- セルゲイ・イワノビッチ・モシン(1849~1902)
1875年~1894年の間所属。モシン小銃を設計。1894年からはセストロレツク工場長となっており墓もそちらに存在する。
- フョードル・ヴァシリエヴィチ・トカレフ(1871~1968)
1921年より所属。マキシム-トカレフやTT-33、SVT-40を設計。
- パベル・ペトロヴィチ・トレチャコフ(1864~1937)
1892年より所属。KBP初代長官。1929年粛清に巻き込まれシャラシャーシカ(「詐欺師」の意味で刑務所兼設計局の名称)に送致された。
- セルゲイ・アレクサンドロヴィチ・コロビン(1884~1946)
1920より所属。ベルギーにて技術を積んでおり、コロビン拳銃、AK-45などを設計した。
- イリナールフ・アンドレーヴィチ・コマリツキー(1891~1971)
1918年より所属。元トゥーラ兵器学校准教授でモシン小銃の近代化やShKASなどを設計。
- ボリス・ガヴリーロヴィチ・シュピタリヌイ(1902~1972)
1934年~1953年の間実験設計局の局長を務めた。ShKASなどを設計。
- アレクセイ・アレクセーエヴィチ・ブルキン(個人情報消失)
1923年より所属。AB-44、AB-46突撃銃を設計。
- グリゴリー・イワノビッチ・ニキーチン(1905~1986)
1931年~1972年の間所属しNSV機関銃などを設計。
- アレクサンドル・アレクサンドロヴィチ・ヴォルコフ(1905~1965)
1934年より所属。VYa23機関砲などを設計。
- ミハイル・エフゲニエヴィチ・ベレジナ(1906~1950)
1934年より所属。UBなど航空機関砲を開発。釣り中に亡くなる。
- セルゲイ・アレクサンドロヴィチ・ヤルツェフ(1906~1981)
1926年から所属し1960年よりTsKIB SOOに異動。ShKASなどを設計。
- ヴャチェスラフ・イワノビッチ・シリン(1907~1975)
1932年より所属し1960年にTsKIB SOOに異動。TKB-067、2A28などを設計。
- ゲルマン・アレクサンドロヴィチ・コロボフ(1913~2006)
1939年より所属。TKB-022、TKB-072などを設計。TKB系統の中でもかなり特異で斬新な設計が有名で、制式採用された銃器こそないもののAK-47、AKM、AK-74、AN-94のトライアルに参加し競合として活躍した。
- ニコライ・フョードロヴィチ・マカロフ(1914~1988)
1945年より所属。マカロフ拳銃やファゴット対戦車ミサイルなどを設計。
- ニコライ・ミハイロヴィチ・アファナシエフ(1916~2009)
戦前より所属。TKB-011、LAD、A-12.7、AM-23などを設計。
- ウラジミール・イワノビッチ・ヴォルコフ(1921~2003)
1945年~1960年(KBP)、1960~2001年(TsKIB SOO)の間所属。NSV機関銃などを設計。
- イーゴリ・ヤコブレヴィチ・スチェッキン(1922~2001)
1948年より所属。他社製造のAPSとサプレッサー装着のAPBを設計。卒業論文は7.65mm弾の自動拳銃についてで監督はマカロフ氏。
- アルカジー・ゲオルギエヴィチ・シプノフ(1927~2013)
1961年~2006年の間KBPの総責任者を務めた。GSh-23、GSh-30、GSh-18のほかファゴットなど対戦車ミサイルを設計。
- ヴァシリー・ペトロヴィチ・グリャーゼフ(1928~2008)
1966年より所属。所属以前のポドリスク時代からシプノフとの交友がありGSh-23、GSh-30を設計した。
- ユーリ・ミハイロヴィチ・ソコロフ(1929年~1986)
1954年~1979年の間所属しNSVを設計。障害により解雇されている。
- セルゲイ・ミハイロヴィチ・ベレジナ(1937~2005)
1960年より所属。ミハイル氏の息子でBMP-3装甲車などの兵装開発を行った。
- ニコライ・イワノビッチ・コロヴィャコフ(1937~2004)
戦中より所属。TOZ-34その他多数のスポーツ用ショットガンを設計。
- ヴァレリー・ニコラエヴィッチ・テレシュ(1939~)
1965年より所属。GP-25、OTs-14、RG-6などグレネードランチャー系を設計。
- ウラジミール・ヴィクトロヴィッチ・ズロビン(1963~)
1986年~2011年の間所属。VKS、ASh-12を設計。現在はイズマッシュでAK-12試作型などの設計を担当。
- アレクセイ・ミハイロヴィチ・ソロキン(1969~)
2004年~2008年の間TsKIB SOOの局長を務めた。他社製造のT-5000の開発主導。