志摩先生(ブラック・ジャック)

登録日:2022/12/28 Wed 15:27:00
更新日:2024/12/29 Sun 16:01:33
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志摩先生は『ブラック・ジャック』の登場人物。
第232話『虚像』(秋田書店チャンピオンコミックス新書版20巻、新装版16巻、秋田文庫版4巻他に収録。)に登場する。


【概要】

ブラック・ジャックこと間黒男が少年時代に通っていた平松小学校でクラス担任を務めていた男性教師。
年齢は不明だが回想シーンでの姿を見る限りでは当時まだ若手の教師だったと思われる。

悩みのある生徒の相談相手を快く引き受けたりする一方で、厳しくするべきところではしっかり締めるという教師の鑑のような人物。
大人だからと偉ぶったりしなかったこともあって生徒達からの人気も非常に高く、彼の影響で教師になった生徒や自分の子供に彼の名前を付けた生徒までいる程。
以下は同窓会での生徒評。
「ぼくなんざ土曜日ごとに相談相手になってもらったっけ」
「いや……意外ときびしい面もあったぜ」
「そう……おれたちにやましい心があるとそれを見すかすようにだまってじーっとおれたちの目を見てたな」
「教壇なんかに立たずに休んでる子の机にすわって世間話するみたいに授業したじゃない?」
「おれなんか、教師の道を選んだのはあの先生から人生を学んだからだ」
「志摩先生、突然学校をやめちゃって…さみしくてさァ…」

平松小学校の校長が不正入学に加担している事を糾弾し反対運動をするなど正義感も非常に強い。
しかしその正義感が災いし、校長の不正の決定的証拠を得ようと金庫を開けたところを校長に見つかって辞職に追い込まれてしまった。
卒業式の4ヶ月前という時期に彼を失った生徒達の心には大人になった今でもしこりが残っている。







以下ネタバレ






「おれはダメな人間だ。ここまでおちぶれてどのツラさげて教え子に会える?!!だめだ!!会えない。おれにはその資格がないっ」

【名教師の真実】

実は彼は正規の教師ではなく、教員免許も所持していない。
時代を考えると、おそらく戦後のどさくさの中で教師を名乗り誤魔化してきたのだと思われる。
とはいえ偽教師として働くうちに生徒達への愛情や教育への熱意は本物となっており、本気で教師になろうとも思ったという。
辞職はその矢先の出来事だった。

また正義感の強い人物というのもまやかしであり、校長の金庫を開けたのは単純に金が欲しかったから。
それも初犯ではなく何度も犯行に及んでいた。
教師として成長した後もこれだけは直らず、そうした中でついに見つかってしまったというのが真相だったのである。
金の出所は知らなかったらしく、本人が「何回も金庫の金を盗んだけれど、不正な金と見えて校長は泣き寝入りしてたようだったよ」と語っている。
そのため前述の反対運動は実体の無い単なる噂に過ぎなかった可能性が高い。

教職を辞した後は日雇い仕事などをして過ごしていたようだが、次第に自棄になり麻薬に手を出してしまう。
同窓会に欠席した志摩先生を捜索していたブラック・ジャックがおんぼろアパートの一室で彼を発見したころには末期症状と成り果てており、
大家から「ボロゾーキン」と蔑まれるほどに瘦せ細った壮絶な姿になってしまっていた。

生徒達が再会を願っていると語るブラック・ジャックに対し、己の有様を恥じている志摩はそれを拒否。
一度は飛び降り自殺を図り、それを治療されると今度は己の真実を暴露してでも断固として拒否しようとする。
しかし真実を知っても変わらず彼を慕うブラック・ジャックの言葉によって説得され、物語のラストでは回復して生徒達の前に姿を見せた。
なおブラック・ジャックが自分の素性を語ろうとしなかった*1ため、志摩は彼が自分の元生徒だという事に最後まで気づくことはなかった。


【裏話】

漫画『ブラック・ジャック創作秘話』にて、株式会社幻冬舎コミックス代表取締役社長(平成21年当時)の伊藤嘉彦氏から『虚像』の裏話が語られている。

週刊少年チャンピオンの編集部にいた伊藤氏は昭和54年に手塚治虫の担当を任じられ、早速『ブラック・ジャック』の読み切り*2を扱うことになった。
ところが何らかの手違いで手塚プロに読み切りの話は伝わっておらず、伊藤氏は仕事を引き継いだその日にいきなり大ピンチになってしまう。

とにかくなんとかしなければと手塚プロに通い続けたことが功を奏して原稿は描いてもらえることになったものの、当時手塚治虫は石ノ森章太郎とともに他紙で100ページ描く企画を抱えており、そのあとになってしまうという。
その企画を描き上げたころには締め切りが本当にギリギリで、新人としてプレッシャーでいっぱいいっぱいになっていた伊藤氏は打ち合わせで話の案を挙げていく手塚治虫*3にとんでもないことを言ってしまった。

「どれが一番早く上がりますか!?」

この言葉に手塚治虫は激怒して自室に帰ってしまう。自分のしくじりに茫然自失となった伊藤氏だったが、30分ほどたった後にもう一つの案を思いついたと言って手塚治虫が戻ってきた。その案こそが本作の元になった「ブラック・ジャックが同窓会に行く話」である。

ブラック・ジャックが同窓会に行くというシチュエーションがいまいちピンと来ないながらも、これ以上怒らせたくないと思って「それ面白そうですね」と迎合する伊藤氏。
その態度に手塚治虫は「面白くないんですよ!!まだこのままじゃ!!」と再び不機嫌になってしまうも、「もうヒトひねりしてみますよ」と言いながら作業に入ることになった。

やがて原稿がおりてくるようになり、写植の手配をするために下書きをコピーした伊藤氏はその面白さに感動。その後わずか1日半で原稿は仕上がることになった。
伊藤氏は自分の原点となったこの時の記念に下書きのコピーを家で保管していて、『ブラック・ジャック創作秘話』の取材陣に見せている。

『ブラック・ジャック創作秘話』が実写ドラマ化された際にもこのエピソードは取り上げられた。

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最終更新:2024年12月29日 16:01

*1 『虚像』の冒頭では間黒男を名乗って同窓会に参加して志摩の欠席を気にしており、自殺未遂を起こした志摩を諭す際にも黒男の話題を出している事から、元々素性を隠す気はなく折を見て明かすつもりだったのが、志摩が無免許の教師だったと知って自分の正体が「無免許医になってしまった間黒男」である事を明かせなくなってしまったと思われる。

*2 この当時『ブラック・ジャック』の連載は終わっており、不定期の読み切りだけになっていた。

*3 『ブラック・ジャック』は常に3つから4つの案を出してその中から編集者に選ばせる形式をとっていた。しかし手塚治虫の中ではすでに答えが決まっていることも多く、そんなときにはその正解を当てなければと編集者は緊張したという。