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トゥーラ造兵廠

登録日:2025/08/04 Mon 20:21:40
更新日:2026/04/04 Sat 22:43:44
所要時間:約 20 分で読めます




【トゥーラ造兵廠】はロシアのモスクワ南部に位置するトゥーラ州にある造兵廠である。
専門の開発部門であったKBP(機械/装備設計局)とTsKIB SOO(中央スポーツ・狩猟用兵器設計局)は分化されて別会社となっているが、本稿でも解説する。

製品には
  • TOZ(Tulsky Oruzheiny Zavod/トゥーラ造兵廠)
  • MTs(Model TsKIB SOO/TsKIB SOO 民間モデル)
  • OTs(Obrazets TsKIB SOO/TsKIB SOO 軍用モデル)
  • TKB(Tul'skoye Konstruktorskoye Byuro/トゥーラ設計局)
の名前が付く。




歴史

16世紀ごろからデディロフカにいた鍛冶屋らを移住させる形でトゥーラ州に兵器開発拠点が集まり、私設工場などが立ち並ぶようになった。
1712年、ピョートル1世が国営として取りまとめる形で現在につながる造兵廠が設立。同時期にはセストロレツク造兵廠などとともに設立されている。
軍隊向けにマスケット銃、刀剣類などの製造を行っていた。

1875年にアレクサンドル2世により砲兵総局帝国トゥーラ兵器工場と命名。同時期にコヴロフに作られたコヴロフ工場への人員派遣*1なども行いつつ発展を継続。
ソ連に移ってからも変わらず銃器の生産を続けており、1921年には労働赤旗勲章を機関として初めて授与された。

1927年にKBPの部門が設立された。TT-33の開発などに従事したのち分社化し、戦中はTsKB-14の名称で研究開発を続けていた。

第二次大戦時、1941年10月からトゥーラ州が激戦区となりメドノゴルスクやイジェフスクに疎開。その間はTT-33やSVT-40の生産に専念しており、銃器の新規設計があまり行われていない。
戦後トゥーラ州は英雄都市の名誉称号が送られている。

1942年にトゥーラとポドリスクを基にイジェフスク機械工場*2が設立。マカロフ拳銃などの製造はこちらで行われていたが、現在はカラシニコフコンツェルンに編入されている。
1946年にはTsKIB SOO部門が設立され、1958年に分社化した。1997年にKBPの部門として編入されている。

クリモフスクにあるTsNIITochMash(精密工学中央研究所)と共同で開発を行うことがあった。VSSやAPS小銃などの共同開発を行っている。
現在TsNIITochMashはカラシニコフコンツェルンに編入されており関わりが薄くなっている可能性がある。

現在ロシアのほぼすべての軍需産業はロステックの傘下となっており、トゥーラ造兵廠、KBPも例外ではない。



所属した設計者



かかわりのある人物



トゥーラ製製品

小銃


拳銃


散弾銃


短機関銃


機関銃


TKB

試作どまりのものは別途分けている。

その他



KBP/TsKIB SOO製製品

小銃


拳銃


ショットガン


短機関銃


機関銃


その他


その他、名称以外不明







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最終更新:2026年04月04日 22:43

*1 もとはデンマークの支援を受けて作られていたがデンマーク側がロシア帝国崩壊時に撤退したため設計者が不足していた

*2 イジェメク 民間用にはバイカルのブランドが有名

*3 当時はデグチャレフ工場から分離した部署だった模様

*4 ただしトゥーラ造兵廠で働いた記録がないと断言している文献も存じていないので不明 追記求む

*5 Vyatsko-Polyanskoye Oruzhie/ヴィャツコ・ポリャンスキー製モデルの略で、ロシアのモロト社(2017年の破産以降はモロト・オルジエ社)が製造する民間向け銃のブランド。

*6 7.62×39mm弾が試作時に迷走し薬莢長が定まらなかっただけでほぼ同じ弾薬