登録日:2026/06/02 Tue 18:29:00
更新日:2026/06/07 Sun 00:24:38
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八九式重擲弾筒とは、大日本帝国陸軍によって開発・運用された小隊用軽迫撃砲・擲弾発射器である。
他列強国の同等装備に比して非常に軽量でありながら同等の火力を有した、帝国陸軍のマスターピース。
性能諸元
種別:重擲弾筒(軽迫撃砲相当)
口径:50mm
銃身長:254mm
全長:610mm
重量:4.7kg
最大射程:670m(八九式榴弾)/200m(十年式手榴弾/九一式手榴弾)
有効射程:120m(八九式榴弾)
開発経緯
計画始動はかなり早く、なんと先代装備である十年式擲弾筒の仮制式翌年、1922年(大正11年)。というのもこの十年式擲弾筒、かなりの難物(超多重オブラート)だったのである。
十年式擲弾筒は十年式手榴弾を発射する装置なのだが、こいつらは「欧州大戦の塹壕戦で有効だった最新の小銃擲弾を採用したい……が、口径が小さく銃身が長い三八式歩兵銃では実用化が困難だ。なら普通に投げても使えるし専用の発射機を使うと遠くまで飛ばせる手榴弾にしよう」と、装備の近代化に当たっての妥協的産物であった。
そのせいか最大射程距離は短い(十年式手榴弾使用時175m)わ、射程設定は煩雑だわ、パなすのが手榴弾なので手間かかる割に威力高くないわ、そもそもの手榴弾の弾道特性がオワコンだわ、トドメに命中精度がゲロカスだわ……どないせえと?
曰く「景気付けの花火かよ!!!!」。「なんでそんな産廃採用したの?」って?そんな産廃でも当時の小銃擲弾よりは飛ぶんですよ……
ぶっちゃけ帝国陸軍としても「このクソみたいな射程とアホみたいな精度はなんとかならん?(あとついでにもっと大火力化はよ)」というのは重々承知の上……というか、何なら十年式は本命装備の前座としての技術蓄積目的で作ったまであった。
そんなわけで同年4月にはプロトタイプが完成しており、これを用いて運用試験が開始された。
ぜかましも納得の速さである
……が、翌23年(大正12年)9月の関東大震災で焼失。一時頓挫の憂き目を見るが、11月に開発審査が決定したことで試製品再製造と試験を再開。25年(大正14年)末までに陸軍技術本部での試験を終え、翌26年(大正15年)〜30年(昭和5年)にかけて陸軍歩兵学校に実用試験を委託している。
ここで5年もかかったのは、支柱部分の強度不足が指摘されたのに対して許容重量増とのギリギリを攻めるのに手間取ったため。逆に言えば、この段階で欠点ほぼ潰したことが実戦での高評価に繋がったとも。
制式名称が八九式なのは最終修正版試製品の完成が1929年(昭和4年/皇紀2589年)なのに由来するが、仮制式は翌30年だし制式採用は32年(昭和7年)だったりする。
制式採用以後第二次大戦終戦までに12万挺が生産され、各戦線で運用された。
性能・構造
本基は太い筒身と細い柄槓(上述の修正に手間取った支柱)、その先端の駐板(いわゆる台座)で構成され、これは十年式と同じ。先代は分解して小さくまとめられたが、こちらは運搬時も分解せずそのまま携帯する。
いい感じに湾曲してる駐板を地面に当てて目分量で仰角を概ね45度に設定し、筒身の整度機(柄槓内の撃発部位置調整つまみ)で発射距離を微調整後、引鉄を引いて発射する。姿勢によっては膝や足で駐板を抑えたり、地面の状態によっては湾曲部に毛布などを噛ませたりした。
整度機の仕組みは調整つまみを回すことで撃発部の位置を前後させ、これによって装填される擲弾の筒身挿入深度を調節し、筒身長と腔内容積を相対的に増減させて初速調整を行うというもの。
パッと見複雑だが、同じ弾薬を同じ角度で撃ちつつ射程を微調整して効力射を狙えるという利点がある。なお実戦ではそんな悠長なことせず、発射角変えて代用してた模様。
ちなみに迫撃砲によくある墜発式ではないので必要に応じて発射角を変更することも可能。というか実戦では木の幹にあてがって水平射撃とかも普通にやってた模様。
専用弾薬の八九式榴弾は十一年式曲射歩兵砲用の十一年式榴弾をスケールダウンしたもので、見た目は砲弾というよりスプレー缶に近い。
安定翼を持たない代わりに筒身のライフリングに噛み合うよう燃焼ガスで膨らむ銅製の弾帯が巻かれており、底部の8つの穴から燃焼ガスを吹き出すことで飛翔する。
このライフリング式旋転安定弾のおかげで飛翔安定性と命中精度は目に見えて向上したが、その分反動も増大しているとか。
信管は安全ピン式の瞬発信管を採用しており、地面に埋めて板を被せれば即席地雷としても使えた。まあ衝撃作動の瞬発式なんで、逆装填とか二重装填かました日には
デデーン確定するわけだが。いやむしろ
こっちのデデーンか?
互換機能として、先代擲弾筒に対応した手榴弾にアダプター兼用の装薬筒を取り付ければ使用可能。なお、ライフリングに噛み合わないのでガス漏れして射程ガタ落ちするし、炸薬量もダンチなので威力もしょっぱい模様。
ちなみに和製
ターミネーターこと
舩坂弘氏は自著に「八九式榴弾を手榴弾代わりにぶん投げて敵兵撃退しました」とか書いてたりする。
軽量砲弾つっても800gはあるし、炸薬量に至っては手榴弾の軽く
3倍はあるんだけどこれ……。
そして投擲に不向きすぎるもん投げたせいで、氏の頑強すぎる肉体ですら脱臼した。脱臼で済むんだ……
編制
帝国陸軍において歩兵小隊は4個分隊で構成されるわけだが、このうち1分隊は擲弾筒分隊を組み込むこととされた。擲弾筒分隊は3斑編成+分隊長で、各班は擲弾筒射手1名と弾薬運搬と装填補助を兼任する小銃手2名で構成される。
理想的な小隊編成は機関銃1挺を装備する機関銃分隊3個+擲弾筒分隊1個とされるが、機関銃の充当未了な帝国陸軍では機関銃分隊2個+擲弾筒分隊2個というのもザラで、酷い場合は小銃分隊3個+擲弾筒分隊1個というのもあった。
歩兵小隊のメイン火力すらまともに充当してないとか、こんなザマでよく米軍と殴り合えたな我が国……。
運用・評価
最悪1人でも運用可能な運用負荷の軽さと物理的な軽さ、それでいて必要十分な火力を有していたこの装備は、各戦線において実効火力として高い評価を獲得した。
特にその名を知らしめたのは沖縄戦(シュガーローフの戦い)で、米軍機関銃分隊に容赦なく榴弾を叩き込み、射撃後の退避を怠った分隊は全滅した(文字通りの意味で)という。
それ以前からも、視界不良のジャングルで擲弾筒のゲリラ的機動運用を行う神出鬼没の帝国兵は米軍に恐れられており、どこから撃たれるかわからない上に炸裂音がクッソでかい本装備は狙撃銃と並んで恐怖の象徴ともなった。
ちなみに実戦においては先代との互換機能はほぼ使われなかったそうな。そりゃ榴弾使い切ってて、なおかつアダプターと対応手榴弾なきゃ使わんよね。
カタログ面での評価としては、ほぼ大雑把に同時代のソ連製50mm軽迫撃砲と同等のスペックでありながら、
本体重量は半分未満というぶっちぎりの重量効率を誇った。そりゃ確かに支持脚も照準器も省略してりゃあ軽くはなるが。
なんと他国の同等の分隊軽迫撃砲系統と比較すると、
米国:
火力、射程が半分程度のグレネードランチャーor射程こそ長いが大きさ、重さが倍ぐらいあって米国軍人がブチ切れて使用拒否するレベルで命中精度がゴミ、そこ改善したら重さの差が倍から5倍になる、
英国:重量等は同等だが
射程が200m以上負けている、伊:
重量が3倍ぐらいある上に射程が150m以上負けている、独:射程と威力こそ高いが
重量が5倍以上あって1人での運用はどう見てもキツい、
と、
同等以上の射程、火力スペックがあるなら明確に重すぎて分隊火力としての機動性で勝る、同等の重さなら明確にスペックで勝ると言う
冗談抜きで列強最強を誇る傑作軽迫撃砲である。
この軽便さと必要十分な火力の両立という点は鹵獲した米軍でも高く評価され、「ウチで似たようなもん作ったらもっと最強じゃね?」という案も出たとか。
何なら前線の被害者一同は
「はよウチでもアレ作れや!!!!」とキレていたそうな。なお「
バズーカでええやん」で済まされた模様。
…一方で現在では米軍以外含めて歩兵装備あるあるの「小銃のアドオングレネード」は本装備のコンセプト・ひとりで運用可能な対歩兵用炸裂弾をアメリカなりに再検討したもの、という説があり、事実であれば結局は「ええやん。なんぼなん?」と扱われたことになる。
余談
本装備の著名な愛称(?)に
「ニー・モーター」というのがある。そのものズバリ「膝撃ち式迫撃砲」という意味だ。
鹵獲兵器というものは得てして後送して運用評価を行い、場合によってはそのまま自軍運用することもある。何なら準制式化することすらある。
M1カービンとか
チェッコ機銃とか皇軍の皆さんにも大人気だったし。
で、これだが、駐板のいい感じの湾曲ぐあいが太腿にジャストフィットしちゃうのである。それを見た米兵が「これ膝に乗せて撃つんじゃね?w」とジョーク混じりにニー・モーター呼ばわりしたわけだ。
で、テスト時に担当米兵が本当にそれをやっちゃった結果……彼の太腿は無事
粉砕!玉砕!大喝采!した。無事じゃないけどそら(手榴弾の比じゃない重さと威力の榴弾を太腿に乗せて撃ったら)そう(反動で太腿複雑骨折くらい余裕)よ。
実のところ、鹵獲した本装備の運用マニュアルに「膝に乗せて撃つんじゃねえぞ!いいな?フリじゃねーからな!?」とあるため、存外少なくない米兵の膝を破壊した模様。
私もかつては合衆国陸軍にいたのだが、膝で迫撃砲を撃ってしまってな……
なお、ドヤ顔膝撃ちポーズでこれを構えてる米兵の写真が普通にあったりする。
撃つなよ?絶対にそのまま撃つなよ?
ちなみに中国の抗日ドラマには狙ったのかガチでそうだと思ってるのか、分隊全員で本装備の膝撃ちを披露する無敵皇軍兵とかいうコントをかました場面がある。案の定というか無事ツッコミを受けた模様。
あんたら鹵獲したこれを普通に運用してたし、何ならパクリスペクトしたの制式採用してただろ……
追記・修正は擲弾筒を膝に乗せて発射してからお願いします。
- PCだったと思うけど、WW2時代のFPSで -- 名無しさん (2026-06-02 18:45:59)
- 途中送信してしまったが、にほんへの装備で使えるゲームがあった気がする -- 名無しさん (2026-06-02 18:46:43)
- コピー元の投票数修正未了を修正しました。なぜ気付かなかった自分。 -- 作成者 (2026-06-02 19:11:45)
- 迫撃砲の運用は分隊とか小隊よりも上の編成で使う関係で小部隊の近接火力という面では日本軍が飛び抜けていた理由 -- 名無しさん (2026-06-03 07:14:15)
- 火器が定数充足している分隊同士ならコレの榴弾のおかげで日本歩兵の分隊火力は列強でもトップクラスだった。ただし小隊以上の段列になると軽迫が出てくるし歩兵砲や本職の砲兵が出てくる更に上の段列では定数揃えてもなお砲兵火力負けする -- 名無しさん (2026-06-05 00:08:02)
最終更新:2026年06月07日 00:24