登録日:2024/11/06 Wed 10:02:38
更新日:2024/12/14 Sat 17:25:21
所要時間:約 11 分で読めます
『女神の継承(原題:ร่างทรง /英題:The Medium)』は、2021年に製作・公開されたタイ・韓国合作によるモキュメンタリー形式のホラー映画。
日本での公開は2021年7月29日。配給はシンカ。
原案と脚本は『哭声』のナ・ホンジン。
監督はバンジョン・ピサンタナクーン。
原題の“ร่างทรง”とは霊媒という意味。
【概要】
タイでの民間信仰を題材に、悪霊に取り憑かれた娘を救う為に奮闘する霊媒師(巫女)の叔母を初めとした親族達の姿を、たまたま叔母の密着取材の為に付いていたTVクルーが追い続ける━━というシチュエーションで描かれるモキュメンタリー(フェイクドキュメンタリー)。
恐らくは、モチーフとして『エクソシスト』や『パラノーマル・アクティビティ』…etc.が念頭に置かれていると思われるのだが、
単純な悪霊憑き/悪魔祓いを追っていく形式ではなく、ラストまでに幾度ものどんでん返しが用意されている等、
モキュメンタリーだからといって、決してリアリティに偏重して地味な映画にはならないようにという配慮なのか、シナリオ構成は非常に練り込まれている。(そういう意味では『コワすぎ!』シリーズにコンセプトが近いのかも。……アレよりは真面目な方向性だし金もかかってそうだが。)
制作はタイのGDH 559と韓国のショーボックス。
本作は初めてプレミア公開された第25回富川国際ファンタスティック映画祭(韓国)にて最優秀賞に相当する富川チョイス賞を受賞している。
また、各国への輸出を見込まれ権利を受諾される形で配信されており、第94回アカデミー賞でも最優秀長編国際映画の部門での受賞を狙って出展されたが、残念ながらノミネートを逃している。
【物語】
現在でも精霊信仰と、その祭祀を取り扱う霊媒師が力を持つ(タイ)東北部はイサーン地方。
取材班は同地の複数の霊媒師に接触をした後に“本物”と認めたニムに密着取材を行うことを決めた。
ニムは、代々家系の女が依代の座を受け継いできた女神であり、土地の人々にとっても重要な守り神である女神バヤンの巫女であり、その役目は本来は姉のノイが引き継ぐもののはずだったという。
ニムも取材班を快く受け入れてくれており、滞りなく取材は終わるはず━━だった。
凡てが狂っていったのは、ニムが姉・ノイの夫であり、ガンで死んだウィローの葬儀に向かうのに取材班が同行してからの話。
ノイの家までの車を走らせながら、ニムは言う。
……ウィローの家系=姉が嫁いだヤサンティア家では男が悲惨な死に方をするのだと。
ニムが知るだけでも、ウィローの祖父は酷い経営者で、従業員に石を投げ付けられて、それが頭に当たって死んだ。
ウィローの父(ノイの義父)は会社を引き継いだが経営を傾かせてしまい、保険金詐欺を狙って自社工場に火を付けたが発覚して、逮捕されたので自ら毒を飲んで死んだ。
ウィローとノイの長男であるマックも、既に数年前のバイク事故で死んでおり、これでノイの家からは男が居なくなってしまったのだった。
到着して直ぐに親族として手伝いを始めるニムだが、普段は一人だけ離れて暮らしているためか兄のマニに小言を言われたり、何よりも喪主である姉のノイからの当たりの強さに姉妹間の関係性に興味を持った取材班がマニ夫婦に聞き込みをすると、ノイとニムはいつからか仲が悪く、兄である自分が間を取り持とうとしても上手く行かなかったのだという。
━━しかし、取材班は通夜の席にてニム達の関係性よりも興味を惹かれる取材対象を発見してしまう。
……それは、ノイの娘のミン。
まだ若く、普通の可愛い女の子に見えたミンだが、突如として売春婦と罵られたとして親族の男性に食ってかかり、ノイを含む周囲が誰もそんなことは言っていないと宥めるのも構わずに大暴れをしだしたのだ。(カメラでもそんな言葉は拾っていなかった。)
……ただ一人、浮かない顔をしていたのはニム。
翌朝、通夜にも顔を出していた村の盲目の老婆が死んでいたとの騒ぎが。
そこでも、おかしな様子を見せていたミン。
追いかけるニムだが、ミンには他人の声が聞こえていないようだった。
そして、ミンの部屋で魔除けが見つかる。
ニムは明言しなかったが、密着を続けてきた取材班は思った。
バヤンが、今度はミンに入りたがっているのではないかと。
“女神の継承”が行われるのを見られるかもしれない、取材班はミンにも密着取材を開始し、ノイからも話を聞く。
ノイとミンも、バヤンや巫女には否定的だったが……ミンは急速におかしくなっていき、その様子をカメラは克明に捉えていく。
泥酔して騒ぎを起こしたり、出かけただけで諍いを起こすようになっていくミン。
親友のリサも、ミンが時々におかしくなっていたことを取材班に明かしてくれた。
挙げ句には、職場から解雇されてしまうミン。
責任者が見せてくれた監視映像の中では、ミンが職場で毎夜のように別の男を連れ込んでは狂ったようにセックスに興じている姿が記録されていた。
遂には、風呂場で手首を切って病院に搬送されるミン。
衰弱した娘の姿に、観念したといってニムに“女神の継承”を行うことを懇願するノイだが、ニムは「ミンに憑こうとしているのはバヤンではない」として代替わりの儀式を断る。
そして、ニムはマニを問い詰めてミンの兄のマックはバイク事故ではなく自殺で死んだこと、そして、ミンと近親相姦の間柄にあったことを明らかにする。
ノイが良かれと思って行おうとした儀式は失敗し、ミンは姿を消した。
マックが悪霊と化してミンに影響を与えるのではないかと思ったニムは儀式を開始する━━しかし。
【主要登場人物】
※以下は、核心部分のネタバレあり。
演:サワニー・ウトーンマ
吹替:松本梨香
バヤンの巫女。霊媒師。
本来は姉のノイが受け継ぐはずだった代々の巫女の役目を受け継ぐが、それにもかかわらず元の土地から引っ越していった兄や姉の家族とは疎遠になってしまっている。
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※結末までの行動。 |
当初は、ニムもミンにバヤンが移ろうとしている可能性を考えていたのだがが直ぐに違うことに気づき、自分には隠されていたマックの死の真相を看破。
……マックが元凶なのかと考えて祈祷を行うが、後にそれすらも悪霊達に騙されていた事実を知り、ミンの身柄を確保することは出来たものの、その後はサンティを頼りにして共に悪霊祓いをしなければならない程に追い詰められてゆく。
━━そして、その期日を前に自宅で変死。
最悪の結末を終えた後のエピローグでは、自分に本当にバヤンの声が聞こえていたのかどうか……すらも解らなくなる程に追い詰められていたことをカメラに告白していたことが明らかになる。
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演:シラニ・ヤンキッティカン
吹替:高島雅羅
ニムの姉。ミンの母。
本来は、ニムより先にバヤンに見初められた次の世代の巫女となる筈であったが、頑なに継承を拒んでいる内にバヤンは諦めて妹のニムに移った……と思われていた。
現在は先祖伝来の土地も捨てて、ミンと共にキリスト教に改宗する等、伝統的な価値観からすれば罰当たりなことばかりしており、義母から引き継いだ犬肉の焼肉屋を生業としているが、これも現在の社会では受け入れ難くなっている商売である。
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※結末までの行動。 |
実は、巫女になるのを嫌がる余りに、呪いを行ってまで妹のニムにバヤンが行くように仕向けていたことがミンに取り憑いた悪霊達に明かされており、罪悪感を感じながらもニムに辛く当たっていたのはこれが原因だと思われる。(ニムに呪いを行っていたことは直後に当人が肯定しており事実として認めてしまっている。)
物語に於ける結構な元凶であり、バヤンを受け入れなかった=女神を拒んだ女として悪霊達によりヤサンティア家を滅ぼす為の最後の切り札として今の土地に呼び寄せられてウィローと結婚させられたようだ。(※サンティによる見立て。)
終盤、凡てを詫びるも儀式を前にニムを失ったこともあってか、最悪の悪手━━と思われる行動を取ってしまう。
……物語の最後、本来のサンティの計画ではミンに悪霊達を取り憑かせる計画であると話されていたのだが、実際に儀式の場に居たのはノイの方だった。
……それが影響したのか、それとも母娘が入れ替わることも計画の内だったとして、そもそもサンティの儀式では抑えきれなかったのかは定かではないが、漏れ出た悪霊がサンティを含む周囲の人間に取り憑いて自殺や殺し合いを始めるきっかけを生んでしまい、何よりも悪霊達の取り憑いていた本体であるミンが健在なことから、尚も悪霊達は力を失っておらず最後には儀式の場に雪崩込んでくることに。
━━ノイ自身も儀式を体験したことでトランス状態に陥り、自らに「バヤンが宿った」と叫びサンティの死後の儀式を引き継ごうとしていたようだが、信徒から作法について疑問の声が挙がっていたので、単なるトランス状態による妄想である可能性もあるなど、本当にバヤンが宿っていたのかは不明。
実際、最後にミンと対面した時も悪霊達がミンを真似ているのを見抜けずにあっさりと騙されて倒されており、生きながら火を付けて焼かれるという、身勝手な人生に相応しいとも呼べる末路を迎えた。
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演:ヤサカ・チャイソーン
吹替:西垣俊作
ノイとニムの兄。
実際には、それなりの年齢(恐らくは60前後)だがお気楽な性格で、妹達より遥かに年齢が若いパン(ノイとニムは50代だが、パンは恐らくは20代でミンとも対等に話す関係。)を妻としており、長男のポンも生まれたばかりの赤子である。
にもかかわらず、パンに内緒でキャバクラ通いする位に奔放でノイに窘められている他、やっぱり快くは思われていなかったのか、悪霊達に取り憑かれたミンに「若い娘のアソコが好きなんだろう」と罵られつつ襲われていた。
そうした状況から、相当にちゃらんぽらんな生活を送ってきたのだろうと思われるが、一応は長兄としての意識は持っているようで、ノイの側に住んで様子を見てやっていたり、ミンの異常が顕著になってからは率先して探索に出たり成果を出さない警察に怒鳴り込んでいた。
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※結末までの行動 |
儀式に参加していたものの、どのような役目を果たしたかについては様々な考察があるので定かではない。
マニ自身は最後に悪霊に取り憑かれていたかは不明だが、封印を免れた悪霊達が周囲に取り憑いて殺し合いをさせる絶望的な状況の中で、カメラの前で外に飛び降り自殺をする末路を迎えた。
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演:ナリルヤ・グルモンコルペチ
吹替:飯田里穂
本作の真の主役にしてクリーチャー(と、呼びたくなる程の熱演。)
ノイの娘で、若く、美しく、健全な娘……の筈であったが、悪霊達に取り憑かれたことで映画の全編を通じて凄まじい堕落と人外への変貌を見せてくれる。
しかも、映画の方向性から特殊メイク等には頼らず、殆どが女優の体当たりの演技であり注目。
取材の開始の当初はハローワークの受付として働く普通の娘━━ということだったが、既に清楚な見た目とは裏腹に目についた男を深夜に職場のオフィスに連れ込んで監視カメラに見せつけるかのように烈しい性交に及んでいたり、子供のように振る舞って子供用の遊具で遊ぶ一方で大人の体格を利用して子供を虐待したり、泥酔した状態で暴れ回ったりと、取り憑いている悪霊達の影響か多数の人格を憑依━━或いは、抑え込んでいた欲望を解放させられていたのか、何れにしても周囲に迷惑をかけ続けた末に自殺未遂を起こして病院に搬送されることに━━。
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※結末までの行動 |
当初は、ミン自身もバヤンが自分に入り込もうとしていると思っていたようで(生理が続くなどノイやニムの時と似た兆候が出ていたこともあって)、ノイの教育もあってか霊媒を胡散臭いと呼び、弱ってからも巫女になりたくないと漏らしていたのだが、最終的には他ならぬミン自身が見ていた通りに、取り憑いていたのは女神━━等ではなく、父の家系であるヤサンティア家に虐げられた末に殺された大勢の亡霊と、その恨みの念が呼び寄せた土地の精霊達が団結した途轍もない大きさの霊団であったようだ。(※サンティの見立て。)
また、犠牲者達のみならず、恨まれるヤサンティア家自体の宿業とも呼ぶべきもの(ミン自身が見ていた長剣を携えて無数の首を刈る男の姿から。)も取り憑いていた可能性もある。
サンティの分析によれば、ただでさえヤサンティア家がそれ程の恨みを買っていた所に、ダメ押しとして愈々の血族までが死に耐える呪いを成就させる為に呼び込まれたのがバヤンに選ばながら身勝手な理由で女神を受け入れなかった宿業を自らに背負ったノイであり、即ちミンこそがヤサンティア家の呪いとバヤンの呪いの結実した存在だったという、誕生した時点で凡ての終わりの始まりであった━━ということらしい。
……汚れのない顔をして実の兄のマックと爛れた関係となったのも恐らくは必然であったのだろうか?
最終的には、そもそもが成功の見込みもない儀式だったのか、ノイの選択が間違っていたのか、獣のようになったミンと他にも取り憑かれた者達が儀式の場に破滅をもたらして映画は終わる。
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ニムの友人の祈祷師。
実力はあるようだが、宣伝の為に大掛かりな儀式もどきを行っていたりとニムに睨まれるような行動も。
とはいえ、一目でミンの状況を見抜き、ヤサンティア家の呪われた歴史を解説してくれる等、中盤以降は最も頼りになる存在だった。
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※結末までの行動 |
ニムの死後も多少の不安を感じつつも悪霊祓いの儀式を実行する━━が、前述の通りでミンではなくノイが代理となっていたことに驚きつつも最後まで儀式をやり切る。
しかし、多くの悪霊をノイから溢れ出る不浄の血液や体液として実体化させて壺に集めて後は封印すれば終わりか━━と思われたが、封印する前に儀式から逃れたか、そもそもが祈祷が通用しなかった悪霊に取り憑かれてしまったようで、狂ったように笑いながら高所から飛び降りて自殺させられてしまう。
……この時に封印を施すための壺も割れているが、これで霊団も解放されたのだろうか?
何れにせよ、サンティを失ったことで、人間側には実質的に悪霊達への対抗手段を失ってしまったと言える。
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【女神の継承】
ニム達の家系が先祖代々から信仰してきた精霊であり女神。
土地の人々にとっても守り神として信仰されている。
前述の通りで本来はノイに引き継がれるものがニムに引き継がれており、本当に存在するのならばそれが悪影響を及ぼしていた可能性も示唆されている。(サンティに至ってはノイを断罪している。)
終盤前、最後の儀式の前にバヤンに助けを求めにいったニムが女神像の首が落とされているのを発見するが、誰がやったのか(或いは自然と落ちたのかは)不明。
【余談】
- 今作は当初、別作品のとある人物の過去を描いたスピンオフとしてストーリーが練られていたが、最終的に本作の企画として独立した作品に変更された。
ちなみにストーリーの構造は当初の七割ほど残っているとのことなので両作を鑑賞すると何か発見があるかもしれない。
原案のナ・ホンジンが監督した『哭声』に登場する祈祷師のイルグァン
追記修正はバヤンを受け入れてからお願い致します。
- 観る地獄って感じで面白かった。ネタバレの部分は格納してあげた方がこの項目を見た人の視聴意欲を削がないかも?と思った。 -- 名無しさん (2024-11-06 10:18:13)
- 割と元凶を断定して書いてるけど、こんな詳しい情報あったっけ?ニムの推測ぐらいでしか語られてなくて、ニムも自信なかったし -- 名無しさん (2024-11-06 10:27:25)
- ↑※サンティの見立てでは←みたいに補足入れますか。語られてる部分については。それ以外は今よりぼやかします。 -- 名無しさん (2024-11-06 10:41:16)
- あれ?ノイが儀式に行ってミンが部屋の中にいるのは元々の計画通りじゃないの? じゃないと元々の計画はノイを部屋に封じこめるっていう意味のわからないことになるような…。あとヤサンティア家は昔首切り役人だったのが悪霊に狙われる切っ掛けぽい -- 名無しさん (2024-11-06 13:54:39)
- バヤンはいるのか?とかそもそも論レベルで不確かなところが、この映画の面白いところだよね -- 名無しさん (2024-11-06 14:15:53)
- ↑2 サンティははっきりとミンに取り憑かせるって言ってたけどどうなんだろうね?誰に対してのフェイクかは別として、実際にはその計画だった可能性もあるかね?ノイにバガンを宿らせるつもりだったとか。 -- 名無しさん (2024-11-06 14:44:06)
- ↑3計画通りであってると思う。ミンから取り除いた悪霊を一度別の器に入れて処理する予定だったんじゃないかな -- 名無しさん (2024-11-06 14:51:06)
- 終盤にミンが悪霊の言葉を吐いた時のセリフが物語序盤で悪霊の真似してる時のセリフと一緒なんよな。だから実はミンは終盤正気を取り戻してたんじゃないかって説もある。そこについて明言してないから結局謎なんだけど、そういった気味の悪さもこの映画の面白いところ。 -- 名無しさん (2024-11-06 15:04:07)
- 儀式に参加するのがノイなのは不測の事態ではないですよ。計画を話したときと違うのはおそらく悪霊を(メタ的には観客も)騙すフェイクですね。実際に不測の事態だったのは本体(と取り憑かれてるミン)を封印していた扉を開けてしまった方です。 -- 名無しさん (2024-11-06 18:16:46)
- 悪霊だか女神高の名前が、記事の中でバヤンとバガン2種類あるけどどっちかは誤字? -- 名無しさん (2024-11-06 19:57:15)
- ↑バヤンのようです。失礼しました。 -- 名無しさん (2024-11-06 20:24:12)
- 終始ニムが可哀想な映画、ノイがバヤンを継いでたらこんな事にはならなかったのに… -- 名無しさん (2024-11-06 21:14:59)
最終更新:2024年12月14日 17:25