いつでも一緒(ちゃおホラー)

登録日:2023/02/08 Wed 07:48:49
更新日:2024/11/03 Sun 04:12:24
所要時間:約 14分で読めます




『いつでも一緒』はかつてちゃおデラックスホラーに掲載されたホラー短編。
著者はなかむらさとみ。のちにちゃおホラーの人気シリーズ『ブラックアリス』を描く人。
『ブラックアリス』*1が分かりやすいが「学年にひとりくらいいるかもしれないやべー奴」をよく描いている。

少女漫画ホラーではまれによくある「友人に異常な執着を向けられる主人公」の構図の話。
主人公のことが大好きすぎて、かなり邪悪な悪霊と化した静奈の物語。

コミックスには2度収録されている。
2016年ホラーアンソロジー『いちばんこわい学校の怪談』に収録される。
また作者の代表作『ブラックアリス』1巻の巻末にも載っている。


【登場人物】


◆岡野玲花
主人公の中学生。
丸山静奈とは幼稚園の頃からの幼なじみでいつも一緒だが、静奈は一方的に玲花のことが大好きで、玲花から離れようとしなかった
そのため自分から離れようとしない静奈をうっとうしがることが玲花の日常であり、かなりストレスが溜まっていた。
静奈の転校によりようやく離ればなれになりそのストレスから解放されたものの、今度はクラスの人間関係の構築に悩まされることになる。
「クラスいちイケてるグループ」のリーダーである理央に声をかけられ遊びに行くようになるが、静奈のことを引き合いに出したり、悪口を言うなどしたため引かれてしまっている。

◆丸山静奈
岡野玲花の友人で、幼稚園の頃からの幼なじみでいつも一緒だったが実際は、静奈は一方的に玲花のことが大好きで、玲花から離れようとしなかったというだけ。
そのため辟易していた玲花の内心には気づきもしていない。
独占欲も強く、3分おきに電話をかけて来たり、電話にでると私だけの玲花でいてよ!!とDV彼氏みたいな意味不明なことを言い始めている。
さらに転校したにもかかわらず、わざわざ玲花の学校の校門の前にやってきて私以外に友だちなんて作らないで!!!!!などと、ちゃおではめったに使われない「!」×4で自分の想いを表現するなど、メチャクチャなことを言い出している。

◆高野理央
カースト上位の女子。玲花にも朗らかに話しかけ、仲間に誘っていた。だが玲花が静奈の話をしてから態度を豹変させ、玲花を拒絶するようになる。
単純に静奈の悪口を言う玲花を良く思っていない様子。


※以下ネタバレ



ねえ玲花…

また私を殺すつもり?


実は玲花は記憶喪失になっていた。
厳密に言えば、静奈の力によって忘れさせられていたのだが。

実際は静奈は転校しておらず、転校する直前に玲花と言い争いをし、玲花が自分のものにならないなら出来ないなら死ぬと狂言自殺を言い出したのである。

無論、ずっと静奈につきまとわれてきた玲花はそんな彼女の行動にも心を動かさず、「どうせ飛ぶ気もないんでしょ」と煽った。
しかしながら静奈は本当に飛び降りを実行し、玲花は反射的に手を伸し、静奈の手首をつかみ助けてしまった

静奈はまだ宙づり状態であったが、


私のことが大切だから助けてくれたんだよね?

そう言って屈託なく笑う。
玲花からすれば心の底から怯えてしまうほど怖い。なにせ、幼少期から静奈の言動は徐々にエスカレートしつつある。
もしかしたら一生付きまとわれるのかもしれない……。
そう考えた際に手を離してしまい、正気を取り戻した時にはもう遅く、静奈は身体を強く打ち血まみれになっていた。

慌てて落ちた静奈に駆け寄る玲花であったが、静奈はまだ事切れておらず、
「玲花がわざと手を離したことを言わない代わりに、ずっと静奈だけの玲花でいること」を約束させてしまう。
しかも破ったら力ずくで自身のものにすること、忘れてもいいという条件までつけて。

そしてその条件の通り玲花は静奈の死も、この約束も忘れてしまい、転校したとしか認識していなかった。
玲花が認識していた静奈は幽霊であり、玲花を見る周囲の目がおかしかったのもこのためであった。
そして、幽霊となった静奈は力ずくで玲花を飛び降り自殺させたのである。
この死は学校では、親友の後追い自殺として噂されることとなった。

こうして幽霊になった玲花。彼女は一生……もしかしたらそれよりも長い時を静奈と二人きりで過ごすことになってしまった。
静奈以外は自分のことを認識できないという、まさに二人だけの世界である。
余りにショックだったのか玲花は学校から動こうとしない。
そんな親友に対し、静奈は呆れつつもでもこれからずーーーーっと一緒だもんねと朗らかに笑っていた。お前のせいなんだよなあ……。

静奈と二人きりになってしまっただけに、玲花はたくさんの人間と交わえるクラスメイト達が羨ましい。
そうしているうちに玲花は気が付く。


力づくで手に入れればいいんだ ずっと一緒にいたいなら


そう考える玲花の目は、理央に向けられていた……


【以下、ネタバレを踏まえた上での登場人物解説】


◆岡野玲花
今回の被害者。異常なほど自分に執着してくる静奈に対してかなりストレスが溜まっていたのがうかがえる。
ただ、それを差し引いても、人前で何度も静奈をバカにしたようなこと*2を言い、結果引かれると「あんなキモイ奴のことを話題に出したから」「静奈の名前は出すだけでもタブーだった」と曲解するなど自分の言動を客観視せずなんでもかんでも静奈のせいにしているような節も見受けられる。
そもそもの話、友達の悪口を本人のいないところで大っぴらに言ったりしたら普通は人格を疑われる。静奈が死んでいようがいまいがそこはあまり関係ないのだが、玲花にそれを顧みる様子はなく理央達の冷たい反応に困惑するばかりだった。
そうでなくても「静奈の話題を出したら場の雰囲気が悪くなる」のはわかっているはずなのに二度ならず三度も同じことをやらかしたり、
三度目に至ってはあからさまに理央が引いているのにおかまいなしで話を続けようとするなど、根本的に空気を読めていないところもある。
身も蓋もない言い方をすると常々周りも見ず反省もしないで静奈のことを好き勝手言い散らかしており、理央達に拒絶されたのも自業自得と言ってよいかもしれない。
静奈以外との友達付き合いがよくわからなかった、「死んだ友達をバカにする最低な奴」扱いされたせいで関係修復の余地も与えてもらえなかったのも不幸ではあるが。(そもそも長年の間静奈に散々な目に遭わされやっと解放された玲花にとって、静奈は純粋に友達と思える存在ではなくなってしまっていたのかもしれない)
また、元を辿れば狂言自殺をエスカレートさせた静奈が悪く、玲花も正気を失っていたとはいえ、落ちかかった静奈から意図的に手を離して死なせてしまったのも事実ではある。
過度に執着されまくった末若くして殺されてしまったのは間違いなく気の毒だし、長らく一方的に執着され続けて疲れ果てていただろうことは確かなのだが、素直に純粋な被害者とも呼び難いところがある。
「ブラックアリス」をはじめ、なかむらさとみ先生の作品ではこの手の「被害者も加害者も全員クズかやべーやつ」というパターンが頻出する。
方向性は違えど、他人の気持ちを考えない、思い通りにならないと他人のせいにするという点では静奈と似た部分はあり、それが関係を拗らせて無理心中という最悪の結末を迎える原因となってしまった……のかもしれない。
そして結局死後は何の謂れもない理央を道連れにしようとする静奈と同じ類いの悪霊に成り果ててしまった。
連鎖的に犠牲者を増やす系の怪異が生まれてないか?

◆丸山静奈
悪霊。玲花に執着し、成仏せず彼女に憑りつき呪い殺し、死後も一緒にいることを強要してくるという本当に悪霊としか言いようのない少女
昔から「みんなで遊びたい」と言う玲花に「玲花と二人がいい」とワガママ言っていたらしい。
玲花に飛び降りに見える死に方をさせたのも地味に邪悪。周囲は玲花について「親友が死んだことを認識できないほど錯乱し、最後は同じ死に方を選ぶほど静奈が大好きだった」と捉えるだろう。
大好きな玲花との二人だけの世界を作り上げた静奈は、これから毎日が天国だろう……と言いたいところだが、肝心の玲花は理央を引き込むつもりでいる様子。


◆高野理央
玲花を拒絶するようになったが、その真相は上述の通りである。
静奈の葬式で涙ぐんでおり友達想いのいい子。
死んだ親友を悪く言っているようなところを見たら幻滅するのもやむなしである。
「カースト上位の人間は大抵クズ」というちゃおホラーあるあるの数少ない例外。
そして最後は悪霊と化した玲花に狙われてしまうことに……。本当に何一つ落ち度がないというのに気の毒である。
しかしあれだけ尋常じゃない独占欲を持つ静奈が今更理央を連れてこようとして許すとも思えない。彼女達の前途はあらゆる意味で多難であろう。



【余談】


  • チャムシップと少女漫画ホラー
チャムシップとは10代女子によく見られる友情の形のこと。
作者がどこまで考慮しているか分からないが、静奈の心理を説明しやすいのでまあ参考までに。

思春期前後から女子は「べったりとした友情関係」をつくりたがる傾向にある。

根底にあるのは自分に無いものを持つ相手への憧れ
もともと子供は人間的にまだまだ未熟。そのため自分が持っていない要素(人間性でも能力でも)を持つ人間に憧れを抱きやすくなる。特に女性は共感性が強いので「あの人のようになりたい」という想いが大きくなる。多感な思春期であればなおさら。
そういった憧れは、女性特有の強いウェットな好意に変わりやすい。
創作でよく見かけるものだと、お嬢様学校で下級生が完璧なお姉さま(=自分の持っていないものをたくさん持っている人)に対して恋や崇拝に似た感情を抱くあの心理。感情的になりやすい好意というか。
異性という異質なものよりも同性の方が共感しやすいので、この感情は同性に抱くことが多い。
そんな憧れから「あの人と同じになりたい」と考えるようになる。そして同じの趣味、共通のこと、一緒にいる時間などなど様々なものを同じにしたがる。これが「べったりとした友情」の基。

一応言っておくとこういう感情自体は悪いことではない。
上述の通り根っこは自分が持たないものに対する憧れ。うまくいけば自分に無いものを自分に取り込み、人間的に大きく成長できるきっかけになる。
真逆の二人の少女がお互いにないものに惹かれ合いながら成長していくバディドラマは昔から名作である。

ただこの話には負の面もある。
上の例はそういう感情を制御できればの話。もちろん良好な友情を築いている人だってたくさんいる。
しかし「初めてできた家族以外の大切な人間」×「思春期という感情を制御できない年齢」×「中高生というコミュニケーションが難しい時期」と暴走をはらむ要素が多すぎる
時には「同じにしたい」という想いがあまりよくない方向で膨れ上がっていく。
「なんでもかんでも同じにしたい」「私が同じにしようとしてるのだからあの子も同じにしようとすべき」「いや…はなれていかないで どうしてはなれていくの? 私たちが本当の双子じゃないからはなれていくの!?まで行くと割と危険。つまりは静奈のようなパターン。
というようにこの感情は暴走すれば「あの子を私だけのものにしたい」という強い独占欲になってしまうのである。
付け加えると、10代のまともな人格形成には様々な人間との付き合いが必要だが、特定個人にべったりだとそれが難しい。故に執着心強い人は言動に歪みが出やすい(というかそれがヤンデレのはしりだし)。
ちなみにこの手の感情の最上級は「あの子とひとつになりたい」らしい。

ここで余談をひとつ。こういうので一番怖いのは、仲のいいふたりが強い独占欲をお互いに向けあうケース。要するに「あなたは私のもので、私はあなたのもの」と互いに考えている場合。
こうなると間に誰も入れない完全な共依存であり、「あなたさえいれば他に何もいらない」という悪い意味で強い感情になる。
実際現実では、そんな共依存の仲を危険に思い大人が引きはがそうとした結果、少女たちが抵抗し殺人沙汰になったという話がある。詳しく知りたい人は映画『乙女の祈り』を観よう。


まとめると女性は「自分に無いものを持つ同性に強い憧れを抱く」傾向がある。
それは場合によっては強い愛や危険な独占欲に変わることもある。
そして時には静奈のように常軌を逸している行動を取ってしまう。

その結果
  • 「私以外の友だちなんて作らないで!!!! 私だけの玲花でいて!!!!!」
  • 「なんで私だけの千景でいてくれないの!?」
  • 「この先ずっとずっと何があってもわたしが茉央のことお世話してあげるから」
  • 「双子はずっと一緒にいなきゃいけないんだよ! これで私と真昼ちゃんは一生離れられないんだよ!」
  • 「あんじ 私の親友なら一緒に死んで? ……安心して あんじを殺したら私も後から逝ってあげる…」
  • 「私にはマキちゃんだけが友達だったのにひどい…マキちゃんだけだったのにマキちゃんと話すことだけが楽しみだったのに」
  • 「落ちてよ屋上(ここ)から 私たちは(・・・・)"本当の友達"でしょう?」
  • 「なんで私よりあんな男を取るかなあ 有里香ちゃんのことならぜーんぶ私が知ってるのに…フフッ 全然言うこと聞いてくれないんだもん 私だけのものにするしかなくなっちゃった――ウフフ」
  • 「ひどいのは亜美ちゃんだよ!! 私以外の友だちもほしがるなんて!!」
  • 「ねぇなつのちゃん私たち…死ぬ時も『おそろい』だよ ねぇ――」
  • 「生きていても愛可が一人で歌うのを見ているだけでしょ…!? そんなのぜったいいや!! どこまでもおいかけて道づれにして二人で一緒に歌うの…」
  • 「千果ちゃん私の望みはね…千果ちゃんが私だけのものになることだったの」
  • 「ひまちゃんだってあんなに大事って言ってたって簡単にダメになっちゃうんだよ? クラスの子たちもコロコロ手の平返すし だからみーんないらない ゆゆは奈菜ちゃんだけいればいい」
  • 「暦ちゃんがいけないの…紗綾以外のおともだちつくるから…ブローチもピアスもチョコも紗綾がつくってあげたのに…そう…暦ちゃんは誰にも渡さない ココロもカラダもぜーーんぶ紗綾とひとつになろう…」
みたいなことになるのかもしれない。
全部元ネタが分かった君は立派なちゃおホラー読者だ!
まあ無理心中は少女漫画ホラーの伝統芸能みたいなところがある。


なお上の例の半分くらいがオカルト要素のない『人間が一番怖い』ホラー
裏を返すとオカルトという調味料がなくとも、少女同士の友情は十分ホラーの素材になりえるのである。

いじめなど少女間の過剰な敵意も恐ろしいが、本作のような少女間の過剰な好意も恐ろしいというのが少女漫画ホラーの風潮。

ただまあ、なんだかんだ一番強いのは少女同士の固い絆とされている(もちろんいい意味での)。
少女漫画ホラーでは、死亡フラグ役満状態から友情パワーでギリハッピーエンドになる展開がまれにある。
……本当に稀だが。しかし死亡フラグ立てた状態から生還というのは結構珍しい。つまりそれだけのパワーが友情にあると言える。

思春期女子の繋がりは良い意味でも悪い意味でもものすごく強いエネルギーを持つのである。



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最終更新:2024年11月03日 04:12

*1 ザックリ言うとちゃお笑ゥせぇるすまん

*2 教室での悪口は論外だし、カラオケで音痴なのをネタにしようとしたも本人不在の場でやることではあるまい