アッシャー家の崩壊(小説)

登録日:2022/05/09 Mon 23:09:10
更新日:2023/09/14 Thu 22:34:15
所要時間:約 10 分で読めます




Son cœur est un luth suspendu;

Sitot qu’on le touche il resonne.


ピエール=ジャン・ド・ベランジェ


「アッシャー家の崩壊」とはエドガー・アラン・ポーの短編小説である。
原題は” The Fall of the House of Usher”で刊行は1839年。「アッシャー家の没落」と言う名前で知っている人もいるかもしれない。



幻想的で、かつ陰鬱とした雰囲気漂うアッシャー家邸宅にて語り手が遭遇した奇妙な出来事を描いた作品となっている。



あらすじ】(未読の方はネタバレ注意!)

旧友、ロデリック・アッシャーからの知らせを受け、アッシャー家の屋敷へと足を運ぶ語り手。曰く「自らの疾病による精神面での疲弊が著しい為、会って交流することでその病状を少しでも回復させたい」とのこと。


辿り着いたアッシャー家は数世紀という歴史を持つ古い屋敷であり、家そのものや(近くの沼を始めとする)周囲の風景などのどの部分に目を向けても重く陰鬱とした雰囲気しか感じることが出来ない。
久しぶりに会ったロデリック本人も以前の面影を残しつつ主に精神面で不健康である事がうかがえる容姿になっていた。
現在彼は双子の妹であるマデリーンとこの屋敷で暮らしているのだが、彼女は医者から匙を投げられるほどの重篤な病にかかっており、余命いくばくもなく、「彼女が死んでしまうと自分だけがこの世に1人取り残される」と言う事実が彼の精神面での大きな障害となっているのだった……。


【主な登場人物】

  • 語り手
本名は最後まで明かされない。
旧友であるロデリック・アッシャーからの知らせを受けてアッシャー家に足を運び、そこで彼の現状やアッシャー家そのものの秘密などを知り、数週間の交流をもって彼の精神面での支えになろうと奔走する。


  • ロデリック・アッシャー
アッシャー家の末裔で、唯一の友人である語り手に半ばSOSに近い形で手紙を送る。
元々自身の持つ感覚過敏などの疾患に加え、自身にとって唯一の肉親であるマデリーンの病状から精神的に疲弊しており、外見にもその様が明らかに反映され、語り手に対して「死」と「恐怖」について吐露し、鬱屈した日々を過ごしている。


  • マデリーン・アッシャー
ロデリックの妹。
双子で、2人の間での精神面での感応が非常に多かったらしい。*1
慢性の無感覚・漸進的衰弱・類患*2性の疾患を持っており、余命いくばくもない状態になっている。












以下ネタバレ注意。










語り手はロデリックの為に絵画、読書、ロデリックの弾くギターの鑑賞など、二人でできることを行い、慰安を試みるが、彼の精神状態は回復の兆しを見せない。

試みの中でロデリックは以下に記す「魔の宮殿」と言う即興詩を作り、ギターの演奏に合わせて歌っている。




この短い詩は語り手の記憶に現在でもはっきりと残ったと同時に、その内容からロデリックの持つ1つの考えを導き出させた。

それは「すべての植物、場合によっては無機物までもが知覚力を有する」というもの(ロデリックはそこからさらに対象を無機物まで拡大させていたようだが。)。
つまりアッシャー家の放つ陰鬱な雰囲気はそれらを構成する1つ1つの物体の意思による無言の主張で、それがアッシャー家の辿る運命やロデリックの人格形成に少なからず影響を与えているのだと考えたのだ。
しかもロデリック曰くその無言の主張は以前にもまして具象化されつつあると述べている……。


拭われることのない「鬱屈」の中で上記のような考えを持ちながら語り手はロデリックと過ごしていたが、ある日の晩、衰弱していたマデリーンがとうとう息を引き取った事を知った。


彼女の亡骸について、ロデリックは「2週間後に埋葬を実行する」とした上で、それまでの間は礎壁内にある窖に納めると主張。

病気の特異性、医者からの詮索の回避、埋葬地の立地の問題などからの決断であり、反対する理由も特になかったため、語り手は了承し、穴倉での仮埋葬の支度を手伝うこととなった。


遺体を棺に納め、安置所へ2人がかりで運ぶのだが、安置先は狭く暗い場所で、かつては地下牢として使われていたのではないかと思わせ得る特徴も見受けられた。

棺を収め、ねじを取り付ける前に初めて語り手はマデリーンの顔を見たが、類癇による頬の赤み、死者に見られる特徴的な微笑をたたえていた。

やがて2人は棺にねじを取り付け、鉄の扉をしっかり閉じて再び部屋へと戻った。







【余談】


  • 冒頭の言葉は本作の題句としてド・ベランジェの詩から一部内容を変更して引用された物で、訳すと「彼の心はまるで張り詰めたリュートのようであり、ひとたび触れると、たちまち鳴り響く」となる。感覚過敏によって精神が常に張り巡らされていたロデリックのことを暗示しているのだと思われる。


  • 本作での「人を生きたまま埋葬する」要素は後に「早すぎた埋葬」で用いられ、「女性の死と再生(本作の場合、「再生」に当てはまるかは怪しいが。)は「ライジーア」等で用いられるなど、本作は後に作成された作品の要素を先駆けるような話になっている。


  • 本作では語り手とロデリックの間の交流の中で多くの著書が出てくるのだが、それらのほぼ全てが実在する著書になっている。一方で終盤に登場した「狂える会合」は架空の書物である。また劇中で用いられた詩、「魔の宮殿」は実はポー本人の作品であり、本作の発表のおよそ半年前に発表されたものである。


  • ポーはボストンに実在した「アッシャー家」で起こった事件を着想として本作を作成したとされている。一方で彼の母親の知り合いにもアッシャーの苗字を持つ人が存在し、その子供たちが精神疾患を患っている事が分かっている。(それらを物語の参考にしたかどうかは不明だが。)


  • タイトルの「アッシャー家の崩壊」と聞いてから作品を読んだ後で物理……? となるかもしれないが英語タイトルだと” The Fall of the House of Usher”ちゃんと崩壊対象を言っているのである。

追記・修正は植物や無機物の知覚力で錯乱状態にならないようにしながらお願いいたします。


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最終更新:2023年09月14日 22:34

*1 語り手とは面識がないと思われる描写が散見される。

*2 突然体が硬直し、体内からの信号も極端に弱くなる状態