1+1=2の証明(数学)

登録日:2024/06/11 Tue 00:12:37
更新日:2025/03/23 Sun 20:19:18
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突然だが、この項目を見ているそこのあなたは「1+1はいくつか?」と聞かれたら答えられるだろうか?




そう、答えは2である。
2進法で考えた「10」や「田んぼの田」などと答えた人達、先生怒らないから手を上げなさい。


これ自体は小学校の算数の授業で真っ先に学習するであろう内容であり、計算することは造作もない。






では「1+1が2である事を証明せよ。」と言われたらあなたは出来るだろうか?


人によっては


「1個リンゴが置かれている所にもう1つリンゴが置かれると、合計で2個になるんだから1+1=2でしょ。」


というように、(例えるのがリンゴかどうかはさておき)個数などの話で考えて答える人もいるかもしれない。


ただこの内容、小さい子供への説明であれば十分だが数学的な観点から言えば問題があり、証明としては適切とは言えない。


あるいは
「『1』『+』『2』がそれぞれそう定義されているからでは?」と思う人もいるかもしれない。
しかし「算数」ならばそれでいいが、「数学」の世界では安易にそれぞれの概念を前提にはできない。「1+1=2とはどういうことか?なぜ成立するのか?」は最低限の前提ではなく、理論を積み上げて説明する必要がある。


「1に1を足したら2になるのなんて当たり前のことじゃん。」と思う人も多いだろうが、「当たり前」である理由などを具体的に言語化して説明したり、当たり前である事を検証したりをすることは想像するほど容易な事ではなく、証明に意外なほどの手間がかかることがある。


例えば「xy座標上で定義された実数関数y=f(x)がa≦x≦bの範囲で連続*1の場合、左端の点のy座標f(a)と、右端の点のy座標f(b)の間の値Cに対してf(c)=Cとなる実数c(a≦c≦b)が最低でも1つ存在する。」という、所謂「中間値の定理」は一見すると当たり前に思えるのだが、実は証明するには大学数学レベルの知識が必要になる。


実際バートランド・ラッセルとアルフレッド・ノース・ホワイトヘッドと言う2名の数学者兼哲学者が「1+1=2」の証明について、共同で作成した著作『プリンキピア・マテマティカ』の中でおよそ700ページ分もの前準備をした上で証明を記載している。


この項目では「1+1=2」と言う数式が正しい事の証明について触れていき、当たり前に使っている計算や数の構造には実は高度で難解な内容が絡んでいる事について見ていきたいと思う。


ちなみにここまで聞いて「そこまで凄まじい証明をするのか……?」と身震いした人もいるかもしれないが、この項目で扱うのはそこまで準備の要る内容ではないため、安心してほしい。


まずどこから始まるのか?



「1+1=2」を証明するにあたってまず必要になるのは、「1とは何か?」「2とは何か?」「”+”とは何か?」という根本の部分の定義を行う所から始まっていく。


始めに述べたリンゴの例えに話を戻すと、ここでは概念上の存在である「数」を具体的な「リンゴの個数」に、「足し算」を「リンゴの合計数を数える事」に何となく脳内に置き換えている。
一方でエジソンの逸話で「泥団子2つをまぜ合わせると大きい泥団子1つになるから1+1=1になると言った」と言うものがある。
ここでは「数」を「泥団子の個数」、「足し算」を「泥団子を混ぜ合わせる事」に置き換えた解釈をし、結果として「1+1=1」に結果が帰着している。

「大きい泥団子と小さい泥団子じゃそもそも違うだろ。」と反論する人もいるかもしれないが、大きかろうが小さかろうが泥団子には変わりないし、個数の解釈で言えば結局泥団子は1個になっているので「1+1=1」は突飛な結果とも言えない。

結局のところ事前に定義をしっかりしていないので、同じような論理の展開をしても結果に差が生じ、話がとっ散らかっているのだ。

この様に解釈次第で結果に影響が出てしまうような状態では当然証明が進められないため、「数」と「足し算」について、あらかじめ定義をしていくところから話を進める必要があるという訳である。



「自然数」の定義と構成



今回の話で用いられる「1」や「2」は計算で扱う上では0以上の整数、即ち「自然数」の枠組みに属している。


そのため、1や2が何なのか定義する為には「自然数」の枠組みから考えていく必要がある。

実は自然数に対してはペアノの公理*2と呼ばれる、自然数が満たすべきルールを定めた5つのルールが存在している。*3





ペアノの公理

集合Nに対して以下の5つの公理が成り立つ場合、Nを自然数とする。

①:0はNの要素である。*4

②:Nに含まれる任意の要素nに対し、その次の要素suc(n)がNの要素としてただ1つ存在する。この要素を「nの後者」と言う。*5

③:suc(n)=0となる要素nはNの中には存在しない。

④:Nに含まれる2つの要素m,nに対して、m≠nであれば、必ずsuc(m)≠suc(n)が成り立つ。

⑤:Nの部分集合Eが次の2条件を満たしている時、EはNに等しい。
A:0はEの要素である。
B:Eの任意の要素nに対して、suc(n)もEの要素となる。



これだけ見てもよく分からない人もいるかもしれないが、物凄くざっくり言うと「0から始まって次、その次、そのまた次、という鎖のように1本の直線状に数が並んでいる集合が自然数」と言うのがこの5つの公理による主張。


より細かく噛み砕いて見ていくと①の主張は至極単純で、「Nが何の要素も持たない集合(空集合)ではない」ことを意味している。
Nに要素がなければそもそも②~⑤の話も出来ないので絶対に外すことのできない大前提である。


②の主張は、0から順に後者0→suc(0)→suc(suc(0))→…という様に数の鎖が出来ている、つまり自然数は「鎖の様な列を形成している」事を意味している。
また、nに対する後者はただ1つしか存在していないため、「途中で2つの結果が生まれる事でY字の様な枝分かれが発生する」事は無いという事も同時に主張している。


③の主張は、suc(n)=0となるnがいないことで「自然数の数が0に戻る事で数の鎖が0部分で数珠繋ぎのループになる」事は無いという事を意味している。


④の主張は数学の世界では「単射」や「1対1対応」とも呼ばれるもので、元の要素が違えばそれぞれにあてがわれる後者も変わってくる事を意味しており、「0以外の場所でのループが発生したり途中での複数のNの要素が同じ後者に帰着し、合流状態が発生する」事が無い事と言う話に繋がる。


⑤の主張は他の4つとは内容が異なっているのだが、「Nの中に数の鎖は1本しかない」事を表している。
例えば「0から始まり、後者を取り続ける」ことでと鎖1を作成するのと同時に、「0とも、その後者とも違う別の要素から後者を取り続ける」ことで鎖2を独立にもう1本作ったとする。
現実的な数でイメージすると

鎖1:0→1→2→3→…
鎖2:0.5→1.5→2.5→3.5→…

とし、この2本の鎖に含まれる数全ての集合をNとして考えると、①~④までの主張はすべてクリアしているが、⑤の観点から考えると、鎖1の要素全てを持ち、鎖2の要素を1つも持たない集合Eを考えるとEは⑤部分で述べた条件A・Bを両方満たしているが、Nと一致していないため、このNは自然数の条件を満たしていないことになる。

このように①~④で自然数の形成する数の鎖とその形状について設定し、⑤で0から始まっていない鎖を集合内から排除することでようやく自然数Nを1つに決定できるようになる。
因みに⑤まで分かった事でこの集合には「鎖の始点が0以外には存在しない」事も分かるため、「0がNの中の最小の要素である」と言う結論も導ける。



ここまで述べたことで自然数が満たしているべき「条件」は分かったのだが、次に問題になるのは「条件を満たす集合は本当に構成できるのか?」。

ルールを定めた所で、対象になる集合が作れないのであれば単なる机上の空論になってしまうからだ。

これについては色々なアプローチによって「自然数はこの様にして構成できる」という構成方法が構築されてきている。

最もポピュラーなのはフォン・ノイマンが考案した以下の構成法。


①:0 = ∅(要素を何も持たない集合。「空集合」と言う。*6)
②:suc(a) = a∪{a}({a}はaのみを要素に持つ集合を指しており、「∪」は2つの集合をつなぎ合わせ、1つの和として扱う記号。)

要は0= ∅を起点として、そこから後者を作っていくたびに元の要素と元の要素からなる集合を詰め込んでいくというイメージになる。


構成方法自体は証明とはあまり関わりが無いため、ここでは「そういうもの」として深入りしない。
また、記載が煩雑になる為証明は割愛するが、これらはペアノの公理の①~⑤をすべて満たす事が知られており、ペアノの公理を満たす自然数の集合は問題なく作れる。


ここまで調べた上でようやく我々が普段用いている数としての自然数「0→1→2→…」に対して、「1は0の後者suc(0)である」「2は1の後者suc(1)=suc(suc(0))である」という定義ができるようになるのだ。




再帰的な加法の定義



ここまでで自然数の定義については説明が出来、「1」「2」が何なのか定義する事も出来た為、後は「+」が何なのかを定義できればいよいよ「1+1=2」を証明する為の準備が完了する。


自然数Nに対しては、「+(加法)」の定義は以下のように設定されている。

加法の定義

Nの任意の要素m,nに対して以下の通りに加法を定義する。

①:m+0 = m
②:m+suc(n) = suc(m+n)


②で後者の記号が出てくるので身構えるかもしれないが、要は「mと0以外の自然数との加法」についてのルールを決めていると思えばいい。


噛み砕いて見ていくと、

①については単純に「mと0の加法をしても結果はmから変わらない」と主張している。

②は一見すると右辺のsucの中に「+」があるため、人によっては「加法を定義してるのに加法の記号を使っちゃっていいの?」と思う人もいるかもしれない。

だがよく見てみると左辺で「m+suc(n)」となっている部分が右辺では「suc(m+n)」と加法の中の数がsuc(n)→nと1つ前に戻っている。


つまり元の式から1つ数が戻った加法の式「m+n」に対して同じ様に②を適用し続ければ後者を取る作業を使って式を囲いつつ、加法部分を「m+0」まで戻し続けることができ、m+0には①で値mがあてがわれているので、定義として問題がない事が確認できる。

因みに今回の様な「説明したい内容(今回の場合は”+”)」の説明の中に「説明したい内容」への参照が含まれている状態を「再帰的である」と呼び、数学やプログラミングでは度々使われる概念になっている。*7



この様にして「1とは何か?」「2とは何か?」「”+”とは何か?」を全て説明出来たため、いよいよ「1+1=2」を証明していく。



1+1=2の証明



いよいよ本題の「1+1=2」を証明していく。
……と言っても、実は証明において大変だった準備部分はここまでで大方クリアしてきたので、後はここまで定義し続けてきた内容を駆使して式変形をしていくだけになる。


まず式の左辺の「1+1」だが、「1は0の後者suc(0)」と定義しているため、

1+1 = 1+suc(0)

と言い換えられる。
そしてこの式に対しては加法の定義②から

1+suc(0) = suc(1+0)

となり、加法の定義①から1+0 = 1なので、

suc(1+0) = suc(1)

が成り立つ。そしてこの時、「2は1の後者suc(1)」と定義しているため、

suc(1) = 2


よって1+1に対して同値な変形を施した結果、2と等しい事が確認できたため「1+1=2」である事が証明できた。


以上で証明終了である。



かけた手間の割にはアッサリ証明が終わってしまい、拍子抜けする人も多いかもしれない。

しかし「1+1=2」と言う一見「当たり前」な事実を証明するのにも、根本まで突き詰めると非常に難しい準備作業が必要になる事が分かるだろう。


この様な「1+1=2」の様な根本までの議論が必要になるかはさておき、あなたが「当たり前」だと思っている事も実は当たり前ではなく、証明しようとすると非常に困難な工程を踏む必要がある可能性をはらんでいる。

生活している中で普段当たり前だと感じている事も、時々振り返って「これは本当に当たり前なのだろうか?」と疑問を持ち、考えてみると意外な発見をしたり、その分野の奥深さを知る事が出来るかもしれない。




余談


  • 加法の定義に用いられた、「再帰的な定義」だが、自然数の範囲内では同じ様に再帰的な定義によって乗法(掛け算)も定義が出来る。


  • ペアノの公理の⑤を見てピンと来た人もいるかもしれないが、実は⑤は全ての人間がハゲである事を証明できる事で有名な数学的帰納法」の事をまんま指しており、この証明の方法が正しく確立されたものである事の根拠にもなっている。



追記・修正は加法、乗法の定義をベースに減法、除法を定義し、数の範囲を自然数から広げていきながらお願いします。


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最終更新:2025年03月23日 20:19

*1 分かりやすく大雑把に言うと「線が途切れている部分が1つもない」状態。

*2 名前は公理そのものの考案者であるイタリアの数学者、ジュゼッペ・ペアノから来ている。

*3 因みに「公理」とは証明せず真として扱い、他の命題を証明する上で前提として使用する主張内容を指す。

*4 0を自然数に含める場合。含めない場合はこれ以降の主張も含め、0の代わりに1をあてがう。

*5 なおsucは「後者」を意味する英単語”successor”から来ている。

*6 この記号自体に読み方は特に規定されておらず、単に「空集合」と読むのが通例。この記号はノルウェー語のアルファベット「Ø」に由来を持つのだが、ノルウェー語自体がマイナーな言語でこの記号を含む本を外国向けに書籍化する際にそのまま書くことができないと言う理由から、よく似た形のギリシャ文字の「Φ」が代理で使用されることがある。

*7 高校数学で考えると、数列の漸化式などが例として当てはまる。