 2021-2022」でのギター。
従来、野田がギター・ボーカルで歌唱していた曲は3本のギターによる重厚な演奏となった。
野田とマスダの2人が歌う『ドリーマーズ・ハイ』は必見。

白川 詢(しらかわ じゅん)
2024年の桑原脱退を受けて、2025年からサポートメンバーとして加入。

脱退したメンバー

桑原 彰(くわはら あきら)
サイドギター。
高校を「RADで食っていく」と勝手に決めて中退。
しかし2008年には「辞める」と宣言し脱退寸前であった。
ポカリがないと死ぬくらいポカリが好きだったが、
「ポカリは濃い」ということでアクエリアス等を飲んでいるらしい。大人になったのかもしれない。
好きなゲームは「龍が如く」。

2024年10月に、バンドからの脱退を発表。
その後はtiktokにギターの動画を投稿するなどしているが、サポートなどといったステージに立つ活動はしていない。
桑原脱退後も、桑原在籍時代の映像や画像は度々公式に公開されており、桑原がカットされたりモザイクをかけられたりもしていないことから、肖像の使用をNGにするなどはしていない模様。
また、野田・武田もインタビューやライブのMCでも時折名前を出すことがある。

インディーズ時代のメンバー

1枚目のアルバムとシングルのみの参加。
野田の著書『ラリルレ論』では、本名は出てこないが(アルファベットのイニシャルで登場)わずかに触れられている。しかし、インディーズ期から2025年現在に至るまでRADを支えるスタッフである、渡辺雅敏の著書『あんときのRADWIMPS 「人生 出会い」編』では、インディーズ期から活動を振り返っているにも関わらず旧メンバー3人には全く触れられていない。

斉木 祐介(さいき ゆうすけ)
ギター担当。結成当初のメンバーで、バンドの発起人でもある。
スタジオでの練習に遅刻を繰り返すなど、素行の問題からバンドを脱退する*3。本人曰く、ロックを履き違えていたらしい。
2025年現在では、汁なし担々麺の専門店を経営。2023年のROCK IN JAPANで、野田と再会したとのことだが、「来なよ」と言ったところ、「いやだよ」と返されてしまったらしい。

芝藤 昭夫(しばふじ あきお)
ドラム担当。
RADWIMPS脱退後のことはあまりわからないが、RASE-Soundsというバンドに所属していたらしい。
2024年には、斉木に関するインタビューという形でメディアに登場した。

朝生 恵(あそう けい)
ベース担当。
2025年現在、YoutubeやTikTokで活動している模様で、甲府駅近辺で弾き語りをしている様子などを投稿している。

【経歴】

インディーズ期

高校生時代

2001年4月、斉木が洋次郎の弾き語りを聴いたことをきっかけに結成される。
この際に、斉木が野田の歌を密かに携帯電話で録音しており、当時組んでいたバンドに野田が合流する形だった。
当時のメンバーは野田、桑原、斉木、芝藤、朝生の5人。

2002年2月5日、RADWIMPSとしての初ライブを横浜B.B.STREET*4にて行う。
ちなみに、その前は「キャップラベル」「まいうー」など、様々な名前でライブに出ていた。
野田はこの2月5日を結成日と認識しており、自身のSNSで言及することがある。

同年8月、「YOKOHAMA HIGHSCHOOL MUSIC FESTIVAL(YHMF)2002」において『もしも』がグランプリを受賞。
ちなみに、同じ大会にはのちのドラムである山口が「をかし」というバンドで、翌年の大会には武田が出場している。

この優勝をきっかけに桑原は「このバンドが俺の人生だ」と確信し、高校の退学を宣言する。
さすがに先走りすぎだ、ということで野田と当時のレーベル社長と2人で半日かけて説得。
桑原自身も「わかった」と頷いたが、次の日に退学届を提出してしまった。

2003年5月3日、初のシングル「もしも」をリリース。
さらに7月には1枚目のアルバム『RADWIMPS』をリリース。
RADWIMPSを現在も支えるスタッフである「ナベさん」こと渡辺雅敏は、このファーストアルバムに衝撃を受けたことをきっかけにRADIWIMPSを見出している。

また、同時期には野田が受験勉強に専念するため、活動を休止している。
この時期はライブをしていなかったが、2003年8月28日に行われた「YHMF2003」においては、前年グランプリだったため、ゲストバンドとして出演。
ナベさんはこの時、初めてRADWIMPSのライブを目にしている。

『発展途上』

2004年3月、野田が無事に受験を終える。
しかし、野田自身、バンドを続けることに熱心ではなかった。

もともと、受験期に桑原からの電話に「大学に行ってからもバンドを続けるかはわからない」「アルバムは高校時代の思い出」とはっきりいうなど、この段階ではあくまで学生の趣味として扱っていた節がある。
それでもバンドをやりたい桑原に対して新しいメンバーを集めるように要求している。

なお、旧メンバーで活動を継続しなかった理由は、『あんときのRADWIMPS 「人生 出会い」編』においては「最後の方にぎくしゃくしたから」と述べられている。
また、野田は著書『ラリルレ論』で「桑原とだけバンドを続けたのは、(高校をやめるほどの覚悟を持っていた)彼に何も残されていないと知っていたから」だと述べている。

その後、桑原が渋谷でティッシュ配りのアルバイトをしていた山口を偶然発見。
野田・山口・桑原の3人でのセッションを経て加入。
ベーシストだけはオーディションなどを行っても決まらなかったが、山口が音大の後輩として連れてきた武田が加入したことで、のちにメジャーデビューを果たすRADWIMPSが完成することとなった。

メンバーが揃いすぐに『祈跡』のレコーディングを行なっている。

2004年7月から、初のツアーとなる「なっ〜夏?!ツアー 2004」を開催。
このツアーの初日、7月18日に横浜CLUB24WESTで行われたライブで、2025年現在まで続く「アンコールでの『もしも』の合唱」が生まれた。

2005年3月、2ndアルバム「RADWIMPS 2 〜発展途上〜」を発売。
また、インディーズ最後となるツアー「はるなっTOUR」を開催。
最終日の9月3日、横浜BLITZでのライブでメジャーデビューを発表。
11月23日、「25コ目の染色体」でメジャーデビュー。


【ディスコグラフィ】

アルバム

オリジナルアルバム

◆1st - RADWIMPS
◆2nd - RADWIMPS 2 〜発展途上〜
◆3rd - RADWIMPS 3 〜無人島に持っていき忘れた一枚〜
◆4th - RADWIMPS 4 〜おかずのごはん〜
◆5th - アルトコロニーの定理
◆6th - 絶体絶命
◆7th - ×と○と罪と
◆8th - 人間開花
◆9th - ANTI ANTI GENERATION
◆10th - FOREVER DAZE
◆11th - あにゅー

コンセプトアルバム

◆2+0+2+1+3+1+1= 10 years 10 songs

ライブアルバム

Human Bloom Tour 2017
◆BACK TO THE LIVE HOUSE TOUR 2023

EP

◆夏のせい ep

サウンドトラック

◆君の名は。
◆天気の子
◆天気の子 complete version
◆余命10年 〜Original Soundtrack〜
◆すずめの戸締まり

トリビュートアルバム

◆Dear Jubilee -RADWIMPS TRIBUTE-

シングル

CDシングル

◆イーディーピー 〜飛んで火に入る夏の君〜
◆ふたりごと
◆有心論
◆セツナレンサ
◆オーダーメイド
◆DADA
◆狭心症
◆シュプレヒコール
◆ドリーマーズ・ハイ
◆五月の蝿/ラストバージン
◆ピクニック
◆記号として/‘I’ Novel
◆君の名は。English edition
◆サイハテアイニ/洗脳


配信限定シングル

◆PAPARAZZI (English Version)
◆Light The Light
◆猫じゃらし
◆新世界
◆ココロノナカ
◆夏のせい
◆鋼の羽根
◆TWILIGHT
◆うたかた歌 feat. 菅田将暉
◆人間ごっこ
◆すずめ feat.十明
◆カナタハルカ
◆KANASHIBARI feat. ao
◆大団円 feat.ZORN
◆賜物
◆命題

映像作品

◆RADWIMPS4.5
◆生春巻き
◆絶体延命
◆RADWIMPS LIVE&DOCUMENT 2014 ×と○と君と
◆青とメメメ
Human Bloom Tour 2017
◆「君の名は。」オーケストラコンサート
Road to Catharsis Tour 2018
◆ANTI ANTI GENERATION TOUR 2019
◆FOREVER IN THE DAZE TOUR 2021-2022
◆BACK TO THE LIVE HOUSE TOUR 2023
◆RADWIMPS 20th ANNIVERSARY LIVE TOUR



余談だが女性声優にこのバンドが好きな人が非常に多い。
堀江由衣伊藤かな恵津田美波etc……。


アニオタwikiでもやらないやらない嘘ではない。驚くべき効果を発揮します。
新しい自分に出会えます。ただ、中毒性がございます。用法容量お守り下さい。

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最終更新:2026年08月06日 23:12

*1 サポートの森、エノも交えたトリプルドラム体制。

*2 「FOREVER IN THE DAZE TOUR 2021-2022」でギターをサポートした2人はのぞく。

*3 斉木本人によると、わざと遅刻を繰り返すなどしていたらしい。野田の著書「ラリルレ論」には、高校生でありながら飲酒運転を繰り返した挙句、全治3ヶ月の重傷を負いライブに出演できない状態になった、というエピソードが綴られている。

*4 2025年12月をもって営業終了。

*5 自主制作なので、5曲収録と6曲収録のものが両方販売していた可能性もある。

*6 Youtubeで出回っているが...

*7 2007年8月30日「セプテンバーまだじゃん。」において。このライブはRADWIMPS初の横浜アリーナでのワンマンライブでもあった。

*8 前述の通り、8分に及ぶ大作となったのは、作詞・作曲した野田自身にとっても想定外の事態だった。長くなったことを受けて、微調整して8分4秒に合わせた可能性もあり得るが。そもそも、「happen for」を「奇跡は起こる」と翻訳するのはかなり無理がある。

*9 一応019年に混成三部合唱など、学校での合唱に適した楽譜がRADWIMPSの公式ホームページで2019年から配信されている。