共和国同盟、その中でも最も経済力と発言力のあるトリア共和国からのエルヴン帝国への帰路の途中であった。馬車に揺られながらシルフィーヌ二世は共和国同盟内で最も影響力の強い人物、リリアーナ・ディ・ガスペリとの交渉を回顧していた。ほとんど彼女の掌の上で踊らされていた。ただただ自分との差を見せつけられあまつさえ格付けまで完了してしまった。そんな風にシルフィーヌ二世は考えていた。テルミドール率いるダークエルフたちからエルニア帝国を守るためにも他国に助力を求めたかったのは事実だ。だがあくまでもエルニア帝国ひいてはその女帝である自分は対等の立ち位置にいるのだと示したかった。しかしそれは叶わなかった。自分よりも年下の少女との力の差を見せつけられただけだという意識が彼女の思考をぐるぐるとループし続けている。そんな時であった。馬車が急停止する。
「何事ですか?!」
御者に向かって疑問の声を投げ付ける。御者の方を見るとどうやら怯えているようであった。そして馬車の扉を開けてエルフの護衛が入り込む。
「魔族の襲撃です。シルフィーヌ様は邪魔ですので大人しくしていてください!」
エルフの護衛はそう言い放ち再び馬車の外に向かっていく。邪魔とは何だと言い返してやりたかったが実際彼女に魔族と戦えるだけの戦闘能力も技術もない。姉のセレーネならこんな時護衛と一緒に戦えたのかもしれないが。護衛の物言いと粗末な扱いに傷つきつつ言われた通りに大人しくしようとして、外から護衛達の怒号と悲鳴、そして戦闘の音が聞こえてきた。どうやら苦戦しているようだとシルフィーヌ二世は判断する。とはいえ彼らはエルニア帝国の中でも実力者の分類なのだ。きっと大丈夫なはずだと必死に自分に言い聞かせようとして。馬車が盛大に揺れると同時に凄まじい衝撃がシルフィーヌ二世に襲い掛かり、馬車の外へ投げ出されそのまま地面を転がることとなった。何事かと思いながらなんとか上体を起こそうとして信じられない物を見た。エルフの護衛達が全員倒れ伏していたばかりか馬車もひどい状態で吹っ飛ばされていたのだ。それだけではない。吹き飛ばされ横たわる馬車に足をかけている魔物がいた。それはヴァルカイックと呼ばれるドラゴンに似た頭蓋骨のような面を頭部に貼り付けた魔物だ。この魔物はダークエルフと呼ばれる魔族に飼われている種類のものだ。そこまで考えてシルフィーヌ二世は周囲を見回しダークエルフの集団に囲まれていることに気づいたのだった。
「へへへ、何だよ。上玉じゃねえか」
「こいつたしかエルフの中でもべっぴんさんだったよな? 名前は……なんて言ったっけ?」
「知るかよ。とにかく連れて行こうぜ。エルフを生け捕りにすれば褒美がもらえるはずだ」
ダークエルフたちの集団を見てシルフィーヌ二世の胸中から恐怖が駆け上がってくる。逃げ出そうとするも足が震えて動くことができない。そもそも囲まれているから逃げだそうとしても無駄に終わるだけであった。
「おっと、逃げるなよ? ま、逃げても無駄だろうがな」
「なあ、こいつよく見たら美人な上にいい体つきしてね?」
「少し手をつけても文句は言われないよな?」
そう口にしながら接近するダークエルフにシルフィーヌはただただ怯えることしかできなかった。彼女には戦う力も武器もない。何もできない。恐怖で声を上げることもできないでいた。――――――助けて……お姉ちゃん――――――もうこの世のどこにもいない姉に内心で助けを求め涙を浮かべ震える。それがダークエルフたちをさらに興奮させるものだと知らずに。ダークエルフの一人がシルフィーヌに手を伸ばそうとして。
「はい、どーん!」
女の気の抜けた掛け声を耳にした。それを自覚した瞬間、爆風と衝撃波がシルフィーヌとダークエルフたちに襲い掛かり遅れて爆発音が周囲に響く。発生した爆風によりシルフィーヌは吹き飛ばされるも空中に放りだされたところで何者かに抱きかかえられる。シルフィーヌを抱きかかえた人物は彼女に衝撃が伝わらないよう注意しながら着地しゆっくりとシルフィーヌを下ろす。自分を助けた人物の顔をシルフィーヌは見た。どうやら人族の男のようだった。
「エイダ! 火力強すぎだって! ダークエルフどころか女の方も吹き飛ばされてるぞ!?」
「ごめーん。ついうっかり」
「ついうっかりじゃねーだろ!? ただ火力のある魔法使いたいだけだろ!」
「てへぺろ☆」
「後で殴んぞバカ姉!」
なにやらエイダと呼ばれる人物――――――姉と言っていたことから女性だろうと判断する――――――と言い合いをしているようだった。人族の男が向いている方を見ると上半身が吹き飛ばされ下半身だけの姿で転がるヴァルカイックとその近くにいる人族の女の姿があった。おそらく彼女がエイダと呼ばれる人物だろうと考えその姿を見て固まる。
シルフィーヌのよく知る人物に容姿が似ているのだ。もう亡くなったはずの姉セレーネに。
「テメェら! いきなり何をしやがる!?」
ダークエルフの怒声が響く。彼らも吹き飛ばされたようだった。鼻息を荒くして全員武器を抜いている。
「魔族に襲われてるから人助けをしただけだが?」
シルフィーヌ二世を助けた人族の男がダークエルフに向かって答える。魔族と向かい合っているというのに怯える様子を見せない。その様子にシルフィーヌは驚く。魔族の、ダークエルフの姿を見れば誰だって怯えてもおかしくないのにと。ダークエルフたちも人族の男の様子に苛立ち叫びながら武器を構えて襲い掛かる。
「男は殺せ! 女は生け捕りにしろ! 後で好き放題楽しんでやるんだ!」
そう言いながらこちらに向かってくるダークエルフたちに人族の男はつまらなさそうな視線を向ける。そして腰の剣に手を掛けながらダークエルフたちにシルフィーヌでは追いつけないような速度で突撃する。人族の男は腰の剣を抜いて先頭を走るダークエルフを一撃で斬り伏せ、その背後から武器を大きく構えている者を横薙ぎに剣を振るい斬り捨てる。そして次々に襲ってくるダークエルフたちをある者は笠懸に切り捨て、ある者は首を斬り落とし、ある者は心臓を突いて殺していく。そして最後の一人を除きダークエルフたちをあっという間に斬り殺してしまったのだ。そして残された一人は人族の男に背を向けエイダと呼ばれた人物の方へ走り出す。
「テメェなんか相手にしてられるか! 女の方は連れて行くぜバーカ!」
そんな捨て台詞を吐きながらエイダに手を掛けようとするダークエルフを男は冷めた視線を向ける。やっちまったなと言いたげに。それを知らないままダークエルフはエイダに手を掛けようとして
「どーん」
気の抜けたような掛け声とともに杖で胸を突かれる。そして叫び声をあげる暇もなく残された魔法で上半身を吹き飛ばされ、残された下半身は音を立てて地面に転がることとなった
それが戦いの終わりとなった。
「やっぱり魔法って最高だわー! 特に火力が素晴らしいわー!」
「お前はいつもやり過ぎなんだよエイダ。ちょっとは加減しろよ」
「加減? 面倒くさい。火力ぶっぱチョー気持ちいいじゃん」
「俺にまで被害が及ぶんだが?!」
疲れ一つ見せずにそればかりか大声を挙げて喧嘩をする余裕すらある二人の男女の姿にシルフィーヌは驚くばかりであった。――――――自分を守っていた護衛達ですら苦戦していた魔族を相手にしてこんな余裕でいられるなんて。そんなことを考えていたシルフィーヌの元に自分たちを助けた人族の男女が近寄ってくる。
「大丈夫か。立てるか?」
そう言って人族の男はシルフィーヌに手を差し伸べる。彼女はその手を取ってゆっくりと立ち上がる。そして人族の男にじっと見つめられていることに気づく。どこか変なところでもあったのかと不安に思うシルフィーヌを余所にエイダと呼ばれている女は満足げな笑みを浮かべながら声をかけてきた。
「けがはなさそうだねー。いやーこんなかわいい子が怪我をしてたら一大事だったよー。とりあえずお嬢さん? お名前をお伺いしても?」
笑みを浮かべながら名前を尋ねてくる――――――エイダと呼ばれる姉セレーネに似た容姿の――――――女に困惑しつつ軽く咳払いをして答える。
「私はこの先の森の中にあるエルニア帝国の皇帝、名をシルフィーヌと申します。」
これがシルフィーヌとトルーヴ姉弟との出会いであった。
そしてこの三人は共に手を取り合いテネブル=イルニアス軍団国に立ち向かうこととなるがその運命をこの時は誰一人として知ることはなかった。
「何事ですか?!」
御者に向かって疑問の声を投げ付ける。御者の方を見るとどうやら怯えているようであった。そして馬車の扉を開けてエルフの護衛が入り込む。
「魔族の襲撃です。シルフィーヌ様は邪魔ですので大人しくしていてください!」
エルフの護衛はそう言い放ち再び馬車の外に向かっていく。邪魔とは何だと言い返してやりたかったが実際彼女に魔族と戦えるだけの戦闘能力も技術もない。姉のセレーネならこんな時護衛と一緒に戦えたのかもしれないが。護衛の物言いと粗末な扱いに傷つきつつ言われた通りに大人しくしようとして、外から護衛達の怒号と悲鳴、そして戦闘の音が聞こえてきた。どうやら苦戦しているようだとシルフィーヌ二世は判断する。とはいえ彼らはエルニア帝国の中でも実力者の分類なのだ。きっと大丈夫なはずだと必死に自分に言い聞かせようとして。馬車が盛大に揺れると同時に凄まじい衝撃がシルフィーヌ二世に襲い掛かり、馬車の外へ投げ出されそのまま地面を転がることとなった。何事かと思いながらなんとか上体を起こそうとして信じられない物を見た。エルフの護衛達が全員倒れ伏していたばかりか馬車もひどい状態で吹っ飛ばされていたのだ。それだけではない。吹き飛ばされ横たわる馬車に足をかけている魔物がいた。それはヴァルカイックと呼ばれるドラゴンに似た頭蓋骨のような面を頭部に貼り付けた魔物だ。この魔物はダークエルフと呼ばれる魔族に飼われている種類のものだ。そこまで考えてシルフィーヌ二世は周囲を見回しダークエルフの集団に囲まれていることに気づいたのだった。
「へへへ、何だよ。上玉じゃねえか」
「こいつたしかエルフの中でもべっぴんさんだったよな? 名前は……なんて言ったっけ?」
「知るかよ。とにかく連れて行こうぜ。エルフを生け捕りにすれば褒美がもらえるはずだ」
ダークエルフたちの集団を見てシルフィーヌ二世の胸中から恐怖が駆け上がってくる。逃げ出そうとするも足が震えて動くことができない。そもそも囲まれているから逃げだそうとしても無駄に終わるだけであった。
「おっと、逃げるなよ? ま、逃げても無駄だろうがな」
「なあ、こいつよく見たら美人な上にいい体つきしてね?」
「少し手をつけても文句は言われないよな?」
そう口にしながら接近するダークエルフにシルフィーヌはただただ怯えることしかできなかった。彼女には戦う力も武器もない。何もできない。恐怖で声を上げることもできないでいた。――――――助けて……お姉ちゃん――――――もうこの世のどこにもいない姉に内心で助けを求め涙を浮かべ震える。それがダークエルフたちをさらに興奮させるものだと知らずに。ダークエルフの一人がシルフィーヌに手を伸ばそうとして。
「はい、どーん!」
女の気の抜けた掛け声を耳にした。それを自覚した瞬間、爆風と衝撃波がシルフィーヌとダークエルフたちに襲い掛かり遅れて爆発音が周囲に響く。発生した爆風によりシルフィーヌは吹き飛ばされるも空中に放りだされたところで何者かに抱きかかえられる。シルフィーヌを抱きかかえた人物は彼女に衝撃が伝わらないよう注意しながら着地しゆっくりとシルフィーヌを下ろす。自分を助けた人物の顔をシルフィーヌは見た。どうやら人族の男のようだった。
「エイダ! 火力強すぎだって! ダークエルフどころか女の方も吹き飛ばされてるぞ!?」
「ごめーん。ついうっかり」
「ついうっかりじゃねーだろ!? ただ火力のある魔法使いたいだけだろ!」
「てへぺろ☆」
「後で殴んぞバカ姉!」
なにやらエイダと呼ばれる人物――――――姉と言っていたことから女性だろうと判断する――――――と言い合いをしているようだった。人族の男が向いている方を見ると上半身が吹き飛ばされ下半身だけの姿で転がるヴァルカイックとその近くにいる人族の女の姿があった。おそらく彼女がエイダと呼ばれる人物だろうと考えその姿を見て固まる。
シルフィーヌのよく知る人物に容姿が似ているのだ。もう亡くなったはずの姉セレーネに。
「テメェら! いきなり何をしやがる!?」
ダークエルフの怒声が響く。彼らも吹き飛ばされたようだった。鼻息を荒くして全員武器を抜いている。
「魔族に襲われてるから人助けをしただけだが?」
シルフィーヌ二世を助けた人族の男がダークエルフに向かって答える。魔族と向かい合っているというのに怯える様子を見せない。その様子にシルフィーヌは驚く。魔族の、ダークエルフの姿を見れば誰だって怯えてもおかしくないのにと。ダークエルフたちも人族の男の様子に苛立ち叫びながら武器を構えて襲い掛かる。
「男は殺せ! 女は生け捕りにしろ! 後で好き放題楽しんでやるんだ!」
そう言いながらこちらに向かってくるダークエルフたちに人族の男はつまらなさそうな視線を向ける。そして腰の剣に手を掛けながらダークエルフたちにシルフィーヌでは追いつけないような速度で突撃する。人族の男は腰の剣を抜いて先頭を走るダークエルフを一撃で斬り伏せ、その背後から武器を大きく構えている者を横薙ぎに剣を振るい斬り捨てる。そして次々に襲ってくるダークエルフたちをある者は笠懸に切り捨て、ある者は首を斬り落とし、ある者は心臓を突いて殺していく。そして最後の一人を除きダークエルフたちをあっという間に斬り殺してしまったのだ。そして残された一人は人族の男に背を向けエイダと呼ばれた人物の方へ走り出す。
「テメェなんか相手にしてられるか! 女の方は連れて行くぜバーカ!」
そんな捨て台詞を吐きながらエイダに手を掛けようとするダークエルフを男は冷めた視線を向ける。やっちまったなと言いたげに。それを知らないままダークエルフはエイダに手を掛けようとして
「どーん」
気の抜けたような掛け声とともに杖で胸を突かれる。そして叫び声をあげる暇もなく残された魔法で上半身を吹き飛ばされ、残された下半身は音を立てて地面に転がることとなった
それが戦いの終わりとなった。
「やっぱり魔法って最高だわー! 特に火力が素晴らしいわー!」
「お前はいつもやり過ぎなんだよエイダ。ちょっとは加減しろよ」
「加減? 面倒くさい。火力ぶっぱチョー気持ちいいじゃん」
「俺にまで被害が及ぶんだが?!」
疲れ一つ見せずにそればかりか大声を挙げて喧嘩をする余裕すらある二人の男女の姿にシルフィーヌは驚くばかりであった。――――――自分を守っていた護衛達ですら苦戦していた魔族を相手にしてこんな余裕でいられるなんて。そんなことを考えていたシルフィーヌの元に自分たちを助けた人族の男女が近寄ってくる。
「大丈夫か。立てるか?」
そう言って人族の男はシルフィーヌに手を差し伸べる。彼女はその手を取ってゆっくりと立ち上がる。そして人族の男にじっと見つめられていることに気づく。どこか変なところでもあったのかと不安に思うシルフィーヌを余所にエイダと呼ばれている女は満足げな笑みを浮かべながら声をかけてきた。
「けがはなさそうだねー。いやーこんなかわいい子が怪我をしてたら一大事だったよー。とりあえずお嬢さん? お名前をお伺いしても?」
笑みを浮かべながら名前を尋ねてくる――――――エイダと呼ばれる姉セレーネに似た容姿の――――――女に困惑しつつ軽く咳払いをして答える。
「私はこの先の森の中にあるエルニア帝国の皇帝、名をシルフィーヌと申します。」
これがシルフィーヌとトルーヴ姉弟との出会いであった。
そしてこの三人は共に手を取り合いテネブル=イルニアス軍団国に立ち向かうこととなるがその運命をこの時は誰一人として知ることはなかった。