さて場所は移ってガスペリ家本邸、リリアーナ仕えのメイド詰所。
説明するとガスペリ家本邸――正確には敷地の中に本館と複数の別館、警備詰所、倉庫、馬車の車庫といった建物は地上では渡り廊下や石畳の道で、地下では廊下や独房、或いは下級使用人の部屋で接続されていた。
といっても、全ての下級使用人がそのように扱われていたわけではない。
女性使用人は屋根裏に相部屋を宛がわれる場合が多く、そこから更に当主一家に仕える使用人(所謂メイドやバトラーである)と『銀行頭取』用のメイド(こちらは所謂『大海蛇の毒弾』にあたる)はそれぞれのために建てられた専用の別館の部屋を使える。
また、そこから更に管理職となれば更に広々とした個室が与えられるというように屋敷内でも一定の上下関係があった。
といっても、全ての下級使用人がそのように扱われていたわけではない。
女性使用人は屋根裏に相部屋を宛がわれる場合が多く、そこから更に当主一家に仕える使用人(所謂メイドやバトラーである)と『銀行頭取』用のメイド(こちらは所謂『大海蛇の毒弾』にあたる)はそれぞれのために建てられた専用の別館の部屋を使える。
また、そこから更に管理職となれば更に広々とした個室が与えられるというように屋敷内でも一定の上下関係があった。
といっても当主であるカルロのための従者はトリア市の別邸に移って久しく、カルロの子供達――テオドロとアメーリアの従者も銀行頭取であるリリアーナの指揮下に組み込まれていたのだが。
故にリリアーナ仕えのメイドの詰所というのは事実上本邸の従者の中枢にあたり、何かあればすぐに騒ぎになる。
そしてここまで長々と紹介したということは推測も正しく、詰所は些か騒ぎになっていた。
そしてここまで長々と紹介したということは推測も正しく、詰所は些か騒ぎになっていた。
「カロリーナ様!庭の茂みに隠れて、庭師見習いの青年が亡くなっていました!」
「カロリーナ様。近い時間に彼を見たという他の庭師の証言もあります。これは……」
「衛士達は不審人物を見なかったと。恐らく魔族か邪妖かと」
「カロリーナ様。近い時間に彼を見たという他の庭師の証言もあります。これは……」
「衛士達は不審人物を見なかったと。恐らく魔族か邪妖かと」
次々と上役に包み隠さず報告されていく現況。
それを聞いたカロリーナは淡々と「ガスペリ家一門の保護と安否確認を優先、美術品等が盗まれていないかは後。屋敷にいる一族の中でもテオドロとリリアーナの両名を特に重要視。そしてこれらに当たる際は必ず複数人でやること」と最低限の、そしてベターな選択肢を選ぶ。
それが吉と出るか凶と出るかは兎も角――
それを聞いたカロリーナは淡々と「ガスペリ家一門の保護と安否確認を優先、美術品等が盗まれていないかは後。屋敷にいる一族の中でもテオドロとリリアーナの両名を特に重要視。そしてこれらに当たる際は必ず複数人でやること」と最低限の、そしてベターな選択肢を選ぶ。
それが吉と出るか凶と出るかは兎も角――
一方、その頃のリリアーナはとあるメイドを傍らに置きながら書斎で本を読んでいた。
が、流石に外の喧騒は伝わるようで二人ともやれ何があったと耳を傾けていた。
が、流石に外の喧騒は伝わるようで二人ともやれ何があったと耳を傾けていた。
「……何か騒ぎがあったようね」
「侵入者でしょう。大方お嬢様の命を取りに来たのかと――」
「カロリーナに任せましょう。ここには貴女もいるもの」
「お嬢様は過信をするのか、それとも疑うのかはっきりすべきかと」
「……ノーコメント。乙女の秘密は守られるべきでしょう?」
「お嬢様の年齢で乙女は厳しいと思われますが」
「……」
「侵入者でしょう。大方お嬢様の命を取りに来たのかと――」
「カロリーナに任せましょう。ここには貴女もいるもの」
「お嬢様は過信をするのか、それとも疑うのかはっきりすべきかと」
「……ノーコメント。乙女の秘密は守られるべきでしょう?」
「お嬢様の年齢で乙女は厳しいと思われますが」
「……」
二人、侵入者に備えて逃走ルートを確認しつつも軽口を叩きあっていると、書斎のドアがノックされる。
メイドとリリアーナは軽く顔を見合わせ、メイドの方が音も立てずに『準備』をし、リリアーナが元の位置からこう呼び掛ける。
メイドとリリアーナは軽く顔を見合わせ、メイドの方が音も立てずに『準備』をし、リリアーナが元の位置からこう呼び掛ける。
「……誰かしら。察しているでしょうけれど、読書中よ?邪魔しないで頂戴」
「リリアーナお嬢様、ですね?私です、メリーザです」
「そう、メリーザなのね。少し待ちなさい……今、扉を開けたげる」
「ありがとうございます、リリアーナお嬢様」
「リリアーナお嬢様、ですね?私です、メリーザです」
「そう、メリーザなのね。少し待ちなさい……今、扉を開けたげる」
「ありがとうございます、リリアーナお嬢様」
そうして扉に向けて歩む音、ドアが開く音。そして――己の下手な演技をされ、己の名で主人を害されようとした憤怒の従者が、偽者の急所を一突きするまで。本当に僅かな時間で決着がついた。
数刻後、リリアーナの居室。
何人もの使用人が呼び出され、リリアーナに対する報告を続けていた。
やれ対策はどうだとか、伝声魔術を使わないメイドにたまたま侵入者が接触したのが今回近付かれた原因だとか、そんな地味だが重要な話の合間。リリアーナは一人のメイドに問いかける。
何人もの使用人が呼び出され、リリアーナに対する報告を続けていた。
やれ対策はどうだとか、伝声魔術を使わないメイドにたまたま侵入者が接触したのが今回近付かれた原因だとか、そんな地味だが重要な話の合間。リリアーナは一人のメイドに問いかける。
「それで、今回の下手人の正体は?」
「はい。カロリーナお姉様立ち会いの元、衛士達と所有物を確認したところ。こんなものが」
「はい。カロリーナお姉様立ち会いの元、衛士達と所有物を確認したところ。こんなものが」
そう小柄なメイド、ジュリエッタが布に包まれた赤色の、透明感のある宝石を見せる。
「宝石?いや、これは……」
「恐らくはお察しの通り、所謂『変化魔法』を刻印した魔晶石です。これでメリーザお姉様に低魔力で化けていたのでしょうね。
まあこの品質と刻印、沢山造るならそれこそ国家規模の予算と資源が必要ですから。次の侵入者は同じものを使えないでしょう」
「……そう。ところでジュリエッタ、一つ聞きたいのだけれど」
「はい、なんでしょうか。お嬢様」
「恐らくはお察しの通り、所謂『変化魔法』を刻印した魔晶石です。これでメリーザお姉様に低魔力で化けていたのでしょうね。
まあこの品質と刻印、沢山造るならそれこそ国家規模の予算と資源が必要ですから。次の侵入者は同じものを使えないでしょう」
「……そう。ところでジュリエッタ、一つ聞きたいのだけれど」
「はい、なんでしょうか。お嬢様」
不思議がるジュリエッタをよそに、リリアーナはこう話した。
「私にも使えるのかしら、それ」
「補助を少しだけ積めば多少は?」
「……なら、次からは多少楽になりそうね?私がこれを使って、誰かしらになれば多少の撹乱は出来るでしょう?」
「……誰になるおつもりなので?」
「メリーザなんてどうかしら。一度ああいうスタイルを体験してみるのも悪くはないでしょう?」
「もう、そんなことを言ってはお姉様に怒られますよ?ほら、あの顔みたいに……」
「補助を少しだけ積めば多少は?」
「……なら、次からは多少楽になりそうね?私がこれを使って、誰かしらになれば多少の撹乱は出来るでしょう?」
「……誰になるおつもりなので?」
「メリーザなんてどうかしら。一度ああいうスタイルを体験してみるのも悪くはないでしょう?」
「もう、そんなことを言ってはお姉様に怒られますよ?ほら、あの顔みたいに……」
呆れ顔で『メリーザを示す』ジュリエッタ。
それを見て微笑んでいたリリアーナは、メリーザ当人を視認すると笑みが消え――
さしもの『南方の海蛇』『無冠の元首』でも、二十年来の付き合いになるメイドには勝てぬのであった。
それを見て微笑んでいたリリアーナは、メリーザ当人を視認すると笑みが消え――
さしもの『南方の海蛇』『無冠の元首』でも、二十年来の付き合いになるメイドには勝てぬのであった。